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やはり狭い。オロードの家。
そんなに人が入りそうにない部屋。前もギリギリだった記憶がある。四人――いや五人だ。
オロードが部屋に入る。二人だけの空間、圧力は充分に大きい。
オロードはパイプ椅子に腰掛けると一息ついた。前に何をやっていたのかは分からないが、疲れている様子。
オロードは口を開く。
「何を教えて欲しい?」
「俺のことだ」
ブリッジがそう言うと、「お前のなんだ?」とオロード。言葉を喋ろうとも微動だにしない眉は相変わらずだ。
「俺の過去のことだ。親のこと、暮らし――些細なことは何でもいい」
「……自分の記憶がないのか?」
オロードは不信そうにブリッジに訪ねた、「そうだ」とブリッジ。
「どこから?」
「……十五、いや十四から前の記憶がない。丁度あんたの養子になった時からだ」
「そうか……」
オロードの口が閉じた。そしてしばらく彼は目を閉じる。ブリッジはジッとそれを見つめるばかり。
そして沈黙が破られた。
「ある一人の男の子の話をしよう」
ブリッジは黙って聞く姿勢、オロードの話には何かと意味がある。
「その子は、二刀流の使い手でな、彼は毎日のように決められた組織の決められた任務をこなして、日々を過ごしていた。まだその子は十一歳、子供なのに戦いに借り出されてたんじゃよ。毎日のように人を殺して、安住の場所をもらい……まるでミニッツを投影している子供じゃった。彼も、好きな事ばかりしながら食って生きていける訳ではない。そう思っていたようでな、素直に宿主に従っていたんじゃ。しかしある任務の時、とんでもない失敗してしまったんじゃよ――」
オロードが、顔を伏せて続ける。ブリッジは真剣な目つきでオロードの顔を見た。
「“感情移入”。彼は同じ年の男の子を殺そうとするのじゃが……初めてなのかできなかった。同じ環境にあった人間でもあったからじゃな。そいつは一人で山菜を採っていて、寂しそうだった。だけど殺さなければ自分は生活できない。迷う奴は、ついにやろうとするのだが……返り討ちにされてしまった。彼には意外にも保護者がいたから」
「それで…?」
「――その子は正体がばれて、組織で極刑に。そして“自分を変える”という強制的な方法で、罰を受けたんじゃ」
ブリッジは息を呑んだ。緊張する、だけど何か懐かしい…?いや分かるような…。
そう思っているうちにも、オロードは話を進める。
「それで――」

※

「どうかな?これの成果は…」
水泊(すいはく)が刀を片手に指を指した。血塗れの火天(アグニ)。その血を辿っていくと、見事に一人の人があった。
長い髪、息はあるが動かない。まさに瀕死である。
「……やるな“不老不死”か。お前の技量の成果だな、水泊」
焔魔(えんま)は納得した様子だった。
男をドサッと放り投げると、火天は何も言わずにどこかへ消えていった。
「いや……器のおかげだ」
水泊はそんな火天を見て呟いた。そしてなにか遠くを見る目をした。すると
「……くそ!あいつをどうするつもりだ!?」
長髪の男である。焔魔は静かにささやく。
「馬鹿め……自分の心配をしたらどうだ?ちなみにあいつには“種”を植え込んどいた……火天に感謝するんだな」
「自分で起こした不幸に拍車をかける気か……お前らは…あんな子供に対しても…!」
一発、蹴りが飛んだ。顔が弾かれ、長髪の男の顔にあざができる。そして、口から血が一筋流れていた。
焔魔はもの凄い形相で、長髪の男を睨んだ。そんな威圧に負けていない長髪の男。そして立て続けに口を開く。
「あの子……お前らが火天と呼んでいたあの子にも何かやったのか……まだ子供だぞ!お前らは人を何だと思ってるんだ!?」
「口が過ぎたな……“不老不死”。お前が死なないのは分かっている――死なないんじゃない、“死ねない”だったか?くくく…」
焔魔が笑う。不気味で腹が立つ。すぐにこいつの首を捻り折って、殺してしまいたかった。
これも、奴らにやられたためであった。“不老不死”という肩書き、嬉しい事なんて何ひとつ無い。
求めていないものを持たせられ、そして生涯それを背負わせられる――あいつも自分も、そして火天という少年もそうだろう。
そう思うと、長髪の男は焔魔を睨むのを止めて、水泊を見た。
水泊――見た事の無い奴だ。こいつがきっと彼を変えたのだろう、そして彼があいつを変えた。
元凶。
こいつが元凶ならば、こいつが裏で糸を引いているなら……異常な事態になることも考えられる。
帝釈天(カルラ)が魂を創れたり、混合できたり、できるのは知っていた。しかしそれだけでは“この計画”は実施不可能。混合できる魂がないのだ。
創れることはできるが、質は同じ。“養殖の魂”だからである。あまり意味をなさない。
そして――異常な事態、水泊が持っている刀がそれを引き起こす……と思う。根拠は無いが。
あの刀、不気味な光り方、魂の匂いと言うのだろうか?透き通った匂いが微かにする。
もしや――。
あの男はまずい、と長髪の男は危険感覚を察知していた。
すると髪を掴まれた。焔魔だ。
「さて、始めようか」

※

「――わかるか?ブリッジ」
ブリッジは少し悩んで、オロードの顔を見た。
「つまり俺は火天とやらに体を乗っ取られていたって訳か」
オロードは少し下を向いて黙った。
沈黙が流れる。嫌な沈黙だ。これはこれで。
「……むしろ逆じゃよ」
オロードの不意の一言に、ブリッジは耳を疑った。
「…俺が?これは俺の体ではない!?」
オロードはそれ以上何も言わないで、顔を下に向けた。
恐ろしいものだった。これが自分の体ではなく、他人の体。そして自分は魂だけ、存在意義は?人生が擬態だとすれば?自分の今までの行動および思考は?
全て、火天と呼ばれる青年の体を乗っ取り、気づかないうちに自分で彼を操作して、それを知らずに現在に至った。
「彼が目覚めれば、お前は死ぬ。お前が死ねば、彼は目覚める」
この体は火天のもので、自分は代わり。
オロードが、その事実を知って、火天……つまり自分を保護したのかは分からない。
きっと自分ではなく、“彼”を大事にしたかったのだろう。自分は時間稼ぎに必要なだけ。
ブリッジは青ざめた顔をしていた。そう思うだけで、自分の存在が哀れだと気づいたから。
「俺は……『呪霊(じゅりょう)』と同じってことか……」
「解釈の通りじゃ。そしてお前自身――」
拍車をかける様なオロードの声。いや、話。
「――お前は、マルクルという小僧に、“とんでもないこと”をしているのは分かっているか?」
ブリッジは、首を傾げた。

――“誓い”の通り。俺は奴を守るのが役目

マルクルとはそう約束した。あの卑怯な戦いの後だ。誓いを立てたのは。
「なんなんだよ……それは」
過去は戻れないところがあるため、引き出せることは少ない。それを分かって誓いを感じる。いや思い出すブリッジであった。
恐る恐る聞くブリッジに、オロードはゆっくりと言った。
「……お前があ奴の『呪霊』を促進させ、育てあ奴を殺そうとした。そして…あ奴の師匠となる人物も――」
ブリッジはそれを聞いた瞬間。頭が、真っ白になった。

そして――
最終更新:2006年10月22日 12:21