私は、先日の激戦の戦後処理に追われていた。
戦の結果は申し分のないものであった。
蒼天城での戦いはもとより、各領域(リージョン)での戦いにも軒並み勝利を収めることができ、大量増加したダスクフレア達の数を随分と減らすことができた。大きな犠牲が出なかったことも幸いであると言えるだろう…。
戦いの後、世界を覆う恐怖と混乱も、だいぶ緩和してきているようだ。再び灯された希望の炎を胸に、人々は久しぶりに安らぎの夜を眠れたことだろう…。
勿論、件のダスクフレアを討てていない以上、完全な形でプロミネンスの影響を取り除くことはできておらず、人々の胸の奥には未だ不安の影が残っている。けれども、そこはきっと“彼”が解決してくれるだろう…。
あの戦いの時、彼の眼がそれまでにない強い輝きに満ちていたのを思い出す…。
今の彼ならば、きっと大丈夫なはずだ。
戦後行賞もつつがなく進めている。というよりも、これが今の私の主な仕事だ。
ハイゼンシュタット家には、戦前の契約通り多額の報奨金を送った。今回の戦におけるクロエならびにハイゼンシュタット軍の働きには目覚ましいものがあったので、報奨に上乗せもしておいた。
ガイアス、ルキフィス、ヴァルトには禄高の加増を考えねばならない。凱斗やシンジョウにも厚く報奨を与えて。リュヌにも…実家に何かを贈っておこう。
各領域(リージョン)の戦いに参戦してくれたカオスフレア達にも、その働きに見合った報奨を与えねばならない。カオスフレア達の中には、利益のためにではなく己の正義や護るべきもののために戦った者達も少なくないが、だからと言ってその厚意に甘えてばかりもいられないだろう。それに、ネフィリムの傭兵のように契約と報酬のもと戦ったカオスフレアだって少なくない。
伯爵にも随分と借りが出来た。彼等の遅参には肝を冷やしたし、伯爵の思惑を疑いもしたが、それでも伯爵の力なくして各地の勝利が無かったことは疑いようがない。しばらくは伯爵からの多少の無茶にも応じなければならないだろう。無論、ただ黙って言いなりになるつもりもないが…。
それから…桜花にも何か“ご褒美”を……
そこで私は、一度思考を切る。
この戦いでの桜花のことを思うと胸が痛む…。
蒼天城内では私の采配を疑問視する声もあった。
「セシリアは、銀月を籠城させて厳重に護るのに、桜花は前線に立たせて戦わせる。桜花のことを護るつもりはないのか?」と…。
その見解は、私からすれば誤解なのだが、周囲の者達がそう考えるのも無理からぬところだとも思う。
銀月と桜花とでは負っている役割が違う。世界を護りながら我が子らをも護ろうとすれば、個人の死が世界の破滅に直結する銀月と、そうした危険を負っていない桜花とでは、護るための方略も違ってくる。戦力の上から見ても、桜花には仲間と共に戦地に立たせることであの子自身をも護る「攻めの護り」が必要だった…。
でも… それでも…… 桜花を危険に晒してしまったことには変わらない…。
「(あの子は、私のことを酷い母親だと思っていないだろうか…?)」
私があの子に恨まれることは構わない…。
あの子を護るため私なりに手を尽くした結果とはいえ、あの子を銀月よりも危険な場所に立たせてしまったことは事実だ。それで恨まれ、嫌われたところで、自業自得だろう。
でも……
「(「自分は母親に見捨てられたんだ」って、そんな悲しい想いだけはさせていたくない…)」
幼い子が母親に見捨てられる絶望は想像に余りある。
もしあの子がそう感じていたのなら、なんとかしてその悲しみを拭いたい。私はキミを見捨ててなどいない、私にとってキミは目に入れても痛くない大切な娘だ、と伝えてあげたい…。
