「なんだ…?ツインテールは止めてしまったのか…?」
人の居ない会議室に入室した新龍皇は残念そうな声を挙げて意地悪く笑う。
「あっ、あれは、あの時の気鬱を晴らすために結ったまでですっ……!!」
からかわれたセシリアは上ずった声を挙げて顔を紅潮させる。
「うぅむ……、それは残念だのぅ…。ならば、セシリア様…、いや、セシリア “ちゃん” には もう少し気鬱でいてもらわねばならぬかのぉ…?なにせ、豫は折角のセシリア “ちゃん” の可愛らしい姿を見ておらぬからのぅ」
「その話はもう良いではございませんかっ…!!」
なおも照れて怒るセシリアに、ヴォリクスは笑って言う。
「ああ、それから、豫と話すに敬語は要らぬぞ?敬称も着けずに良い。「ヴォリクス」と呼べ」
「いや…、それは……」
「固辞されるな。さもなければ、豫は今度から、貴女に会う度に貴女の御前に跪き、地に頭をつけて挨拶する所から始めるぞ…?格を重んじるなら、本来、創世主は旧造物主(デミウルゴス)と同格。ならば、龍皇より格上じゃからのぅ」
「う……」
「だが、豫を友として見てくれるのなら、頭の高さは同じよ…。ならば、互いに名で呼び合うのが道理であろう。如何かな…?」
「…………」
セシリアは解を返せない。未だに彼女は自分が “偉大なる者” より高い位置に置かれることを受け入れきれていないのだ。
それは、“矮小なる人の子” で在り続けたいという彼女の願いに由来する。
「それとも、やはり豫には “友” でなく “姫” で在って欲しいのかな…?ならば、互いの身も心も捧げ合わねばならぬのう……?」
「とっ、“友” でお願いします…!新龍皇様……!」
「んん…?聞こえぬなぁ…?今、何と呼んだか……?」
「こ…、これからもよろしく……、ヴォリクス……」
「うむ。よいよい……」
おずおずと言うセシリアに、ヴォリクスは笑う。

そして、急に真顔に切り替えて言う。
「前から思っておったのだがな…。何故、そうまで妙に遠慮する……?そなたの成した創世の偉業は、旧造物主(デミウルゴス)以来の偉大なものよ。中天の主に納まるのに何ら問題はないというのに…」
ヴォリクスの言葉に、セシリアは俯いて答える。
「私は…ただの人間でs…人間なんだ……。幼い頃より信仰を寄せてきた “偉大なる者達” より上に置かれても、私は身の置き所がない……。どうしても、己が不遜な位に就こうとしているという認識が拭えないんだ……」
「不遜などではない…。そなたは、神や龍に敬われるほどの偉業を成したのだぞ……?そなたの母国の守り神・ティカルもまた、元は人族の一個の少年であったが、その尊き勇気と自己犠牲の心によって神に上げられたと聞く…。それと同じことよ……」
「偉大なるティカルを引き合いに出されては、なお居心地が悪い……。私は…そのような者ではない……。どこまで行っても、ただの人間なんだ……」
その言葉は、ヴォリクスには理解できない言葉。元々が人よりも遥かに大いなる存在である彼女には、セシリアの感じる “身の置き所の無さ” は解らない…。

「豫が毎月送りつけておる『帝龍の翼泉』の水を未だ口にせぬのも、それが理由か…?」
「……はい。あ、いやっ、“そうだよ”」
うっかりと出た丁寧語を慌てて言い直して答えるセシリア。
『帝龍の翼泉』の水は、強力な生命の力をもつ。故に、生者が口にすれば永遠の命を与え、死者が口にすれば甦り、不死者が口にすれば死を迎える。
ヴォリクスは、セシリアを永遠者とするために、月に一度はこの水をセシリアに送り続けてきたのである。しかし、セシリアは永遠者と成ることを良しとせず、新龍皇の要らぬお世話に辟易しながらも、決して水を口にせずにずっと城の倉庫に蓄え続けてきたのだ。
そのことは当然ヴォリクスも知っていたし、それ故にセシリアもまた新龍皇の厚意を無下にすることに負い目を感じていた。
だからこの質問はセシリアにとって耳に痛い。
「解らぬのぅ…。生き物がなぜ長く生きられる道を拒む…?全ての生き物はより長く生きていたいと願う…それが本能のはずよ……」
「私は…、定命の者として生まれてきた…。だから、いずれ死に至ることが在るべき命の姿だと思うんだ……」
