回復魔法は対象者の治癒力を高め、傷を治す魔法である。
つまり、生きている者にしか効果はないのだ。無理に死者を“回復”させようとすれば、逆にその体組織を破壊し、腐敗して崩れてしまう。
そうなったら、リューはどの面を下げてソーマやヒロトの前に顔を出せばいいのか。
ヒロトが一人で戦いに行ったということは、リューにこの場を託したということに他ならない。
誰に対しても高圧的な態度しか取れず、破壊しか能のなかったこの魔王を―――信用してくれたのだ。
だから、リューはここで諦めるという選択など端から持っていなかった。
アルラウネ・ククのことは、まだソーマには話していない。
恋人はもう手遅れでした。
それをわざわざソーマに言って、何になろう。
それに、おそらくあの少年はそれをもう知っている。
それどころか、最期の最期まで傍に付いていてやり、こと切れる様を看取ったに違いない。
段々薄れていく呼吸を、なす術もなく見守りながら。
冷たくなっていく手を握って、何度も、何度も懺悔しながら。
その少年に、それでもリューは少女を救ってみせると言ったのだ。
もう死んでいる?は、だからどうした。
我が身は魔族の王リュリルライア。
生死の不条理など、霞の如く吹き飛ばしてくれよう―――――!!!!
―――だが無論、そう簡単な話ではない。
と、いうより不可能に近いものがあった。
死者を甦らせる魔法など存在しない。
ネクロマンシーと呼ばれる呪術は、確かにある。
しかしそれは、死者蘇生術と銘打っておきながら、実際には死者の肉体を己の意のままに操る死体操糸術に過ぎないのだ。
ゾンビにしてもそう、キョンシーにしてもそう。
肉体と魂を繋ぐ“線”は、一度切れてしまえばそれっきりのもの。
いくら魔力でそれらしいものを取り繕うとも、紡いだ魔力はすぐに枯渇、し、て―――………。
「………………………………ッッッ!!!!!!!!」
リューはばっと踵を返すと、ほとんど転がるような姿勢でソーマのいる広間へと向かった。
確かにあった。ちらっと見ただけだが、確かに見えた。
「………どうかしましたか」
まだ青い顔をしてうなだれていたソーマが、尋常ではない様子のリューに顔を上げる。
それを横目で見ながら、しかし声をかけずに押しのけるようにして通り過ぎる。
向かった先には、台所。
そこにあるもの、それが、彼女の求める鍵なのだ。
「―――やはりあったぞこの馬鹿者が」
「どうしたんです。それが、いったい何なんですか。ククは、ククはどうしたんですか。
お願いします、助けてください。ククを―――」
「黙れ」
縋り付くようなソーマを突き放し、リューはそれを開けて何事か調べ始める。
目当てのものは何なのか、ソーマにはさっぱりわからない。
そこには常温ではすぐに痛んでしまうベーコンや牛乳、余った野菜や卵がいくつかあるだけだ。
ククの蘇生と何か関係があるのか。アルラウネだから野菜が必要なのか。
しかし、それをリューはポイポイと取り出していってしまう。
どうやら食料を探しているわけではないらしい。
そればかりか、溶接されている仕切り板までどんな魔法を使ったのか外し始め、それをまた一枚一枚鷹のような目で調べていく。
「………あの、何を探しているんですか?」
「――――――魔方陣だ」
「魔方陣?」
リューはうむ、と頷くといったん探す手を休め、ソーマを見上げた。
「生き物が生きていくには肉体、魂、そしてそれらを繋ぐ“線”が必要だ。生命力と置き換えてもいい。
肉体及び魂が損傷し、この生命力が枯渇した時、“線”は切れその者は死ぬ」
死、という単語にソーマが目を伏せる。わかっていたことだが、それでも辛いに違いない。
リューはその想いを汲みながらも、説明を続ける。
諦める必要はない。まだ、希望はあるのだと。
「この“線”はそれ自体が強力な魔力の塊だ。言ってみれば、生き物は『生きている』という魔法を常に使っているんだよ。
我も、貴様も、龍や馬や虫、植物だって同じことだ。
そして、たとえ他人のものでも魔力さえあれば“線”紡ぐことが可能なんだ。
問題は、これをどうやって維持するか。
生命力となった魔力は常に消費される。“線”は徐々に削れてゆき、生き物はその都度自然界からマナを取り入れ、魔力の回復をはかる。
だが死者は魔力の回復ができない。それが生者と死者の決定的な違いだ。いくら魔力で“線”を紡いだとしても、すぐに霧散しておしまいだ。
我は別れの時間を稼ぐことを『助ける』などというつもりはない。
だから、人間の寿命くらいは『生きて』いられるよう、見合うだけの魔力はくれてやる。
だが、最大の問題がここにある。
どうやってそれを『この場に置いていく』かだ。
アルラウネ・ククにはこの森に残ってもらわねばならん。しかし我には我でやらねばならないことがある。ここには残れん。
そこで―――これを応用する」
コン、と小突いたのはさっきまで引っかき回していた一抱えほどの箱。
―――美食家のククのため、材料を保存しておくために買ってきた保冷庫だ。
氷魔法が属性付加されており、もうすぐ魔力が切れるからと思っていた、それが―――。
「………あ!」
魔力が切れるってことは、この保冷庫は内部を冷やすために常に魔力を消費しているってことじゃないか!
