昼休み。
「――――――それなんてエロゲ?」
しつこくせがまれたので渋々事情を話してみれば第一声がそれか、この野郎。
俺はふてくされながら目の前の失礼なダチ公にガンをくれてやる。
が、奴はその軽薄な態度を崩さず続ける。
「今日日、親父さんとお袋さんが出張で留守とか面白みがないぜ。
もっと美味い餌持って来いクマー」
何をわけのわからんことをほざいてやがる。
…昨日、親父とお袋は仕事から帰ってくるや、
『明日から暫く出張に行く』とか言って、今朝から家を空けてしまった。
心の準備もくそもなく俺は一人取り残され、ああ面倒だ、
と内心で愚痴りながらとりあえず日頃の習性に任せて登校したわけだ(そこをこいつに見抜かれて今に至る)。
…ああ、畜生。認めたくないが、全くこいつのいうとおりだ。
今時こんな一昔前の漫画やゲームのようなお約束な展開があっていいのか。
運命の神とかがいるなら、俺は声を大にして言いたい。
『それなんてエロゲ!?』と――――――あれ?
「んで。このことは誰かに言ったん?」
頬張ったメロンパンをカフェオレで流し込みながらの友の言葉で我に返る。
そうだった、今は神の野郎に愚痴を垂れている場合ではない。
「誰かって…誰に?」
「だから、ヒーとかクーとかツンとか」
「馬鹿言うな、一番知られたくない面子じゃねぇか」
あいつらのことだ。これを知られたら何を言い出すか分かったもんじゃない。
下手すりゃ、俺の家に乗り込んできて押しかけ女房でもおっぱじめかねない。
…特に、ヒーの奴だ。学校だけでもやかましいのに、
家でまであいつに叫ばれたら、便所でだって落ち着けるか怪しいもんだ。
「へぇへぇ、贅沢なお話で。けど、おまえ家事とか出来たっけ?」
「ん?まぁ、困らない程度には出来る」
ヤキソバパンをむじむじと齧りながら答えてやると、
友はほう、とさも意外そうに驚嘆して見せた。…こいつ、俺をどういう目で見てたんだ。
「何々、ここまでお約束だと、いっそおまえさんの家事能力も皆無じゃねぇと逆に面白くねぇな、と」
美味い餌持って来いっつったりお約束を期待したり、どうしてほしいんだおまえは。
ドドドドドッ・・・
呆れ半分で頭を抱えていると、遠くから何やら轟音が聞こえてきた。まさか…!
「(バンッ)男おおおおおっ!!何か悩みがあるのかあああああっ!?
水臭いぞおっ、いってみろおおおおおっっ!!」
破壊せんばかりの勢いで教室の戸を横に薙ぎながら駆け込んできたのは
―――ま、確認するまでもないが―――ヒーだった。
他の生徒の喧騒に満ちていた教室は、瞬く間に奴の暑苦しさに塗り替えられる。
…ったく、昼飯時ぐらい静かにしてくれ、胃が縮むだろうがっ。
「ア゙ー…やかましい。帰れ」
「なぜだあっ!?困っているなら相談に乗るぞっ!!」
自分で出来る限りの最高に迷惑そうな顔を作って追い散らす手振りをかますが、全く効果はない。
というか、おまえはいつになったら人の話を聞くことを覚えるんだ。
「おーおー、相変わらずお熱いこって」
「…まったく…おい、クー!いるんだろ、さっさと連れてってくれ!」
「(コッ)…おや、気づいていたか。流石、男」
全速力で駆け抜けてきたはずのヒーの後ろから、息一つ乱さずに現れたのはクー。
昼休みになってまだ十五分弱、奴らが三人で学食に行くのを見たので、
ヒーがここに来るならストッパー役のクーが一緒だと踏んだのだ。
「気づいてたのか、じゃねぇっての。しっかり手綱握っておいてくれよ」
「男おおおおおおっ!私は馬じゃないぞおおおおおおっ!!?」
うむ。お前は馬じゃない。後ろに鹿もつけてやる。
がなるヒーと俺の苦々しい面を眺めながら、クーはくつくつと笑いを噛み殺す。
「ふふっ、いやすまない。対応が後手になってしまったのは認めるよ。だが―――」
キラリ。クーの眼光が俺を射抜く。…まさか
「君にも原因はあるのだよ?今朝から君の様子がおかしいのが見て取れてね。
気になって二人に打診してみれば、彼女がこの調子さ」
「――――――」
…ちっ。やっぱり、クーには見抜かれてたか。
今さ頃になってヒーの奴が騒ぎ出した時点で、予想はしていたが。
「………」
「困りごとなら力になるよ…といっても」
むすっとして机に頬杖を突く俺を見て、クーは静かに微笑んで溜息をついた。
「その様子では、話してくれそうもないね。…行こうか、ヒー」
「なにいっ!?もう諦めるのかクウッ!!」
流石、俺の性分をよく知るクーは、しょうがないなぁ、とでもいいたげな苦笑を浮かべ踵を返す。
そんな彼女に、衰えることを知らないテンションのまま、
ヒーは誰かっぽい雄たけびを叩き付ける。
と。
「男おおおおおおおっ!遠慮はいらんっ!
私で役に立てることがあればいつでも来るんだぞおおおおおおおっ!!」
クーにずるずると引っ張られながら、あの歩く公害は最後のシャウトをぶちまけたのだった。
「…嵐のような一分だったな」
「…ありゃ、そんなもんだったのか」
水と火の化身の如き二人が去り、教室に元のかったるくも平和な喧騒が戻ってきた。
閉鎖された一つの空間の温度を極限まで引き上げ、すぐさま冷却する。
その間、ジャスト一分。ヒーの無駄にパワフルな行動力とクーの冷静さあっての神業だ。
…いや、それが何の役に立つかといわれると、答えに窮するわけだが。
「しかし、お前も偏屈だねぇ」
「あにがだよ」
缶コーヒーを啜りながら、横でニヤニヤする友に流し目を送る。
「確かにあのテンションにゃちょっとついてけないけどさ。
ヒー、あんなにお前のこと思ってるのに、よくもまぁそんな邪険にできるよなぁ」
「うーるーせー、お前一遍代わってみろ。冗談抜きで疲れるから」
人事だと思って、この野郎。
おー怖い怖い、などと友は椅子の背もたれに前傾しながら面白がっている。
「けどよ。真面目な話、付き纏われてる内が華かもだぜ。
あんまり愛想がないと、見限られちまうことだって有り得るって」
突然、友の声に少しばかり本気が混じる。
「…あのな。たかだか親の出張ごときで、何でクラスメイトを頼らにゃならんのだ」
ふん、とふてくされて視線を窓の外に移すと、友は含みのある口調で追撃をかける。
「あにあに、ただのクラスメイトならそらそーだわな。
でも、あの娘は一人の男としてのおまえさんの役に立ちたがってるわけよ。アンダースタン?」
なにが、アンダースタン?、だ。馬鹿馬鹿しい。
…まぁ、確かに。俺もちょっと、自分で酷いかな、と思うことはあるんだけど。
あいつに対しては、何故だか冷めた対応しかとる気が起きない。
やかましくされるのは疲れるが、それを理由に人様の好意を
無碍にするほど腐ってもいないつもりなのだが…?
「…ん?廊下の方が騒がしいな。なんだろ」
思考の片隅で、大方やっとこさ追いついてきたツンと二人(主にヒー)が馬鹿騒ぎでもしてるんだろう、
などとぼんやりと考えながら、俺は残りのパンを口に突っ込んでしまうのだった。
最終更新:2007年07月26日 18:16