空一杯に星が浮かんでいるその日の夜、園崎本家では軽い宴会のようなものが開かれていた。参加者は、お魎・茜・葛西・魅音・詩音と、ほとんどが園崎の親族だ。普段は興宮に住んでいる詩音らが用事で本家まで来ており、丁度だから少し食べていけとお魎が気を利かせたのだった。
しかし、軽い宴会とは言ってもそこはさすが園崎家。マグロ。カニ。アワビなど。一般家庭の夕食ではとてもお目にかかれないような素材を使った料理が、十数畳の部屋に一つ置かれたテーブルの上で踊っている。園崎家の重鎮ばかりが揃うこの席に、お手伝いさんも一層気合いを入れて用意したのかもしれない。
そんな宴会も、始まってから結構な時間が経つらしく、テーブルの片隅には空のビール瓶が八升ほど置かれている。当然、その頃には酔いが回った参加者も何人か出てくる訳で、始めのいかにも旧家らしい静かな雰囲気とは打って変わり、少々下品な会話のやりとりがされていた。
「で、どうなんだい魅音? 圭一くんとの仲は、何か進展したのかい?」
茜は、持っていたコップをテーブルに叩きつけ、反対側に座っている魅音へ据わった目を向けながら言った。相当酔っているのか、耳まで真っ赤に染まっている。
「だ、だからお母さん、別に圭ちゃんはそんなんじゃないんだって……! 」
その言葉に対して、魅音は今にも泣きそうな表情で抗議した。
「お姉~、どの口がそんなことを言いますか? 電話で圭ちゃんのことを話している時のお姉の嬉しそうな声、私はしっかり記憶しているんですからね~?」
が、すかさず隣に座っている詩音からの援護射撃が入り、魅音は体を強張らせる。
詩音も結構な量の酒が入っているようで、頬を薄らと赤く染め、言葉の調子も何処か上機嫌だ。反対に、魅音は数分前からずっと続いている自分の恋愛に対する詰問の緊張で、すっかり酔いが醒めてしまっている。とは言え、強い羞恥心で、顔は酔っている状態よりも真っ赤だったが。
(どうして私がこんな目に……)
そう思いながら魅音は、尚も繰り返される酔っ払いからの
問い詰めにげんなりとした表情を浮かべた。
宴の始めは取りとめもない雑談ばかりだったのだが、酒が進むにつれ、段々男がどうのという話になり、いつの間にかその矛先が魅音と圭一の関係に向けられたのだ。性質の悪い酔い方をした者(主に約二名)にとって、いつまでも煮え切らない魅音と圭一の話は、格好の絡み相手だったのかもしれない。
「……茜さん、魅音さんが嫌がっていますよ。そろそろ止めておいた方が……」
その様子を見かねたのか、茜の隣で静かに料理を食べている葛西がやんわりと諭す。園崎家随一の酒豪と噂されるだけあって、飲んだ量の割に冷静さを保っていた。
「うるさいよ葛西っ! 私ゃ、全く関係を進展させない魅音に親として叱ってやっているんだよ! あんたはすっ込んでなっ!!」
だが、酒を飲んで勢いづいた鬼姫には、葛西の言葉など焼け石に水である。こうなると茜は誰にも止められない。そのことを知っている葛西は、それ以上何も口を開かなかった。
「しかし、何でお姉は恋愛に対してこんなに意気地が無いんですかね。もっと気合いを入れないと、いつまでたっても圭ちゃんと仲良くなれませんよ?」
「……そ、そんなこと言われても」
詩音の言葉に、魅音は気弱な声を上げた。
「本当さね。園崎の血筋を継いだ女は、どの世代も色恋沙汰については豪快に立ち回るジンクスがあるんだけどね~。私は鬼婆様とポン刀でやり合ってまで旦那を手に入れたし、鬼婆様だって父さんと結ばれるまでに色々派手なことをしでかしたんだよ?」
ちらっとお魎へ視線を流す茜。
「…………けっ。余計なことを言うんじゃないよ蒐ぇ……。ほんにぁんじょうすったらん……」
