柳川敬一大尉のカミングアウトから数日が経った。俺の攻撃に対する大尉からの報復から始まった不毛な争いも3日前にはどうにか停戦に持ち込めた。
レポートは英国人留学生のマーガレットに『再び』写させて貰ったが…。…敬一には申し訳ないが、これで彼女にフラグ立てるのは随分と難しくなったな。
まぁレポートは無事提出できて暇はできた。そしてあんまりにも暇だから、しばらく前から持ってた疑問を裏ビデオを鑑賞中の幽霊にぶつけてみる。
「なぁ敬一。そういや何でお前童貞なんだ?その顔なら結構モテただろうし、慰安所くらいあっただろ?」
当時は軍協賛の風俗店があったわけだしな。…風俗に行ける金がない俺よりはよほど条件は有利だったろうに。
と、この問いに対して珍しく頬を紅潮させる敬一。うん、どうせなら女の子に頬を染めてもらった方が嬉しいんだが。
「実はな…。当時思いを寄せていた女性は居たんだ。」
で、風俗には行かなかったと。純情少年だな。俺は初任給の使い道は筆卸しの軍資金と決めているのにな。
「ほうほう。…しかし、彼女にやらせて貰えなかったのか?」
「俺と同様に彼女に思いを寄せてた友も居たんだ。そいつは航空隊に行った俺と違い、船乗りとして駆逐艦に乗ってたんだがな。
で、二人で生き残って帰還したら、どちらを伴侶にするか彼女に選んでもらうつもりだった。」
「…そりゃ残念だったな。あ、そういや俺の祖父さんも駆逐艦乗りだったらしい。」
ちなみに祖父さん、祖母さん相手に『戦争が終わったら結婚してくれ』と死亡フラグを立てて出撃したクセに今現在も健在だったりする。
「それは奇遇だな。艦名は聞いていたのか?」
「確か雪風とか言ってたかな?」
「ソイツも雪風の乗組員だった。………名前と階級は判るのか?」
かの戦争を最後まで戦い抜き、戦後も海外に残された将兵を回収した船だ。そこに乗ってたなら、大尉殿の恋敵も祖父さんと同じく戦争を生き抜いてる可能性も高いな。
「柏木大二郎。学徒出陣で海軍予備学生になって、最終的に中尉までいったとか…。」
あ…。大尉殿の顔色が何か悪くなってる。…幽霊なんだから青白いくらいで丁度いいのか?
「…まさかな。………出身地と生まれ年は?」
「ここの近所。で、昭和元年生まれ。」
「……………ちなみに貴様の祖母の名前は?」
「柏木美代子。旧姓は榎本で昭和3年生まれだが…。おい?どうした!?」
見事なまでのorzを見せつけてくれる大尉殿。な、泣いているのか!?
「何でもない。…ただ、青春の思い出に別れを告げてただけだ。」
「あー。何か知らんが元気だせ。あと、もしかして祖父さんと祖母さんの知り合いなのか? 二人とも元気にしてるから、こっそり顔でもみてきたらどうだ?」
涙を拭った大尉殿。そしてサムズアップをよこして部屋から出て行った。
…数時間後の夕食時にはちょっぴり凹んだ様子ながらちゃんと帰ってきたが。そして金曜日ということで出したカレーを食べながら、心ここにあらずといった表情の大尉殿。
「なぁ。何かあったのか?」
「何でもないさ。」
「…何でもないのに泣いてるぞ、お前。」
「…カレーがちょっと辛かっただけだ。」
…リンゴと蜂蜜入りカレーの中辛だぞ、コレ。
とはいえ「時の流れは残酷だ…。」とか「アイツ、ハゲすぎだろ…。」とか「昔は美人だったのに…。」とか呟いてる敬一に突っ込みを入れる勇気は起こらない。
コールサインがハートブレイクになってしまった大尉殿。彼が成仏できる日、そして俺が童貞を捨てられる日はまだまだ遠かった。
最終更新:2008年04月27日 16:33