それが長時間維持されているってことは―――。
「そうだ。『モノ』に魔力を貯めておくとは。人間の発想と、それを現実にする技術には舌を巻くしかないな。
こいつに刻まれた魔方陣にはその氷魔法が消費する魔力を提供するために、術者の魔力をある程度貯めておくためのものがあるはずだ。
そいつを解析し、強化して我の“海”をくれてやる。
貴様の髪が抜け落ちるくらいまでは『生きて』いられるだろうよ。
魂は交霊術で呼び出す。肉体のほうは―――クク本来の身体は損傷が激しくて使えんが、まあいい。
“線”に比べればなんとでもなる問題だ。どうとでもなろう」
ソーマは保冷庫に飛びつくと、震える手を何度も滑らせて、保冷庫の扉ではなく蓋――上底にある残量魔力値を見るメーターをさらけ出す。
そこにはサイズこそ小さいものの、確かに円環蛇の魔方陣が刻まれていた。
「ウロボロス……循環系で魔力が腐らぬようにしたか…なるほど。考えたものだ」
リューが手を掲げると、何もない空間がにわかに歪み、ドサドサと魔道書が山積みにされる。
「我はこれより魔法陣の解析にあたる。義体を作成したら強化した魔法陣を刻んで魔力を装填、
交霊術で魂を憑依させ“線”で義体に繋ぎとめる……。
………どれひとつ取っても我には専門外だが、やれぬこともあるまい」
リューは召喚で呼び出した眼鏡をかけると、
「さあ、蘇生術を始めるぞ」
ニヤリ、と魔王的に笑ったのだった。
「―――何が可笑しいッ!!」
一撃必殺を一閃、二閃三閃四五六―――息もつかせぬとばかりに繰り出しながら、ヒロトは怒鳴る。
青年はそれらを全て紙一重で躱していく。
髪の毛一本にでも掠れば首ごと捻り切れるだろうという剣圧の暴風の中で、心底おかしくてたまらないといった風に哄笑していた。
「何が可笑しい、ですって?こんなに可笑しいことがありますかッ!!
