アットウィキロゴ

「う~ん…、気持ちイィ♪」

 

 

 桜花は温泉に浸かりながらそう唸った。 

 戴冠式のあと、盛大な祝賀祭を終えた私達一家は、こっそりとお忍びで富嶽領域(リージョン)のとある枝葉群にある鄙びた温泉地を訪れていた。仲間たちが気を利かせて、式典と宴会による疲れを癒す時間を与えてくれたからだ。

 と、いうのも……

 


 

「せっかくだからさ、今夜は温泉でゆっくりしてきなよ」

 私を出迎えるなり、クリスタルレディはそう言った。

 

 ニコニコと親しみをこめて――それから悪戯な表情も浮かべて――笑う親友。 
 この親友が言い出すことが唐突なのはいつものことだが、それにしても今回はまた唐突な話だ。

 私は思わず問い返してしまう。

「温泉ってどういうことだい…?私邸(うち)の浴室に新しいお湯でも引けっていうことかな…?」

「まさか!それだけのことなら、わざわざアタシが口出しすることでもないだろう?ちゃんとした温泉地の温泉に浸かりに行っといでと言ってるのさ」

 

 我が家には、屋上に小さな浴場がある。そこは、水や地熱を司る神々に依頼して、毎日日替わりで色々な地方の温泉が湧く仕掛けになっているのだ。
 だから、単に湯治を行いたいだけなら、わざわざ温泉地に出向かなくても好きなだけ浴びることができる。――私にとってのささやかな贅沢だ。

 けれども、クリスタルレディが指すのはそれのことではないらしい。

 

「でも…、私があまりセント・アゴラを離れる訳には……」

「なぁに。どうせコラプサー達の空間転移能力でパパッと行って、ひと風呂浴びて、ササッと帰ってくるだけなんだ。構やしないさ」

 にこやかに笑いかけるレディ。おそらく、その間に万一のことがあっても彼女達で対処できるだけの備えを手配済みなのだろう。
 私もそうだが、彼女もまた一度こうと言い出したら聞かない。ならば、ここは大人しくお言葉に甘えさえてもらうのが賢明だろう。

「なら、お言葉に甘えて、ひと湯浴びに行かせてもらうよ」

「ああ、そうしておいでよ。私邸に残した家事(しごと)の方は、アタシが片しとくからさ…」

 そう言って何故だか悪戯っぽく微笑(わら)うクリスタルレディ。

 さすがに家事まで彼女に引き受けさせては気が引けるので、なんとか思いとどまらせようとも考えたが、それも止めておいた。

 あの表情の彼女は何かを企んでいる。それも、おそらくは私や桜花・銀月のためになる何かだ。
 ならば、大人しく甘えておくのが友情というものだろう…。 

 

 かくして私は、富嶽領域の湯煙の里へと赴いた……。

 


 

「すこし浅いところで、体を半分出しながら浸かるんだよ…?」

 愛娘に浸かり方を教えながら、私も静かに湯に浸かる。

 ジンワリと身体に沁みる温もりが心地よい。

 

 泉質は白く濁ったヌルヌルのお湯のアルカリ泉(炭酸水素塩泉)で、痛風、糖尿病、肝臓病などに効き、さらには筋・関節痛、打撲、切り傷などにも良く、美肌効果もあると聞く…。
 三十路の足音が近づく私にはありがたい効能だ。

 なによりも、本当に気持ち良い。
 半身浴で浸かっているため、下半身を温めるやや熱めの温泉と、上半身を冷やす夜の空気のコントラストが身体を包む。その対比が、心を蕩けさせるように温めながら、頭がのぼせるのを防いでくれている。 

 この辺りは標高も高い深山の中だからか、氷の精霊力がとりわけ高く、まだ秋だというのに既に辺りは雪化粧をはじめている。土地の人に聞いたところ、この一帯は豪雪地帯であり、年の半分は雪に閉ざされているのだそうだ。

