砂上の楼閣
ひらり、ひらり。
降り注ぐ桜の花弁は永遠に続くように見えて、しかし砂時計のように過ぎ行く時を示している。
降り注ぐ桜の花弁は永遠に続くように見えて、しかし砂時計のように過ぎ行く時を示している。
祭りで賑わうアマツの喧騒から少し離れた場所で、一人の男プリーストが夜桜の舞い散る空をぼんやりと見詰めていた。
ギルドチャットからはメンバーのはしゃぐ声が途切れることなく漏れ聞こえ、微笑ましくプリーストは地図に散らばったギルドマーカーを眺めた。
いつもならばこの声に交ざり自分も駆け回っていただろうに、こんな闇がすぐ傍にあるような寂しい場所で一人、浮かない顔をして夜空を見上げている。こんな状態があと数刻続けば、お人好しのギルドメンバーが我先にと顔色を窺いにやって来るだろう。
笑っていて欲しい、と、あんなにも純粋な願いを彼らからもらったと言うのに。
「ダメだなあ…………」
自嘲と共に吐き出した呟きは、薄暗がりに解けて消えた。
ギルドチャットからはメンバーのはしゃぐ声が途切れることなく漏れ聞こえ、微笑ましくプリーストは地図に散らばったギルドマーカーを眺めた。
いつもならばこの声に交ざり自分も駆け回っていただろうに、こんな闇がすぐ傍にあるような寂しい場所で一人、浮かない顔をして夜空を見上げている。こんな状態があと数刻続けば、お人好しのギルドメンバーが我先にと顔色を窺いにやって来るだろう。
笑っていて欲しい、と、あんなにも純粋な願いを彼らからもらったと言うのに。
「ダメだなあ…………」
自嘲と共に吐き出した呟きは、薄暗がりに解けて消えた。
―――あれは三日前だった。
フェイヨンで声をかけてきたのは、十五年ぶりの幼馴染みだった。
「………………四葉」
「君、は。…………ひのき?」
プリーストは商人の装束を着た青年に目を丸くした。
プリーストに良く似た顔立ち。緑と黒という色の違いはあれど、髪の長さも同じ程だからか、恐らく並べば大概の人間は兄弟かと認識するだろう。それもそのはずで、二人は血縁者である。青年はプリーストの母方の家の人間で、名は「神居 桧」。大陸生まれ大陸育ちのプリーストが幼少の頃、半年だけアマツに在住していた時分の友人だった。
「わ、あ……!ひのき?あの時の?わーわー……久し振りだね」
「…………ああ、久し振り」
「こんな格好してるのに良く僕だって分かったね。あ、これ母さんに内緒なんだ」
「知っている。お忍びで冒険者やってるそうじゃないか。……その割には、最近表に名前が出始めているぞ。君とそのギルド」
「え。うわ、ホントに……?気をつけないとな。でもどうしたの、こんな所で会うなんて。しかも商人になって!」
抱きつかんばかりの勢いで十五年ぶりの邂逅を喜ぶプリーストに、青年は苦笑を零しながら彼の手を取った。
「四葉………………君に、会いに来た。話があるんだ」
愛の告白じみたセリフの、その声色の必死さにプリーストが気付いたのは、彼に掴まれた手首がギリと軋みを上げてからだった。
「………………四葉」
「君、は。…………ひのき?」
プリーストは商人の装束を着た青年に目を丸くした。
プリーストに良く似た顔立ち。緑と黒という色の違いはあれど、髪の長さも同じ程だからか、恐らく並べば大概の人間は兄弟かと認識するだろう。それもそのはずで、二人は血縁者である。青年はプリーストの母方の家の人間で、名は「神居 桧」。大陸生まれ大陸育ちのプリーストが幼少の頃、半年だけアマツに在住していた時分の友人だった。
「わ、あ……!ひのき?あの時の?わーわー……久し振りだね」
「…………ああ、久し振り」
「こんな格好してるのに良く僕だって分かったね。あ、これ母さんに内緒なんだ」
「知っている。お忍びで冒険者やってるそうじゃないか。……その割には、最近表に名前が出始めているぞ。君とそのギルド」
「え。うわ、ホントに……?気をつけないとな。でもどうしたの、こんな所で会うなんて。しかも商人になって!」
抱きつかんばかりの勢いで十五年ぶりの邂逅を喜ぶプリーストに、青年は苦笑を零しながら彼の手を取った。
「四葉………………君に、会いに来た。話があるんだ」
愛の告白じみたセリフの、その声色の必死さにプリーストが気付いたのは、彼に掴まれた手首がギリと軋みを上げてからだった。