神に選ばれた僕と、ヒトに選ばれた君が―――まさか、こんな形で!刃を交えるなんてねえ!!」
「―――――――――――――――な」
思わず、ヒロトの身体が止まる。
度し難い隙を見せることになったが、青年は攻撃に転じることはなかった。
そのままバックステップでヒロトと距離を取ると、また可笑しそうにくつくつと笑い出す。
「お前………何者だ」
「おや、知らなかったんですか?………まぁ、そりゃあそうでしょうね。こっちは君ほど派手なことはまだしていませんし。
ね、ヒトの“選定”を受けた『勇者』ヒガシ ヒロトくん。
僕は君の事を良く聞いていますよ。神殿でも有名でしたから、君は。
もっとも、さっきまで気がつきませんでしたけど。遠目の水鏡で見たのもほんの一瞬のことでしたし。
……師匠に怒られるんですよ。下界にあまり囚われるなって。
でも、こんな剣を使える人間といえば、君しかありえませんからね」
「………………………………」
「ああ、僕のことですよね。
まぁ、多分君の思っている通りです。
『遥か昔、魔王が世界を征服しようとした時代のおとぎ話。
人間に味方した神々と彼らに仕えた騎士がいました。
騎士は神から授かった力を以って世界を旅し、巨大な龍も千の軍勢をも退け、ついには邪悪なる魔王を打ち倒しました。
そして、世界は平和になりましたとさ。めでたしめでたし』
最も有名な『英雄伝』のお話ですね。この騎士がかの偉大な『始まりの勇者』というワケです。
今ではただの国政のカードに成り下がっていますが、もともと『勇者』という存在はね、ヒロトくん。
――――――神に選ばれた騎士のことを指すんですよ。
神々はまた邪悪なる魔王が世界を脅かした時のために『勇者』を……そう、“選定”し育成してきた。
表舞台に出てきたことは一度もありませんでしたけどね。
そして―――はは、お察しの通りです、ヒロトくん。
僕の名はテイリー・パトロクロス・ピースアロー。
―――神の“選定”を受けた『勇者』ですよ」
「――――――――――――――――お前が、『勇者』……?」
「本来の意味での、ね。いやいや、君を偽者だという気はありませんから安心してください。
むしろ嬉しいくらいですよ。この戦いっぷり。噂通りだ。君となら、いい戦友になれそうです。
ああ、本当に嬉しいなぁ。僕ね、小さいころから神殿暮らしで、友達なんていなかったんですよ。
正直霊山から降りたのもつい最近ですし。いやいや、世界の広さに驚いてばかりです。
でも、一緒に旅すれば、きっとあっという間に全ての魔族を倒して―――」
「お前」
虫唾が走るような無邪気な言葉を、ヒロトは押し殺した敵意で遮った。
「なんで、そこまで魔族を敵視する。何故そこまで魔族を殺そうとする」
青年―――テイリーはきょとんとした顔で、あっさりと答えた。
「何故って、苦しむ人達のために戦うのが勇者の使命でしょう」
それは、まるで。
何を、わかりきったことを聞いているのかというような。
一遍の曇りもない、真っ白な正義。
「貴方だってそうじゃないんですか?それじゃあ、なにをもって世界を救うというんです?」
「俺は――――――」
苦しむ人々を救う?それがどうして魔族を殺すことに繋がるんだ。
そんなものは、違う。だって、ヒロトは。
「魔族と人間が、共存できる世界を作る。それが俺の使命だ」
「………………………………………………………………………は」
今までずっと、種類は違えど『笑顔』を崩さなかったテイリーの顔が、空白になる。
口をぽかんと開けて、信じられないことを聞いたかのように。
「………………………すいません、共存がどうとか聞こえた気がしたんですが」
「ああ。俺は、魔族を邪悪なものだとは思わない。現に、彼女らと共に生活していた人たちもいた。だから」
「共存できる、と?」
ヒロトは頷いて肯定する。そうとも、世界を変えること。それはヒロトが旅の果てに見出した、『勇者』としての使命なのだ。
「ん~~~~。参った。これは予想外だったなぁ」
テイリーはポリポリと額を掻いている。
「魔族がどうこうと言うのは、まあ置いておきましょう。気になった点をひとつ。
じゃあ、君は、どうして魔族を殺していたんですか?矛盾してません?
僕が知る限り、有史以来世界で一番魔族を殺したのはヒロトくん、君ですよ。
特に略奪平原の千人斬り。一夜にしてあんなことできるのは『始まりの勇者』か君くらいでしょう。
それで、どうして『共存』なんて言葉が出てくるんです?」
略奪平原。
その単語に、ヒロトの奥底がびきり、と音を立てる。
―――宙を舞う首、咲いた血の花。抉れた心臓。死体、死体、死体。
―――飛沫の向こうに、鬼が待つ。まもなく死体、またひとつ。
―――勇者が作った屍平原。偉大な功績、血に塗れ。
「それほどの力を持ってるんだから、わざわざ棲み分ける必要なんてないと思うんだけどなぁ」
「………棲み分け?」
「はい。人間と魔族の話でしょう?何故相容れない二つの種族が同時に存在できると思います?
