白亜の蒼天城を背にして、私は無数の夕闇の眼前に立っていた。
周囲を覆う黒い結界。その壁面に輝く黒水晶の鏡のような画面には、分断されたクロエ達や桜花達の戦隊(パーティ)の様子が映る。
クロエ達の相手は『夕闇に堕ちし界渡り(ダスクド・フォーリナー)』。そして、桜花達の相手は……幸平の妻・ローラ。
まさか彼女が夕闇に堕ち、しかも幸平と刃を交えることになるなんて……。
複雑な感情を禁じ得ない…。
だが、今は戦闘中だ。今はただ、幸平の真っ直ぐな意志を信じるしかないだろう…。
自らの妻をその手で止めると誓った覚悟を信じて……。
それに、桜花のことも。
今はあの子の心と、あの子の心が繋いだ仲間との絆を信じるしかない。
リュヌ…。彼女は、この戦いに関わる運命の中に名を連ねていなかった。その彼女があそこに居るということは、彼女自身の意志が――あるいは周囲の手助けが――運命を書き換え彼女をそこに立たせたということだ…。
だから今は信じよう…。その変革が、桜花の死の運命をも変えてくれるということを……。
私は横目で見ていた画面から目を離し、それを夕闇の群れへと向ける。
私の視線のその先で、夕闇の群れが下卑た笑みを浮かべている。
「へっへっへ…!まさか俺達ダスクフレアを一堂に集めようなんて馬鹿がいるとはなぁ!!」
「それも女神様からの直々のお誘いだぁ!コイツは有り難いったらねぇぜ?」
「創世のフレアを持つ女神様を喰らえば、俺達は一気にこの世界全部を再創世(リジェネシス)できる力を得られるってものよぉ…!」
「ああ…。だが、その前に“女神様”をタップリ愉しんでからだがなぁ…!!」
顔を見合わせ笑い合う夕闇の群れ。
……本来、ダスクフレアとは宇宙的災厄だ。その根本は現行世界への強い“否定”の意志にあり、故に彼等は破壊と創造の変革を望み、善も悪も諸共否定して今の世界の絶対悪となる。
私は彼らの歪められた願いを決して許しはしないが、しかし彼らはその“否定”の意志故に孤高な存在だと思っている。今の世界に生きる場所を持たぬ唯一人の宇宙。それがダスクフレアだ……。
故に、ダスクフレアは群れることをしない。
皆それぞれに願う世界が異なるのだ…。群れなど成しようはずがない。
それ故に、目の前の衆愚は私の信じる夕闇から程遠い…。
哀れみすら覚え得ず、ただ蔑んで私は言う。
「30から、9つ増え、9つ減り、さらに2つ減って28…か……」
気負うでなく恐れるでなく、買い物のお釣りでも数えるかの調子で述べた言葉。
唐突に切り出されそれに、夕の借り衣を纏った衆愚が面を喰らったように下卑た笑いを止める。
それらを真っ直ぐに見据え、私は言う。
「少し数は減ったが、これでも日頃の憂さ晴らしくらいにはなるだろう……!」
「「「っ……!!!」」」
その言葉に、偽りの夕闇共が怒気を爆発させる。
「ほざくなっ!このアマぁっ!!」
「大人しく震え上がって命乞いでもしてりゃあ、ゆっくり可愛がりながら殺してやったものを…。そんなに早死にしたいのかぁ…?」
「なら、いま死ねよっ…!!!」
3体の衆愚が怒りに任せ、魔剣を、妖刀を、高周波ソードを振りかざす。
ドッガガガガガガガ……!!!!