上座に座ってお茶をすすっているお魎は、バツが悪そうに悪態をついた。が、顔は満更でもない表情を浮かべている。一種の武勇伝なんだろう。
「……でも、本当にそろそろ押していかないとマズいですよお姉。何て言ったって、お姉のライバルはあのレナさんなんですから。のんびりしていたら、二人が仲良くごにょごにょやっている所を偶然お姉が目撃! ……なんて可能性も十二分にあるんですよ?」
詩音が大げさな素振りで魅音を脅す。
「……え、えぇえっ!? や、やだよそんなの~!!」
どんな想像をしたのか、魅音に対する効果は抜群だった。
「だったら、さっさと圭ちゃんにアタックするべしです」
「……ぅ……で、でも私、その……圭ちゃんに女の子として見られていないみたいだし……。そ、そんなんじゃ……いくらこっちからアプローチしても……」
今にも消え入りそうな魅音の言葉に、詩音は大きなため息をつく。
「何言ってんですかお姉……。いくら普段の態度が女の子らしいと思われていなくても、お姉にはその体があるじゃないですか。何処をどう見ても女の子その物の」
「え……、え……?」
パチクリと瞬きを繰り返す魅音。何が何やら理解できない、といった感じだ。
「そうさねそうさね。どんな男だって、こっちから押し倒して乳の一つも揉ませれば、あっという間に転んじまうもんさ。特に圭一君みたいなウブな年頃だったらねぇ」
「……ぅ、……ごほっ! ……ごほっ!」
茜のその言葉に反応して、咽る声が上がる。葛西だった。何か想像したらしい。
当の魅音はと言うと、湯気が出そうなくらい顔を真っ赤にし、プルプルと体を震わせていた。詩音と茜の言っていることを理解して、あまりの恥ずかしさに大きなリアクションを取ることもできないようだ。
「ぉ、ぉ、ぉ、ぉしたお……?」
魅音の口から、掠れた声が零れる。
「そう、お姉から押し倒すんですよ圭ちゃんを! そして、あんなことやそんなことをして、お姉のことを片時も忘れられなくしてやるんです!」
ずいと魅音に迫りながら詩音が言った。
「……そ、そんなのダメだよっ!」
「あ~ら? じゃあ、圭一くんをレナちゃんに取られても良いのかい? はっきり言うけどね、あんたじゃ普通にやってもあの子にゃ勝てないよ? 圭一くんにとって、あんたは女の子という土台も作られていない状態らしいからね?」
「…………ぅ」
「えぇ、母さんの言う通りです。だから、お姉は多少強引な手を使ってでも、圭ちゃんに女の子だと認識されないといけないんですよ。レナさんとの仲が進展する前に」
「……………………ぅ」
親子の見事なコンビネーションに、魅音は唸る以外に何も言えなくなってしまった。
圭一に女の子だと認められたい。だけど、押し倒すなんて恥ずかしくてできない。でも、それ以外の方法が浮かばない……。そんな葛藤が魅音の頭の中で渦巻く。
普段なら、こういう話も恥ずかしがるだけで流すだろうが、今回はレナを比較に使われたのが効いたようだ。そういう、部活的な負けず嫌い精神を恋愛面でも無意識に残しているのが、魅音らしいと言えばそうかもしれない。
詩音と茜は、そんな魅音の様子を見て嬉しそうに唇の端を吊り上げる。最初から、魅音がこうやって戸惑う姿を見るのも目的だったらしい。外道である。
「…………ぅうわ、わ、わ、私、部屋に戻ってるっ!」
散々悩んだ挙句、こんな所で結論を出せないと判断したのか、魅音は顔から蒸気を噴き出しながら宴会場から逃げ出した。
「くっくっく……。あの様子だと、魅音も今回は攻めに行くかねぇ?」
「ひょっとすると、ひょっとするかもしれませんね。こりゃあ、その内朝帰りをする日が来るかもしれませんよ? くっくっく……。」
魅音の姿を見て、酒の入ったコップを持ちながら、実に仲良さそうに嗤う二人。
その横では、葛西が呆れた顔で二人を見つめていた。