「そこに届かぬ者が言うなら、その理屈も正しかろう…。だが、現に手の届く所にあるのだぞ…?それも、不当に手にしたものでも、分不相応なものでもなく、泉を預かる者から認められて正当に与えられたものとしての…。果たして、それを拒むことが命として正しいことなのかの……?」
手の届く永遠に手を伸ばさぬことは自殺に等しい。新龍皇はそう述べているのだ。
そして本質的に獣である龍は自殺を行わないし理解できない。
生き物はただ生き続ける…。それが彼女達の在り方なのだから……。
「その生き方は、生物として純粋で正しいと思う…。でも、人間はそれほど “命” に純粋には生きられないんだ……。私は、私であることを貫きたい…。私として生まれ、私として死にたい……」
「だが、それは “職務放棄” だぞ…?そなたは最早 “神” よ。自身が認めようと認めまいとの……。“神” が “世界” より先に死ぬことなど、世界への無責任と不実に他ならぬわ……」
「そうかもしれない…。そのことは、これまでも何度も光の神達に言われて分かっているつもりだ……。でもね…、私は、私がこの世界の『意志』たる存在なのであればこそ、定命の者として死ぬべきだと思っているんだよ……」
反論するのでも言い訳するのでもなく、ただ静かな意志を秘めた口調でセシリアはそう言う。

「どういうことかの…?」
ヴォリクスの問いに、セシリアは神妙な面持ちで答える。
「かつて造物主(デミウルゴス)は永遠に不変たるべき完全な世界として数多の孤界(スフィア)を創造(う)んだ…。その孤界(スフィア)は、創造(う)み出された正にその瞬間が理想的で完成された世界であった…。少なくとも、造物主(デミウルゴス)にとっては…ね……」
それは、セシリアが幼い頃より聞かされた遥かなる神話の世界の話…。旧造物主(デミウルゴス)による古き三千世界の創世の神話だ……。
厳かな口調のまま、セシリアは神話を続ける。
「偉大なる神々(アイオーン)たちは、その孤界(スフィア)を器に宿って世界の『意志』となり、造物主(デミウルゴス)を真似て数多の生命を創り出して、それらによって世界を満たした…。そして、創り出された生命たちは、自らの『意志』の力で世界に働きかけ、世界を創り変えていった……」
「勿論知っておる…。有名な神話(はなし)だからの…。それがどうかしたのかえ……?」
「造物主(デミウルゴス)は、そうした生命の在り方に満足せず、完全世界の不変を侵す忌むべき存在として『意志ある生命』を疎んだ…。そして、聖戦(アポカリプス)へと至った……。それは、私達『意志ある生命』にとって、悲劇と過ちの歴史だ…。でもね…、私は、造物主(デミウルゴス)のそもそもの過ちは、聖戦(アポカリプス)の開戦にではなく、それ以前に、理想の世界を『永遠不変なる完全世界』として定義したことにあると思っているんだ……」
「ふむ……?」
「たしかに私達は永遠と完全に憧れる…。全ての生物が…いや、生命も神々も含めた『 “存在” 持つ者』全てが「在り続けたい」「生きていたい」と願う存在である以上、どうしたって永遠に在り続けることに憧れる……。そしてそのために、無秩序(エントロピー)の増大に抗い、完全に秩序立った状態で在り続けることに憧れる……。それは、“本能” と言っていい願いだろう……」
「そうよな…。それは、龍も神々(アイオーン)も人も、そして旧造物主(デミウルゴス)ですらも変わるまい……」
「うん…。でもね、本当に大切なことは、“永遠” でも “完全” でもなく、それらを目指し、無秩序(エントロピー)の増大に抗う、その “過程” だと思うんだよ……。『永遠不変なる完全世界』の実現という結果…即ち “完成形” にではなく、完成形を目指し秩序を築き上げていく過程…即ち “行動” にこそ、『在ること』の本質はあると思うんだ……」
「なるほどの……」
「私達は、“完成形” を求めて行動し続けているから、 “完成形” が大切なものであると、つい考えてしまいがちになる…。いや、確かにそれは大切なものなんだけど、でも、その “大切” を “大切” たらしめているのは、実は “完成形” そのものではなく、完成形を目指し行われ続ける “行動” なんだよ…。完成形が大切であるから目指すのではなく、目指しているからこそ完成形が大切だと言えるんだ…。 “完成形” を目指し、正に “行動” しているその最中においてのみ、それは “大切” という価値を持つんだよ……」
