放課後、僕は校舎裏にやってきていた。
みんなは校舎裏って、いったいどんなイメージを持ってるだろうか。
『汚い』『じめじめしてる』『カマドウマ』『サボリスポット』
『不良の溜まり場』『すいませんすぐ買ってきます!……あの、お金とか………ハ、ハイそうですよねゴメンナサイ!!』
………まぁ色々あるだろうけど、そのほとんどは『普段人があまり足を運ばない場所』に集中するんじゃないかな。
それは、あまりいい場所とは捉えられないと思うけど――そりゃ、いい場所だったらみんな来るもんね。
クーラーのきいた図書室とか。
そんな校内ネガティヴプレイスプライスレスにノミネートされるような校舎裏だけど、ごく稀に、
そのマイナス要素を全て反転させて地上の楽園、遥か遠き理想郷となることも、
あるにはあると伝説では語られていたりするとかしないとか。
『日富 健人くんへ
放課後、旧倉庫前で待っています
桐生 九音』
………朝から何度も何度も確認したピンク色の紙がかさかさと震える。
これは僕の靴箱に入っていた手紙だ。白い封筒、ハートのシール。
開くとほのかに甘い香りがして、そこには女の子のもの以外の何物でもない丸くて小さな字が躍っている。
………。
うん、言いたいことはわかる。僕みたいな取り立てて長所のない男が、
なんでそんなもんもらってやがるんだこの裏切り者!!ってコブラツイストをかけたいんだろう。
オーケイ、でもちょっと待ってくれよ。早とちりはお互いナシにしようぜブラザー。
差出人、桐生 九音。
ここが今回のXファイルだ。
もし桐生さん以外の誰かだったら、僕は程度の差こそあれ例外なくヘリウムガスよりも軽く、
もしくは鉛のように重い足取りで校舎裏へ直行しただろう。
でも、桐生さんの場合は話が別だ。軽くしていいのか重くしていいのかいまひとつ迷うところ。
そりゃあ桐生さんは、声は声優さんみたいに女の子っぽくて可愛いし、眼は澄みきってて綺麗だし、
頭はいいし運動もできるし身体つきも無駄な肉がないって感じだし性格もいいし料理もできるというけど。
………真っ黒なのだ。
あ、もちろん人種差別的発言じゃないぞ。服装のことだ。
ウチの学校には一応制服はあるものの、服装は学年ごとに色の違う腕章さえ付けていれば別に私服でもいいのだけど、それがいつも真っ黒。
夏でも冬でも長袖のセーラー服。ただしスカーフまで真っ黒な。
さらに黒ストッキングで足をガードしているため、肌の露出は手と首筋のみ。
髪型は腰まである黒髪のロングなのでぱっと見黒い筒みたいだ。
もし夜道で出くわしたら唯一白い仮面だけががぼうっと浮いてるように見えて悲鳴を上げること受けあいだろう。
―――――――――そう。今さらっと言ったけど、別に服装が悪趣味なのはいい。
良くないけど、まぁ変わってるな、で済ませられる範囲だ。
問題は………仮面なのだ。なぜか。いっつも。
ドクロのようなデザインの不気味な仮面で、のぞき穴からくりくりと硝子玉のような瞳が覗いている。
聞いた話によると、たとえ水泳の授業中であっても絶対にとることはなく、
居眠りしている彼女の仮面をふざけて取ろうした生徒は次の瞬間、
弾けたように立ち上がった桐生さんにシャーペンの切っ先を文字通り『眼』の前に突きつけられて失禁したらしい。
生徒手帳にある写真でさえ仮面付きで、
どうして学校側がそれを許したのかは数多すぎて最早数える気も無くすこの学校のミステリーに数えられている。
彼女がどうしてそんなこと恰好をしているのかは、誰も知らない。
噂では一目見ただけで発狂するほどの不美人だとか、
逆に国という国がドミノ倒しみたいになる程の傾国の美女だとか、
イヤイヤ実はあれが素顔なんだとか言われてる。
本人に聞いてみようにも全て柔らかく受け流されてしまうのだとか。
そんな桐生さんだから、深い付き合いをしている友達もいないようだし、
例えば教室移動や昼食なんか特に女子はなにかと仲のいいグループで固まっていたりするけど、
桐生さんはそういえばいつも一人だ。放課後なんかも一人でさっさと帰ってしまう。
モチロン個性的な女の子の多いウチの学校には少なからず孤高な雰囲気の漂う娘もいるけど、
桐生さんはなぜかそういう空気は持ち合わせていなくて、なんというか、
放課後、夕日で赤く染まった誰もいない教室でひとり佇んでいるような、そんな光景を想像するというか。
だからか、好奇の眼差しだけじゃなく桐生さんのことが気になっていなかったといったら嘘になる。なるんだけれど、それは異性としてというよりは
……絶滅寸前の野生動物を気に掛けるっていうほうが近いような。だって悪いけどあんまり異性に見えないんだもの。
主に外見とか。
だのに。
「き、き、来てくれてありがとう!日富くん」
桐生さんは僕の前で、どう見ても女の子にしか見えない様子でもじもじとスカートの裾を弄っているのだった。
あれ?なんでこんな可愛いんだ?ていうか、これホントに桐生さん?なんかイメージ違うよ。中の人違うんじゃないの?
