カオスフレア同士の壮絶な戦いも中盤の山場を越え、戦いは決着に向かいつつあった…。
軽量化のために装甲のほとんどを捨て去り、そこに “太陽の聖戦士(ソレイユ)” の一刀を浴びて、機体に重大な損傷を負ったMT。
その前に、 “世界の神子(おうか)” は一歩踏み出して、両の眼を閉眼し、光輝く青き翼を折り曲げ、朗々と呪文を詠唱する。
「満天の群星を統べし者。万天の明かりを与えし者。壮麗、賢俊なる法の守護者…」
唱えるごとに幼子のフレアが高まり、空気を震えさせる。それは、 “偉大なるもの” の力を身に宿すための、言わば準備運動のような高まりだ。
「痩身に宿りて裁断を下せ…!転身、光輪大天ミカエル…!!!」
それまでゆっくりと高まっていたフレアが一気に爆発すると、幼女の背中から、これまで展開されていた青く輝く二枚の翼に加えて、更に金色に輝く二枚の翼、赤く輝く四枚の翼、白く輝く四枚の翼が展開される。青・金・赤・白の四色十二枚の光の翼は、さらにそれぞれが強く輝いて万色の翼に変わり、凄まじいまでのエネルギーの奔流を周囲に向けて発散させる。
《※ミカエル》――正義を司る大天使の端末を使用者の身に宿し、万物の根源たる正義の刃で悪を討つ。信心深きオリジン人のみに許された断罪の一撃である。
「夜明けの光輪(デイライト・バインド)!!」
幼女が左腕をつき出すと、天使の頭上の輪の様な光の円がMTの巨躯を捉える。
一度この輪に捉えられたものは、大天使の裁きの一刀から決して逃れられない。判事の裁決を待つ被疑者の如く、ただそれが振り下ろされるのを受け入れるのみである。
「これで…終りよ。 “ライダー” さん……」
幼女の右手に握られた鞭から万色の光の柱が天高く伸びる。やがて柱は凝縮し、万色に輝く一本の長大な光の剣と成る。
損傷したMTに最早それを耐える力は無い。あとはその一刀が振り下ろされるだけで全ては決する…。
だが、剣を握る幼女の眼には、ありありと “迷い” の色が浮かんでいた……。
「これで…、終り…。終り…なんです……。ライダーさん…。もう…、やめてください……」
遠目で見ては分からないくらい小刻みに、光の剣を握る幼女の右手が震える。
裁きの一刀は、未だ振るわれぬままにいた…。
《バトン→GM》
迷いによって振るわれぬ一刀。
黒いMTは火花を散らしながら構えを止めない。
「やめないねぇ、御子様。わたしゃランサーのような過去があるわけでも、バーサーカーのように狂ってるわけでもなく、やりたいからやっているからねぇ」
だから。と一度言葉を切り、背中の突起にエネルギーを集め始める。
「気に食わないものは消せばいいのさ。ダスクフレアを倒し、殺すように……これまでのように、これからも」
機神の咆哮が響く。
空気が震え、弱い者がこの場に入れば、腰を抜かす程のフレアが巻き上がる。
「私は私のやりたいように出来ればそれでいい!今の私は、このMTに乗れただけで満足さね!既に未練はなく、もっとMTを動かしたいという欲しかない!」
だから。と重ねて言葉を切る。
「私を殺すことに戸惑うんじゃないさ!アンタは私のコロナを馬鹿にするのかい!?」
《バトン→桜花》
迷う言葉に対して返された迷いなき言葉。その言葉に、桜花は戸惑ったまま返す。
「あなたのコロナを馬鹿にしているわけじゃない…!でもっ…、でも、もう勝敗は明らかだわ…!だったら、もう良いでしょう…?」
光翼騎士(ブライトルーク)の堅固さは光翼騎士が知る。だが、それでも形あるものの物理的な強度に限界があることも確かだ。そして、守りの堅さを無視して己の一撃に確信を持つほど幼女も愚かではない。
自分がこの刃を振り下ろした時、相手がそれに耐える可能性は十分にある。…でも、耐えられない可能性もまた十分にある。
