・シュヴァルツ ~庭にて~
アンスの壊した床の修復。ライラの壊したドアの修復。そして主である、リュヌが凍らせた城の清掃。
今日は、掃除のしがいがある日になった。
いつもの仕事、修理費の立て替えを含め、全ての仕事を終える頃には、深夜になっていた。
ソレイユ様が手伝ってくださったから、いくらか早かったのでしょう。
あまり器用でないですが、やろうとする姿勢は真っ直ぐで、執事になりたての頃の私と重なりました。
リュヌ様に拾われ、執事になって今まで数えれば百年近く。それも、思い返せば遠い昨日のことのようです。
いつものように、アコーディオンを持って、庭の椅子に座った。
瞼を閉じれば、聞こえてくる懐かしい旋律、それを奏ではじめた。
その曲は、遥か昔、シュヴァルツが卵の中にいる頃に聞いた曲だった。
100年近く生きていても、その曲を知る者は、同じ卵の中にいたシュヴァルツの兄しかいなかった。
疲れと眠気なのか、不意に意識が遠ざかったような気がしました。
重く閉じた瞼の裏に、懐かしい姿を見た気がしました。
青い髪、青い目以外は瓜二つの兄…。
「ア…」
その名前を呼ぶより先に、意識が途切れました。
・シュヴァルツ~???にて
仄かに金色に輝く場所に私は立っていました。
アコーディオンの音色に加えて、ヴァイオリンの旋律が聞こえて来ました。
その懐かしい旋律を奏でているのは、青いローブに、ワイシャツ、黒いスラックスに紺色のベスト、皮のブーツ。
高位の魔法使いのような、身なりの良さそうな恰好をした青年でした。
青い髪、青い目、それ以外は私と瓜二つのヴァイオリンを弾く青年に、私は言葉に出来ない程の懐かしさと喜びが混じりあったような感情を感じました。
悲しい訳ではないのに、視界がボヤけて、声が上手く出ませんでした。
冷静に考えるよりも先に、私は青年に駆け寄り、がっしりと抱き締めていました。
抱き締め返されて、卵の頃に感じていた、懐かしい体温に、強い安堵と安らぎが甦りました。
「ずっと、お会いしたかった…アスル兄さん」
親を見つけた迷子のように泣く私に、アスル兄さんは微笑みかけてくれました。
「僕も、ずっとシュヴァルツに会いたかったよ」
その笑みは、安らぎを与える、優しく、柔らかなものでした。
「…シュヴァルツ。最期に会えて良かったよ」
しかし、アスル兄さんの目から、悲しい意色の涙も溢れていました。
その涙は、最後ではなく最期と言うこと悟らせるのに充分でした。
「…」
ようやくお会いできたのに、なんと言っていいかわからなくなりました。
私の目からは、ただただ涙が流れるばかりで、どうしようもなくなりました。
「大丈夫、僕らは双子だよ?だから、魂はいつでも、側にいる。きっと、また会えるよ
アスル兄さんは、私の頬を伝う涙をぬぐってくれました。
こんな風に涙を拭われるのは始めてなはずなのに、ひどく懐かしい感じがしました。
目の前の兄は、みるみるうちに青い光に包まれ、アスル兄さんは青い光に変わりました。
「アスル兄さん!まだ、行かないでください!」
その光が消えてしまう気がして、消えてしまう前に、私は光を抱き締めた。
~リュヌ 部屋にて~
「あれで大丈夫なのか?」
ソレイユは、心配そうに庭のほうを見た。
「夢でも、彼は嬉しいはずよ。ありがとう、ソレイユ」
シュヴァルツがくれた双子の人形は、仲良く寄り添うように眠っている。
それを見て、私は微笑んだ。
本来は、こうあるはずだった、青い竜と黒い竜。
私が昔から飼ってきた、可愛い双子の竜。
「ソレイユ、今からちょっと出かけてくる」
鏡には、バルコニーに佇むこの世界の神様が映っている。
行き先はそこ。
いつもの部屋。
あの日、気まぐれで出かけた先で彼女に出会ってなければ、今の私はいなかった。
たぶん、ずっと塞ぎ込んで、この部屋の中で閉じ籠ってた。
だって、それは楽なんだから。
彼女は檻の鍵を開けてくれた。
でも、その恩はまだ返せていない気がする。
だから…こんどは私が、檻の中から出してあげる番になる。
ガラスの扉は月明かりを浴びて青白く輝いた。
私はソレイユを抱き締めた。
不意打ちに、耳まで真っ赤にしたソレイユが可愛くて愛しい。
「絶対に、帰ってくるからね」
愛してると言うのは少し恥ずかしいから、ソレイユの目をサッと手で覆い、その額にキスをした。
決意が迷いで冷めてしまわないうちに、私はその扉を潜った。
~シュヴァルツ 庭にて~
目が覚めると、私は庭にいました。
あのまま眠ってしまったのでしょうか?
あれが、夢ならば、兄は生きているのでしょう。
不意に、手のひらに暖かさを感じて、見てみると、青い光が纏うように輝いていました。
月は、もう雲に隠れてしまって見えていない…と言うことは…。
「アスル兄さん?」
私の呼びかけは、夜風に乗って、彼方へと消えた。
最終更新:2012年06月15日 15:58