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 私の名前はドモン=ムラナカ。セント・アゴラで九界士のひとつに数えられている者だ。世間では『鉄拳執政官』などと呼ばれている――私はセント・アゴラの官僚ではないし、セント・アゴラには執政官などという官職はないのだが…世人の着けるあだ名と云うのは困ったものだ。

  現在、セント・アゴラは未曾有の混乱に包まれている。――少し前の争乱でも似たような世評をされたものだが、今回の混乱はそれ以上だ。何と言っても、この領域(リージョン)の主・セシリア=ベルモントに死の予言が与えられているのだからな。

 

「黒き星のダスクフレアが創世の女神を喰らい、樹木の世界(ウッドワールド)を枯れさせる」

 

 これ以上不吉なセンテンスは、樹木の世界の創世以来、おそらく一文も存在してこなかったであろう。蒼天城内にかつてない混乱が訪れるのも無理からぬところと言える。

 そもそも、彼女は『孤界産みの母』として世界の人々の拠り所となる柱であり、最強のカオスフレアとして世界の守りの要となる盾だ。日頃頼りにしている力が頼りにできなくなり、むしろそれを護る必要ができたのだから、それだけでもセント・アゴラの戦力事情は一変する。
 打開策を講じることは急務だ…。

 

 ひとまずのところ、創世の女神の命運は、地球より界渡りした『導きの勇者』龍贔屓(ロン=ビイキ)と、女神に仕える『狂牙の従者』狗殉信(ゴウ=ジュンシェン)に預けられている。彼等の持つ運命に抗う力こそ、女神を救う最後の希望だ。
 特に龍の存在は、暗雲に塗り潰されそうであった蒼天城に一筋の光をもたらしてくれた。

 だが、対策の全てを彼等だけに頼る訳にはいかない。運命を覆す力は無くとも、運命に抗うことを止める訳にはいかない。運命の物語の主役足り得ぬ端役であろうと、世界の危機を前に人事を尽くさずにいるなど許されないのだから……。

 

 だから私は考える…。運命を覆す力を持たぬ私が、尚も運命に抗う策を…。

 そして、結論する…。

 そう…、運命を覆す力を持たぬのなら、無理に運命を覆そうとしないでいい。
 悲劇の運命が訪れた時に、それを最悪の事態に繋がらせないようにすればいいのだ。

 

 龍と狗の二人が、女神の破滅の運命を覆すのに失敗し、女神が命を失う悲劇が訪れた時、それが世界の破滅に繋がらないように食い止める。そのためには、どうすれば良いのか…?

 まず、考えるのだ。何故、女神の死が世界の破滅をも予兆するのかを…。件の予言の意味する所を…。

 可能性は3つ。

  1. セシリアでも敵わないダスクフレアが現れ世界を滅ぼす。
  2. ダスクフレアがセシリアのフレアを吸収。その力で世界を滅ぼす。
  3. セシリアの死が世界の均衡を崩し、全世界規模で戦乱が起こり、世界が滅ぶ。

 

 1番目は最も単純なパターンだ。故に、対策も最も簡単と言えば簡単だし、最も難しいと言えば最も難しい。

 一言で言えば、対策は無い。

 セシリア先生がどのような状況でダスクフレアに倒されるのかにもよるが、セシリア先生とそれに近しい力を持ったカオスフレアとで4つのコロナを揃えて、戦術の誤りもなく戦って、それでも尚も負けるのなら、おそらく世界の全ての戦力を結集させてもそのダスクフレアには敵わないだろう…。
 対策など立てようもない。そうなったら諦めるだけだ。故に、この場では1番は考慮から外す。

 

 2番目は1番目の亜種と言えるパターンだ。故に、こちらも実現されてしまえば、対策は殆ど無いと言っていい。

 セシリア先生のフレアがダスクフレアに吸収された場合、まず単純に恐ろしいのは、彼女が持っているフレアの量だ。セシリア先生の持つフレアの量は飛び抜けている。それを吸収するだけで、ダスクフレアは計り知れないほどパワーアップするだろう。
 だが、それ以上に恐ろしいのは、ダスクフレアが単純にパワーアップするだけでなく、セシリア=ベルモントのフレアの波長をも身に着けることに成功した場合だ。この樹木の世界は、『創世の勇者』葉桜銀仗のマーキュリーに、『孤界産みの母』セシリア=ベルモントがフレアを注ぎ込むことで生み出された。そのために、この世界の万物は、創世の女神と同じ波長のフレアを持っている。故に、ダスクフレアがその波長のフレアを取り込むことに成功すれば、彼等の持つ破壊と創造の力を、より効率よく世界に及ぼすことができるようになる。
 特に、第一世代ダスクフレア達にとっては魅力的な話だろう。彼等は、旧造物主(デミウルゴス)の呪いによって力に目覚めた古きダスクフレアだけに、樹木の世界に対してプロミネンスの破壊の力を及ぼすができない。だが、創世の女神のフレアを手に入れれば、彼等にもそれが可能となるのだ。