もし、可能性が導く結果が後者であれば、その時には……。
「わたしは…、わたしは気に食わないものを消すために戦っているんじゃない…。戦いたいから戦っているわけでもない…。わたしは…、わたしはただ護りたいだけ…!」
だから気付いた。目の前の相手も、本当は護るべき対象であるはずの、一人の人間だということを…。
これまでの戦いでは、相手は “倒すべきダスクフレア” だった。
夕闇に堕ちた経緯に同情すべき理由があった者もいたし、罪を持たずに生まれながらに夕闇に堕ちた赤子もいた…。
それでも、相手は “倒すべきダスクフレア” だった…。
だが、今度の相手はそれとは異なる相手。
母親から、戦士の気構えは教えられている。護る戦いの責任の重さも教えられている。
だから、己の剣が人殺しの道具に過ぎぬとも解っているつもりだったし、彼女達の存在が世界にとって危険な存在であることも解っているつもりだった。
でも、実際に剣を人間に振り下ろすとなると、話はまるで変わってくる。
どうしても、それを振り下ろすことが恐ろしくてならないのだ…。
「だからやめて…!わたしは…、わたしは……」
万色の光輝を放つその背中は、年齢相応の小さなものであった…。
《バトン→ライダー》
「アンタが護りたいものを護ろうとするとき、私の存在は邪魔だろう?」
小さき騎士を前に、崩れかけた騎士が問う。
「それともアンタは、今までアンタが戦ってきた相手が、人語を発せない『怪物』で、『ダスクフレア』(わるもの)だから殺せたのかい……?」
間接から火花が散り、既に立てなくなったMTは、凱斗達の前に膝をつく。
「私は私の意志を貫くだけさ!……アンタが私を殺さないと言うなら、こんな屑鉄棄てようじゃないさ!」
まだ動く右腕が、コックピットのある胸を貫く。
露になるコックピットの中、金髪を風に揺らし、血塗れのライダーは笑った。
「……ねぇ、御子さん。アンタが殺してきた者にも、生きてきた道があった。それを途絶えさせたことを忘れたら、アンタは『怪物』だよ。……さて、御別れしようじゃないか」
震える手が、コードを入力する。
僅かなラグから繋がる回線。
「楽しかったよ、 “セイバー” 。アンタにとって私が、駒だったとしてもね。MTは選別。使うといいよ」
『 “ライダー” 。キミの行く場所と、私が行く場所は同じだ。その時はまた頼む』
「 “セイバー” 、最後にアンタの口から、私の名前を聞かせてくれたら、喜んで従うよ」
『……フィニア。また、会おう』
ライダーは小さく微笑み、回線を切る。
小さな願いの叶った今、彼女に思い残すことはない。
「ジルキスもアルマも死に、ブラウも従うことを止めた。私も最後の始末をつけよう」
自爆装置のロックを外す。
それはこのMTの技術を、他の者に渡さない為。
「ナグルファルの宣戦布告が何を意味するのか、これから味わっていくことだね!」
――刹那。
その場にいた全員の視界を、光が覆い尽くした。
《バトン→桜花》
空気を震わせ、爆発し、四散するMT。
それに向かって、神子は叫ぶ。
「どうして…!どうしてなの…!?わたしは…、この世界のみんなを護りたい…!それ…だけなのに……!!」
両膝を地面につけ、そして、両手までもついて、愕然とうなだれる。
万色の十二枚の翼が消え、元の二枚の青き翼に戻る。
「私は…護るために…、護りたいから…戦ってたのに……」
脳裏に蘇るライダーの言葉。
――「アンタが護りたいものを護ろうとするとき、私の存在は邪魔だろう?」
「でも…、私は あなたを殺したくなかった……」
――「それともアンタは、今までアンタが戦ってきた相手が、人語を発せない『怪物』で、『ダスクフレア』(わるもの)だから殺せたのかい……?」
