――これ以上……やめてくれ…
――もう止してくれ……
――お願いだ…
――みんなを…困らせないでくれ…
――“力”はいらないから…
――もう止してくれ…
暗く、一つの小さい窓しかない殺風景な部屋、そこには二人の男が立っていた。
一人はマルクルだ。もう一人はマルクルと同じ位の背で、顔は影で見えない。
「何でかな?力を欲したのは君なんだけどな?」
その一言に、マルクルはふらふらとしながらもう一人を力強く睨んで、
――お前が……そう仕向けたんだろ…この熱…
「何のことかな?僕は余計なことはしないよ?」
――お前なら……憑いたやつを…病殺することなんて…容易だろ…
途切れ途切れ“思う”
「……まあそう言うことにしておくよ。でもね」
ここでプツンと言葉が少し止まる。
――ドゴッ
そして思いっきり、マルクルのみぞおちにブローを仕掛けた。無抵抗のマルクルが一瞬にして気絶する。
「あがいちゃダメ、受け入れなきゃ、力はあるだけあるんだし、僕と君は一心同体なんだから、ね?」
そう言って、もう一人の男が不気味に微笑んだ。
その男の面――そこにはマルクルの顔があった。
※
「――だからもう工場は無くなっているはず……」
そう言ってエリウスがミニッツを見る。ミニッツは「そう」と言わんばかりに頷く。
ブリッジはもう、担架で運ばれていてここにはいない。今、部屋には二人だけ。
「じゃあ今すぐに助けに――」
「でも、行かないで」
エリウスの言葉を止めて、ミニッツが下を向いて言う。
「え……?」
「行かないで」、エリウスはその言葉の意味が分からなかった。
「行ったら……」
ミニッツはこれ以上言えず、俯いてしばらく黙る。
「どういう……ことですか?」
エリウスが俯いているミニッツに聞いた。
ミニッツはしばらく何も言わなかった。ただただ、腕が震えて見えるだけ。
そして、ミニッツは口を開いた。
「…前みたいに……壊され……から…」
その一言は震えていて聞こえずらい。エリウスは「壊される」と言うこと、それだけが分かった。
「攻撃してくるのですか……?」
「………」
そしてまたミニッツは人形の用に黙ってしまう。
ミニッツの様子で前にもこんなことがあったかと、エリウスは見受けた。“恐怖”それがミニッツを縛る、ただそれだけ。そしてその元凶が、ボス――マルクルであること、そして“それは”とても危険だと言うこと。そしてエリウス自信、その現象を知っていた。
そして、エリウスはまた、ミニッツに問う。
「前例があるようですが、それを教えてもらえないでしょうか?」
反応はあった。が、しかし、その問いにミニッツは口を結んで答えようとしない。
「『刻印』の暴走の可能性も否定はできませんし、もしくは『覚醒(トランス)』かもしれないんです」
「『覚醒』……?」
ふとミニッツが顔を上げてエリウスを見て聞いた。
「『刻印』は力が四段階あることはご存知ですよね?どの『刻印』も第三段階は『覚醒』で、身体能力を飛躍的に上げる能力です。これの暴走で意識が遠のき、無差別攻撃と言うこともあり得ないわけではありません」
そのことをミニッツは聞いて、「違う…」と否定する。
「そんなもんじゃないよ……あれは『刻印』じゃないよ……実際『刻印』の暴走は、二分弱、それ以下で終わるのが普通だから……長く、あんな恐ろしいもの、『刻印』じゃないよ……」
そして、力無くこぼした。
エリウスは半信半疑だったが、違うものだと言う情報を頭の中で、少し処理を行う。
そして、何かピンときた。長く、恐ろしい……聞いたことがある現象。
「呪霊(じゅりょう)……」
そう呟く。そして一筋、汗が流れた。
ハッと我に帰りミニッツに
「さっきのポイントに転送してくだいさい!急いで!」
焦ってそう叫ぶ。ミニッツは首を振ってためらったが、エリウスが
「彼を……ボスを…元に戻しに行きます。私を信じてください…」
そう言った時、ミニッツは自然と信用が出来た。何故か自信が湧く。何の根拠も無い、だけど信用した。彼女はこの状況を打破できる唯一の希望。それを直感で感じた。
「うん…わかった」
頷いて、台に乗っているエリウスを送りだす。
そして椅子から立ち上がり、“作戦室”を後にした。
※
走る、走る、走る――
落ち葉を吹飛ばしてエリウスは全速力で走る。
このままでは彼が危ない、この地域も危ない――
今回は『呪霊』の暴走だと考えられる。
憎しみを“狩る”『呪霊』。何か、彼の憎しみが膨れ上がって、それを抑えている理性と言う風船の膜が薄く、脆くなった、それを見計らって、だいぶ前から憑いている『呪霊』がその風船を割った。
理性を砕いた。
彼の憎しみ……『神の村』の崩壊……
その後、誰かに『呪霊』を植えつけられた。
そして今に至っている。
そして今はそれを打開して、彼を助けること、救うこと。
それが先決。
絶対死んじゃだめ
みんなのためにも
そして
自分も為にも……
エリウスはもう一段階スピードを上げた。想いが強くなる。
そして、“何も無い地”に着いた。
※
「ガキか」
ベットに横たわっているブリッジ、その目の前には“医療室”の扉を背にミニッツが立っていた。
「ボスのことだけど……」
「ガキ」と言われも珍しく怒らないミニッツ。
「マルクルがどうした?」
無表情にブリッジが聞く。
「“あの力”を出しちゃって……で、今さ、それを止めるためにエリウスが行っちゃったんだ…」
ミニッツはため息混じりに答えた。
「……で?」
「でね、エリウスは頑張ってるのに、俺は何もやってないな、って。ただ過去に怯える自分がいるって感じで……ね、悔しいな……って」
ミニッツが苦笑いしてブリッジをチラッと見た。
ブリッジは、ミニッツをジッと見ている。
そして、
「一つ聞いておけよ」
ブリッジはそう言って続けた。
「怯えるのは勝手だ、理由が何であれな。でもな、過去にばっかり縛られるのは、だめだ。怯える理由?そんなのは、なくせば良い。自分の記憶から、その場所から、もしくは自分の手でな。それが出来ないなら、現在(いま)だけを見れるように努力しろ、そして考えるのは今出来ること。昔のことなんて考えるだけ無駄だしな。未来の答えだけを考えて過去を断ち切れ、能動でも受動でもそうだ」
そして、小さく深呼吸して、
「……もしも答えが分からなくなったら俺達に聞くといい、俺達はそれに出来る限り答えるから」
そう、ミニッツに告げる。ふと目の前を見ると、ミニッツは振り返っていた。
「『仲間』ってそう言うものだろ?」
ブリッジにしては、良いことを言った、そうミニッツは思っている。
「……わかってるよ…そんなこと…」
そして、ブリッジに背を向けたまま、途切れ途切れにこぼした。言葉には力が感じられる。
「ふっ…ならいい。……無理すんなよな」
「……わかったから……ありがと…」
そう安心してブリッジが言った時、もうすでにミニッツは扉の向こう側にいた。
「……よく言うよ…」
安心感にそう呟いて、“作戦室”に足を運ぶ。
そして、何かに気づいた。
「…はは……涙腺緩いな…俺…」
その顔からは、数滴の雫が落ちていた。
最終更新:2006年07月07日 19:26