新龍皇(ヴォリクス)は真摯な眼差しで女神(セシリア)の真摯な瞳を見つめる…。
その瞳には女神に映る真実が映る。

「造物主(デミウルゴス)はそこを捉え違えた…。彼の本当の理想は、理想を実現した世界という完成形の中にではなく、その理想を実現するために行われていた世界を創造(う)み出す行動の中にこそあったのに、それに気付かなかった…」
「完成形を求め、それに拘るあまりの落とし穴…か……」
「うん。だから造物主(かれ)は、世界で生きる『意志ある生命』が世界の完成形を造り変えていくことに耐えられなかった……。創り終えた完成形(かたち)の中には、もう造物主(かれ)が憧れたものはないのに、そこに囚われてしまった……。世界に住まう生命(いのち)が世界を変え行く過程は、造物主(かれ)が世界を創った偉業と同じくらい尊いものであるというのに、それを認められなかった……」
「それが旧造物主(デミウルゴス)の過ち…か……」
「うん…。そうなんだと思う……。世界は『意志ある生命』の意志によって常に形を変えていく…。その過程こそ『在ること』の本質だ…。だから、『永遠不変なる完全世界』とは、『在ること』の本質とまったく逆のものなんだよ…」
「『在ること』の本質とは、完成形に拘った旧造物主(デミウルゴス)が気付かなかったもの…。不変の中では起こり得ない、『変わること』『行うこと』という真実……」
「うん…そう……。そこに私達『 “存在” 持つ者』の本質がある。そしてその本質は、もうひとつの本質をも意味する。それは、 “亡び” という本質…。私達は、行うこと変わることを本質とする。故に当然だけど “不変” を本質としない。そして、 “不変” を本質としないものは、 “永遠” でもまたありえない…。行い続け変わり続けるものは、いずれ必ず行動を止め、形を亡くす。だから、『亡くなること』もまた、『在ること』の本質なんだ……」
「そうか…、だからそなたは永遠を拒むのか……」
「うん…。生きることの本質は死ぬことにある。だから、永遠の命を受け入れてしまうことは、命そのものを否定することになる…。私は定命の者として生まれたものだから、死ぬことを否定することで生きることを否定することはできない…。そして、私が世界の『意志』たる存在であるというのなら、私は永遠に生き続けることではなく、いつか死ぬことによって、世界の在るべき姿を示さなければならないんだ……」
女神が示すのは『樹木の世界(せかい)』の在り方そのもの。
この世界が永遠不変のものでなく、常に変わり続け、そしていつか滅びゆく定めにあるということ。
それは、母が子に将来の死を約束することによって、我が子を一個の生命(いのち)として誕生(どくりつ)させたということ。厳しくも愛溢れる命の是認だ…。
「これが女神…か…。なるほど、よく解った……」
新龍皇は目を輝かせ、女神を見つめる。
「流石は豫が見込んだ騎士よ。よしっ、接吻(くちづけ)を与えてやろう。というか、キスするぞ……?」
「は…?いきなり、何を…?というか、言ってる意味が良く――」
突然の言葉に慌てる女神の口を、有無を言わさず新龍皇の唇が塞ぐ。

たっぷり数秒経って、ヴォリクスは唇を離す。
「フフフ…。あまり真面目な話ばかりが続くと、聞いておる方もくたびれるからの……?緩急をつけねばならぬわ…」
「だからと言って…困ります……」
「大体、そなたは女として無防備すぎる。あと、敬語は要らぬと言ったであろう…?」
動転し素のリアクションを示すセシリアに、ヴォリクスは悪戯に微笑(わら)って返す。無防備を指摘されては最強の光翼騎士(ブライトルーク)も形無しである。
そして新龍皇は真顔に戻り、あらためて女神に問う。
「だが、それでは、そなたは わざわざ この世界に亡びを約束していることになるの…」
「うん…。そうだね……。そのことは否定しない……。そもそも、私達は、この世界を創造(つく)る時、この世界を『永遠不変なる完全世界』として創造(つく)ることも出来たんだ…。でも、それはしなかった……」