 

 夜の闇にしんしんと降る雪が、提灯の灯りに照らされてとても幻想的だ。夢の中のようなその光景に、思わず時間を忘れて見入ってしまう…。

 黒を背景に舞い降りる銀の羽根…。
 時が緩んでいるようかのに振り降りて、湯泉の水面に融け消える…。

 眼前に降りる白羽根にそっと手を伸ばす。

 手のひらを刺す冷たい感覚…。
 同時に絶えず身を包む温もりが、全てのものから現実感を奪う…。

 

 温泉の暖と、厳寒の冷。

 胸や肩に当たる雪が火照る身体に心地よい。
 温かさに包まれながら、寒さで身を引き締められるなど、なんという贅沢だろう…?

 傍らには、愛する娘と息子。

 至福の時と言うのは、こういう時間を指すのだろう…。

 

 私は、形自慢の胸に温泉の湯をかけては揉み、よく刷り込む。
 さすがにやや寒くなってきたのと、温泉の効能をしっかりと肌に沁み込ませるためだ。

 この齢に成ると、肌の手入れを欠かす訳にはいかない。

 齢を取るのは吝かではないし、――不老不死の身体を拒んですらいるのだが――それでも、やはり女として綺麗に齢を取っていきたい。
 30に成ったら30の、40になったら40の“綺麗”を身に着けて生きていきたいのだ…。

 うちの母などは良い手本だろう。48歳で、あれほど見事に中年の“綺麗”を身に着けているひとは、有名な女優達の中にもそうはいまい。

 女らしさではどうしてもあのひとに敵わない…。だからこそ、あのような女性(ひと)になりたいものだと常々思う……。

 

 十分にお湯を揉み込んで、私は胸から手を離す。

 谷間に溜まったお湯が流れ落ち、僅かに残った水滴も少しずつ滑り降りて消えてゆく…。
 肌が桜色に染まり、すべすべとした表面を橙の灯りが照らす。

 うん。まだまだ全然悪くない。

 

 妙な安心を得た私は、勢いよくザブンともぐり、肩までお湯に浸かる。

 やはり、温泉はこうして全身浴をするのが一番気持ち良い…!

 心臓に負担を掛ける入り方なので普段は自重しているが、やはり全身を温もりに包まれるこの感覚には替え難いものがある。
 もっとも、光翼騎士(ブライトルーク)たる私の体が、心臓に水圧が掛かるだの、湯でのぼせるだのといった程度の負担で、どうこう成るほどヤワなはずもないのだから、そんなことなど委細気にせず己の心地良い入り方で入っても良いのだが……それでも「温泉道」を極めるために、できるだけ「体に良い入り方」をまもっていきたいのだ…。

 

 傍らの銀月は頭に手拭いを乗せてご満悦の表情。温泉好きな この子は、ボーっと夜空を眺めながら黙々と湯に浸かっている。

 一方桜花は、さっきからしきりに私の真似をして温泉のお湯を身体に刷り込んでいる。
 4才の子供にお肌の心配は要らないと思うんだけど……

 

「熱心だね、桜花」

「うん!だって、せっかく「美人の湯」にきたんだもん…!」

「でも…、桜花は若いんだから、そんなに気にしなくても良いんじゃないかな…?」

「えぇ…!?でも、わたしだってキレイになりたいし……。わぁ…!お母様のお肌、スッベスベ…!」

「ふふ…。早速効能が現れてるだろう…?」

 温泉の美肌効果で見事にスベスベになった私の肌を見て、桜花が感嘆の声を挙げる。
 見た目はつややかでみずみずしく、触り心地はしっとりとしてなめらかにすべる。今なら桜花の肌にも負けない…とまではいかないが、明らかに見違えて輝いて見える。

 

「ああ…、それ、お湯に浸かってる間だけだぜ? “たんさん すいそ えん せん” は石鹸みたいなモンだからな。外に上がったら、そっこーで “ほしつざい” っての使わないと、逆にカッサカサになるぜ…?」