 これまでは、多くのダスクフレアが創世の女神のフレアを欲しながら、誰もそれに手を伸ばせずにきた。それは、ただただ単純にセシリア=ベルモントが強すぎたためだ。
 だが、その前提が崩れるのだとすれば、それは想像を絶するほどに恐ろしい事態だ…。

 もし、それに対策などあるとすれば、それは……。

 

 3番目は政治的な意味において最も現実的なパターンだ。故にその対策も政治的なものとなる。

 それは、セシリア=ベルモントを継ぐ者を生み出すことだ。

 現在の樹木の世界は、世界の維持をセシリア=ベルモントに頼り過ぎている。
 彼女の負う役割は多い。彼女は、世界の象徴たる女神であり、交易調停機関セント・アゴラの議長であり、ダスクフレア討伐軍の総帥である。彼女が世界の中心に座すからこそ、人々はこの世界を “樹木の世界という名のひとつの世界” として認識することができるのだ。そして、その認識があるからこそ、あまりに多様で無秩序でバラバラなこの世界が、どうにかひとつにまとまっているのだ。
 その彼女が倒れれば、世界が大きく傾くのは必定だ。

 もし本当にそのような最悪の事態が訪れたのなら、その時に彼女の欠けた穴を補って世界の “核” と成ることができるのは、やはり二人の神子をおいて他にない。
 人はもとより神魔や龍や機械生命体すらも住むこの世界において、それらの全てを平伏せさせ、 “ひとつの世界” を保つためには、単純な軍事力や政治制度では足りない。創世に連なる血が不可欠なのだ。

 だが、その神子でさえも、今のままでは女神の代わりを務めるなど到底不可能なことだ。
 なんと言っても、二人の神子は世界の中核を担うにはあまりに幼すぎるのだ。天主様(セシリア)の政務を引き継ぐのに不足であるは勿論のこと、混乱に乗じて神の城を牛耳らんとする俗物共から身を護るのすら困難だろう。

 だからこそ、万一その時が来ても世界が円滑に引き継がれるように万全の備えを整えておくことが、セシリア先生の同志たる私達の仕事だ。

 そして、そのために必要なことは、セシリア=ベルモント存命の内に彼女の負っている役割を他の誰かに引き継がせることだ。それも、全ての役割を誰か一人に引き継がせるのではなく、それらの役割をひとつずつ分け、それぞれの役割に適した者達にそれらを引き継がせる必要がある。

 『世界の象徴』としての役割は、無論の如く桜花と銀月の二人に引き継がせる。先刻の通り、この役割は他に代われる者が居ない。
 『交易調停機関の議長』としての役割は、セシリアと九界士それぞれの後継者が必要となるだろう。それも、私利私欲に流されることなく樹木の世界と十の領域の平和ために行動できる者達が必要だ。
 『ダスクフレア討伐軍の総帥』としての役割は、セシリア先生が降りたがらないかも知れない。無理に引きずり下すよりも、有能な副官を着けるのが得策か…?
 『一地方領域の領域主』としての役割は、桜花に引き継がれることが既に決まっている。その上で役割の分散を進めるためには、優秀な宰相を立ててセント・アゴラの行政を宰相に一任し、神位と行政権の分離を図るのが上策だろう。

 いずれにしても、継承権をこのように明確にする理由は、万一の時にスムーズな継承が行えるようになるという利点と、世界維持の役割の一極集中を避けられるという利点にある。

 だが、こうした戦略はセシリアという神がこの世界から不要になることを意味していない。むしろ、セシリアという神が後継者達の背後で威光を放ち続けることを大前提としているのだ。
 この戦略において、それぞれの後継者は『セシリアの血や意志を継ぐことで偉大なる創世主を代行する存在』として位置付けられる。各々の後継者の持つ権限が、創世主に連なる起源をもった権限であるからこそ、それは神魔も龍も従える絶対の権限たりえるのだ。
 その意味において、女神セシリアの神権は、これまで以上に重要なものとなる。

 故にこの戦略は、セシリア=ベルモントに神の階(きざはし)を昇ることを求める。
 世界の人々からすれば「何をいまさら」と思われる所であろうが、残念なことに彼女はその階をきちんと昇りきれていない。彼女の心は人と神との間で揺れ続け、未だ神に成りきれていず、さりとて既に人で在りきれていない。非常に不安定な葛藤の中にあるのだ。
 その中途半端なアイデンティティを改めさせないかぎり、この戦略は決して成就し得ない。故に誰かが彼女の成長を促さなければならないのだ。

 

 誰もそれを行わぬのなら、私がそれを行おう。

 世界を護る女神のために、人事を尽くし己の役割を完遂することが、女神の周りに立つ九つの士の務めなのだから……。

 

-end-

最終更新:2012年12月09日 14:46