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「何なんだよ、こいつは」
銀髪が風で揺れる。師匠は目の前に倒れて動かないローブで身を包んだ者を見た。
「く――いや、こいつの服を見ろ…ってローブか」
それを聞き、青年はくまなくそれを見つめた。
「ライシエンスかな?模様が」
師匠は、「あたり」と答えて倒れている男の襟を掴んだ。ダランと腕が下がる。
「お前……明らかにこいつ狙ってただろ?名前と、目的は?」
男は黙ったまま。
師匠がそんな男の顔を、一発殴った。鈍い音、頬が赤く腫れて、口から血が流れる。それを見ると、青年は何かとやばそうな顔をして、何歩か下がった。ひやひやしてくる。
師匠はその後も、聞いては殴りと何度もそれを繰り返した。
ぼこぼこになるほど、腫れた顔を見て青年は気の毒そうに、その顔を見た。灰色の髪をしていて、目の色が片方違う。健全な青年だろう、歳は変わらないと思う。そんなことより、自分が狙われていたというのが何より気になった。青年は師匠に
「狙ってた……?どゆこと?」
そう聞いたが、今聞いていると返ってきた。青年はまた少し後ろへ。静止していた師匠の暴行がまた続く。悲惨な現場だ。拷問。
しばらくすると、青年は青い顔をして、師匠を止めた。
「もう……やめない?」
師匠の右手が止まった。
視線が変わり、師匠は青年を睨みつける。
「ならお前は帰っていい。この調子だとこいつの体が無くなるからな」
半笑で台詞を青年に言った。青年はこんな師匠は初めてだ、と言わんばかりの顔。そして鳥肌が立つぐらい怖かった。
「……つまり死ぬってこと!?」
師匠は頷きも何もしなかったが、鼻で笑うだけ。青年は必死に訴えた。
「殺すことはないでしょ!?」
「おまえ…自分の立ち位置が分かってないようだな!」
師匠が怒鳴った。いつもビクビクしていた青年も負けてはいない。言い返す。
いつしか、男を差し置いて言い争いになっていた。ギャアギャアと声が広がり、男は放置。森が騒がしいと動物がよく現れては迫力に押されて、すぐにその場を去る。二人の言い争いは留まることなく続いた。そしてこれは騒音問題と化して、言い争いから約十五分、気配という気配は全く無くなっていた。
疲れて、声がかすれる頃、師匠の顔つきが変わった。何かを感じ取った顔つき。そしてふと、倒れている男の方を見た。
「うちの坊主が世話になったな」
そこにはもう一人、大柄の男がいた。咄嗟に二人とも跳んで身を退く。
大柄の男は、倒れているローブの男の髪を掴んで、そのまま持ち上げた。ブランと体が人形のように垂れ下がる。そして、大柄の男は師匠を見て、すこし口を開いた。
「“不老不死”か」
そう、聞こえる。珍しく師匠も緊張していた。男の実力は、相当なものと見解しているようだ。
「待てよ、そいつはどうなる?」
師匠は口を開いた。とてつもなく空気が重い。そんなことを気にしてないかのように大柄の男は
「……処分だ」
軽くそう言った。青年は、汗だくで何も言えない。言いたいのに――無理だった。ただただそれを見るだけであった。両人、いや“全員”である。『処分』の意味は全員知っていた。ローブの男もそうであろう。今より辛いことが起きる事は知っているはず。
師匠は手で少し顔を隠した。
「はは……そういやぁお前らのやり方だっけ?それ。何とか言ってみろよ、“焔魔(えんま)”よぉ」
青年はサッと師匠の方に目を向ける。
「エンマ?閻魔のこと?」
師匠は少し首を振った。「地獄とは関係ない」と言っているようだ。
「俺たちの計画に弱者は必要ない」
焔魔はそう言った。計画――青年には到底わからないことである。師匠は少し無理に顔に余裕を表した。
「……で?そいつは“どこの方角だ”?」
焔魔は、「南東」と低い声で言った。それを聞いて、師匠は安心したように見えた。が