「ひのき……?何があったの」
フェイヨン弓手村の小さな池のほとりへ引きずるように移動し、静けさの中で改めて青年はプリーストへ向き直った。
フェイヨン弓手村の小さな池のほとりへ引きずるように移動し、静けさの中で改めて青年はプリーストへ向き直った。
「単刀直入に言う」
さながら死刑宣告のように。
「四葉、神居の本家を継いでくれ」
風が一迅通り過ぎた。
たっぷり十秒は反芻し、プリーストはようやく口を開いた。
「…………え、と。端的過ぎて要点が掴めない話なんだけど」
「本家の嫡子は死んだ。神居本家の血は、もう…………絶えた」
血を吐くかのように青年は声を搾り出す。
「おかしいじゃない。だって神居はアマツの神を信仰するお祓い屋だろう?僕じゃ祈る神が違う。僕はオーディン神に仕えるプリーストだ」
「そんなことは分かって言っている……アマツへ来てくれ、四葉。お前ならできる。補佐なら信頼できる人間がいる。もちろん俺も力になる。それに」
「ひのき」
続けようとした青年を、プリーストは遮った。
「要点のほとんどを隠したまま、話を進めないでくれないか」
もうプリーストの顔は幼馴染みに会えた時の笑みを浮かべてはいなかった。
冷静に、しかし哀しげに青年を見詰めるだけ。
「神居に何が起きているんだ」
「……跡取りが、いなくなって……それで」
「だったら、分家もいいとこ末端の僕よりも本家に近い人間はゴマンといるだろう。そう、君もだ」
「それ、は………………」
唇を噛み締めて、青年はプリーストから目を逸らし俯いた。その反応は、言葉にせずとも是を意味している。
「神居が欲しいのは、跡取りじゃないんだろう。本当に欲しいのは……」
区切って、一度酸素を取り込む。一息で言えるほどまだプリーストは強くなかった。
「…………え、と。端的過ぎて要点が掴めない話なんだけど」
「本家の嫡子は死んだ。神居本家の血は、もう…………絶えた」
血を吐くかのように青年は声を搾り出す。
「おかしいじゃない。だって神居はアマツの神を信仰するお祓い屋だろう?僕じゃ祈る神が違う。僕はオーディン神に仕えるプリーストだ」
「そんなことは分かって言っている……アマツへ来てくれ、四葉。お前ならできる。補佐なら信頼できる人間がいる。もちろん俺も力になる。それに」
「ひのき」
続けようとした青年を、プリーストは遮った。
「要点のほとんどを隠したまま、話を進めないでくれないか」
もうプリーストの顔は幼馴染みに会えた時の笑みを浮かべてはいなかった。
冷静に、しかし哀しげに青年を見詰めるだけ。
「神居に何が起きているんだ」
「……跡取りが、いなくなって……それで」
「だったら、分家もいいとこ末端の僕よりも本家に近い人間はゴマンといるだろう。そう、君もだ」
「それ、は………………」
唇を噛み締めて、青年はプリーストから目を逸らし俯いた。その反応は、言葉にせずとも是を意味している。
「神居が欲しいのは、跡取りじゃないんだろう。本当に欲しいのは……」
区切って、一度酸素を取り込む。一息で言えるほどまだプリーストは強くなかった。
「必要としているものは…………アスティス家の後ろ盾だろ」
足元に視線を落としたまま、プリーストの幼馴染みはもう何も言わなかった。
―――どいつもこいつも、人を高いところへ祭り上げたがる。
プリーストは心の中で一人ごちた。
しかも性質の悪いことに、今回祭り上げられようとしている場所は傾きかけた砂上の楼閣だ。
しかしもっと問題なのは、厄介ごとへと導こうとしている幼馴染みの手を、振り払えないプリーストの弱さだろうか。
彼の目の前に並べられた選択肢。
ゆっくりと吟味する時間を許すほど、神は甘くないらしい。
しかも性質の悪いことに、今回祭り上げられようとしている場所は傾きかけた砂上の楼閣だ。
しかしもっと問題なのは、厄介ごとへと導こうとしている幼馴染みの手を、振り払えないプリーストの弱さだろうか。
彼の目の前に並べられた選択肢。
ゆっくりと吟味する時間を許すほど、神は甘くないらしい。
ひらり、ひらり。
散る花弁が、過ぎ行く時を告げる。はやくはやくと責め立てるように。
散る花弁が、過ぎ行く時を告げる。はやくはやくと責め立てるように。