と、僕が思わぬ攻撃にうろたえていると、桐生さんはとうとうその言葉を口にしたのだった。
「わっ、わたし、わたし……日富くんのことが好きです!!」
言った。
僕の人生で始めて受けた告白は、構図だけ見れば黒尽くめの仮面少女というかなりアレな相手からかもしれない。
でも、この時の僕はそれどころじゃなかった。
――――其の者、黒き衣を纏いて旧倉庫前に降り立つべし。
失われた女の子との絆を結び、遂に僕をはるか遠き理想郷に導かん。
「古き言い伝えは真であった……!!」
これが告白……ッ!なんという甘く切ない攻撃だ……!モテるヤツはこんな相手と戦っていたのか!
なんだか目の前がプールに入った時みたいになってよく見えないけど、
桐生さんは桐生さんで頬を押さえてキャーキャー言っちゃったー、とかやってる。だから桐生さん、キミ中の人違うくない?
「えと、すっごく嬉しいよ。でも」
嬉しいのは本音だ。
そして、相手が自分を好いているなら(例え恋愛感情じゃなくても、だ)
こっちもその好意にこたえなくっちゃならないのは僕にだってわかる。
でも、これだけは確認しておかなくちゃ。
「僕の、どこがいいのさ?自分で言うのも悲しいけど、とりたてていい所なんて、ないよ?
勉強もスポーツも顔も平均的だし、性格だって、この間バスに乗ってたらおばあさんが面前に立ってたんだけど、
席譲ってあげるのだるいなーっちょっと思っちゃったし」
「………優しいですから。日富くん」
「そんなことないんだってば。野良犬が寄ってきた時もアンパン半分しかあげなかったし、酔っ払いのお兄さんが駅前でひっくり返ってた時も駅員さん呼んでくるくらいしかできなかったし。
………そういえばさ、去年、不良の人に絡まれてた女の子がいたんだけど……」
「優しいですよ。日富くんは」
………そんなこと、ないんだけどなぁ。本当に。
「そんな日富くんだから、わたしは日富くんが好きになったんです」
そう何度も言われると照れる。うーん、困った。
「だから、殺します」
………突然、話が冥王星まで飛んでいった。
なんだって?今、なんて言った?殺す?why?何故?
「わたしの一族の掟なんです。初めて異性を好きになったら、その人を殺さなければならないんです。
だから、死んでください」
……桐生さんは何をいっているんだろう。あ、ポケットから何か出した。シャーペンかな?先が尖ってて危ないよ。
そんなものでも、眼なんかに突き刺したら立派な凶器になるんじゃないかな。
ちょ、待って。待って!殺し屋?なんじゃいそりゃあ!!
「この恰好はね、人に自分の姿を覚えられないようにするためなんです。とっても目立つでしょ?
でも、ずっとこの恰好だから、コレを脱いだとき、逆にわたしは誰だかわからなくなる。
わたしの素顔って地味ですからね」
桐生さんが仮面の下で微笑う。
ずっと綺麗だと思ってきた瞳が、明るいところに出てきた黒猫のようにきゅっと細くなった気がした。
黒尽くめに髑髏の仮面。あ、そうか。これは彼女の本性なんだ。
手に持っているのは大鎌じゃなくてシャーペンだけど、
つまり、その恰好が意味しているものは紛う事無く死神なんじゃないか―――。
「ひ……!」
逃げようと思った。でも、それは数歩後ずさっただけでどん、と何かにぶつかって終わる。
慌てて振り返って背筋が凍った。そこにいたのは桐生さんと同じ、黒い衣装に白い仮面の長身の男。
「悪く思うな」
冷ややかな眼で見下ろされ、もう僕は動けない。蛇に睨まれた蛙なんて言葉があるけど、今僕が指一本動かそうものならこの男に首をへし折られてしまうだろう、という確信。失禁しなかったのが奇跡だった。
「それじゃあ」
少なくとも五メートルは離れていた桐生さんが、一瞬にしてキスできそうなくらいの距離に迫る。人間とは思えない脚力に、僕は瞬間移動かなにかとしか思えなかった。
彼女の右手に鋭いシャーペン。それは鼠に襲い掛かる蛇のような速度で、正確さで、まっすぐ僕に迫り―――
―――僕の手の中に納まった。
「………あれ?」
「兄さん!」
「がってん!」
呆ける僕を放置して黒ずくめの二人組はなにやらガラガラと車輪のついた道路標識みたいなものを運んでくる。切れ込みの入ったピザみたいなカラフルなそれは、どう見てもダーツの的。
もっと言えば、金貨とダーツを交換して真ん中にささるとタワシが貰えるアレみたいだった。というか、そのものかも知れない。
あまりのぶっ飛んだ展開に頭がついていかない。あの、なにがどうなっているんでごぜいませうか?
