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六日ぶりの帰宅です、前から症状のあったソケイヘルニア(脱腸)のため入院しておりました。本日は11月14日(月)ですが入院中の事はノートにメモしてありますので、壮絶?な闘病?生活を赤裸々に日を追って紹介していきます。
11月8日(火)
昨夜御泊まりになられた伊藤さん御一家は,パンとコーヒーの朝食をとりながら、又是非来たいと,別れを惜しみながら9時ごろにお帰りになられました。
病院は10時の約束なので,急いでシャワーを浴びて、、、いざ腹切りの舞台へ丁度10時に病院受付に到着です、簡単な事務手続で4階のナースステーションに案内された。部屋は403号室です、これからしばらくお世話になるベットに腰をおろした。すぐ看護婦さんが来られて院内での決まりごと約束などを細かく丁寧に説明してくださいましたが常識的なことばかりなので,話半分聞きで美人の看護婦さんの顔をチラ、チラ、少し遠慮しながら眺めていました。
ナースステーションで見たときも美人の多い病院だなと思っていた。
退屈な日が続くと思われるので少しでも楽しみを見つけよう。
看護婦さんの名札も見ちゃいました、新里さん、、、いつも笑顔でねえー。
昼食が運ばれて来ました。メニュー,ご飯,味噌汁,野菜炒め、肉野菜巻き,漬物少々,楽しみのひとつ病院食の一回目です,食べてみてびっくり美味しいのです。
暖かいのはご飯と味噌汁ですが冷えていても美味しく食べられるおかずは、しっかり味付けされているんですね。
いわゆる味の薄い病人食ではありませんでした。
夕方まで何もする事無く,4階フロア-を散歩したり、8回の展望ラウンジから名護湾や町並みを見物で時間をつぶしました。
午後6時になり、主治医の照屋先生が見えて明日の手術について詳しい説明があり、少し前に来た女房も同席簡単な外科手術ですが、万が一のときトラブルにならないように,細かく書かれた,手術同意書にサインしました。
これで明日腹切ることが確定です。
万が一と言われて心の隅に少し不安が発生これまでのハイテンションが下がり始めた.過去一例のミスもないとおっしゃった照屋先生を信ずるのみです。
説明が終わったところに夕食が運ばれてきました。
それを期に,女房も、じゃねーと肩を2,3回叩いて帰っていきました。
少しシュンとなっていましたが,美味しい夕食が待っています。
メニュー,ご飯,味噌汁、白身魚のアンカケ、紅芋の芋煮、食器やお盆がプラスチック製で重みがホンものぽくできていて,昔よく通った,内地の定食屋さんに雰囲気も味もそっくりです。
美味しく完食です。夕食終わった頃に看護婦さんが来られて,明日の為に点滴を始めますと,一言あっと言う間もなく左手に点滴用の針を刺され、患者の身となってしまいました。
これから後,明日の夜まで飲食禁止です、そのための点滴だそうです。
残された道は只ねむるだけ。
11月9日(水)
いよいよ腹切り当日です、朝7時に起こされ看護婦さん同伴でトイレです、アー浣腸です、しかも業務用で見たことも無い大きいものです、アー,,アー恥ずかしい,体の中の便を全部出し切るためです、少しでも残っていると手術中に出てきて大変なことになると、おどかされた。
我慢の限界まで頑張って全部出し切るんですよと励まされ5分ぐらい粘ったかな,出るわ出るわ洗面器一杯ぶんくらい。
それからシャワーで身も心も清め手術用の衣を着せられました.バスタオルを前と後ろから当ててマジックテープで止めたようなものです。
下着はT字帯(ふんどし)にパンパースをアイロンで伸ばしたようなオムツを当てます.徐々に緊張が高まってきます。
本日二番目で午後一時ごろ開始よていだそうです。
その間ゆっくりくつろいでくださいと言われたが,とてもくつろぐ気分になりきれないです、でもとうとうその時は来たのです,念のため女房もそばにおります。
