――仄暗い、地下実験場。
液体の詰まった、2つの、大型の試験管には、それぞれヒトが入っている。
――否。双方ヒトではない。
青年の方の、頭の横――つまり本来耳に当たる部分――には大型のシリンダーが伸びており、そこに何やらディスクが何枚も入れられている。
また、首と四肢には金属製の輪がつけられ、僅かに開かれた瞳にはスコープのように十字が走っている。
対して少女の方は長い髪が液体に揺れ、やはり首や四肢には輪がつけられている。しかし一番特徴的なのは、両腕の肘から先がむき出しの機械であることだろう。
目は閉じている為にわからないが、おそらく青年と同様、十字が走っていると思われる。
――そう。そこにいるのは、機械生命体。『グレズ』だった。
「……起動せよ」
試験管の前に立つ、薄汚れた白衣の男が号令をかける。
その号令を合図に次第に液体が抜かれていき、ハッチが開けられると、2人は床に降り立った。
「調子はどうだ?」
男の問い掛けに、青年が笑顔を向けて応える。
「あははっ! 相変わらず、馬鹿なことを聞くなぁ、ハルマン。……ああ、“キャスター”だっけ? まぁいいや、どっちでも。僕もレティも良い感じさ。それくらい、そっちの画面に出てるんじゃないの?」
青年がケラケラと笑いながら男の向こうにあるモニターを指さす。
「まぁ、その問い掛けを聞くのももう326回目だ。きっと常套句なんだろうね」
グレズらしくない、満面の笑顔と弾んだ声の調子。
男が一度睨むと、青年は困ったように表情を変えた。
「はいはい、わかってるって。……識別番号NDHG-001、ネーム:ルキフィス、身体機能・知性回路・“感情制御”、『機能不全無し』(オールグリーン)」
やれやれ、と肩を竦めながら、青年が男を見る。
「……これでいいかい?……グレズらしさを求めないで造った癖に、そこだけは“機械”を求めるなんて酷いなぁ、ハルマン」
「五月蠅いぞ、NDHG-001。早くNDHG-002にも言わせろ!」
爪先で床を叩きつつ、男が青年に促す。
相当イラついているのか、語尾が荒くなっている。
「名前で呼んでくれないかな、ハルマン。僕達を“こう造った”のは君達だろう?……ああ、そういえば君達は僕達に“制御プログラム”を入れていたね。残念だけどそこだけは『異常有り』(システム・レッド)だ」
青年は少女を護るように後ろに下げながら、にこやかに問い掛ける。
――目だけは決して笑っていないが。
「名前で呼んでくれないかな、ハルマン?」
「……レトリアにも報告させろ、ルキフィス」
「それでいい。僕達は機械じゃない。グレズだよ。間違ってもらっては困るよ」
にこっ、と小さく笑って、青年は少女を前に出し、屈んで目線を合わせる。
「報告できるかな、レティ?」
こくん、と少女が小さく頷くのを見て、青年は少女の頭を撫でる。
「……識別……番号……NDHG-……002……ネーム……レトリア……『機能不全……無し』(オール……グリーン)」
ぼそぼそと無表情で少女は呟く。
青年はもう一度頭を撫でて、男に向き直った。
「……言語回路、感情制御共にイカれたまま、しかしそれを脳が認識しないのか」
男が呆れたように言うと、青年が肩を竦ませて苦笑する。
「言いたくないだけだよ、ハルマン。レティは感情が強いから、あまり表に出すと危ないのさ。レティはそれを理解しているから、いつも無表情だ。僕は逆だけど、ね。それだけ『感情』っていうのは難しいのさ。僕達グレズにはね」
◇◆◇◆
――格納庫の一室に、金髪で褐色の肌の、派手な赤色のシャツと黒いズボンの女性が、ソファに腰かけている。
女性の向かい側にはスーツの男性が、いかにもな作り笑顔で座っていた。
「それで、『E.S.ニードヘッグ』はどれくらいで完成しそうですか?」
スーツの男性の問い掛けに、女性は長いキセルを取り出しながら答える。
「色々と無茶な作りだからねぇ……あと1か月はかかるね」