「さあ!日富くん!お願いします!」
桐生さんが何か言ってる。お願いするって、何を?僕、殺されるんじゃなかったの?
桐生さん、僕が好きなんじゃなかったの?あの甘酸っぱい空気はどこへ行ったの?あの凍てつくような空気もどこへ行っちゃったの?
「え?わたし、もちろん日富くんのことは大好きですし、殺しますけど?」
「ああ、君には死んでもらわなくっちゃ困るが」
髑髏の仮面ふたつがシンクロナイズドで小首を傾げる。なに言ってるかわからないのはこっちの方だ。ああ、なんか帰りたくなってきた。
よく見ると的にはそれぞれ何か書いてある。ますます某日本の首都友好公園みたいだな。
何々?『出血死』『転落死』『窒息死』『溺死』『安楽死』『腹上死』『大往生』―――あの、これってまさか。
「そうだ。きみはそこからシャーペン型某手裏剣を投げ、刺さった死因で死んでもらう」
「わたしが責任を持って殺しますから、安心して死んでください!」
僕は逃げ出した!しかし回り込まれてしまった!!
「無駄だ。妹に見初められた瞬間に、キミが妹に殺されることは決定していたんだ。早く投げてくれないか。放課後、校舎裏とはいえ誰も来ないとは限らないんでな」
この人本当に人間か?さっきまで桐生さんの隣にいたじゃないか。なんで次の瞬間僕の背後に立っていられるんだよ!?
「俺は妹と違ってこの拳だけが武器だ。歩法で相手に悟られないよう近づくのは基本なんだよ」
あ、ダメだ。この人マジだ。
僕は観念するしかなかった。だって、こんな怪人たちに囲まれて生きて帰れるわけがないんだから。主に外見的に。
こうなったら仕方がない……できるだけ準備に時間がかかりそうな死に方を狙って、なんとか誰か助けを呼ぶしかない。
相手は暗殺者だというし、あんまり騒がれては困るはずだ。
よし、そうと決まれば今こそ命を燃やし生きる意志を示せ若者よ。僕の中にあるありったけの生存本能を今この一投に込めて!
『出血死』……頚動脈をナイフか何かで切られて終わりだ。
『転落死』……それもダメ。すぐそこに非常用の螺旋階段があるから、ここから誰にも見られず屋上にあがるなんて造作もない。
『窒息死』……首絞め。これも外れ。
『溺死』……水、酒、女、理想。溺れて死ぬならどれが一番マシか。
『安楽死』……果たしてそれは、真の人道と言えますか?
『腹上死』……ってなんだ?とりあえず保留。
『大往生』。
………。
眼を擦って、もう一回確認。
『大往生』………………………これだ!!
大往生ってことは、孫を含む家族に囲まれて畳の上でわが生涯に一遍の悔い無し!って叫んで死ねるってことだよな?
寿命で死ぬってことは、ここで理不尽にクラスメイトに告白されて殺されるって馬鹿な目に合わなくて済む!!
これしかない!
僕はシャーペン―――よく見ると芯の部分が針状になっていて、重心も刺さりやすく、投げやすい作りになっているようだ―――を握り、構える。
「「ぱっじぇっろ!ぱっじぇっろ!」」
黙っててくれませんか髑髏兄妹。それともうパジェロじゃないぞ。
回る的に意識を集中させ、―――投げる!
「あ!」
力みすぎた!暴投だ!シャーペンは的を大きく外れ、
「じぇええええい!!」
桐生兄がフリスビーのようにブン投げた的にしっかりと刺さっていた。
「ナイス兄さん!」
桐生さんが手を叩く。もしあのまま外れてたらどうなっていたんだろう。想像するだけでも恐ろしい……って!ど、どこに刺さったんだ!?
「………………」
的を拾った桐生さんのお兄さんが黙り込んだ。仮面の下の表情は見えない。どうなんですか?
賞金一千万円のクイズの答えを告げられる直前の挑戦者でも、こんなに緊張はしないだろう。桐生さんもお兄さんには駆け寄ろうとせず、拳を胸の前に当てて固唾を飲んでいるようだ。
やがて、桐生兄は申し訳なさそうに、言った。
「日富 健人くん。突然、こんなことになってしまって済まない。
白状すると、一族の掟とは言え君を殺すつもりなんてなかったんだ。あの掟には抜け道があってね。もともと恋い慕う相手を殺させることで桐生を情のない冷酷な暗殺者にするための掟だったんだけど、
初恋の相手を殺さなくていい方法がちゃんとある。桐生の性を名乗らせることだ。身内同士での殺し合いは、そいつが外道に堕ちない限り厳禁だからね。
だから例えキミがどこを狙って手裏剣を投げても、こっちで調節して『大往生』に当てさせるつもりだった。けど……」
桐生兄が、的をこちらに向けて投げる。
「申し訳ない」
「そんな」
日富 健人。
死因。
腹上死。
―――だから、腹上死って、なにさ?
