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男とマルクルはまた違う部屋に居た。拷問用具やら断頭台やら置いてある部屋で、嫌気がさすほどの湿気。息苦しいとはこのことだ。自分のスタイルにあった環境ではないこと。
故に目の前の器具全てにおいて、“喜”や“嬉”と言う感情は決してないであろう。置いてある意味すら不明だ。
そして今、自分は動けない状態であり、この“いかれた男”が何をしてもおかしくはない。熱も引かないし、力も入らないため、抵抗は不可能。
マルクルは鎖で雁字搦め(がんじがらめ)にされて首の部分しか動かせない状況にあった。
「君が抵抗すると、面倒だからね」
そう言って男は不意に不気味な笑みを作る。見るだけでこの部屋同様、嫌気がわくのが分かった。
無言で睨むマルクル。殺気だらけのその目は黒く、潤いが無い。
「まあそう睨むなって、邪魔する奴だけ殺すつもり。でね、前みたいに君の仲間には手を出さないよ、邪魔しなければの話しだけど」
そしてクスクスと笑って、マルクルに近寄って銀色の髪に手を当てた。
――お前……またあの時みたくなったらなぁ……!!
「まあまあ、ご立腹のようだけど落ち着こうよ。僕と君は一心同体で、君のストレスまで来るんだよね僕の方に、イライラしてさ無差別に殺しちゃうよ?」
ちょっとムスッとした男からの言葉。それを聞いてマルクルは悔しそうに下唇を噛んだ。
気まぐれで人が殺されるのならば、それは人の命の重さはどうなる?無関係か?
非情なのか、無知なのか、両方なのか。こいつの頭の中はどうなっている?異常を超えている脳だ。
俺はこいつを止めたいけど、今の俺は無力だ。こいつのウイルスによって熱が起きていて力が入らない。
――くそ……
マルクルは下を向くしかなかった。無力な自分。こんなんだったらリーダーとして失格である。
そう、後悔するしかなかった。

※

何もない――と言うより“何もかも無くなった地”だ。
原形は分からないが、工場というだけあって相当の被害だろう。ボスはここで何をしたのか。
だが、『呪霊』の力が働いていたことは確かである。
エリウスは、小さく見える悪魔に目掛けて走って行き、全身がハッキリと見える位置で止まった。
悪魔はそんなエリウスを無視して、何か詠唱をしている。意味不明な言葉がエリウスの耳に入り不快な気分になる。
「ボス!」
咄嗟にエリウスはそう叫んだ。悪魔がチラッとエリウスを見る。
「何だ……?」
そして悪魔はエリウスを睨んだまま一言。
エリウスは少し考えて、マルクルの意識がほとんど無いことに気づいた。反応が鈍すぎる。そして、
「あなたの行動を阻止します」
そう告げて、服の袖から武器を出した。


「仕方……ない。約束通りに…」
そう言って悪魔が光に包まれて、姿が変わった。エリウスは驚いた。
「ボ……ボス…」
目の前にはマルクルがいた。だけど雰囲気が違う。いつものマルクルは、もっと和やかで猛々しい優しい感じの雰囲気だ。これは違う。
「エリウス……」
そう言って近づいていくマルクル。それを見て
「近寄らないで!今すぐあなたを解放しますので」
マルクルを止めた。マルクルはよく分からない。
「樹の癒し、水の潤い、大地の堅甲、空の広大――」
エリウスは『刻印』をマルクルに向けて何かをぶつぶつ唱えだした。マルクルはそれを聞いて
「やめろぉぉ!」
思い切り、エリウスを殴り倒した。バキッとエリウスが倒れるその場所に砂埃が舞う。
「偽者ですね、やはり」
起き上がりつつエリウスの自信ある声。“偽者”からは焦りが感じられる。そして
「殺す」
想定外なことにいらついて、偽者が呟いた。エリウスが身構える。