「お前の考えは甘い。『水泊(すいはく)』はもう見つけた」
師匠の顔が青くなった。それを見て、少し笑った焔魔。
そしてそのままローブの男を担いで、森の奥へと消えていった。それと同時に重量あるプレッシャーが無くなり、青年は膝が落ちる。
そして森には、今までにないような邪悪な静けさが広がっていった――
※
「九―四―六、封鎖して、誰でも良いから」
ミニッツの声、珍しく彼の命令は大雑把であった。暗い声が兵士たちを緊張させる。
飛行船はすでにフィンク基地の中に居座っていて大きく、雨が降っているのか、ドボドボやかましい音を立てる。空の色は良くはない。
「封鎖、完了しました!」
そんな兵士の言葉に、「じゃあ帰ろうか」とミニッツは言った。兵士はビシッと背筋が伸びて、そのまま操縦士に人数確認を要求する。もちろんマルクルたちも含めて、だ。
そうして飛行船は数名兵士を残して、飛び出していった。
飛行船内。部屋は四つほどあって、兵士たちが三部屋、他は上級階級の人間たちが使う。
また、上級階級の部屋は二つに分かれていた。
ゴージャスなソファに座り、一息ついた一同。沈黙が覆う。
「……あれで大丈夫なの?」
ふと、沈黙を破り、マルクルがミニッツに聞く。ミニッツはこくりと人形のように頷いた。
「生存者は数名だし、まあどちらにせよ捕虜はここにいる。あと転送装置使えば一瞬で飛べるからね」
そういうと、ミニッツは「寝る」と言ってもう一方の部屋に歩いていった。
またしばらく沈黙。
日が射さない外を見つめ、エリウスがため息をつく。
「どうしたんだい?」
ミーナがそれを見て、心配そうに尋ねる。一緒にいた男二人がいないのは、彼らが上司に会うことを嫌がり、一般兵の元へ逃げているからであった。ミーナはそれを伝えていない。
「……実のところ、私は今回人を倒していないんです。足引っ張ってばかり…」
ミーナは驚かなかった。そして少し微笑んで
「殺せば良いって訳じゃないんだよ。誰だって好きで殺しているわけじゃない。エリウスが優しいところもあるからだけど」
マルクルもブリッジもそれを聞いて納得した表情だった。
誰も、「臆病者」と言わなかった。ブリッジだけは、なぜか表情に説得力はないとミーナは思っていたが、そこはスルー。戦場では、“相手をどこまで抑えて支配するか”というのがミーナにとっての考え。策士である彼女にとって、彼らのように弾圧、武力行使はあまり好きではない。
彼女はまた、ブリッジのやり方が気に食わないのである。考えが分からない奴、武力のみで抑える奴、こういう考えだとミーナの中ではあった。しかし今回も含めて未だに何も文句はつけない。まだ分からないことがあるからだ。上司でもある。
だが、彼を除いても、“殺しだけが全てではない”を主体に思っている人間は皆無に等しいだろう。皮肉にも自分もそうである。
――殺さねば、殺される。情なんて二の次。きれいごと
黒い思い。これは皆共通だろう……と思う。
ミーナは黙って席を立った。エリウスはそのミーナの表情を見て、不安そうについていった。
マルクルはそんなミーナを見てキョトンとしていた。
「俺、何か悪いこと言った?」
「……いや」
ブリッジも動揺していた。少しばかり顔が違うのである。マルクルだけであろう、この変化がわかるのは。
しばらくして、ふとブリッジはマルクルのほうを見た。
「お前、さっきの“あれ”どうやった?」
質問。それを答える前にマルクルは、無い腕を見た。
「過去、それをヒントに……まあ嫌なことしかないけどね」
「過去……」
珍しくブリッジの悩んだ顔である。これもマルクルは見切った。
――過去…俺は…
考えは見切れない。マルクルはブリッジをそっとして、ミニッツが入っていった部屋へ向かっていった。
ブリッジは手で顔を覆い、俯いていた。
漆黒、混沌。そして闇。
見えない世界。
その上を飛行船は飛び続けた。
最終更新:2006年10月12日 22:03