フレアが雲を散らし、空気を歪ませ、爆音が衝撃波となって結界内を駆ける。
「へへ…。殺ったか…?」
「へっ、つぅいカッとなって殺っちまったなぁ!せっかく“女神様”をタップリ愉しんでおこうと思ってたのによぉ…!!」
いやらしい笑いを浮かべあい、空気を震わせる衆愚共。
だが……。
「前言撤回だな……。これでは、日頃の憂さ晴らしにも成りはしない…!」
青く輝く《光翼の盾》を折り畳み、全身を包み込むようにして全ての攻撃を受け止める私。
一挙に翼を広げ、弾き飛ばし、返す刃を三閃見舞う。
魔剣を打ち払い、妖刀の隙を縫い、高周波ブレードを圧し折って、胸を、喉を、腹を斬り裂く。
瞬く間に偽りの夕闇が雲海に沈む。
「仕掛けてくるなら、一度に最低十は掛かってくることをお勧めする」
夕闇を騙る衆愚に私は微笑(え)みを浮かべて放つ。
二十余の似非夕闇を相手に、尚も死闘は続いていた。
これまでに倒した敵の数は4。対してこちらはほぼ無傷。
凱斗の敗北以来、ダスクフレアが大量に発生していたとはいえ、その多くはプロミネンスに目覚めたての雑魚ばかり。数の上では敵側が多くとも、彼我の戦力では此方が断然勝っていた。
だが、私は内心焦りを覚えていた。
戦いはここばかりではない。多くのダスクフレアをこの蒼天城に集めたとはいえ、誘い漏らしもまだ多数存在し、それらは既に9の領域(リージョン)で時節到来とばかりに暴れ始めていた。
それを抑えるために、セント・アゴラの待機戦力と各領域(リージョン)のカオスフレア達とが連携して対処に当たっているものの、彼等の多くが苦戦を余儀なくされていた。
援軍を約束していた伯爵配下のカオスフレア達が、未だ戦地に到着していないからだ…。
「何をしている…!?伯爵…。まさか……!!」
考慮の隙へ闇色に輝く刃が打ち込まれ、私は思考中断を余儀なくされる。
咄嗟にムチ形態の『夜を狩る刃(ヴァンパイア・キラー)』を振るって闇色の刃を弾き落とし、ガラ空きになった敵の胴体に刃のムチを叩き込んで、私はひとり歯噛みする。
「(焦るな…。今は目の前の戦いに専念しよう。たとえ伯爵が裏切ったとしても、私がこいつ等を速やかに倒し、各地の援軍に向かえば、それで済むことだ……!)」
決意を固めた私は、傍らのパートナーに号令する。
「一気に勝負を賭けよう…。アルビナ、援護してくれ…!」
「了解いたしました」
冷静な声で応じるアルビナ。彼女は仲間たちが私のサポートのために着けてくれた――私ひとりで十分だと、言ったのだが――唯一のパーティメンバーだ。
本来なら決して黒曜晃の傍を離れぬ彼女だが、今はその晃の命令で星詠み(フォーチュン)としての支援の力を私に貸してくれていた。
「ナノマシン散布開始…。分子変換プログラム制限解除(リミッター・オフ)。プロミネンス閉鎖空間内の全ダスクフレアを対象に指定…。グレズクリスタル最大運転(フルドライブ)……」
アルビナの身体から高い音が鳴り響き、白い霧が散布される。それらは直ぐに周囲の雲に溶け込み、そして見えなくなる…。
密かに進められるアルビナの指し手。
それに気付かず、次なる攻撃の構えを取る敵の群れ。
その構えの機先を制するように、準備の手を終えたアルビナが仕上げの一手を指す。
「コマンド《完全調和世界》発動…!」
アルビナの号令一下、突如として眼下の雲海から無数の金属の触手が伸び、それらが二十余のダスクフレア達を捉える。鋼の腕は細胞単位で似非夕闇の身体を侵食し、憐れな犠牲者の体組織を機械のユニットに造り替えていく。
予期せぬ奇襲に動きを乱すダスクフレア達。
その隙を逃さず、私は追撃する。
「我が剣は、軍神の進撃の如く…!!」
フレアを推進力に変え、雲の上を疾駆する。