「変わらぬ世界など、生きておらぬ世界と同じだから…だの……?」
「うん…。これから創造(つく)るこの世界は、そもそも人々の願いによって創造(つく)られる世界なのだから、創世後も人々の願いによって変わっていく世界で在るべきだと、そう思った…。変わっていくことで生きていく世界で在るべきだと、そう思ったんだ…。そして、変わっていくことができるために、永遠でも完全でもない世界を創造(つく)ろうと思ったんだ……」
「その結果として、この世界の将来に亡びを約束することと成ったとしても…、死をなくすことで、生をなくすわけにはいかなかったのよな……?」
「うん。そう…。だからこの世界を “死” の在る世界として創造(つく)ることにした…。 “死” だけでなく、 “不幸” も、 “苦しみ” も、『良くないもの』の全てが在る世界として創造(つく)ることにした…。だって、それらによっても、私達は形作られているのだから……。だから、『良くないもの』も構成要素として組み込んで、この世界を創造(つく)ることにしたんだ……」
「容易には受け入れ難い考えよの…。普通なら、創世の折にそのようなものをわざわざ世界に組み込もうなど思うまい……」
「分かっている…。でも、『良くないもの』がそこに在り、『意志ある生命』がそれを避けようとするとき、そこに行動が生まれる…。飢えのもたらす “死” を避けようと行動して農耕が発達する。病のもたらす “死” を避けようと行動して医術が培われる。それらの行動の結果は人を生かすし、何よりも、その行動の過程こそが生きることそのものだ…。だから、『良くないもの』もまた、世界にとって大切な構成要素なんだよ……」
「『良くないもの』は、行動の源なんじゃな……」
「そう…。そして、行動こそが生きることの本質であるのなら、『良くないもの』は生の根源でもある……。だから私は、『良くないもの』を含んだ不完全な世界として、『樹木の世界(このせかい)』を創造(う)んだんだよ……」
「ある意味では、戦いの先に生命の復活を見た我等龍に通じるの…。戦うべき敵も、克服すべき死もない世界に、生きる本能の復活など在り得はせぬ…。だからこそ、今はそなたの言うことが分かる……」
新龍皇は強き光を瞳に浮かべる。それは女神への理解と共感の輝きだ。

「だが、随分と物騒な理想ではあるのぉ。龍族には合うが、人族では容易に着いてこれまいて…」
龍の女皇は悪戯に微笑(わら)って言う。
「そうだね…。だから、完全な統治を布く平和主義の女神という世人のイメージは、私の実像からは程遠い……。本当の私は、もっと剣呑だよ」
人の女神もまた悪戯に微笑(わら)って応える。
「私の願いは、『樹木の世界(このせかい)』が生命に満ちた世界で在ること…。そして、多様性に富んだ世界で在ることだ…。私は、創世の使命を背負った時、自分達が作る新たなる世界を、全ての『意志ある生命』のための世界にしたいと願った…。戦乱に苦しむ生命(ひとびと)を救うため、オリジン人だけでなく、龍もグレズも神魔も、全ての者が住まうことのできる世界にしたいと、そう願ったんだ……。そして…、この世界を創造(う)んだ……」
「この世界は、創世の折から、多様で変化に富んだ世界であることを願われて創られた世界であったのだな……」
「うん…。だから私は、私がお腹を痛めて創造(う)んだこの世界(こ)に、いつまでも多様な生命(いのち)と多様な意志に満ちた世界であって欲しい…。全ての生命(ひとびと)が、それぞれの多様な在り方で生きていけるような…、そんな世界で在ってほしいんだ……」
「多様な生命(いのち)が多様な意志によって世界を創り変えて生きていく世界…か…。賑やかなものじゃのう……」
「だって、賑やかな方が楽しいじゃないか…?活力に溢れてて美しいじゃないか…?多様性が世界を豊かにする。我が世界(こ)には豊かであってもらいたい。ならば、我が世界(こ)に多様性を与える。母親なら当然のことじゃないか……。理由なんてない…、この世界が多様性に満ちた世界で在ってくれたら、それだけで私は幸せなんだ…。私は……、多様な生命(いのち)が多様な意志のまま好き勝手に生きていく…そんな世界を見守っていたいんだよ……」