けれども、もし本当に桜花がそんな悲しい痛みを抱えているのなら、ただの言葉では心に届かないだろう…。なにかもっと、私があの子を銀月と変わらないくらい大切に愛していると示すことの出来る『証』のようなものが必要だ…。自分が大切にされていることが、桜花にも一目で分かるような『証』が……。
そう思案していた私は、あるひとつのことを思いつく。
「そうだ……」
あくる日、私は桜花を玉座の間に呼び出した。
「母上、桜花ただ今参上仕りました…」
参上の言葉を述べ玉座の前に跪く桜花。公の用事として呼び出したため、振る舞いも服装も公式な装いのものを用いている。
その桜花に向かい、私は口を開く。
「よくぞ参りました、桜花。先の戦いを終え、こうして貴女とこの部屋で再び見えることが叶い、大変嬉しく思います」
その言葉に特別な意味を込めて私は言った。
当然のことだが、私と桜花は私邸(いえ)では毎日顔を合わせている。だから、私のその言葉は、傍から聞けば何とも奇妙な言葉に聞こえるだろう…。だが、桜花とこの玉座の間で会えたことに重要な意味があるのだ…。
「それで、母上。本日は如何なるご用件でのお呼び立てでございましょうか…?」
真っ直ぐな瞳で見上げて尋ねる桜花。
その桜花に、私は厳粛さを損なわぬ口調で応える。
「桜花…。先日のダスクフレアとの戦いではご苦労様でした。本日貴女を呼び出したのは他でもありません。貴女のその戦いでの功績を労い、褒美を与えるためです」
それを聞いた桜花は、パアっと顔を輝かせる。
「ご褒美…!本当ですか?お母様……!!」
思わず公的な口調を崩して笑顔を輝かせる桜花。心から嬉しそうなその笑顔はまるで天使のようで、思わず抱きしめたくなってしまう。
とりあえずのところ、その衝動を押し殺して、私は厳粛な態度のまま言葉を続ける。
「勿論です。それに、これは先日の戦いだけでなく、貴女がここ数か月の間に行ってきた全てのダスクフレアとの戦いの功績に対する褒美だと思ってください…」
嬉しそうな笑顔を崩さずに耳を傾ける桜花。ダスクフレア討伐の功績というものが一国一城を任されるに値するものだということをあの子も知っているから、これから貰える“ご褒美”に相当期待しているのだろう…。
――そもそも、これまでその功績に報いずにきたこと自体、彼女の主君としては大問題だ。如何に母子といえど君臣の間柄でもある以上、奉公に恩で報いることは当然の務めだ。我が子相手の気の緩みからその務めを怠っていたことを大いに省みるべきだろう…。
「まずは“お小遣い”をこれまでの1.5倍に引き上げます。……それから、10日間の“お休み”もあげましょう」
「やったあ!」
私の通達に、素直な喜びの声を挙げる桜花。
実の所、この“お休み”は、たった今思いついた“ご褒美”だ。本当は、“お小遣い”の増加と――それから、これから与える“本命”の報奨だけが今回の“ご褒美”の内容だったのだが、私からの“ご褒美”を素直に楽しみにしている桜花を見て、案外素朴な“ご褒美”の方がこの子は喜ぶんじゃないかと思い、付け足してみたのだ。
「この“お休み”はバラバラに取っても良いものとしますし、10日間連続で取っても良いものとします。また、外交上や防衛上極めて重要な仕事を除き、如何なる公務にも優先して取ることができるよう私の方で計らいます」
「あ~ん、10日もお休みだなんて夢みたい!! うーん…お休みの間、何しよっかなぁ……」
本気で喜び本気で悩む娘を見て、チクリと心が痛む。
消して少なくない金額の“お小遣い”の増加より、たった10日間の“お休み”を喜ぶ4才児というのはどうなんだろう……?今更ながらに、日頃から自分がこの子達にどのような無茶を強いているのかが分かる……。
ごめんね……桜花。
「それから、ここからが“ご褒美”の本番です」
改まって私がそう切り出すと、桜花は悩むのを止めて私に注目し、言葉の続きを固唾をのんで見守る。
