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「でも、お姉さまも悪いんだから」


「ねえお姉様。 お姉様はね、勘違いしてるんだよ?」


――意識が混濁したまま。私はよくわからないけれど、体も頭も動かない。
言葉の意味を、言葉のままに受け取るしかない。
他人の意思を咀嚼せず、そのまま飲み込まされているような。
辛うじて見えたのは、年端も行かない少女の影…。


「お姉様が今まで立ち直りを強要してきた人達は、みんな、今のお姉様と同じ気持ちをしていたのに」


「無理矢理お姉様が引き摺って立たせたの。 ……外見なんて関係ない、中身はぼろぼろだよ。あの時――」


「あの女の子と男の人が抱き合っているのを、恐ろしいほど底冷えた気持ちで見ていたあなたみたいに、微笑んでいるように無理してみせただけ、あの人達は」

――なんでそんな事を知っているのか?
問おうとして、体が動かない。嫌な予感がする。

「中身はぐちゃぐちゃのどろどろ」
「憎悪が沸騰して、あらみじんに砕いたかぼちゃのスープみたいに」
「自分が可哀想なんでしょう」

――嫌……

「…カイトお兄様のことなんて、本当はどうでもいいんでしょう」
「あっちの優しい方が良かった。強いし、利用価値もある」

――嫌。嫌。嫌。

「いつもアベルくんに、父さまに気をかけて、面倒だった」
「お母様だって本当は勝手に死んだんだから、責任なんて感じなくていいって」

――嫌だ

「大体、アベルくんが死んだとき、そんなにショックじゃなかったんで」



「やめろッッ、やめろ、  聞きたくないッッ!!」


動かぬ筈の手で無理やり、耳を塞ぎながら、子供の様に、哀願するように泣き叫んだ。




「……いいんです。」


――ふわりとした感触。少女が私をいつのまにか抱きしめていた。

「…お姉さま、こんなに傷ついて可哀想。……あなたは、休んでいいんだよ………。そう、誰も、お姉さまに言ってくれなかったのね。傷だらけ、お姉さまの魂」

――……あんなに人を傷つけておいて、何を言うのか……。振り払えない。

「他人に頑張りを強要しちゃいけないの。辛かったら……」

「頑張らなくてもいいんだよ」


――私は、答えを出し続けないと。だって、


「私はノア・シュラフェニアム・シュラーフェン。」

「よく眠れるように、おまじないしてあげるね」

「満ち足りないなら、力だってあげる」

「私に出来ることはこのぐらいなのです……ごめんね」


耳元で、少女が慈しむように、柔らかな声で囁く。


「あなたの痛みが消えますようにって、ノアが”お願い”してあげるね」


――立ち止まってしまう……。


* *



涙の痕を残したまま、静かに寝息を立てているクロエ。
母親――そういうには、あまりにも無邪気な微笑みのまま、その髪を慈しむようにさらさらと撫でながら、少女は共にベッドに寝転がる。


「また、引っ掛けたんだ、僕というものがありながら」


青年ぐらいか、そんな歳の頃の声が部屋に響く。
冗談染みたような、少しすねたような声に、ノアはくすくすっと子供っぽい笑みを漏らし。しーっ、と人差し指を口元に当てる。

「静かにしてくださいね、じょんさん。泣いてる子がいるんですからっ。……それに、私はじょんさんのこと、ちゃんとだーいすきですよ」


「君が、好きなのは、世界じゃないか。」
「……ま、」
「そんな君が、好きなんだけどね」
諦めたような笑みをたたえ、どこからか部屋に唐突に現れた青年は、ベッドの傍まで歩み寄り、目を細めて、二つの体を見下ろす。


「もう、したの?」
「まだです。思った以上にフレアがあって……」
「そう、じゃあ、今日は、もう引き上げよっか。もうすぐ、シモンくんがくるよ。お迎えに、ね。外で、待ってようか」
「はいっ」

ベッドからそっと降り、ぱたぱたと先を行く青年についてゆく少女。
一人残されたクロエの表情は――安堵。
部屋の戸をあけるとき、そっと、ノアと名乗った少女は振りかえり、その表情に満足気に無邪気に微笑んで、

「また来ますねっ」

戸は閉じられる。





「そういえば、じぇらーとっていうお菓子を雑誌で見たので食べてみたいんですよー」
「確か、屋台で、みかけたきがするなあ」



 *  *  *


その後、クロエは長く眠ることとなる。
父と母と弟と、末永く暮らす暖かな夢を見ながら。
現実の痛みを紛らわす麻酔のように甘い夢。
ノア。穢れた地上の中で、選ばれた者を楽園へ運ぶ船――。
最終更新:2011年10月09日 03:19