「種の栄えを見守っていくのは、母として最大の幸福よな…。産みっぱなしの龍なれど、世界が我が種(こ)に満ちていく幸せは、豫も同じよ……」
ふたりの母はともに微笑(えがお)を綻ばせる。それは、種(せかい)を抱く聖母の笑顔だ。

「だから私は、多様と変化を肯定することを『世界の管理人』としての正義とする。そして、世界の多様を保つために領域(リージョン)間のバランス調整を行うことを『セント・アゴラの領域主』としての正義とする。それら二つの正義は、『世界の管理人の正義』が『セント・アゴラの領域主の正義』を多様のひとつとして肯定するという、二重の正義の関係で成り立っているんだ……」
「二重の正義…?」
セシリアの言葉に、ヴォリクスは訝しんで問い返す。

「『世界の管理人』としての私の正義は、世界の中に多様な生命を育み、世界中の命が放つ多様な意志を認め、それらによる世界の変化を肯定することにある……。私が『樹木の世界(このせかい)』に願った、生命…意志…多様性…変化…、それらの如何なるものも肯定し、見守ることが、『世界の管理人の正義』なんだ……」
「多様で変化に富んだ世界を願って創造(う)んだ、創世の女神の正義だな……」
「……私は別に “女神” じゃないけどね。いずれにせよ、多様な意志の掲げる如何なる正義も如何なる悪も等しく価値のある構成要素として認め、それらの正義や悪の間で起こるあらゆる交友とあらゆる抗争を等しく重要性のある変化として肯定し、そうした変化によって世界を在らしめ続けていくことが、『世界の管理人の正義』が目指す理想なんだ……」
女神(セシリア)が語る『女神の正義』。それは、ただ受容と肯定のみを行う。
「一方で、『セント・アゴラの領域主』としての私の正義は、領域(リージョン)間の争いを仲裁し、領域(リージョン)と領域(リージョン)の間の交友を仲立ちして、世界の多様と秩序を保つことにある……。戦乱の旧孤界(オリジン)を生きてきた私は、新しい世界をできるだけ平和な世界にしたかったからね…。だからそのためにセント・アゴラを興した……」
「世界の政治的均衡を調律することで世界の秩序を保つ、人身の領域主(おう)の正義だな……」
「……私はセント・アゴラの領域主(ロード)ではあっても、世界の “王” ではないけどね。ともあれ、セント・アゴラの立地を活かして領域(リージョン)間の戦争を不可能にし、港の利用権を背景にして不平等な交渉が行われないよう調停を行う。そうすることで、世界規模での戦争を回避しつつ、十の領域(リージョン)が それぞれの自治と独立性を保てるように努めるのが、『セント・アゴラの領域主の正義』が目指す多様と秩序の形だ……」
領域主(セシリア)が語る『領域主の正義』。それは、十の領域(リージョン)を仲立ちして世界を保つ。
「『世界の管理人の正義』は、『セント・アゴラの領域主の正義』を、世界に存在する多様な意志のひとつとして受け入れる……。『世界の管理人』があらゆる意志を肯定する存在である以上、『セント・アゴラの領域主』もまた肯定すべき意志のひとつなんだ……」
「貴女が抱く『女神の正義』から見たら、そなた自身が掲げる『領域主の正義』もまた、他の正義や悪と変わらぬ世界の構成要素のひとつなのだな……」
「『世界の管理人の正義』は、平和を願う意志も争いを願う意志も等しく肯定する。そして、『セント・アゴラの領域主の正義』は、平和を願う意志である。だから『世界の管理人』にとって『セント・アゴラの領域主』は、世界の多様な構成要素のひとつとして肯定の対象と成るんだ…」
セシリアが語る二重の正義。それは、自らの正義の中に自らの正義を定位する…。
「二重の正義の持つ「管理人(じぶん)が領域主(じぶん)を多様のひとつとして受け入れる」という発想が、私に私の意志を貫くことを許してくれる…。世界の管理人である私が、同時に世界の住人でもあると気付くことが、多様への願いと平和への願いの葛藤から私を解き放ってくれたんだ……」
「多様と平和の葛藤…?」
