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「小細工が過ぎてんだよ、小娘」
偽者は生きていた。
あれだけの攻撃だ。常人なら、内臓が破裂して骨が粉々に砕けてもおかしくはない。だが、違かった。
この男は“常人ではない”。だから死ななかった、今こうしてピンピンしている。
『覚醒(トランス)』と言うのは、ここまで超越した能力なのだろうか?
「あの攻撃が本気だったのか?俺を気絶させるにも至らなかったな、はは!」
不敵な笑み。それからは、殺意が感じられた。
エリウスの脚がほんの少し震える。想像以上にマルクルは『呪霊』を、“育ててしまった”ようだ。
脇の血が止まったことにも気づかず、後ろに数歩下がる。
「で?もう攻めは終わりかい?」
そういったことに気づいた頃、エリウスは宙に浮いていた。
「『堕天使の裏切り(リバースオブデットリティ)』」
偽者が放った『刻印』の力。
『覚醒』時には使えないはずだが、もうすでにその力は無かった。
宙を浮くエリウスを、黒い空間が包んだ。
何も見えない。また何が起こるかわからない状況である。
すると
「くっ……」
顔に傷がついたことが分かった。黒い空間で仄かに見える赤い液体。

――“光も、音も、感覚も無い空間”

人にとってこれ異常の恐怖はないだろう、そしてただ切り裂かれる痛みも。
数本の刃が、またもエリウスの肌を切り裂いた。鮮血が流れる感覚がする。
そして、また数本……エリウスは切り裂かれる。それが何度も何度も。
抵抗しようにも『守護の光(プロテクション)』は見当がつかないので無駄撃ちが出来ない。なので、今、この状態で成す術が無いのである。

――だけどこのままじゃ……

エリウスは“マルクルを元に戻して、無事帰還させる”と言うのを約束した。
ミニッツにとって彼は、恐れる存在であり、大切な人でもある。
恐れる存在……これはマルクルが利己的、自己判断で演じているわけではない。誰かがマルクルの身体を乗っ取り、演じているのだ。
だから、“恐れるものを取り除いて、ディルキーのリーダー『マルクル』にする”
これは死んでも、こなさないといけない任務。
ディルキーの為でもあり、人類の為でもあり、そして何よりエリウスを含めた『戦闘長部隊』の三人の為でもあった。

――だけど……もう終わりかもしれないわ……

体力の限界、ブリッジの気絶した時の状況ってこんな感じなのだろうか?血が流れていく感じとは。
こうしているうちにも目が霞み、意識が遠くなって、死に近づき、恐怖なんてなくなる。
諦めという考えだ。

ふと、悔しさがわいた。
悔しい、悔しい、そう自分を叩くようにして思う。
無力な自分、少しでも諦めようとした“心の弱さ”言葉一つに、思い一つに責任も持てないなんて、何が「ボスを助ける」だ、私は善人ぶっている偽善者だ。
そう思ったエリウスの瞳から涙が溢れる。悔しい、そう思うだけで何も出来ない自分がいる。


その時だ。
「え……?」
エリウスは目を疑った。この空間に光が漏れている。
そしてガラスの様に割れていく、黒い空間。
「うわっ!」
それを見ていたエリウスは急に落下してドスンと無様に落ちた。本人は浮いていることをすっかり忘れていたからである。
「おっまたせ~、大丈夫?」
聞き覚えのある声、ハッとして声の元の方に目をやった。
小さい小柄な背――ミニッツである。
「なん……で?」
目をまた疑ってしまった。ゴシゴシと目をこする。
「今できるサポートをする。それが仕事だからね」
先ほどのミニッツとは違い、見事な覇気があった。
「邪魔をするなよガキが!」
すると横から偽者の声、ミニッツがやったのだろう、少し負傷している。
「ガキじゃないっての……まあいいや、とりあえず動きを二、三時間ぐらい止められれば良いんでしょ?」
そんな偽者を見ずに、エリウスの方を見て聞いた。エリウスは「はい」と目に入りそうな血を拭いながら頷く。
そしてミニッツは、偽者の方を向いて
「お前さ、もしかして本人の記憶までは知らないよね?」
「どうかな?」
「教えてくれないなら、試して見るまで」
そう言って、『刻印』を煌めかせた。
偽者はやはり、本人の記憶までは一体化できなかったようだ。後ろに下がって少し動揺している。
「じゃあちょっと痛いからね『網華雷線(もうからいせん)』」
と、言った時、ミニッツは偽者の頭より上の位置にいた。
「……!!」
そして、着地すると偽者は感電していた。よく見ると、網目状に縄のような電気が偽者の体の至るところに張り巡らされている。
あまりの急な刺激で声が出せない偽者。バリバリと雷撃が偽者をいたぶり、火花が散る。
「網のように集結する雷撃は、華麗な火花を散らして、敵対者を束縛する……」
無邪気にミニッツが決め言葉(?)を言った。その後「……きまった」と小さく呟き
「じゃ、解放してあげて」
少し満足した様子でエリウスに任せる。エリウスは詠唱を始める。
「樹の癒し、水の潤い、大地の堅甲、空の広大――天地聖なる巫女において邪神を滅ぼさんとするものなり。天界からの気流よ、我に力を与えん!!」
『刻印』が急激に光りだして、エリウスの片腕を包んだ。
「『神印・魔衝刹(しんいん・ましょうせつ)』!!」
思い切り、腕を伸ばして『刻印』の力を解放する。青白いその輝きは、偽者の『刻印』を濃く包んでいった。
「ガァァァァ!」と叫んでいるように見える偽者だが、声が出ない。電気で喉が焼けたのだろうか?
そして黒く霧状のものがマルクルから抜けていく――
しかし『呪霊』はまだ抜けていなかった。

※

「く……くそぉ……うぅ…」
拷問部屋で、男が呻く。額から汗がダラダラと流れていき、体を嫌に湿らせる。
――エリウス達か……もうお前は終わりだ。
マルクルは、小馬鹿にした顔で男を見つめた。男は相変わらず呻いている。
「く……消えちゃうのか……くそぉ……ただじゃ済まさないよ…」
男はそう言うと、横たわった自分の体を無理に“立ち上がらせた”。そして、斧を一本片手に持ってフラフラとマルクルに近づく。
マルクルは動けないので、危機感を感じて必死に束縛を解こうとしていた。
「この……僕は……どうせ…」
男は必死に、膝をつきながら一歩一歩確実に近づいてくる。
鎖を解こうともがくマルクル。
そしてついに男は斧がとどく所まで来てしまった。マルクルは鎖を力任せに解こうとする。
「く……どうせ…死ぬのだから……共に――」
男は斧を振り上げた。そして、斧が勢いよく振り下ろされる――
その瞬間、鉄の鈍い音が鳴った。
振り下ろされた斧、その軌跡には、血の跡。そしてマルクルの腕は無くなっていた。
首を裂こうとした、時に運良く鎖が解けた。そして左手で首をかばったのである。
「くそ……死には至らなかったか……でも……」
にやけながらそう言いかけて、男の体は砂のようになりサラサラと散っていった。
そして、マルクルも倒れる。


倒れたこの部屋には、片腕が転がっていた
最終更新:2006年07月19日 13:20