で。
僕と桐生さんは旧倉庫の中に二人っきりになっていた。
実質物置小屋でごちゃごちゃしているけど、その中で不自然なスペースがある。
なぜかそこだけ、さあ寝転んでくださいと言わんばかりに畳マットが引いてるのだ。
あのあと、腹上死の意味がわからなかった僕と桐生さんはしばらくキョトンとしていたけれど、お兄さんからその意味を聞かされるやその校舎裏に男女の絶叫が響き渡ることになった。
顔を真っ赤にしてうつむく桐生さんと僕……いや仮面の上からだと表情はわからないけど、なぜか僕には桐生さんがどんな顔をしているのか手に取るようにわかった。だって、僕と同じ顔をしていたに違いないからだ。
僕たちの必死の抗議に対しても、お兄さんは首を縦には振らなかった。
なんでも、僕がやったあのダーツは殺し屋業界の中では『ホイール・オブ・フォーチュン』と呼ばれていて、
それは『こうやって死ぬ』という結果がまず先にあり、過程はどうあれ必ずその死に様に至るのだという呪いのアイテムの類らしい。
呪いて。冗談はよしこさんお昼はまだかのぅ?ってなもんだ。でも、僕みたいな一般人からすれば殺し屋も呪いも同じようなものであり、世界を思い道理に作り変える少女の話を聞いても今の僕は疑う事無く信じるだろう。
腹上死。
………つまり、えっちなことをしてして、ひたすらしまくったことで招かれる死のことだ。腎虚なんかもモノによっては立派な死の要因になるらしいし。
もちろん、一度や二度の情交でポックリってことはないので、桐生さんは僕を殺すためにはこれから―――どれほどかかるかわからない、一年や二年じゃ多分足りないだろう。
もしかしたら一生かけて、僕と―――身体を、重ねなければならない。
それが何を意味しているのか、流石に鈍感といわれる僕にだってわかる。そうやって過ごすのが許されるような関係は、世間的にひとつしかないから。
………これ、なんてエロSS?
参った。桐生さんに告白されただけでも日本と冥王星くらいの現実との乖離を感じるのに、ここまでくれば一周回って現実だと疑いようもない。夢にしたって、僕はそんな想像力豊かなほうじゃないぞ。
「そ、それじゃあ、殺しますね」
桐生さんがいそいそと服を脱ぎ始める。僕は慌てて後ろを向いて、それを見ないように……って、いまからもっとすごいことをするのに、何でそのくらいで照れなくちゃいけないんだ……いや、やっぱダメだ。鼻血出そう。
本体がこんなにガッチガチに緊張しているのに比べ、僕の分身はガッチガチに期待していらっしゃる。わかりやすくていいな、お前。とか一人話しかけてみたりなんかしちゃって。
だって仕方がないじゃないか。
桐生さんは今僕の後ろで服を脱いで、しゅる、ぱさ、ぷち、とか衣擦れの音が物凄くやらしくて頭に血が回らない。なんせ女の子とこういうことになったことがない。H
な本で研究しているわけでもなし、経験地はほぼゼロだ。正直不安で堪りません。
って、僕はなんで桐生さんにだけ脱がしておいて自分は普通に服を着ているんだ?
僕は慌てて服を脱ぎ始める。トランクスに手をかけようとして、躊躇い、やめた。今の精神状態でここは流石に恥ずかしすぎる。
「ど、どうぞ……」
振り返って、息を飲んだ。
窓から差し込む僅かな光が女神の肢体を照らし出す。
細く、引き締まった身体は猫を思わせるほどで、でもしっかりと女性らしいふくよかさも持ち合わせていた。
桐生さんのしみひとつない真っ白な肌は薄明かりを反射して月のように輝き、僕の目を釘付けにする。
艶かしいというよりは、ギリシアかどこかの彫刻を思わせる美しさだった。
………仮面を除いて。
「………桐生さん」
「だ、だって恥ずかしいです……」
それを言うならツンと張った胸や、そ、その、控えめに陰毛の茂ったその部分なんかを隠すべきなんじゃないかと思うのだけど。
それらを覆い隠すものは後ろのほうで折りたたまれている。その潔さたるや、ヤる気まんまんな下半身の本音を照れて隠してしまった僕がチキンみたいじゃないか。
すみませんチキンですごめんなさい。
とうとう、僕は最後の砦を手放した。これで僕を守るものはなにもない。どうだ、女の子より先にすっぽんぽんになることこそ男の誉れ。
今、僕はチキンじゃない!ターキーくらいにはグレードアップしたのだ!