「セント・アゴラの領域主(ロード)として政治活動を始めて直ぐに、私は自分の在り方に悩むようになった…。私は『世界の管理人』として世界の多様を願い、世界の多様を保つために領域(リージョン)の調停に努めた。けれども、領域(リージョン)間の抗争を仲裁し、交友を仲立ちすることは、領域(リージョン)間の争いを願う生命(ひと)の願いを否定することなのではないか…?だとすれば、それは世界の多様への否定だ…」
「確かに、そこは気になっておったの…。世界の多様を保つために平和的な方法を採った時点で、多様を否定することになる。これは矛盾よ…」
「何故そんな矛盾が生じるのか…?何故なら、私はどこまでいってもセシリア=ベルモントという個人であり、そして個人は必ず何らかの偏った意志を持つからだ…。たとえ平和と争いを等しく肯定するという理想を持っていても、私が全知全能の神などでなく、この世界の中で生きるセシリア=ベルモントという一個人である限り、その意志は平和と争いを同じ強さで願えない…。その意志が多様への否定に繋がると理屈では分かっていても、自分の意志の偏りを直すことなどできないんだよ……」
「我等は皆、それぞれの意志を持つからの…。それを捨てることなどできまい…」
「願いに偏りをもつことは、『世界の管理人』として許されぬことだろう…。だから私は、そんな自分の偏りに悩んだ…。でも、ある時に気が付いたんだ。『世界の管理人の正義』が、この世界のあらゆる生命とあらゆる意志を肯定するものなら、それはこの世界で生きるセシリア=ベルモントという個人をもまた肯定すべきなんじゃないのか…?とね……。だったら私は…私という個人は、『世界の管理人』の定める正義の下、私という偏った意志を持っていて良いんだ。それに気が付いたとき、ふたつの正義の間での葛藤が消えたんだよ……」
「そなた自身もまた、紛れもなくこの世界で生きる一個の生命(いのち)なのだからな…。自身の偏りを許せぬようでは、世界の数多の偏りを受け入れることなどできまいて……」
「全くその通りだよ…。私がこの世界の中に一人の私として在る限り、私は平和を願って良いんだ…。私にそれを許すのが、他ならぬ『世界の管理人の正義』なのだから……。だから私は『セント・アゴラの領域主の正義』という偏ったひとつの意志を貫く。私は世界の多様のあらゆるものを歓迎するけど、だからといって何も私が一人で世界の多様の全てを担う必要はないんだ……」
二重の正義は、世界(みずから)の中に個人(みずから)を内包する。そのパラドクスは、二つの正義の矛盾を解く。
「そうして、領域主(わたし)が管理人(わたし)の正義の全てを果たせないから、管理人(わたし)は管理人(わたし)の正義を果たすために領域主(わたし)以外の意志を必要とする…。『世界の管理人の正義』は、肯定と受容であり、具体的な動きを行うものではない。でも、世界を保つには具体的な行動が必要だ。だから管理人(わたし)は、領域主(わたし)に『セント・アゴラの領域主の正義』という行動を取らせ、私以外の意志にそれ以外の行動を取らせ、それら全ての行動によって管理人(じぶん)の正義を具体化するんだ……」
「女神は遍く意志を認めて許す。そして、領域主(おう)をはじめとする認めて許した意志の全てに『女神の正義』の具体化を代行させるのだな…」
「私は、政治的立場上、多くの意志を代表する立場にある。けれど、偏った一個である私に、世界の多様の全てを代表することはできない。だったら、私は私の抱え得るものだけを代表し、他の構成要素は他の偏った個人に代表させれば良い…。領域主(わたし)が領域主(わたし)の正義を掲げ、別の誰かが別の正義を掲げ、正義ばかりでなく悪を代表する者もいて、それで世界の多様が保たれれば、管理人(わたし)の正義は果たされるんだ……」
「ひとりで多様の全てを担うのでなく、皆で役割を分けて担う……。世界とは “役割に分けられた部分の集合体(Party)” で保っていくものなのだな……」
「そう…。その通りだよ……。そうやって、偏った私を、他の偏った誰かが補ってくれる…。だから私は私を尽くせる。だから私は私で在れる。だから私は、私以外の全ての意志に感謝しているんだ……」
セシリアが述べる感謝の言葉。それは、自らを小さく相対的な一個と認めるが故の素直な謝意の顕れだ。