私は部屋の裾に合図する。すると、ゆったりとしたシルクのローブを纏ったエンジェルが、金の縁にビロードを敷き詰めた豪奢な台を恭しく頭上に掲げて運んでくる。
ゆっくりとした足取りで歩いてきたエンジェルは、玉座の前で跪き、その台を私の眼前に差し出す。
私は玉座から立ち上がると、その台の上に乗っていたものを手に取り、そして、桜花の方へと向かってゆっくりと近づいて行く。
「…それは!!!」
桜花が驚きの表情を浮かべる。
私の手に乗せられたそれは、煌びやかの宝石が無数に散りばめられた黄金の王冠(クラウン)だ。諸々の理由から王冠と呼ばれているが、デザインはティアラに近く、完全な円形の冠ではなく、頭の前面部だけを飾る形状になっている。冠の中央の頂の部分には、太陽の如く真っ赤に輝く大きな宝石がはめ込まれている。
「『太陽石の王冠(クラウン)』これをキミに与えよう……」
私の言葉を聞き、娘が驚愕の表情を浮かべる。
「そんな…!!」
『太陽石の王冠』。これは、蒼天城秘蔵の数々の秘宝の中でも、最も尊いとされる宝物だ。頂にはめ込まれた『太陽石』と呼ばれる赤い宝石は、その名の通り強力な太陽のフレアを内包しており、この冠を戴く者に樹木の世界(ウッドワールド)の成り立ちに関わる神秘の力を与える。
この冠は、私が大きな式典などの公的な用事で大衆の前に姿を現す場合にのみ身に着けているものであり、その力の尊さと相まって、実質上セント・アゴラの領域主(ロード)の証としての権威を持っているものだ。
それを与えるというのだ。桜花が驚愕の表情を浮かべるのも無理はない。
その桜花に向かい、私は厳かな口調を崩さぬまま真っ直ぐに視線を合わせて語りかける。
「我が娘、桜花よ…。汝にこの『太陽石の王冠』を授ける。これは、セント・アゴラ領域主(ロード)の継承権を証す冠である…。心してその頭上に拝領せよ…」
私の言葉に、しかし娘は震えて答える。
「こんなの…、受け取れません……!だって…、だって…!いきなり継承の証だなんて言われても…、わたしはまだ子供だし……。それに…だって……」
うろたえながら「だって」「だって」と繰り返す桜花。
その桜花に、優しく微笑みかけて私は言う。
「怖がることはないよ…、桜花。今の私の言葉は覚えているよね…?この冠はあくまでも“継承権”の証だ。確かに、これを頭に戴くことで、キミはセント・アゴラの領域主(ロード)の正統的な後継者に選ばれることになる…。けど、それは「やがて玉座を継ぐという約束を与えられた」という意味しか持たないよ。何も今すぐに桜花に領域主(ロード)を務めろと言っている訳じゃない……」
「えっ?そうなの?…ですか?」
「うん。だって、桜花はまだまだ小ちゃくて、これからまだまだ沢山勉強しなくちゃいけないだろう…?桜花がちゃんと大人になるまでの間、玉座はお母さんがずっと預かっておくよ…」
それを聞いて安心したように桜花の表情がすこし綻ぶ。
「でも…、銀月だっているのに…。そんな簡単に、わたしに決めちゃって良いの?…ですか?『こうけいしゃ の けってい』は、慎重でなければいけないって、先生からも教わりましたけど…」
確かに彼女の言う通り後継者選びは慎重を期さねばならない。まだこの先どう変化していくかも分からない子供のうちにその器を見極めようとするのは早計だろう。
だが、確固たる信念をもって私は答える。
「良いかい、桜花…?お母さんは、桜花にも銀月にも、それぞれにしか出来ない役割があると思ってる。銀月には銀月にしか出来ない役割があって、それは樹木の世界(このせかい)を背負う大切なものだ…。でも、桜花にもそれに負けないくらい大切な役割があるんだよ…?」
「わたしの…役割…ですか……?」
少し意外そうに問い返す我が娘に、私は優しく教え返す。
