CHAPTER.2

 断っておくと、俺は断じて家事音痴などではない。
 男女同権を声高に掲げるオカンの影響で、最低限一人暮らしになっても
 人並みの生活を送れるよう、炊事洗濯などを一通り叩き込まれている。
 …まぁ、料理に関しては、殆ど我流になってしまったが。
 とにかく、そんなわけで敢えてあのトリオに救援を求める必要などどこにもない。ない、のだ。

「さーて…久方ぶりに、自炊でもしますかね」
 放課後になって、俺は下校ルートの途中にある中堅スーパーに食料の買出しに向かう。
 …技術がある、とはいえ、普段はお袋に頼りっぱなしであるため、
 滅多な事がなければ自分のこのスキルを行使する機会はない。
 極稀に、朝早く目が覚めてしまったときなどに気まぐれを起こして
 自分の弁当をこさえてしまうこともあるが―――どうにも料理が冷めて頂けん。
 たまには本腰入れて真っ当な飯を作らないと、錆付いてしまう。

   ガー

(んー…しまったな、出掛けに冷蔵庫の中見てくればよかった。
 まぁいいか、材料は新鮮なほどいいs)

   ガツンッ

「!」
 しまった!考え事しながらカート押してたら人にぶつけちまった!
 …ってあれ、この後姿、どっかで見たような―――


     「うおおおおおおおおおっ!なんだああああ、敵襲かああああああっ!?
         受けて立つぞ、どこからでも掛かってこおおおおおおおおいっ!!!」

 公衆の面前で、振り返りながら恥ずかしげもなく熱血シャウトをぶち上げるタワケがそこにいた。 

「って何だ、男じゃないか!遂に私の愛に応えてくれる気になったのかっ!!?」
「違う、うるさい、黙れ」
 最悪だ。よりによってヒーと鉢合わせすることになるとは。
「どうしたんだっ、こんなところでえええええっ!?」
「おまえこそ。いっとくが筋トレマシンやステロイドの類はスーパーにはないぞ、とっとと帰れ」
 家庭のにおいなぞ微塵も宿さぬこの女に、
 夕飯の献立の思索に耽る主婦たちの領域を侵されてなるか。
 一刻も早く退場願いたい。…こう見えても、こういう時は心は主夫なのだ、俺は。
「むっ!?何を言っているんだ、私はいつもここには食料の調達に来ているんだぞっ!!」
 と。追い払おうとする俺の思惑とは裏腹に、至極真っ当で常識的な返答が返って来る。
 ほう。一応、こいつにも良識って奴があったのか。

「そうかい。じゃ、さっさと済ませて帰れ、店の人に迷惑だから」
 といっても、こうも馬鹿でかい声で叫んでいては、
 その程度の良識など瑣末事、帳消しである。見ろ、みんな笑いながらこっち見てるぞ。
「つれないな、男おおおおっ!!だがそんなお前も好きだああああっ!!」
 駄目だこりゃ。
「それより今日はどうしたんだっ!?男がスーパーに来るなんて珍しいじゃないかあああっ!」
「ついて来るな鬱陶しい。…何、お袋に帰りに買い物を頼まれただけだよ」
 俺の動きに合わせて足並みを揃えてくるヒーを適当な嘘でやり過ごす。
 …っと、そういえば、この前醤油が切れ掛かってるとかいってたっけ。どれ―――
「む?男おおおおおっ!ちょっと待てえええええっ!」
「なんだ、いちいち叫ぶな」
 醤油のボトルに手を伸ばした瞬間、ヒーの奴が絶叫した。…本当に心臓に悪い。
「男っ、買う品は決まっているのか!?」
「…ああ。それがどうした」
「ふふふ、男っ、嘘を吐いても無駄だぞおおおおっ!!」
 突然、得意げに指まで突きつけて踏ん反り返る馬鹿一名。ついにおかしくなったか。

「三日前の日曜、お前の母君と偶然ここで会った時、
 母君は同じ1リットルボトルを買って行かれたっ!
 今日またお前にそれを買ってくるよう頼むなど有り得んんんんっ!!」