「ぼ、ぼ、僕だって恥ずかしい。で、でも、僕は、桐生さんが見たい。桐生さんがどんな顔をして、どんな表情を作るのか、見たい。
ぼ、僕も始めてだから、もしかしたら、桐生さんを泣かせちゃうかもしれない。でも、その涙を拭いてあげられるように、ちゃんと桐生さんを見ていなくちゃ」
ああああああ、何だか物凄いことを喋っている気がする。
でも、こんなにも、頭に血が上っているのだから。
嘘をつく余裕なんて僕にはない。
本音なんだ。
「―――わ、わかりました」
桐生さんがついに、仮面に手をかける。後頭部で留めていたベルトをパチパチと外すと、髑髏の仮面は支えを失ってあっけなく地面に落ち、ことんと軽い音を立てた。
「―――キミは」
現れたその女の子を見て、僕の手は思わず額に伸びていた。左眉、こめかみに近いそこには桜色の傷跡がある。
去年の話だ。注文していた漫画本が入荷したとの電話を受け、ご機嫌な気分で街中にある大きな書店に足を運んでいた日のこと。
何か悲鳴のようなものが聞こえた気がして、僕は何気なく店の裏手にあるパチンコ屋の駐車場を覗き込み、そして目を丸くすることになる。
二人の若い男が、女の子を前にしていきり立っているのだった。
足元には、これも女の子に絡んでいたうちの一人だろう、茶髪の男が転がって伸びている。
女の子の方はというと、これが全く怯えていないようで、わめく男たちの顔を冷ややかな目で見つめながら時折ため息をついたりしている。
どういう状況か、まったくわからないが―――とにかく、女の子が良からずと呼ばれる人種にちょっかいをかけられていることはわかった。
……かといって、飛び出して行ったりはしない。できない。だってそうだろ?僕がのこのこ出て行ったところで、何ができる?
僕は身体測定でも中途半端な成績しか出せない、十把ひとからげな男なんだぜ。それに、それに……僕には関係のないことだし。
見なかったことにして、帰ろう。
背を向けようとして、身体が凍りついた。
男の一人がナイフを構え、突きつけたのだ。なんてことを。相手は女の子だぞ!
気がついたら、僕はその場を飛び出していた。走りながら、自分でも後悔していた。
何やってんの僕。さっき自分でも自分のスペックは確認しただろう!?
僕はナイフを持った男の腰に体当たりをした。男はまったくの不意打ちだったので踏ん張りも何もなく、僕と一緒にひっくり返る。
仰向きに転がったところで、もう一方の男が地面に崩れ落ちていくのが見えた。―――え?
女の子が、動いていた。そのままナイフの男に襲い掛かると、ふらつく男の膝を蹴り飛ばしてもう一度転がし、抜き手を放って静かにさせる。
映画の殺陣のように洗練された動きに、僕は声もない。とんでもない達人だ。
そして女の子は、絶句している僕に小さな小さな声で「ありがとう」と言うと、ハンカチを押し付けてどこかへと走り去ってしまった。
あとには女の子に叩きのめされて呻いている男たちと、勝手に突っ込んできて勝手に頭を打った僕だけが残された。
今思い出すだけでも恥ずかしい。結局、その子は僕なんかが飛び出す必要もなく男たちを片付けていただろうし、
僕はカッコつけて怪我したただの馬鹿ということになる。傷は浅かったけど、頭だからか血が沢山出てハンカチは真っ赤になってしまった。
これでは洗っても返せないので一応新しく買いなおしたけど、その子と会うことはもうなかった。
その女の子の顔は、実はよく覚えていない。あっという間の出来事だったし、一年も前の話だ。
一年前、たった一度見ただけの女の子の顔を覚えているなら、ソイツはシャーロック・ホームズという名前に改名するべきだろう。
ででも、僕は確信した。あれは、桐生さんだったんだ。
仮面を取っていたから、この一年僕はあの女の子が同じクラスにいることにも気付かなかったんだ。
「その節は、助けていただいてありがとうございました」
裸の桐生さんが僕の胸にしがみついて、囁く。
そんなことない。僕こそ何もできなくって、ごめん。
そう言いたかったけど、柔らかな感覚にドギマギして声も出ない。
「わたし、本当に嬉しかったんですよ?助けてもらうなんて、わたし、初めてだったんですから。
あれから日富くんを目で追うようになって、ああ、本当に優しい人なんだなって思って。気がついたら、だいすきになっていました。
掟があるから、誰にも言うつもりなんてありませんでしたけど、それでも兄さんにバレてしまうくらいに」
「………………」
桐生さんが背伸びして、僕の唇にやわらかいものが重なる。
「仮面を取って、正解でした。仮面をつけたままでは、キス、できませんから」
僕は―――今度は僕から、桐生さんにキスした。
僕こそ、あの時、あの優雅な強さに心奪われていたと言ったら、キミは笑うだろうか―――?