「この世界は、強き意志に恵まれているよ…。セイバーにしても伯爵にしても、世界の正義や悪を背負う意志たちは、その何れもが揺るぎない強さを持ち、大きな力で世界を変えようとしている。だから世界は私の意志では儘ならない…。でも、儘ならないということこそ、世界が多様である証だ。だから私は世界が儘ならないことに感謝している…」
「儘ならないことに感謝する…か……。何とも変わった趣味よな……」
ヴォリクスは素直な共感を込めて柔らかに微笑(わら)う。
「その儘ならない世界の中で、私は構成要素のひとつを担う者として、ただ己の正義を尽くす…。セイバーも伯爵も揺るぎない意志を持った手強い敵だ。彼等のような強敵が居る限り、私が私を尽くしても、世界は儘ならないままで在り続けるだろう。でも、だからこそ私は私を尽くせるんだ…。だから私は、私の敵達に感謝している……」
セシリアは強敵への感謝を込めて不敵に微笑(わら)う。

「セイバーに伯爵…か……、豫にとってはただ忌々しい怨敵であるが、それだけの良き強敵に恵まれたのなら、そなたは実に果報者だのう…」
「うん。私もそう思うよ。でもね…、『樹木の世界(このせかい)』で強く輝く意志は、彼等のような世界の一翼を担う者達だけじゃない。彼等が導き、あるいは憎む対象である民衆もまた、強く輝く意志を持つんだ。意志の強さに力の大きさは関係ないからね…。指導者から民衆まで、世界は逞しい意志に満ちているんだよ……」
「そういうものかのう…?民草など、無力で無意志な者達だと思うがの…。人族の民衆など、ダスクフレアを相手に立ち向かう勇気も持つまい…?強き意志とは強き力が許すものよ……」
「私はそうは思わないよ…。そもそも、意志の強さは、自己と困難との相対的な力関係で測られるものだ。自分より弱いダスクフレア30体を撫で斬りにした私より、幼い妹を護るために棒切れで野犬に挑む名もなき少年の方が、余程勇気があると思わないかな…?」
「……たしかに、雑魚を蹂躙するのを勇気とは呼ばぬし、大切なものを護るため自分より大きな敵に挑むのを勇気と呼ばぬわけにはいくまい」
「意志とは困難に抗う時に発揮されるもの…。そして、多様な生命(いのち)がそれぞれ異なる意志を持つということは、それぞれの意志が発揮されるべき困難もまた それぞれ異なるということだよ…。民衆がダスクフレアとの戦いをカオスフレア任せにするのは、彼等に夕闇と戦う力がないからだ。それは間違いない。でも、そのことは、彼等が無意志であることを意味しない…。それは、彼等がダスクフレアとの戦い以外の場面に意志を発揮すべき困難を抱えているということを意味しているんだよ……。私達と彼等の意志の違いは、その強弱の違いではなく、それを発揮すべき舞台と役割の違いなんだ……」
「舞台と役割の違い…か……」
ヴォリクスはセシリアの言葉を注意深く反芻する。

「私達は、たまたまカオスフレアとしての力(コロナ)を持っているから、ダスクフレアとの戦いの舞台(セッション)に上がる。『カオスフレア』という舞台(セッション)においては、私達(カオスフレア)が物語(シナリオ)の主役(シーンプレイヤー)なんだ…。そして、その一方でダスクフレアと戦う力を持たぬ民衆は、物語(シナリオ)に意志を示さぬエキストラとなる……」
「民草にはダスクフレアと戦う力など無いからの…。それがダスクフレアとの戦いの主役になることはあるまい…」
「でも、彼等は決して一生エキストラで在るわけではない。彼等には彼等の上がるべき舞台(セッション)がある。彼等の物語(シナリオ)で彼等の果たすべき役割(ロール)がある。その舞台(セッション)においては、今度は私達がニュースの話題にしか出てこないエキストラで、他ならぬ彼等が主役(シーンプレイヤー)なんだ…」
「民草の上がるべき舞台…?」
「たとえば、仕事一筋で家庭を省みず妻と子に逃げられたネフィリムのビジネスマンが居るとするだろう…?無論彼は、カオスフレアでもなんでもない一般人だ。だから、『カオスフレア』という舞台(セッション)において、ダスクフレアがサード・マンハッタンの街を襲う時、彼は逃げ惑うだけのエキストラに過ぎない…。でも、そんな彼が無事生き延びて、拾った命を家族と向き合うために使う時、その『家族』という舞台(セッション)において、彼は紛れもなく主役(シーンプレイヤー)となる…」