「うん…。銀月が父さんのマーキュリーを受け継いでいて、この世界のあらゆる事象を制御できる力を持っていることは知っているよね…?」
「はい…。だから銀月のことは何があっても絶対に護らないといけない…」
「それは言ってみれば、今お母さんが背負っている役割のうち、『世界の管理人』としての役割を引き継ぐものだ…。でも、お母さんにはもうひとつ、『セント・アゴラの領域主(ロード)』としての役割もある。これも、この世界の平和を守るために、とても大切な役割だ…。わかるかな…?」
「はい。『がいこう の かじとり』をして、『ぐんじ と こうえき の きんこう を たもつ』んですよね…?」
「うん。そうだよ。そしてお母さんは、その役割を受け継ぐのは桜花であるべきだと考えているんだ…。我儘で落ち着きのない銀月より、真面目で包容力のある桜花の方が向いてると思うんだよ…」
私がそう思えるようになったのは、一連のダスクフレア絡みの事件での桜花の行動を、ヴァルトや他の部下から聞き及んでからだ。
劉黒龍の事件の時、桜花は被災した人々の苦しみを我がことのように受け止め、苦しむ人々の全てを救おうと願い、また、それの叶わぬ我が身の無力を嘆いていたという…。
この子には、世界の人々の痛みを自分の痛みとして受け止めることのできる感受性と、全ての人々の痛みを拭いたいと願う包容力がある。親の欲目と笑われるかも知れないが、それは王の器であると思うのだ…。
だから…、世界の事象を直接操る力を持った銀月がこの世界の『神』――この言い方は好きではないのだが――としての役割を背負った子供ならば、高い感受性と大きな包容力を持った桜花はこの世界の『王』としての役割を背負うべきなのだと、そう思うのだ…。
私が愛する世界のために不承不承背負った『神』と『王』の役割。それを銀月と桜花の二人で分かち合って背負っていくのが、将来のセント・アゴラの在るべき姿である。これが今の私の結論だ……。
「桜花には桜花にしか出せない力があって、桜花にしか出来ない役割がある。それは、銀月とは違うものだけど、どちらも変わらないくらい大切なものなんだ…」
ゆっくりと噛んで含めるように、私は桜花に言い聞かせていく…。
「その背負う役割が違えば、その人に対する接し方も違ってくる。これから先、お母さんは桜花と銀月とで違う扱いをするかもしれない…。でも、それでも…、背負う役割に違いがあっても、その大切さに違いがないように…、二人に対する接し方に違いがあっても、私にとっての二人の大切さに違いはないよ……」
「……はい」
とろけるような笑顔で静かに返答する桜花。
心から嬉しそうなその顔に、私もようやく安堵する。
この言葉を伝えたかったのだ……。
「わたし…、これからも いっぱい がんばります…!たくさんたくさん お勉強して、もっともっと強くなって。この王冠(クラウン)に恥ずかしくないように…!銀月のことを護れるように…!」
輝く笑顔で力強く誓う桜花。
その笑顔がとても愛らしく、私の中に温かな気持ち(フレア)が込み上げてくる。
「うん…。よく頑張るんだよ…、桜花…。沢山お勉強して、目一杯鍛錬して。大丈夫…。桜花なら、きっとできる…。桜花はお母さんの自慢の娘だから……」
込み上げる想いを抑えきれず、私は愛娘を強く抱きしめる。
「銀月が父から継いだ神錫(マーキュリー)で世界を調律し、桜花が母から継いだ王冠(クラウン)でセント・アゴラを統治する…。背負う役割は違っても…、二人で一人の『世界の神子』だ……」
私は腕の中の宝に優しく口づけする……。
※1=《資産家 2》から《資産家 3》に上がりました(`・ω・´)ゞ
※2=曜変天目茶碗相当。常備化点200点の逸品。
※3=パワーストーン30個相当。今後個数を増加していく予定。