車椅子で手術室前まで移動そこで手術台に移された、さらに大きな無影灯の真下まで移動いよいよ執刀です、手術台に乗った時から怖くて目は閉じたままです、声から判断して、照屋先生と赤松先生に看護婦さんが三名ぐらいかな、
先生のこえがきこえます、左わき腹を台につけて両手で両膝をかかえて背中を丸めてください,これから半身麻酔手術のため背中から針をさします,とても痛いですが動いたりすると大事になるので,何が何でも我慢してくださいとの強い指示があり、もうここでふるえて居ても始まらないと覚悟を決める。
その時今まで聞こえなかった琉球民謡が聞こえてきました、BGMで流していたんですね,民謡に集中しました。
でも背中を消毒ガーゼで拭かれた時は我に戻り次の瞬間背中に衝撃が走りました.雷に撃たれるのはこんな物かなと,気が遠くなりそうでした。
麻酔が効き始めるまで味わった事の無い痛みと戦っていました。
ようやく麻酔が効き始めて,琉球民謡に気を向け始めました。
どの程度効いているかの確認はアイスノンみたいな物でやるんですね、
場所を移動させながら確認して、始めますと言う言葉にみんなが,ハイと答えて始まったようです。
うんと厚着の衣類の上から捕まえられているような感触です。
でもメスが入った時は分かりました,麻酔が効いてもこんなに痛いのかと思いました。
一時間くらいでようやくおわりました。
先生の手術は完璧ですの言葉に励まされました。
ありがとうございました、この日記を書きながらその時を思い出し身震いをしております。
手術室の前で自分のベットに移動です、体の左右から三人ずつ六人でスイと移され,懐かしい403号室に帰還いたしました。
外科的には簡単でも本人にとってはとても勇気とエネルギーを必要としました。麻酔が切れたら飲み物はOKですと看護婦さんから知らされました。
体中力が抜けて腑抜けの状態でしたが、抱きついて心からありがとう、と言いたかったが、抱きつく事は叶わなかった。純粋に穢れなく,心からおもったが
まだ麻酔覚めず.午後8時ごろ看護婦さんが回診にこられて、うつらうつらしていたので気が付かなかったが完全に麻酔が抜けたようです。
お礼を言うのに起き上がろうとしたら、しばらくは安静にしておかないと麻酔の後遺症で頭痛が出る事が多いそうなので、そのままねることにしました。
夜中(時間不明)に起こされ小便が出たか訪ねられたが熟睡でその気配なしと答えたら,脱腸手術のあと最初に小便次大便がでるまでは気を許してはいけないと云われ急に目が覚めて尿瓶を手に我が息子にハッパ書けたり,お願いしたり15分位格闘したが、知らんふり,反応なし、アーアこの親不孝物,役立たずと心で叫んでも、どうにもなりません。
諦めて看護婦さんを呼びました。
頑張ってもだめなら♪ちんちんに管を入れて搾り出すしかないので一諸にがんばりましょうとの,尊いお言葉に感銘、こちらも不心得を起こすことなく身を投げ出しお任せです。
貴女が輝いて本物の天使におもえます、あなたの名前は,新里さん,本当に感謝しております。
尿道に何か異物があるような感じです、ていねいに何度も管の太さ替えたりしながら膀胱あたりを抑えたりもんだり、当時者にとってとても不遜な気持ちになりません、書いていて今でも涙が出そうです、有難すぎます.
30分位の奮闘の末にようやくコップ一杯ぐらいの小便が押し出し搾り出されました。これくらいでれば道筋が付いて明日になれば自力で出来るようになると思いますと,何事も無かったかのようにナースステーションに戻って行かれました,後姿に後光が注していました,自分の目がうるんでいました。
なんと長い一日だっただろうか経験なし,日記つけるのも疲れた。
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2005年日記] - &trackback() - 2005年11月14日 22:26:03
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最終更新:2008年11月26日 16:58