無数の残像さえ生じさせながら、二十四の似非夕闇の間を翔け抜け、刃のムチを、青き翼を、フレアを纏わせた拳を、次々に叩き込んでいく。
右の円陣に切り込んでは右の円陣を寸断し、左の隊列に躍り込んでは左の隊列を両断して、戦場の尽くを火と血煙に包み込み蹂躙する。
《万軍撃破》。叙事詩に紡がれるような武の体現こそ、私の目指す武技の極みだ。
「(本当に動かないつもりか…?伯爵。……ともかく、私は私の武を尽くし、一刻も早く味方の援護に回れるよう備えねば…)」
焦りを闘志で隠し、私は眼前の敵に剣先を向ける……。
似非夕闇との戦いはさらに続き、残る敵も当初の四半分の7体になっていた。
その7体も、もはや半死半生。その上、圧倒的な数の優位をわずか2名のカオスフレアに覆された似非夕闇達は、その光景の異様に圧倒されたかのように自失の表情を浮かべ、震えあがり、身を竦ませている。
戦いの勝敗は、既にほぼ決していた。
「残るはお前たち7体…。命の懸け合いに時を急くのは趣味ではないが……、外の状況が芳しくない今、私は急ぎ次の戦いに備えなければならない…。このまま一気に決着をつけさせてもらう…!」
怯む似非夕闇に凄む私。
だが、その私の表情を見て、傍らのアルビナが諭すように口を挟む。
「セシリア様…、少々決着を急ぎ過ぎではないでしょうか…?単純戦力で此方に劣っていても相手はダスクフレア。強力な切り札をまだ手元に残している可能性も十分に推測されます。迂闊に攻め急げば、思わぬ痛手を被る可能性もございましょう……」
あくまでも冷静に警告を述べ、その裏に優しい気遣いを示すアルビナ。
「分かっている…。けれども――」
私がその警告に言葉を返そうとしたとき、天令神機が新たな報を告げる。
「「――!!」」
それは、待ちに待った援軍到着の報せ。伯爵配下のカオスフレア達が戦地に到着し、味方カオスフレア達とともに反撃に転じたという報告であった。
「漸くと来たか…!伯爵…!!」
私は思わず微笑(え)みをこぼす。そして、一瞬の隙を逃さずに奇襲を仕掛けてきた敵の一体を、刃のムチで打ち払う。
雲海に沈むその姿を目で追ってから、正面に向き直って私は言う。
「これで残り6…。背後の憂いもなくなったいま、無理に手を急くこともないだろう……。焦らずじっくり、あと一太刀で速やかに仕留めよう…!」
眼前の敵に向かい、私は不敵に微笑(わら)う。
セシリアが残る6体の二流夕闇を沈める様を、“私”は遠見の水晶球越しに眺めていた。
「流石は樹木の世界(ウッドワールド)を護る最強の女神。御見事な戦ぶりで御座いますな…」
傍らの死神(butler)が、肩越しに覗き込んで、しわがれた声でそう呟く。
「して、如何なさいますか…?ドラキュラ様」
死神(DEATH)は、髑髏の相貌の空ろな眼で私の下知を求める。
水晶球に真紅の瞳を落としながら、私はしばし思案する。
本来の予定では、ダスクフレア共も女神配下のカオスフレア達も、諸共討ち取るつもりであった。
ここ最近、ダスクフレア共が好き放題に暴れ回り、人間達からの“畏れ”を欲しいままに集めていた。だが、本来それは我々『夜』の者が集めるべきものだ。故に、私は奴らの不遜を苦々しく思っていた。だから、私としてもダスクフレアの掃討は望む所であった…。
だが、“女神”が夕闇に大勝し、セント・アゴラの威光が回復してしまうのも面白くなかった。だから、同時に女神の配下を討つことを考えた…。
“女神”からの援軍要請に応え、共にダスクフレア討伐に当たる。この時、わざと援軍到着を遅らせることで自軍の力(リソース)を温存しておく。そして、奴らの戦力を利用してダスクフレアを討った後に、矛先を女神の配下のカオスフレア達に転じて、消耗しきっているこれらの者達も討ち取る…。そういう算段であった……。
だが……
