「…。」
ドアを閉じ、そこに背を預けながら溜息を吐く。彼女に微笑むことができた。私はまだ出来る。……甘えることは許されない、と、思う。
そうして私は今まで生きてきた。答えを誤魔化さず、自分を誤魔化しながら。とても辛い生き方だった。だが、変える気もないのだった。
何故なら………。
「………」
…。駄目だ、答えを出せ、私……答えを出さなければ。
そうだ、それが責務だからだ。責任を果たすものは果たさなければ社会は崩壊する…。私は自分を納得させる寸前にあった。気付くな。綻びに。だからこのまま――
「………社会とは」
何か。自分でも驚くほど、乾いた声だった。部屋で一人でこんなにはっきりと声を響かせてしまうと、気恥ずかしい気がして、同時に誰も聞いていないのでどうでもよくなり、仰向けになって自嘲気な笑みを浮かべる。
「社会」とは何だ。 答えを出せ、私……答えを常に出し続けなければ。
社会とは、ありとあらゆる家族が、お互いに助け合いながら――…… ……。
「……何のためにあなたは尽くされているのですか、お嬢様……」
いつだったか。彼女はそんな風に、俯きながら悲しげに呟いた。苦労させているとは思っている。子供のわがままに付き合せてしまって。だが、いずれは彼女にも恩を返す。
私はあのとき「世界の恒久の平和のため」だと、誇らしい笑顔を繕って言った。…詭弁だ。平和は私にとって"目的"ではなく"手段"だということを、知っていたと思っていたが、知っていたふりだったのだ。
身にしみていなかった、のだ。気付いたときにはもう遅い。何の為に尽くしているかだなんて分かりきっている。
あの日、あの庭園で、父親に隠れながら、照れたように戸惑う私に向けられたほほえみを思い返し、くすりと私は笑ってしまう。
「はじめまして、おねえさま」
――決まっている。私の弟の為に、私は世界を平和にすると。想起は私の顔を強張らせた。意思は堅い。言い訳などいらない、それが私の生きる意味だったから。
答えは出た。全ては弟の為だ、寝返りを打つ。決着だ、
「……………………………………………………………………………………………………………………」
夕闇に私が突き落とした、弟の為だ。
はっとした時にはもう遅かった。鼻につんと悲しみが登る。視界が滲む。目頭が熱い。口元から漏れる嘆きを噛み締めきれず、布団に頭を強く涙の痕を押し付けて沈む。
私に、わたしの嗚咽が聞こえないように…。
暫くしてから、ようやく私の意識が酩酊したのが分かる。
私は明日ついに自分の領地を持つ。ああ、アベルも使節を送って何かと交換条件で返してもらおう。そして母上も……我が領で膨大に取れるハーブは実は一年草で倉庫に密かに隠し少量ずつ売っている。あれは疲労回復に良いし味もいいとネフィリムの方の人間にも売れている、わざわざ値を下げてやることもないだろう。あれだけのハーブならダスクフレアも好むだろう、私のおとうとと交換して……
そこで、混濁した思考に唐突にノイズが混じる。
「そんなことはありえない」、と余計な口をさしはさむ常識。冷鋭な哀しみと怒りが全身を焼く。
自身の体を掻き毟りながら、ああ黙っていろ、わたしは見たくない。そんな現実……。思考をぐちゃぐちゃに、
「お姉様、大変そう」
その時だった。
彼女が私の目の前に現れたのは。
最終更新:2011年10月09日 00:19