軽く、触れ合うだけだったキスはやがてお互いの舌と唾液を交換し合うものになり、
さらに僕は唇から首筋、鎖骨、胸元へと接吻を下げていく。
「く、ひゃ、ひ、とみ、くふ……ん!」
顔を真っ赤にした桐生さんが僕の頭を抱きしめる。柔らかくていいにおいのする桐生さんの胸に押し付けられた。
く、苦しい。息ができない。ちょっと離して桐生さん。
「はひ、ああっ、ん、日富くん……らいすきぃ………!!」
聞いてない。まだ急所のどこも攻めてないのに、桐生さんはすっかりできあがっているようだ。
……意外とえっちなんだな桐生さん。髑髏の仮面を外したことで、心のペルソナも外れてしまったか。まぁ、いいや。
僕はなんとか首を回すと、桐生さんの双丘の頂点、ピンと張り詰めて刺激がくるのを今か今かと待ち構えている乳首に目をやった。
なんだか授業中、必死に手を上げて存在をアピールしている小学生みたいでかわいい。
せんせい、わたし、できるよ!ここのもんだい、できるよ!
よーし、それじゃあたっぷりご褒美をあげないとな。
「はきゅ!!」
こりこりと片手で健気な桐生さんを転がしてやり、かり、ともう片方の健気を甘噛みしてあげる。
「あひ、ん、あ、ぁ、あ、ぁ、あ、ぁんっ」
指で弾くたび、舌で弄ぶたびに桐生さんはひく、ひくんと痙攣し、切ない声をあげる。
面白いくらいに反応してくれるのでこっちも興が乗ってきてもっと悦ばせてあげたくなり、
それがさらに桐生さんを悶えさせることになるのだった。
遊ばせている片手を桐生さんの秘所に這わせると、もうそこはたっぷりと蜜をたたえていた。
そこからさらに進めようとすると、慌てて桐生さんが侵入しようする僕の手を押さえつける。
「だめっ、そ、そこはダメですっ!」
邪魔しないでくれないかなぁ。僕はすかさずきゅっと乳首を捻り、桐生さんを撃退する。
「ふぇぇ……」
「かわいいよ。桐生さん」
「かわっ!か、は、あ、くぅぅぅうんッ!!」
おっぱいをこね回し、割れ目に合わせて指を動かしながら耳元で正直な感想を囁いてあげると、
桐生さんは今までにないほどの大きな反応を見せ、がくがくと痙攣してぺたんと座り込んでしまった。
これって、………もしかして。
「桐生さん……」
「はふ、はふ………ん……」
「いっちゃった?」
途端、桐生さんの真っ赤な顔がさらに、首筋まで朱に染まる。
「うー…」
恨めしそうな顔で睨まれてもちっとも怖くない。むしろ、こんなにくるくる変わる桐生さんの表情を見て知らずに頬が緩んでしまった。
あいさつしても、そっけない返事しかくれなかった桐生さん。休み時間、独りで本を読んでいた桐生さん。
けれど、気遣いができて、いつもさり気無く周りにフォローを入れていた桐生さん。
笑った顔も、泣いた顔も、怒った顔も、誰にも見せなかった桐生さん。
それでも、桐生さんは、こんなに普通の女の子だったんだ。
それがとっても嬉しくて、僕は力一杯桐生さんを抱きしめた。
まだひくひくと震えている桐生さんに、僕はまたキスをひとつ。それだけで彼女はまた呆けたようになって、僕に擦り寄ってくる。
……やばい。これ、楽しいかも知れない。
桐生さんが僕なんかの指で感じてくれるだけで、もっともっと感じさせてみたくなる。その端正な顔を快楽で蕩けさせたくなる。
いじめていじめて、懇願する桐生さんにわざとらしく「何を?」なんて聞いてみちゃって、
泣きそうな桐生さんにキスをしてチャラにしてもらうのだ。
―――でも、残念ながらそれは次に機会に、ということで。
だって、もう……我慢できそうにないから。
「桐生さん、もう……」
「は、はい………きてください」
桐生さんの正面に回って、天をも穿てと言わんばかりの怒張を濡れそぼった彼女の泉にあてがう。
お互い少し深呼吸して、一気に―――
「……あれ?」
入らない?なんで?こんなに桐生さんは溶けそうなくらい濡れているのに、なんで入らないんだ?
「え、ちょっと、あれ」
あせってぐいぐいと押し付けるも、柔らかい弾力に押し返されてしまう。
うう……なんでだ!?桐生さんはこんなに濡れているじゃないか!!
桐生さんの視線を感じる。心配そうに見られているに違いない。
大丈夫だから、僕なら大丈夫だから、なぁに、もう少し強く押し進めればきっとツルンと入るに違いないさ―――!
