注意・触手とか
髪は彼女の自慢だった。
流れるような金色で、まるでそよ風にの背に
暖かな日の光が寄り添っているようだと褒められたこともあった。
彼女の想い人は口下手で、人を褒めたりおだてたりするのが大の苦手だったから、
そんな言葉を掛けられるとは夢にも思わなくって、
びっくりして偽者じゃないかと疑ったものだ。
あとで、詩集を読んでぴったりな一節を見つけたからとにこにこしながら言われたっけ。
その顔があんまりまぶしく見えたので、
詩集の一節を語られたときよりももっと顔を真っ赤にして――――――。
………そのことを、彼女はもう覚えていない。
金の髪は汚れて輝きを失い、埃ですすけてしまっている。
髪を撫でても、もう以前のように柔らかく指を流れていくことはないだろう。
ここに連れて来られてから、彼女は一度も風呂に入っていない。
もはやこの身体で、清潔なところなどどこにもないだろう。
もっとも、他者から見れば吐き気を催すようなこの恰好にもすっかり慣れてしまったのだが。
ずるり、と下腹部に何かが這うような感覚が走る。
………気を失っていたようだ。なにか夢を見ていた気もするが、思い出せない。
思い出す努力もしない。いや、そもそも思い出すってなんだっけ?
どうでもいいか。今の彼女にはここが全て。
ここにさえいられれば、それでいい。
ずる、ずると這いずり回る『もの』。
それは奇怪な感触に違わない外見を持っていた。
何と例えればいいのか―――蚯蚓、蛞蝓、蛸、蛇、それから……ええと、排泄物?
とにかく見るもおぞましい、うねうねと動く細長い『何か』である。
触手とでも言えばいいだろうか。
それが、彼女の肌の上を滑っていた。
一本ではない。
人の腕ほどの太さのものが、すでに無数。
彼女の身体を覆い隠すほどに絡み付いていた。息をするのも苦しいほどに。
触手はそれぞれぬめりとした体液を吐き出し、彼女の肢体をどろどろに濡らしていく。
………ひどく、臭う。
しかし彼女はそれに嫌悪感を抱かなかった。
むしろぞくぞくするような期待を伴った快感が、神経のひとつひとつまで舐め上げていく。
それは彼女自身が望んでいることであり、また求められていること。
むしろ、誰が拒むことなどできようか。これから彼女を犯す触手のほとんどは、
彼女自身ノ子供タチナノダカラ。
ぐちゅり、と口内に彼らが入ってくる。
脊髄まで焼けるように熱くなる、人間相手では決して得られない『口付け』。
胃袋に直接流し込まれる液体は強力な媚薬らしい。彼女の脳が瞬き、大切な何かが弾け飛んでいく。
それがまた、彼女の興奮を誘った。この世に肉の快楽より勝るものなどありはしない。
彼女はもっと飲みたいとばかりに、液体を嚥下しようとした。
……食道に触手が詰まっているので逆に彼女は嘔吐し、胃の中の物をぶちまけてしまったが。
まぁいい。喉でごぽごぽと鳴る吐瀉物すら今の彼女には媚薬である。
ぺろりと唇を舐めあげ、舌を突き出しておねだりする。
自分の媚態を思い、目をきゅうっ、と細めた。
身体が、熱い。
その熱を求めるように、無数の触手は彼女の身体を舐め回している。
乳房は原型がなくなるほどにこね回され、先端をちろちろと催促される。
彼女はそれだけで何度か達し、そこから母乳を噴出してしまう。
別に不思議なことではなかった。『母』として、『子』にそれを与えるのは当然のことであろう。
不思議といえばその行為はこんなに快楽を伴うのか
というところだが、今の彼女はそれを疑問に思わない。
キモチイイのだからそれでいいだ。何処に悪いことがある?
「―――ぁ、ヵ――――、――――――」
嬌声も、もうほとんど声にならなくなってしまっていた。
ここに連れてこられた始めの頃は馬鹿みたいに拒んでいたから、
ここに連れてこられて触手たちに犯されてからははしたなくよがり狂っていたから、
もう声帯も擦り切れて満足に声も出せなくなってしまったらしい。
自分のはしたない声も淫音と交響するウタには違いないから、これは少し残念だ。
「―――、―――――ぉ、ぇあ―――」
でも、意思を伝えることはできる。
触手たちは彼女が求めていることを何よりも早く察し、汲んでくれるのだ。
何本もの触手が彼女の下半身に襲い掛かった。
すでに愛液が溢れしたたるそこにさらなる円滑油、媚薬たる体液を吐き出しながら潜り込む。
収まりきらなかった触手たちはしかし彼女の下半身にみっしりと纏わりつき、
淫核を中心とする全てを犯し始めた。
津波のように襲い繰る快感に、彼女は一瞬にして何度も絶頂を迎える。
身体からは完全に力が抜け、触手の肉布団に支えられて体勢を保っている恰好になった。
不意に下半身から流れ出すものを感じる。エクスタシーと同時に失禁してしまったらしい。
しかし彼女は笑う。尿だけでなく排泄物の全て、汗や愛液や吐瀉物、
彼女から出でる全てのものは触手たちをより興奮させるらしいから、なんら恥じることは無いのだ。
むしろ触手たちは彼女の肛門や尿道に自ら侵入して
そのナカにあるものをすすり食らおうという始末である。
蠢動する海は、彼女の肢体を快楽で溶かしていた。
どこまでが身体でどこからが触手なのかよくわからなくなりつつある。
もしかしたら彼女の肉体はすでに溶解していて、感覚だけが蕩けずに残っているのかも知れない。
それでもいい。
度重なる絶頂の稲妻で爛れた脳みそでも、
触手たちが決して悪意をもって彼女を犯しているのではないことは理解していた。
彼らは、彼女を犯すために犯している。
たとえば膣内に卵を吐き出し、孵化して生まれてくる新たな触手たち。
彼らの目的は生まれてくることではない。
彼女に出産の快楽を覚えさせるために膣内を犯し這い出してくるのである。
直腸を愛撫する触手も尿道に潜り込む触手も食道を撫でる触手も
毛穴のひとつひとつに淫液をぶちまける触手も、みんなそう。
彼女を犯すために生まれ、彼女を犯すために存在している。
奇妙な感覚だった。
およそ性的に取られる全ての快楽を一身に受け、それが全て奉仕によるものなのだ。
全てが自分のために与えられた、自分のためだけに与えられた蠢く姦獄。
なんて、なんて。
なんて、素敵なんだろう。
ここには全てがあり、同時になにもない。
いくら達しても足りない。三日三晩荒野をさまよったように、喉が焼け付くように渇くように、
いくら求めても満たされることは無かった。
それでいい。
渇くということは、もっともっと先があるということだから。
まるで流砂の中にいるような感覚に、彼女は幸せそうに微笑みながら、また闇に堕ちていった。
薄暗い空間で少女たちがあえぎ声をあげている。
もともと主のいなかったこの地下室に明かりが灯ったのは三度ほど満ち欠けを繰り返す以前のことだ。
その男はこの国を強くすると言い、このおぞましい儀式を囁いた。
本当にこの男の目的が富国だとは誰も思わない。
しかし、この渇いた国にはそれしかすがるものは無かったのだ。
「まだだなぁ―――まだ、足りない」
男は耳まで裂けるかという壮絶な笑みを浮かべると、その空間に背を向けた。
そこでは百にも届くかという雌の声が谺し、おぉお、おぉぉ、と不気味に響いていた。
渇きの国のソラは赤く~新ジャンル「 」英雄伝~[導入編] 完
最終更新:2007年11月06日 07:18