「我々から出資できるのにも限りがあるんですよ、フィニア……いえ、“ライダー”。それをまるで湯水のように……」
「『E.S.』はMTと根本的に構造が異なる。出資できないなら私は降りるよ、ジルキス。それとも、“アサシン”と呼んだ方がいいかな?」
私抜きで作れるのかな、と女性は笑う。
男性は拳を握り締め、観念したように溜め息を吐いて返す。
「ははっ、駄目なようだな、“アサシン”」
「っ、ジルキスでお願いします。……当然でしょう、フィニア。貴女以上の技術者は、『樹木の世界』(このせかい)にはいない」
「そりゃあそうさ。なんでだか、わかるかい?」
「……技術が優れているからでは?」
男性の答えに、はっ、と短く笑って、女性はキセルを吹かす。
「それは一番じゃあないね。……私には“人道的”って枷がないからさ。どんな無茶苦茶な性能だって、作れる技術があるなら作る。すなわち『E.S.』は、人間が乗れるMTじゃない」
「はぁっ!? じゃあ何が乗るって言うんですか!」
「さぁね。全ては我らが総統閣下(フューラー)が決めるんじゃない? 私は言われたことを再現できる通りの性能の機体を作り上げるだけさ」
◇◆◇◆
――広い部屋。黒革の肘掛け椅子に腰かける、仮面の男。
その部屋に、ノックの音が響く。
「入りたまえ」
一呼吸おいて、返し。
「失礼します、総統」
フードを脱ぎ、1人の男が部屋に入る。
「キミか。さて、カイト・シラヌイは立ち直れそうか?」
「はっ、必ず」
その答えに、仮面の男は面白そうに笑う。
「そうでなくては困る。我が計画にはまだ彼が必要だ。……ベルモントとハイゼンシュタット、それと『夜の王』の動きはどうだ?」
「はっ。大きな動きはありません。まだ我々のことは気づかれていないかと」
くくくっ、と仮面の男はもう一度笑い、立ち上がる。
するといつの間にか男の手には金色に輝く剣が握られていた。
「……順調だな、“アヴェンジャー”。『E.S.』ももうすぐ完成する。『反乱』(リベリオン)は近い」
「御意、“セイバー”。しかし……『エモーションドライブ』は無謀では?」
「あれでいいのだ。ハルマンには悪いが、どんなに手を尽くそうとも、近い内に彼らは我々から離別するだろう」
「ではなぜ彼らをっ!?」
「湖に波紋を広げるには、まず石を投じなければならないだろう? 彼らはその石だ。『E.S.』もな」
くるくると剣を弄び、たまにビシッと構えては構えを崩す。
「“セイバー”。私は貴方の近衛、つまり直属の部下に当たります。その立場からお訊きしたい」
「“アーチャー”ならすぐそこでキミの眉間に標準を合わせ、“ランサー”はキミと同様に視察に出かけ、“バーサーカー”は……どこかで遊んでるんじゃないか?」
放り投げた剣を掴み直し、鞘に納めると、仮面の男は椅子に座り直す。
「その危惧は必要ない。“ランサー”、“アーチャー”、“ライダー”、“キャスター”、“アサシン”、“バーサーカー”、そしてキミ“アヴェンジャー”。全員が全員曲者だが、根本的な願いは同じだろう?」
「しかし!」
「何かあったとして、私やキミが彼らに負けるか?……“セイバー”の称号は、何も剣を得物とするからではないことくらい、キミはわかっているはずだ」
「“セイバー”……唯一キミの素顔と願いを知る友人として、言わせて欲しいことがある」
「なんだ、言ってみろ」
口調を崩し、泣きそうな顔になりながら、男は口を開く。
「僕はキミが何をしようと助ける。そう、彼女達に頼まれ、誓った。だから死ぬんじゃないぞ」
「……わかっているとも。本来ならキミの称号は私が名乗るものだと言うことも……だからこその『反乱』だ。失敗は赦されない」
◇◆◇◆
願いの木を貪る蛇。
それは“今”をいつか崩そうとする意志。
その理由は単純故に強く、それ故に願い、望む。
聖石の光は差別なく、様々な色合いで対象を照らす。
次に照らされるのは――