「これですよね?」
エリウスは、灰色の金属をマルクルに手渡した。金属に手に触れたとき、手に冷たさが伝わってひんやりする。マルクルはそれを実感すると
「保存状態は良かったようだね」
そう、エリウスに微笑んだ。
少し嬉しそうなマルクルの顔。その顔を見て、エリウスは「あ、ありがとうございます…」と少し照れを隠しながら目線を顔から逸らした。ふと、左肩が見える。
「不安……ですか?」
「え……?」
無意識にこぼれた一言に驚いて、エリウスは咄嗟に口を押さえた。顔が赤い。その言葉に、マルクルは苦笑いして
「そりゃあ戦力とかに支障は出そうだけど……」
そうエリウスに言った。エリウスは下を向いて聞いているのか分からなかったが、まだ顔が火照っている。それだけはわかった。
「でもさ、取り戻せないんだからあんまり気にしないで。左手の『刻印』も消えちゃったけど……」
『刻印が』無い……それだけでもだいぶ辛いものがある。
それが分かってエリウスは一言、マルクルに告げて医療室を後にした。
「私達に……任せてください」
マルクルが居ない作戦室。ミニッツは常にデスクに向かわないといけなかった。
「兵卒がいない今、下手に潜入して、痕跡一つでも見つかったら……言うまでも無いよね?」
そう、腕がうずいているブリッジをなだめてやるのも彼の仕事。休める時間がほとんど無い。
子供がこんなことをしていて良いのかと思うエリウスだったが、ブリッジは「そう鍛えられたんだよ」と言うばかり。そして、複雑なデーター管理を出来るのはミニッツだけ、と言わんばかりに自慢そうに鼻で笑う。
「ブリッジも、あのくそジジイに馬鹿を矯正してもらえば?」
「馬鹿」を強調させて、鼻で笑うブリッジに一言。それに「俺は刀が一本あれば生きていける」と、ブリッジが難なくミニッツに返した。それにムスッとミニッツが振り返り、光を放つ画面の方へ。カタカタと音が鳴り始める。
「ボスは……何しているの?」
カタカタと鳴り響く音に紛れて、ミニッツの声。
「休養しています。『刻印』も武器も無くなって……動けない状態です」
「マルクルの状態に関係なく、兵卒どもが帰ってきたら動くぞ」
質問に答えた後エリウスは、少しブリッジを見た。やや苛立っている様にも見えるその表情は、何故か涼しい。しかしその口から出た言葉は、「マルクルに頼らなくとも大丈夫」そういう風にも、とらえられる。
「そうだね」と満足気にミニッツ。全員気持ちは一緒であったようだ。
それに安心して、「先、戻ります」とエリウスは作戦室を出ていった。悔しそうに見ているミニッツの視線を感じながらも、私室へ向かい歩いていくエリウス。
こうして、一週間が経った。
※
「兵卒達は?」
「いるよ」
痺れを切らせて、長期休暇中の兵士達の休日を三日切り取って、強制的に仕事にまわしたブリッジの評価は愕然と下がり、「クールそうなのに…幻滅した」など、牽制兵の女性達。「休みって言ったのは、ボスだぜ?命令違反?」と突撃兵の男性達。こんな風に皆、不満たっぷりに捨て台詞をはいていた。
時折、何人かで押しかける輩もいたが、「そのストレスは任務で発散しろ」と冷たくブリッジは返り討ちにした。そして兵士達を集会所に集めるよう、ミニッツに頼む。
「フィンクに攻め込む。行動範囲が広がるから、キャンプの用意はしっかりしとけ」
数分後、ぶつぶつ文句を言っている兵士達を集会所に集めて、そう一言告げた。そして、振り返って私室に戻るブリッジを見送った兵士達は、がやがや音を立てて帰っていく。
鍵を開けて私室に戻ったブリッジ。サッと愛用の刀を取り、私室を見渡す。すると、マルクルがベッドの上で寝転んでいた。寝てはいなかった。
それに不思議そうにブリッジはマルクルを見て
「お前…医療室に居なきゃいけないんじゃないのか?」
ドアノブに掛けてある手をスッと離して聞いてみた。「鍵がかかっていたのに何で入れた?」そうはツッコミを入れない。
