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戦場――灰色の空が広がり、銃声と人の声が場を騒ぎ立てる。
火は起こっていない。元々領地を占拠するのが目的ではないためだ。目的は神木の奪取。簡単な潜入任務だと思っていたが、基地自体が広いフィンク、故に厳重な警備。やはり難しい。そう感じたのか占拠せざる得ないことにミニッツは気づいた。そして“外側からの占拠”を事前に部下に知らせて、飛行船で基地に向かわせたのだった。
だが、自分自身が乗り遅れてしまう事は想定外。指示官(兵隊の中でも優れているもの、兵長)だけでは、飛行船の軌道もそう、統率性が無くなることは目に見えている。下手したら、飛行船が落とされて、何十名も死傷者が出る可能性だってある。そのため、できれば敵が自分達しか見ないようにしたい。そして、この三人だけで任務をこなしてしまいたい。だから、いち早く現地に行って暴れまわっているのだ。ほんの少しだが、注意は引ける。この罪悪感をバネにしたいものだ。そして、できるだけ被害を減らしたい。そう思うミニッツであった。

 ぶかぶかな服が風で揺れ、周りの人間達を吹飛ばす。その度に下のアスファルトが抉れ、こげ茶色の地面が顔を出した。被害のない兵士達は飛ばされた人間たちのせいで巻き添えになり、いきなり飛んできた者を受け止められずに、一緒に倒れてしまう。そしてその結果、ドミノ状に倒れてしまう間抜けな兵士達。それが二人の目に映って思わず笑いそうになった。だが、しんどいのは変わりない。
 「二千人は飛ばしたよ!まだなの!?」
 「しばらく堪えろ」
 兵士は「数に限りが無いのか?」と疑うぐらいの多さだった。軽く二万人はいるかと思うぐらいである。はっきり言ってしんどい。ここで逃げるというのもあるが、それ自体エリウスの行動の邪魔になることはよくわかる。だから敵は蹴散らすのだ。
 また一人、また一人と敵が右や左に派手だが大雑把に兵士が、唾液やら血やら口から垂らし飛んでいく。だが数はほとんど減ることは無かった。

 エリウスは、単独行動。『神木』を探して、一人でこの基地を脱出するというのが彼女の任務だ。危険度は高いが、今はブリッジ達のおかげで兵士が彼女を気にすることはない。稀に狙撃主が彼女を狙うぐらいだが、彼女はそれをかわして、『刻印』を使わずに拾った銃器で中距離から手や足を打ち抜いて動けなくする。殺さないのは、エリウスの慈悲。殺さないのだから自分の武器と『刻印』は使わない。情報の漏れが恐いからだ。でも、元々エリウスは攻撃型の『刻印』ではない。
 ふと、エリウスの頬が少し切れた。弾がかすったようだ。音はしなかったので、弾道で位置を見極める。そして大まかな位置が分かると風のごとく距離を詰めた。距離はさほど無かったようだ、目の前に飛び掛るエリウスが目に映って狙撃主も相当驚いていただろう。狙撃主はボルトを引いていた手を思わず離してしまった。そんな狙撃主にエリウスは手に持った銃を向けて右膝と、左肩を狙った。軽く、パンッと音がして、鉛弾が狙撃主の膝と肩に入り込んでいく。血が少し吹いた。だがすぐに止まる。さすがに鉛弾なので撃ち抜きははしなかったが狙い通り、それにより出血量が少なくなるのだ。
 膝を抑える狙撃主を仰向けにして、持っている弾装とハンドガンを抜き取り、エリウスはすぐにその場を去った。そして街道みたいな軍基地の路地を走って行く。何件も何件も倉庫みたいな建物を抜けて、中央の本部を目指す。
 すると、噴水がある広場に出た。もちろん、エリウスは隠れながら銃器に手を当てる。ここで“幹部レベル”に会う可能性は充分といって良いほどあるからだ。隠れる場所はほとんど無いが、建物のおかげだ。裏路地に隠れれば見つかることはない。万が一見つかった場合、倒すしかない。しかし『刻印』の使用はなるべく避けたいのも事実。兵士一人でも通れば、自分の能力ぐらいばらされても、文句は言えない。なるべく人は殺したくない、そんな理由だ。通りかかる兵士は殺さないでおきたい。むしろ戦闘は避けたいのだ。今は自分の甘さが自分を傷つけないことを祈ることだけ。
 ギュッと汗ばむ手で銃器を握り締める。人の気配がすることを察知したのだ。エリウス自信、自分の能力の弱さを知っていて、精神的にも「軍に居て良いのだろうか?」と自分で思うほど弱い。こうしてなるべく自分を過小評価することで、自分への甘さを無くすのだ。エリウスは決して甘い人間ではない。
 気配が消えた、と思うころエリウスは黒くて長い髪を揺らしながら路地裏から出ていた。安心感の裏に、不安の二文字が通り過ぎる。
 「やっと出てきた」
 思わず「誰!?」と言いそうになった。口を押さえながら、声のほうを見る。視線の先には茶色い髪の成年の男と、やや小柄な同じ髪の青年の男。双子ではないが、似ている。
 「リュー、あいつは敵でしょ?殺そうよ」
 「ライナス、焦ってはダメだよ。拷問して、情報を吐かせないとね。なるべく多く」
 エリウスが見るところ、リューと呼ばれる方が高い背、ライナスと呼ばれる方が小柄。二人は共に長いジャケットを着て、片手にはナイフが一本。二人の手の甲には、レリーフが刻まれておりそれが『刻印』だ分かる。二人はまだ何かを話していた。
 エリウスは最悪な状況だと気がついた。一人を倒しても、もう一人に逃げられて情報が流れたら、自分はもう木偶。上級階級の人間との戦闘に関しては何も出来ない。対策が練りやすい能力だからだ。できれば、攻撃用の『反射の輝き(リヴァイフェクション)』は使いたくない。つまり『守りの光(プロテクション)』の使用回数を下げないといけないのだ。これは、敵の能力によっては無理だと言えるので、最悪である。
 エリウスは二歩ほど下がった。