それはね、彼らとは住む世界が違うからなんですよ。
ほら、ライオンはモグラを食べようとしないでしょう?だってライオンは陸、モグラは土の中。棲む世界が違う。
鳥は昼間、蝙蝠は夜、空を飛ぶ。活動する時間帯が違うから、喧嘩しなくていい。これも同じです。
棲む世界が違うからこその『共存』なんです」
「………何が言いたい」
「人間と魔族も同じってことですってば。ここにしたって、昔はアルラウネしか住んでなかったからいい。
でも、人間が移り住んできたからアルラウネは人質を取るようになった。
ほら、『共存』がおかしな形になる。
人間の繁栄のためには、そこにある世界からは魔族にはどいてもらわなくちゃいけないんですよ」
―――彼らが住んでいた森はもう、ない。拓かれて煉瓦で固められ、街になった。
―――街道を通る人間を襲うことが、彼らの復讐だったんだ……。
―――俺は………。
「それが人間のために戦うってことでしょうに」
―――よくやってくれました。これで安心して商売ができますよ!
―――ゆ、勇者さん、これ…お礼です!あんまり美味しくないかもしれないけど……一生懸命焼きました!
―――夫の仇をうってくださって、ありがとうございます!うっ、うっ……。
「そんなことを、」
逆流する胃液を、押し返す。
―――俺は、正しいことを、したんだ。俺は、正しいことを、したんだ。俺は、正しいことを、したんだ。俺は、
「俺は、」
―――それがどうした。至極当然のことだろう?我ら魔族の行動も……貴様ら人間の行動も。
そんな正論(こと)を、
―――我にも、いつか破壊以外のなにかができる気がしてくるから―――
「認める訳にはいかないんだよ………!!」
「そう、ですか」
テイリーは心底残念そうに肩をすくめてみせた。
「これは身を捧げた正義の違いですから、僕は何も言いません。
残念です。僕と君は、きっといい友人になれるのに」
そして、くるりと背を向ける。
「僕はもう行きます。村からは離れているとはいえ、これだけ暴れれば野生動物も怖がって人間に近づかなくなるでしょうし。
ああ、それから。その“豪剣”。街中では使わないほうがいいですよ。街が壊滅する」
言われて、はっと辺りを見回す。
森が、無くなっていた。
ヒロトの豪剣の余波を受け、辺りの木々が切り倒され地面は抉れ、地形すら変わっていた。
「あ………」
「………まるで自然災害の跡だなぁ。いや、ホント受けなくてよかった」
あはは、と笑いながらテイリーは立ち去っていく。
姿が見えなくなると同時に気配も闇の中に消え、ヒロトはがくりと膝をついた。
「あ、ああ………」
―――俺は俺にしかできないことがある。そのことに、誇りを持っているんだから―――
いつか自らの口で言い、傍らの少女に聞かせた言葉が、がんがんと頭の中で響く。
「あああああ、あァぁぁああああああああああああああああ!!!!!!!!」
傷のない身体と、今にも折れそうな心の差を埋めるように。
ヒロトは、荒野の森で空に叫ぶ。
仰いだソラは、まだ暗い。
今は、まだ。
「………やっと帰ってきたか」
暁の刻。
小屋の前に座ってじっと森の方を眺めていたリューは、顎から手のひらを離してピンと背筋を伸ばした。
ソーマと―――ククは、小屋の中で眠っている。
本当に色々あって疲れたろうし、今日は昼まで起きないだろう。特にククの方は明後日あたりまで眠り続けているかも知れない。
なにせ、“誕生したて”なのだから。
どうにでもなると思っていたククの義体だが、これがなかなか難航した。
なにせ、憑依に相応しいものがない。
思いついたのは人形だが、ソーマもククも人形で遊ぶ趣味など持っていなかった。
納屋にあった鎧を提案してみるも猛反対にあい断念。ふんどしとか一本角とか格好良かったのに。猫に好かれる鎧なのか、中に猫いたし。
いっそ伝説の武器っぽく仕事用の斧にしてはどうかとも言ったが、涙目で叩かれたのでこれも断念。
そして、最終手段としてホムンクルスを作成することになったのである。
ホムンクルスを作成するための精液をソーマが用意し(無論、リューは一切これに関して手助けはしていない)、
媒体となる血液は本人と同じ型とするためククの遺体から拝借。