「人族の家族問題というのは、その家族だけが解決できる問題らしいからのう…。その舞台ではその男が主役を務めねば始まるまい…」
「男は家族と向き合う舞台(セッション)の上で、とても大きな困難に立ち向かうことになる…。ずっと家庭を犠牲にしてきた自分が今更許される筈もないと…その恐怖に震えながらも、それでも大切な家族を取り戻すために、精一杯に意志を発揮して妻や子と話し合うことになる……。その男が、無意志だなどと誰が言うことができる…?」
「……我等龍には、人族の家族の亀裂も愛情も正確には理解できぬ。だが、恐怖を覚えながらも大切なもののために戦う勇気の尊さは、理解できるつもりよ…。だから確かに、その男の意志は強いものなのであろうな……」
龍の女王は人の心に精一杯の理解を示す。それは、『勇気』を重んじる者故のリスペクトだ…。
「ひとりの男が、ある舞台ではエキストラとなり、別の舞台では主役となる…。エキストラとして舞台に上がっている時には 物語に意志を示すことがなくても、主役として舞台に上がっている時には その意志によって物語を創って行くんだ。この世界に、意志のない生命(ひと)なんて居ない…。ただ、その生命(ひと)が意志を発揮すべき舞台と、意志を差し挟めない舞台とが在るだけなんだよ……」
「コロナを持つ者と持たぬ者とは、意志の強さに違いがあるのではなく、意志を発揮すべき舞台に違いがあるのだな……」
「そう…。その通りだよ…。そして、どの舞台も、どの意志も、その尊さに違いなどない。コロナを持たぬ一介のビジネスマンに、世界の興亡を左右する舞台に立つことは出来ないだろう。彼に立つことが出来るのは、家族ひとつを護る舞台だけだ…。だけど、世界を護る舞台も、家族を護る舞台も、世界を護ろうとする意志も、家族を護ろうとする意志も、その尊さに違いなど在る筈がない……!」
「世界を護る戦いと家族を護る戦い…。それによって護られる範囲の大きさに違いはあっても、護る戦いの尊さに違いはない訳だな……」
「だからこそ、コロナを持つ故に たまたま世界の興亡を預かる舞台で主役になっているだけの存在が、コロナを持たぬ故に たまたまその舞台でエキストラになっている人々を無意志だと言い放つのなら、それはとんでもない心得違いだ…。その心得違いは、自らの定めた世界以外を認めず、その定めから変化した世界を滅ぼそうとした造物主(デミウルゴス)の過ちに等しきものだよ……」
「旧造物主(デミウルゴス)の過ち…即ち、完成形に執着し変化という本質を見落としたことと、自分の舞台に囚われ他人の舞台の存在を見落とすこととは、ひとつの枠組みに縛られて世界の多様を見落とすという点で同じであるという訳か……」
「『樹木の世界(このせかい)』には、さまざまな生命が在り、それらが発揮するさまざまな意志が在って、そして、それらを発揮すべき さまざまな舞台がある…。もし私が本当にこの世界の女神であるというのなら…その過ちから世界の多様な舞台を護る戦いこそ、この私が上がるべき舞台だ…!」
女神(セシリア)は静かに強く意志を放つ…。その意志は、広く、大きく、世界の多様を包み込む……。
女神から立ち上る強く優しき意志(コロナ)を見て、新龍皇は柔らかく微笑んで言う。
「良き意志を見させて戴いた…。やはり貴女は、頼もしき豫の女神(ナイト)よ……」
新龍皇(ひめ)は そっと女神(きし)の頬に接吻(くちづけ)する……。
※1=これは、「黄泉還り」や「吸血鬼」などの “不自然な不死者” の場合であり、神魔や龍などのような元からの永遠者は『帝龍の翼泉』の水を飲んでも死ぬことはない。こうした存在が飲んだ場合には、純粋により大きな力を手に入れる。
※2=外交交渉の場において、セシリアは立会人として同席し、不平等な交渉が行われそうになった時の制止役を務めてきた。こうした交渉は、基本的には当該領域(リージョン)のトップ同士の主導で進められるものであり、セシリアの役割はあくまでも交渉のフォローである。セント・アゴラは、十の領域(リージョン)を支配する世界政府ではなく、『バランス調整』の政治機関なのである。詳しくは、SS:『セシリアの日常・講義』を参照のこと。