入らない……入らない………!!嘘だろ、ヤバイ、ちょっと泣きそうになってきた。
「健人くん」
「なんだよ!」
思わず怒鳴ってしまう。そして、後悔した。何怒ってるんだ僕は、一番不安なのは桐生さんのほうなのに。
―――触れるか触れないかの、優しい、くちづけ。
驚いて目を見開いていると、桐生さんはぺろっといたずらが見つかったみたいな顔で小さく舌を出して笑った。
「さっきさんざん苛めてくれたから、そのお返しです」
「あ………」
そして、ぎゅ、と抱きしめられる。
「二人でしましょう?ね?」
「う、ぁ………」
今度は僕が真っ赤になる方だった。恥ずかしい。
穴があったら体育座りで入るから誰かそこに腐葉土をかけてください。来年の夏にはかぶと虫になっているでしょう。
桐生さんが感じてくれるのをいいことに一人でコトを進めようとした自分を恥じた。
何やってるんだ、僕は。こと性交なんて、二人じゃなきゃできないことじゃないか。そんなこと、当たり前の話なのに。
「ごめん。桐生さん」
「……九音って、名前で呼んでください。わたしも、健人くんって呼ばせてくださいね?」
僕は桐生……九音さんを抱きしめた。温かい、心臓の音がする。
さぁ、二人でもう一度、始めよう。
「み、見えますか……ここです」
九音さんが広げて、導いてくれている。
女の子が自分の性器を露出させるなんて死にたいくらいに恥ずかしいはずなのに、それでも僕を見つめて、誘ってくれている。
初めて見る開かれた女性器に少し感動した。これは……世の男が夢中になるわけだ。
えろい。なんというか、妖艶だとか色っぽいとかセクシーだとか、
そういったものは全てコレから派生したもんであり、つまりココには男を雄にする全てがあるというか。
思わず我を忘れて襲い掛かってしまいそうになるが、先ほどの失態を思い出していい感じにテンションを下げる。
ビークールビークール。頭はクールに、でもハートはホットに。できればちょっとトリッキー。
くにゅ。
「あ、もう少し下です」
どうも僕がさっき入ろうとしていた場所は入り口のずっと上だったらしい。
港じゃないところに突っ込んでいくとは…船員の命を無駄にするところだった。手招きしてくれたマーメイドに感謝しよう。
「ぁあ、そ、こです……そこぉ」
なるほど、ちょっと感触が違うようだ。九音さんの言葉を受けて、僕はどこか祈るような気持ちで腰を進める。
ずぶっ、ずぶぶ……抵抗はあるものの、そこにはちゃんと、僕を受け入れてくれるような仕組みになっていた。
ちゃ、ちゃんと入っていく…やばい、これはき、気持ちがいい!
ちょっと洒落にならない快感が僕の男根から背骨を伝って脳みそを串刺しにする。
こんなんで全部入ったら、動いたら一体どうなってしまうというのか!!
……………と、駄目だって、九音さんは大丈夫か?
「九音さん」
腕の中にいる九音さんに声を掛ける。
「大丈夫ですよ。思ったほどわたし、痛くないみたいですし。一思いに、貰っちゃってください」
にこにこしているが、それでも苦痛が皆無というわけではないだろう。ちょっと涙目になっている。
―――ありがとう、九音さん。九音さんの、貰うからね。
招かれざる客と見たか、九音さんの膣内は僕を締め出そうと押し返してくる。
それを力ずくで押し通り、拓き、蹂躙していく。
「く、ふぅ………!」
九音さんがさすがに苦しそうな声を、出さずにかみ殺している。もう少しだから、がんばって。
……いや。がんばろう、一緒に。
そして、ついに僕と九音さんのお腹は、ぴったりと重なりあってしまった。
「はあ、はあ、はあ、はあ……全部、入ったよ。九音さん」
「嬉しい……わたし、嬉しいです。あは、健人くんを、包んじゃってます……」
九音さんの膣内は熱く煮えたぎり、こうやってじっとしている状態でも妖しく蠢いて僕自身に絡みつく。うぅ……気持ちがいい。
今まだかつてない快感の坩堝に、
こっちは意識を浚われないように世界で一番僕の雄の本能を狂わせ、また世界で一番男としての理性を保たせる女の子にしがみついて耐える。
「いっぱいこすって……わたしで、いっぱい気持ちよくなってください………」
さっきあまり痛くないといったのが本当だったのか、それともこの短時間でもう慣れたのか。
九音さんは妖艶に微笑んで、自ら腰をくねらせた。
そんなことされたら、僕は……僕はもう………!!
腰を引いて、まだ硬さの残る肉壷に再び進入する。
それはもどかしいほどにゆっくりな前後運動だったけど、
そんな緩慢な動きが、こんなにも、こんなにも、トビそうなほど気持ちがいい―――!!
「九音さん!すごい、すっごく、気持ちいい!!」
「あ、あ、わた、わたしもぉ、いいですぅ……!」
「九音さんも?九音さんも、気持ちいいの?」
「はい、はい!健人くんに犯されながら、わたひ、感じちゃってます!!」
思わず抜き出す途中のペニスを確認する。
量こそ少ないものの、そこには確かに鮮血がこびりついていて、九音さんの破瓜を達成したのだと告げている。
初めてなのに、この娘は!感じちゃっているというのか!けしからん、なんてえっちぃ九音さんだ!串刺しの刑し処する!!