より魔力を馴染ませるためリューの血液も少々、森の土を組体とし、ゴーレムの秘術も織り交ぜて義体は作られた。
今はまだ生まれたてで、双葉のような小さなアルラウネだが、成長すればまた元のようにソーマの仕事を手伝えるようになるだろう。
魔道書をカンペにして行われた交霊術もかなりあやしげなものになり、
魔法陣の作成や呪文の詠唱途中でリューが「あっ」とか「えーーと」とか口にするたび、ソーマの寿命が目に見えて縮まっていた。
それでもなんとか儀式は成功、死んで間もないためか意識のはっきりしないククの魂をほとんど力ずくで義体に押し込め、
これまた強引に“線”で繋いでしまった。
成功したのが奇跡に等しいかなり雑な儀式だったろうが、それでも成功したのだ。
アルラウネ・ククはこうしてこの世に甦ったのである。
全世界の魔法使いが目をむくような高度な魔道書を山と召喚し、義体の作成、交霊術、
“線”の作成、そして向こう数十年分の魔力を提供したためにリューの“海”はほとんど使い切ってしまった。
一晩にしてこんな魔力量を、それもたった一人で消費したなどということは世界が天と地にわかれてから一度もなかったに違いない。
慣れないことをして、リューはすっかりくたくたになってしまった。
それでも、彼女は誇らしげに胸を張り、大好きな男を迎え入れる。
破壊しか知らなかったちっぽけな魔王が、初めて誰かを救うことができたのだ。
ヒロトには聞いて欲しいことが山ほどある。
ソーマに斧で襲われたとき、錯乱している彼の様子を見て、その想いをひしひしと感じてどれだけ胸が締め付けられたか。
そのときどれだけ心の底から『救いたい』と願ったか。
ククがもうこと切れてしまっていたとき。それでも、諦めたくなかった。
義体と魂を“線”で繋ぎ直す方法を思いつき、難問にぶつかって、それを見事な閃きで解決した。人間の技術に助けられた。
儀式を展開するためにどれほど自分が頑張ったか。その時ソーマが淹れてくれた、甘くしたミルクがたっぷり入ったお茶の、身体に染み入るような味。
それがククの好物だというのを皮切りに、延々とのろけじみた思い出話を聞かされて辟易し、でも、やる気は倍ほど沸いてきた。
家中をひっくり返しての義体探し。
儀式の開始。
そして、成功。
眠る小さなククと、歓喜の涙を流すソーマを見ながら、自分が何を思ったか。
話したいことが、山ほどあるのだ。
だが今は、もし犬のような尻尾があればぶんぶんと振りたくっているに違いない気分を抑えて、いつものように余裕をもって彼を迎えよう。
「遅かったじゃないか。いったい何を――――」
その身体を、
抱きしめられた。
「―――――――――な」
頭が真っ白になり、次いで真っ赤に染まる。
な、ななななななな何をするんだこいつはッッッ!!!!!
混乱しかけるが、すぐにスッと熱が引いた。
震えている。
ヒロトの、身体が。
小刻みに、何かに耐えるように。
「………………すまん。少しだけ、このままでいさせて欲しい」
ヒロトが耳元で呟く。
ああ、そうか。
こいつは、つまり。
「―――いいとも。好きなだけ、胸を貸してやる」
ずるずると、崩れるように座り込む。
リューも特に支えようとはせず、ただ一緒になって座り込んだ。
「………すまん」
「謝るな、ばか」
リューは、震えるヒロトの背中を、ゆっくりと撫でる。
嗚咽も漏らさず、涙も流さず。
ただ、何かに耐えるように。
ヒロトは、泣いていた。
掛ける言葉を、リューは持たない。
死者を甦らせることができても、どんな奇跡を使えても。
愛する男が泣いたとき、こうして胸を貸すだけしかできない。
それが、リューの奥底を締め付ける。
何があったか。
それを、この男は語るまい。
訊けば答えてくれるだろうが、答えはただの事実だ。そこに意味などない。
だから、今はこうして、胸を貸すだけ。
でも、いつか。
そう、いつか。
ヒロトが、すっかり安心できるように。
泣きたいときは、涙を流してもいいのだと。
そう、言えるようになりたかった。
朝日が二人を照らし、長い影を作っている。
仰いだソラは晴天。
今日もまた、いい天気になりそうだ。
最終更新:2007年07月27日 01:29