「いや……なんか落ち着かないからさ、ここに」
「何で俺の部屋なんだよ」
しかめ面をつくり(マルクルにはそう見える)嫌そうにこぼすブリッジ。それを見て「ごめん」とマルクルが寂しそうに謝る。そして
「俺……任務に付いていっちゃダメかな?」
またまた寂しそうに、そして遠慮がちにブリッジに聞いた。ブリッジは
「休め。それが先決だ」
そう、きつい口調でマルクルに言い放ち、「戻れ」と部屋の外に追い出すようにして押し出した。そして、「もう一方も無くなったら話にならん」とまたもやマルクルに釘を打つ。
マルクルはその一言にしょんぼりとして、ブリッジに背を向けて去っていった。
そしてブリッジに聞こえないぐらい距離を置くと
「意地でも付いていってやる」
そう、やや悔しそうにこぼした。そして腕が無い左肩をギュッと握り締めると、早足で医療室へと向かうのであった。その表情には、少し殺意が秘められているようにも見られる。
「あと、二時間」
ミニッツが懐中時計を見ながらそう呟く頃、ブリッジは刀を構えてやはり無表情のまま、刃先を見ていた。一応剣の腕は確かだが「危ない」と念のためブリッジに向けて言っておく。ブリッジはそれを無視して鞘には刀を入れなかったが、人に当たるような場所では一切やらず、作戦室の端っこで孤独に刃の輝きを見ては、軽く縦に振ったり横に振ったりしていた。埃が無い刀、振った後の軌跡が眩しい。
そんな、待ちくたびれそうなブリッジを「なんだか子供みたい」と口には言わず、心に納めるミニッツではあった。もし口にすると――言わなくても分かるであろう。
「みんな、あと一時間だよ。武器は持ったよね?」
「みんな」はいらなかっただろう、エリウスに向けた一言。それには、「はい」としっかりとした返事が返ってきた。だが、ローブを着ているため半信半疑な答え。エリウスのことだ、なんでもしっかりやっているのだろう、ミニッツはそう思うしかなかった。が
「エリウスって、何でそんなに武器を隠し持っているの?」
確認、確認だこれはと、結局聞いてしまった。好奇心とは意地悪で、人を軽々と疑える。ミニッツの警戒範囲の広さが仇になったようにも見えて、結構辛いものがあった。
「数が多いからです」
それにエリウスはすんなり答える。何かを隠しているようにも見える、と思ったときに
「足に六本、腕に七本、背中に三本。順に極小、小、中と隠し刃です。いつでも取り出せるようにしてあります。」
そう、詳細を話した。「多っ」と思わず言ってしまったミニッツ。それにエリウスはニコッと微笑む。
「……重くないの?」
「合金で鋭く、軽くしてありますから、全体で四十キロ未満です」
恐る恐る聞くミニッツに、エリウスは微笑んでスッキリと答えた。が、「十分重い」とミニッツは苦い表情をつくるばかりだった。
そして、苦笑しながら懐中時計をふと見た。
「あ~!やばい。時間だ~!!」
五分前になっている時間を見て、「走るよ!」とミニッツがエリウスの手を引いて走り出す。当然、ブリッジは置いていったが、ブリッジも後ろを走り出した。
「置いていくな」
「うるさいよぉ~飛行船に乗れなくなっちゃう~」
「飛行船ってなんですか?」
「えっと飛行船はね……見れば分かるよ」
「転送装置があるじゃねえか」
「うるさーい!あれは行ける場所が制限されるの!ああ~もう遅れちゃうよぉ~」
走りがてらにそういう会話が飛び交った。
作戦室を抜け出て、廊下を過ぎ、広い中央広場を突っ切る。中央広場で、飛行船が数台出ているのを見たときは息が止まりそうになった。
「ハイペースで行かなきゃ」
そして、やや『刻印』の力を使ってピョンピョンと飛ぶように、ものすごい速さで“飛行船置き場”へ。
そして飛び乗るようにして飛行船に乗ると、敵地フィンクへ向かうのであった。
風のように速く――
最終更新:2006年09月21日 21:35