結合部のぬめりが増し、動きやすくなると僕は次第にピストン運動を激しくしていった。
突き立てるごとにヌチュヌチュと淫らによがる陰部は、九音さんを代弁する本音の口。
嘘もつけるほうの口は、大きな声を出すのを恥ずかしがって必死に抑えられている。
それでも動くたび甘い声が出るのを止められない。
「ひ、ん、あ、あ、ふぅっ、くん、きゅうんっ!!」
もっとも、今の僕にそんな桐生さんを舐っていたぶってやろうなんて余裕はない。
あるのはただ一点、腹の底にこみあげる溶けた鉄を叩きつけるのみ。
「たけ、あひっ、あ、たけとく、健人くんっ!!大好き、すき、あぅ、すきですっ!たけとくん、だいすきぃぃ!!」
何か聞こえる。でも聴こえない。ただ、ただ、この快楽の果てにある境地に向けて疾走する―――!!
「九音さんっ!僕、もう………」
「出してっ!いいから、なかにいいから、欲しいですっ!健人くんのぉ!!」
九音さんが膣内を伸縮させ、同時に両足を僕の背中に絡めて拘束する。
う、引けない。ピストンの為に腰を引くこともできない。
仕方がない、ひたすら、前へ、前へ、前へ、前へ、前へ、前へ、前へ、前へ―――その先へ!!
「く、うわぁぁぁっ!!」
「ふあ、あああああああああああああああッッッ!!」
びゅくっ!びゅ、びゅくん!!
これまでにないほどの量と熱を持った精液が九音さんの子宮に解き放たれ、同時に九音さんも膣内を締め上げた。
あ、膣内出しだ。………ま、いいか。あとのことは、あとで―――かんが、え………。
「ああ……熱いの、たくさん………」
力が抜けてへたり込んだ僕にまだ足を絡めたまま、九音さんが夢心地の表情で囁く。
ふと、目が合って、なんだがおかしくって二人して笑った。
しちゃいましたね。
うん、しちゃったね。
外がやけに眩しい。
旧倉庫から出てきたふたりはけだるい感覚にこきこきと体中を鳴らした。
「思ったより長かったな。ああ、ああ、心配しなさんな。聞き耳立てたりしてねーよ。
しっかし、歩き回ってみたけど、このガッコ全然変わらないのな」
桐生兄はここの卒業生らしい。倉庫の鍵をくすねてここ―――当事はまだ現役で使われていた―――をホテルを蜜室にするヤツは結構いたそうだ。
そういえば後始末をしながら気付いたのだけど、ここ、窓の鍵がひとつ壊れている。しかも一番奥の、一番目立たないところのだ。案外その伝統は今も続いていたりして。
そう言ったら、そりゃあお前たちが使うんだし続くだろ、とか真顔で返された。………恥ずかしい。
そして、最後に。
「これ、ホイール・オブ・フォーチュン。一度使っちまうともう効力は無くなっちまうから、記念にどうぞ、義弟よ」
「は、ども……」
「それから、妹を泣かせたら運命を捻じ曲げてでもお前の首をへし折ってやるからな。肝に銘じとけ」
初めて僕を見下ろした時のように、冷たい目、凍てつく声で囁くと、バイバイと手を振って背を向けた。
「兄さん、ほんとシスコンなんだから。でもね、兄さん、健人くんのことはちゃんと認めてるんですよ。
なんせ一月ほど監視して、信じがたいがコイツは間違いなく善人なのら!なんて言ったんですから」
「………なのら?」
「はい。健人くんが言ってた酔っ払いの人を介抱したって話、あれ、兄さんです。
健人くんに欠点が見つからないんでイライラして自棄酒飲んで、駅前で寝てたらその健人くんが助けてくれたんですって」
あはは、と笑う九音さん。
………あ、はは………。
がくっときた僕はそのまま何気なく的に目をやって、それで………。
「あー!!」
声をあげた。
「どうかしました?」
「こ、こ、これ」
「?」
九音さんも覗き込み、その髪が逆立つ。
ポツンと開いた、ダーツの跡。『腹上死』に、それはない。
あるのは、『大往生』の、そのど真ん中―――
そういえば僕らの中で実際どこに命中していたのか確認したのは桐生兄だけだったような。
僕も九音さんも「腹上死……そんな!!ところで、腹上死って、ナニ?」だったし、説明の後はパニックでそれどころじゃなかったからだ。
ああ、もしかしたら、これが兄さん流の「妹を宜しく」だったのかなぁ?
「に、に、兄さぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
激昂した九音さんがテクテクと歩く桐生兄の背中を追う。
「………ちょ、九音さん!仮面、かめ…………ま、いいか」
僕の彼女は暗殺者。
でも、僕たちは正面から向かい合い、正々堂々と恋をしたのだった。
KILL YOU & HIT ME~新ジャンル『アサシンデレ』妖艶伝~ 完
最終更新:2008年02月11日 01:00