「「ええっ…!?」」

 意外な博識さを見せた銀月のツッコミに、私と桜花が声を揃えて驚嘆する。

 

 何はともあれ、湯煙の里の夜はゆっくりと過ぎていく…。

 心身ともにリラックスして、私達一家は一日の疲れを癒したのであった……。

 


 

 私達が私邸(いえ)に帰ると、玄関でクリスタルレディが迎えてくれた。

「おかえりっ!セシリア…!桜花、銀月…!」

「ただいま…、クリスタルレディ」

「ただいま!レディ」
「おっす!たっだいまぁ、レディ!!」

 彼女の出迎えに、微笑(えがお)で返す私と、声を揃えて返す桜花・銀月。

「さあさ、お上がりよ…。準備はもう できてるから…」

「準備…?」

 私達の挨拶に、意味深な言葉で応じる親友。投げた問いには何も答えず、ただ悪戯な微笑(え)みを浮かべるばかりだ。

 

 歩きなれた階段を昇り、三階まで上がって、私は目を丸くする。

 目の前には、いつもの廊下や扉ではなく、富嶽式の紙の扉…襖が存在していた。

「クリスタルレディ…、これは……?」

「ナノマシンの分子変換機能を使って、ちょいとお部屋を“改造”させてもらったのさ。大切な物は ちゃんと避難させてあるから安心しな」

 大切でなさそうな物でも ちゃんと避難させておいて欲しいのだが、そこはつっ込まないでおいた。部屋の無断改造も、彼女なら後でちゃんと戻してくれるだろう…。

「さあ、どうぞ奥へお入りなさいな…」

 言ってレディは金箔に松の絵の描かれた襖をそっと引く。

 

 その奥に現れたのは、広い座敷の部屋と、漆塗りのお膳に乗せられた料理の数々。それに、大量の酒類と、自動演奏される楽器類。

 典型的な富嶽風宴会のひとコマであった。

「やっぱり温泉と言ったら宴会だろ…?アンタのことだから、どうせどんなに進めても外泊はしないだろうし……。なら、せめて私邸(ここ)に宴会場を作るしかないじゃないか」

「クリスタルレディ……」

「支度は全部、アンタ達の手だけで間に合うように整えておいたから、あとは一家三人、水入らずで過ごしなよ…」

 そう言って、親友は私にウィンクする。

 

「ありがとう、クリスタルレディ」

 私はお節介な親友に心からの礼を言う。

「良いってことさ…。今日は本当に桜花が頑張ったからねぇ…。昼間の宣誓、感動したよ…?」

 クリスタルレディに言われて、桜花は嬉しそうに はにかむ。

 

「それじゃあ、邪魔者はそろそろ退散するとするよ…。どうぞ、ごゆっくり……」

 悪戯っぽい微笑(え)みを残して襖の外に消える親友。
 私は無言で、閉ざされた扉に礼をする。

 

 それから、子供たちを振り返り、笑顔になって言う。

「それじゃあ、宴会を始めようか…!」

 

 即席の宴会場に、子供たちの元気な返事がこだました。

 

-end-

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

 

※1=なお、炭酸水素塩泉は「美人の湯」とも呼ばれるが、これは効能ではなく、その成分の関係上、石鹸を塗らなくても塗ったのと同等の効果が得られるだけとのこと。石鹸の働きがあるだけに、肌の不要な角質を取り、毛穴の汚れを取ったりする効果があるが、一方で肌からの水分発散を進めてしまい、温泉から上がった後の肌は かえってカサカサになってしまう恐れがあるのだとか。三十路(直前)女ハ、キヲツケナイトネ…(´・ω・`)

※2=即ち、「温泉」の効果で【HP】が全回復しました(`・ω・´)ゞ

 

 

 

 

 

 

 

 

最終更新:2012年02月06日 22:18