 周りには死体しか無くなっていた。残っているのは二人だけ
 ミニッツとブリッジは息を切らしながら数歩歩いた。そして、アスファルトに座り込んだ。ミニッツのほうが早く座る。両人、周りの死体には目は行かずに灰色の空を見て、深呼吸。二人共だ。
すると、人影がこっちに来ることがわかる。座り込んだのはこれを予測して、待っていたかのようだった。二人の目が一変する。また、ブリッジはすでに立ち上がって抜刀していた。刀身に血はついていない刀だが、持ち主の影響か大きな威圧が感じられる。
「お前……ここの長か?」
ある一定、全身がはっきり見える位置でブリッジが口を開いた。前にいるのは男だった。
「だとしたら?」
ねずみ色でショートな髪、白い肌。細く睨みつけたような目はブリッジそっくりである。意地悪に聞き返す男。
「……まあいい」
この会話中、ブリッジの赤い髪がいっそう煌いて見えた。そして、火が消えるように染まった髪が、輝きを失う。
「幹部レベルなら良し、長ならなお良し。どっちにしろハズレじゃないよね?」
その声に、男はミニッツを視界に入れた。そして何かを思い出したようだ、少し笑顔で、
「お前……なつかしいな、ミニッツ」
と、言った。それにミニッツはキョトンとして男を見つめる。知らない人だ。
「……やっぱり覚えていないよな、お前が六つの時に一回だけ会ったんだけどな」
男は苦笑いしていた。殺意は見られない。ミニッツの肩の力が緩む。
「わからないか、でも――」
男の口が止まった。そして、次の瞬間だった。男はミニッツの目の前に一瞬にして移動していた。ミニッツの息が詰まる。右手が来る――
「ミニッツ!かわせ!」
ブリッジのそんな声が聞こえたが、もう遅い。
「――自分の犯した罪からは逃さないぜ?」
ミニッツのいる空間一帯が、轟音と共に弾けとんだ。

走る、とりあえずここは走って分散させたい。エリウスの考えだ。街道みたいな路地、いつまで続くか分からないが、ひたすら走る。
「逃げないでよ~」
ライナスの方だろうか?気の抜ける声が後方から。
「リュー、こいつ捕まえていい?」
「それがあるなら早くしてよ。ライナス」
二人はくっついて離れないようだ。それが分かればこっちも逃げはしない。エリウスは止まって振り返った。同時に二人の動きも止まる。
「やあっと止まったか…走るのしんどいからさ、逃げるのもう止めてね?」
苛ついているのか?その台詞と同時に二人の刻印が光を放ち始めた。そして、それを確認するとリューの方が持っているナイフをエリウスに投げつけた。エリウスはそれを楽々とかわし、一気にリューとの距離を詰める。そして、仕込み刀をリューに向かって突き出した。リューも仕込み刀を半身でかわして、反撃はせず距離を離した。疑問に思うエリウス。すると、目の前をさっきのナイフが通った。肩から血が流れる。斬られたようだ。傷は浅いが、分からなかった。
「あなた…“物を操る能力”?」
「違うよ、リューの能力はね、“磁力”」
ライナスがリューの代わりにエリウスの質問に答えた。
「ライナス何言ってんだよ…。あーもういいや、本気でいこ」
こう言った瞬間、ライナスが何かを投げた。袋だ。
袋――磁力。これで思いつくものは一つ。エリウスは焦って『刻印』を使った。
「く…『多し守り手(エルエフェクト)!』」
エリウスを、淡い光のバリアが囲う。そして、ライナスが投げた袋から鉄の破片が大量に落ちてきた。それをリューが磁力で反発させる。
流星のごとく、落ちてくる鉄破片。一つ一つが高い威力を誇っていて、落ちる度にアスファルトを砕くほどだ。流星は耐えなく続いた。とても耐えられる量ではない。いつしか『刻印』で作ったバリアも後に解けてしまうだろう。これはとてもまずいことだ。

灰色の空に、黒光りする鉄の流星。これが止む事は無かった。。
最終更新:2006年08月27日 21:59