広刃が空を斬り、弾丸が空を貫く。“何もかも無くなった地”での戦闘は始まっていた。
「お前を殺すなんて余裕なんだよ!」
偽者がエリウスに向かって弾丸を放つ。エリウスは広刃でそれを弾いて、距離を詰めた。
そして斬りつけるが、偽者は後ろに跳んでかわす。
これは以前ブリッジがやった方法で、ツェルに距離を詰めて切り裂く攻撃だ。実際この攻撃は“走る”――のではなく“低空で飛ぶ”らしい。常人では無理な行動範囲だ。エリウスは“低空飛行”が出来ないので『刻印』を利用して飛ぶ。まず『守護の光(プロテクション)』を足元に発動、そして足の圧力でそれをわざと破壊する。これで『反射の輝き(リヴァイフェクション)』の発動条件が揃った。そして『反射の輝き』を発動することによって推進力で素早く移動することができる。
また『守護の光』の規模はなるべく最小限に小さくすることによって、勢いあまりに地面を貫くことは無いし、敵に察知されることもない。『刻印』の消費量も皆無に近いのである。
エリウスは、少し様子を見ることにした。仲間とはいえ、未知数に近い相手。何をしてくるかわからない。彼の『刻印』の能力も知らないわけだからだ。
しかし、やはり偽者は『銀の雹(ぎんのひょう)』を撃ち続ける。今から十分はたった。だが、撃ち続ける。エリウスは反撃はするが自分から攻撃はしない。
すると、
「そろそろ本気で行きますか……」
やっと偽者が腕を自分に当てて『刻印』を発動した。黒い光が辺りを暗くする。
普通のとは違う、いつもの『刻印』の発動方法と違う

――そうか!

エリウスはハッと気づいた。そして一気に距離を詰めて、斬りつけようとする。一枚の刃が三枚になり、確実に動けなくなる急所を切り裂く――筈だった。
しかし遅かった。エリウスの三枚の仕込み刀は、粉々に砕け散っている。そして目の前には灰色の光沢をまとった偽者
「惜しかったな、エリウス」
そして苦い顔をしてエリウスは後ろに下がる。
「これが何か分かるかい?」
「……『覚醒(トランス)』」
偽者の質問にエリウスはそう答えた。そうしてエリウスはまた何歩か下がる。
エリウスは『覚醒』が使えない。そのためこれは圧倒的に不利だ。『覚醒』は全ての『刻印』に適用される第三段階の力だ。基本は第二段階で十分戦える域だが、第三段階になると心身共に消費が激しい。
『刻印』自体、第四段階までの力があると言われているが、第四段階の能力がどんなものかわからなく、『刻印』は未知数な点が多いのだ。
だが、第三段階は「発動すると身体能力が飛躍的に上がる反面、他の『刻印』の能力は一切使えない」ので戦略的には全く持って無謀な、力任せの特攻と言ったところだろう。
だから戦略をうまく使うしかない。
「じゃあさっさと行くか」
偽者はエリウスの目の前から消えて、エリウスの背後に一瞬にして回った。そして『銀の雹』を数発撃ち込む。
反応が一瞬遅れたら、確実に吹き飛んでいたろう。一発脇腹をかすめたが、他は全て『守護の光』で守りきった。脇腹から少し血が流れている。
しかし安心するのはまだ早かった。次々に繰り出される猛攻。見えないものもあったが、それらは辛うじて反射神経でぎりぎりかわした。そして本気であろうミドルキックだ、しかも一段と早い。エリウスはかわしきれない事を直感でわかっていた。そして一瞬の判断で『守護の光』を当たるポイントに発動する。
無論、これぐらいの衝撃だ、壊れることぐらいは目に見えていた。音も無くガラスの様に、バリアが弾ける。そしてそれと同時にエリウスは『反射の輝き』を構える。
しかしそれもまた、偽者は先読みしていた。次の攻撃をなるべく速く、そして爆発的な速さでストレートをかます。
しかし、偽者の読みは外れた。
エリウスはそれを片手できれいに受け流し、もう片方の手で『反射の輝き』を構える。エリウスは二択を図ったのだ。
偽者は策略に飲まれて、見事に『反射の輝き』を直接受けて吹き飛んだ。
『反射の輝き』は壁が無いと止まらないので、途中でエリウスは暴発させる。遠くで轟音と共に、人二人は巻き込める小規模で威力が強い爆発が起きた。
それを見てエリウスは、少しホッと胸を撫で下ろす。複雑で結構な緊張感に見舞われて、心身共に参りそうだ。
そして、爆発した地点へ歩いて行く。
「後は、聖印を発動して束縛すれば……」
そう呟いて、とことこのんびり歩いていく。

そして爆発した地点で、男――偽者が倒れているのを確認して、早速詠唱にかかった。
と、エリウスは安心し過ぎている。それに本人は気づいていない。
「甘いねエリウス」
すると、男の方からそう言う声がした。


エリウスから血の気が引いた。
最終更新:2006年07月17日 22:24