「よもや…、これほど早く戦いが決しようとはな……」
私の言葉に、「意外」という意思を言葉に表して執事(DEATH)が言う。
「さて…?お言葉では御座いますが…、彼の“女神”の実力であれば、この程度の戦果は取り立てて凄いとも早いとも思えませぬが……?」
珍しく私の言葉を取り違えた執事(DEATH)に、私は叱るでもなく答える。
「戯けが、私が言っているのは“女神”のことではない…。我が使徒と、その勇者のことだ……」
私は遠見の水晶球に映す像を別のものに切り替える。そこには、我が使徒であるクロエ・A・ハイゼンシュタットとフォーリナーの勇者である不知火凱斗が、他の仲間と共にダスクフレアを討つ様が映し出されていた。
それと同時に、彼女達や“女神”を覆っていた結界(パンデモニウム)も消滅する。
「彼女たちがもう一時(1ターン)手こずっていてくれれば、たとえ“女神”が二流ダスクフレア共を討ったところで結界(パンデモニウム)から出ることができず、時が稼げたはずなのだが……。強すぎる使徒を持つのも考え物よな……」
クロエ達の手並みが予想以上に速やかなものであったため、夕闇から“畏れ”を奪い返し、同時に“女神”にも一泡吹かせようという私の算段は、すっかり狂ってしまった。
たとえ今から予定通り各地の我が配下達にセシリア配下のカオスフレア達を襲わせたところで、主戦場である蒼天城の戦いに決着がついていては、直ぐに増援を派遣され対処されてしまうだろう…。無論、それでも何人かのカオスフレアは討ち取れようが、期待していたほどの戦果などとても望めまい…。
英雄たちが苦労してダスクフレアを討ち、世界に希望が取り戻されようとする正にその瞬間に、『夜』を司る怪物達が『昼』の世界の英雄たちを襲い、ことごとくこれを蹂躙する…。“女神”もセント・アゴラもこれを救援に向かうことが出来ず、ただ歯噛みして己の無力を噛みしめるしかない…。その状況が実現できてこそ、ダスクフレア達が世界に蔓延させた“畏れ”をそっくり我が物にすることが出来るはずであったのだし、“女神”の顔を悲痛に歪ませて愉しむことも出来るはずであったのだ…。
そして…、そのためにはどうしても、あと一時(1ターン)が必要であったのだ……。
「では改めて如何致しましょうか…?」
問う執事(DEATH)に私は答える。
「予定していた攻撃を取りやめ、ダスクフレアを討ち次第即座に退き返すよう全軍に伝えよ…!」
「宜しいので御座いますか…?」
「構わぬ…。たとえ少々暴れ回ったところで得られる旨味の少ないいま、朽ちた戦略を惰性で引きずる意味はない。それよりも今は“裏切り”の目論見など素知らぬ顔をして“女神”に貸しを作っておく方が賢明というものだ…」
「成程…」
合点がいったかのように骸骨の頭を頷かせる執事(DEATH)。問いこそしたが、もとより反対など考えてもいなかろう。ただ、主(わたし)の本意を主(わたし)自身の口から言わせることで、主(わたし)の意図を深く自らに刻みつつ、主(わたし)自身の決意をも揺るがぬものにさせようと促した…。コレはそういう従者だ。
それを証明するかのように執事(DEATH)は速やかに行動を開始する。
「然らば全て御意の儘に…」
恭しく一礼し、灰色の霧を発生させると、その彼方へと消えていく…。
「まったく…、誰も彼も好き勝手にやってくれるものだ……」
何故だか嘲笑(わら)いが込み上げてきて、私は空のグラスにワインを注ぐ。
思惑が外れた状況に反し、不思議とその嘲笑(わら)いは晴れやかだ。
最後のダスクフレアが遠見の水晶球の向こうで討たれたのを確認すると、赤く輝くグラスを天に掲げる。
「働き過ぎの我が使徒と、変わらぬ強さの憎き“女神”に…、乾杯……!」
私は嘲笑(わら)ってグラスを傾ける。