「はじめてだったの…。あいてが、吸血鬼(デュナミス)でもダスクフレアでもない、普通の人間だなんて…。お母様から、『剣は命を殺す道具だ』って、ずっと言われてきた…。そんなの当たり前だと思ってた…。でも、あいてが普通の人間で、剣を振ったら死んじゃうんだってわかって…、とっても…こわかった……」
――「……ねぇ、御子さん。アンタが殺してきた者にも、生きてきた道があった。それを途絶えさせたことを忘れたら、アンタは『怪物』だよ」
「はじめて おもったの…。あいてが普通の人間で、剣を振るのがこわくて、その時に…。わたしが今まで、『わるいヤツをやっつけるんだ』って戦ってきたあいても、これとおんなじだったんだって……」
其処が未だ戦場の中であるということも忘れ、神子は自責と哀しみの混じった涙を滂沱させる。
生まれながらにコロナをもつ天才とはいえ、4歳の幼子に命の現実はあまりに重い。
命を護るための戦いが、命を奪うことで成立する…そんな正義の相対性を理解することなど到底できなかった。ただ自分が『護るための剣』を振るうことが全てであって、その切っ先の相手も命を持ち『護るための剣』を振るっていることなど、到底気付いてこれなかった…。
本来なら、おとぎ話やTVの中の英雄(ヒーロー)が爽快に悪を討つ姿を胸を躍らせながら見ている年齢である。
自己中心性のままに世界を捉え、量の保存も理解できないような、そんな段階なのだ…。身勝手なのでも、思慮が欠けているのもなく、純粋な認知発達段階の壁。コロナの力で少々ばかり周囲の子供たちより聡明であっても、それは根本的に超えきれる壁ではない……。
でも……
――「……さて、御別れしようじゃないか」
「だめっ…!だめよ…!死んじゃいやっ……!!だってわたしは…護る…ための…光翼騎士(ブライトルーク)なんだもん……!!世界のみんなだけじゃなく、あなたのことも護りたかった……!!」
苦しみながらも、護る二枚の翼は消えない。それは、幼女が生まれながらに持った魂の在り方(コロナ)だ。
「わたしは、あなたのことも護りたかった…!死んじゃいやだった…!あなたたちは、グレズ達に乱暴をして、世界をめちゃくちゃにしたけど…、だから ぜったい許せないけど…、でも、それでも死んじゃいやなの…!」
正義の意志は消えない。味方も敵も無分別に護ろうとする意志は、母から受け継いだ世界の護り手たる意志だ。
「世界のひとたちが苦しむんだもん…。やっぱり、『わるもの』はやっつけなきゃだめ…。護るためには、戦わなきゃだめ……。でも…、だからって、それであいてを死なせちゃったらだめっ……!!だって…、死んじゃったら…、とっても、悲しいもんっ……」
ふたつのこころは矛盾する…。しかし、幼女の発達段階は矛盾の統合を許さない。相互に矛盾した『大切なこと』は、ただバラバラに各々の大切さを主張するだけ…。だから思考は解決の無い堂々巡りにしかならない…。
でも、それでも幼女は諦めない…。だから幼女は次の段階の扉を開く……。
「『わるもの』は やっつけなきゃだめ…。みんなが苦しむから…。でも…、でも死なせちゃだめ…。死んじゃったら悲しいから…。でも…、だから……、だったら……、だったら考えなきゃ…!死なせないで『わるもの』から世界を護る方法をっ……!!」
幼女は考える。決して忘れぬ記憶を辿り、これまで習った非殺傷武力の手段を思い出して…。
「考えなきゃ…。頑張らなきゃ…。世界がなくなっちゃうのはだめだもん……。でもっ、もう悲しいのはいやだもん……。分からないけど、見つけなきゃ…。世界も護れて…、ライダーさんみたいな人も護れるように……」
ナグルファルの布告は、神子の心をも少し変える……。