 …ちっ、ぬかった。
 お袋が三日前に買い物していた事を初めとする色々な偶然が重なったことも不運だが、
 何よりこいつの洞察力を過小評価していた自分に腹が立つ。

「男おおおっ、何故そんな嘘を吐くっ!
 そうか、クーが言っていた悩み事が関係しているのかそうかそうだろうそうに違いないッッッ!!」
 あるのは勢いばかりだが、恐ろしいことにヒーの言うことは的を射ている。それも、ど真ん中。
「お前には関係ない」
 再びカートをガラゴロと転がし始めてお茶に濁そうとするが、ヒーは食い下がってくる。
「話すだけなら損にはなるまいっ!?」
 いや、多分、それ泥沼フラグだから。
「関係ないって言ってるだろ」
「男っ…私は、そんなに頼りないかっ!?私では、力不足かあああっ!!?」
 今にも大号泣しそうなテンションで、尚も俺に付き纏うヒー。
 このままでは、俺が悪者にされそうだ。…ちっ、こんな下らない事で近所の噂の種にされてたまるか。
 妥協案だが、面倒になる前に早々にケリをつけてやる!
「親父とお袋が暫く家を空けるんで、家事を自分でやるのが面倒くせぇなーってだけの話だよ。
 ほら、どうってことのないつまんない話だろう」
 やけくそになって、一息で言い切った。
 だが、まだ気は抜けない。この次に飛んでくる言葉は、既に予測がついている…!

「なんだとっっ!!よし、ならば私が男の家に行って家事をs」

 すぐさま立ち直り、いつものテンションで一言一句予想通りの言葉を吐き始めた。
 それを言い切る前に、こちらから突っぱねる。

「いやいい。俺、全部一人で出来るから」
「ぬぅ!?ならば…そうだ、食事の面倒ぐらいはみt」
 突っぱねる。
「いいって。いい機会だから自分で作りたい」
「…せめて、今晩だけでm」
 …突っぱねる。
「結構だ」
「………」
 自らの提案を悉く迎撃され、ついにヒーは黙り、俺について来なくなった。
 諦めたか、と後ろに目をやると、奴は口をへの字に曲げて、ぷるぷると震えていた。

 ―――それが、何故だか少し、チクリと痛んで。

〝けどよ。真面目な話、付き纏われてる内が華かもだぜ。
 あんまり愛想がないと、見限られちまうことだって有り得るって〟

(くそっ…どうしてこんな時に、あんな言葉が…!)

 急に、胸糞が悪くなった。
 ヒーに見えないように眉間に皺を寄せて舌打ちするのと同時に、

   「なら…なら、二人で作ろうっ!!それならいいだろうっっ!!?」

 …恐らくは、ヒーが必死に知恵を絞った末に出ただろう、最後の提案が木霊した。


   「わかった、いいよ。一緒にやろうか」


 ―――自分でも、驚くくらい。自然にそう答えて返していた。

「――――――え?」
 言った俺自身でさえ驚いているのだから、
 てっきりまた断られると思っていただろうヒーがそんな間抜けな声を上げるのも無理もない。
 …って、しまった、このパターンだとあいつ、暴走するかもしれん!
(間に合え―――!)
 早々に鎮圧するため、取り押さえに駆け寄る、が、

「………うん。頑張ろう、男っ!」

 泣き出しそうな弱々しさから一転。余りにも予想外の笑顔が、そこにあった。
 直前で急ブレーキをかけてぶつかる寸前で踏みとどまるが、
 至近距離でヒーの満面の笑みに直面し、俺は動揺する。
「?…どうしたんだ、男」
 小動物のように小首を傾げ、ヒーは頭一つ分ほど上にある俺の顔を覗き込む。
 …あれ。こいつ、こんなに可愛かったっけ。
「変な男だ。…よしっ!!」
 と思ったのも束の間。ふん、と気合を入れ、ヒーは今までとは逆方向に駆け出した。

「何をしている男おおおっ!!そうと決まれば手抜きは無用、勝負は材料選びから!!
 安く、熱く、美味く!!最高の一品を作るぞおおおおおっ!!!」

 今までの余裕のなさが嘘のように、こちらに振り返って絶叫を再開しやがった。
 …うむ。さっきのはやはり、一時の気の迷いであったと信じよう。

 ともあれ、あいつを誰もいない我が家に招き入れることになったのだ。
 こいつは一波乱ありそうだなぁ、おい。



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最終更新:2007年07月26日 18:17
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