その日、蒼天城内廓の奥にある円卓の間に九界士全ての姿があった。――これは非常に珍しいことだ。通常、彼等はセント・アゴラと各領域(リージョン)とを頻繁に行き来しており、全員が顔を会わせることは滅多にない。つまり、今日の会議がそれほど重要なものだということだ。
席に着いて盟主の入室を待っている九つの顔にも、どこか張りつめた表情が浮かぶ。それは、何か新しいものが始まる時に特有の緊張感のようなものだ。
その張りつめた空気の中にセシリアは入室してくる…。
「おはよう、みんな。全員が揃っているなんて珍しいね。今日は何かあったのかな…?」
セシリアの今日の服装は、薄桃色のドレスに星型の額飾りと七色の首飾り。身内のみを集めての会議ということで、比較的ラフな彩に仕上げている。
セシリアは今日の会議の内容を知らされていない。九界士の全てが揃っていることさえ、いま入室してみて初めて知らされたくらいだ。
訝しむセシリアを尻目にドモンが席から立ち上がって、述べる。
「それでは、本日は僭越ながら私めが取り仕切る形で円卓会議を始めさせて戴きます。本日の議題は、黒き星への対策についてです。昨今、連日のように取り上げている議題ではありますが、私から新たに提案させて戴きたいことがございますので、それを扱わせて戴きたく思います」
ドモンの言葉に息を飲んで静まりかえる会議室。皆のその静寂が、議題の重要さをセシリアに伝える。
「(どうしたんだろう…?皆の様子からすると、よほど深刻なことなのかな…?――とにかく、覚悟を決めて話を聞こう)」
セシリアはドモンの言葉に訝しみを深めながらも、続きの言葉を促す。
「分かった…。じゃあ、その議題で話を始めてくれ…」
「了解しました。それでは……」
セシリアからの認可を受けたドモンは、一度言葉を切り、左手でクイっと色眼鏡を直してから言葉を続ける。
「黒き星へのもたらす破滅の運命に対し、現在は、『導きの勇者』龍贔屓(ロン=ビイキ)の持つ運命改変能力を対策の主軸としています。これは、彼の持つ運命改変能力により天主様の破滅の運命を覆そうというものですが、世界の趨勢を掛けた対策を彼のみに委ねるのは、少々リスクが大きいかと考えられます。たとえ運命を覆す力を持たなくとも、我々もまた運命に抗うために人事を尽くすべきなのです」
「確かにね…。私も、自分の運命を彼に委ねるしかない自分に、ずっと納得がいかなかった…。彼を召喚(よ)んでから、ずっと考えてきたけれど、やっぱり今の私は今のままで良いはずがない……」
セシリアは、自分の中の整理のつかぬ何かと向き合うように、視線を円卓に落として、そう答える。
「けれども、我々に運命を覆し得る力がないこともまた揺るぎなき事実です。そこで我々が取り得る対策は、破滅の運命を覆すための対策ではなく、破滅の運命が訪れてしまった時にセシリア先生の死を世界の破滅へと直結させないための対策であると、私は考えます。セシリア亡き世界に備え、その世界を如何に護るかを考えておくことこそが、運命を覆せぬ我々にできる運命への抗い方だと思うのです」
「なるほど…、確かにそうだね…。運命を覆せないなら、運命を覆さなければ良いんだ……」
ドモンの言葉に、セシリアは諭され、考える。
「(世界のためにであれば、私の前であっても堂々と、私に破滅の運命を受け入れろと言う…。キミのそういう所が私は好きだよ……)」
後半の想いは口に出すことなく、硬い表情を笑顔に変える。

「そこで私が提案する戦略は、セシリア=ベルモントを継ぐ者を作り上げること…。即ち、万一の場合に備えて継承権を明確にし、また可能な範囲においてセシリア=ベルモントの存命の内から後任にその役割を譲っておくことです。それも、現在セシリア=ベルモントが持っている役割と権限をひとりの後継者に譲るのではなく、交易調停の役割や世界防衛の役割などの役割毎に別の後継者に譲るのです」
ドモンの提案に、八人の界士からどよめきの声が挙がる。彼等にとってもこの提案は驚くべきものであったようだ。
「分かった…。続けてくれ……」
セシリアはドモンに続きを促す。表情は硬く、見る者に心を伺わさせない。
「この戦略のメリットは主にふたつ。ひとつは、万一の際の継承をスムーズに進められるようになるという点。もうひとつは、世界維持の役割の一極集中を解消できるという点です。現在の樹木の世界(ウッドワールド)は、世界の維持をセシリア=ベルモントに頼り過ぎているのです。一人で沢山の役割を抱え込むから、その一人が倒れた時、世界が大きく傾いてしまう…」
ドモンの言葉に、円卓の八人はどよめきを止めて静まり返る。皆、返す言葉を持てずにいるのだ。
彼等とて世界の維持をセシリアひとりに頼りきりにしてきた覚えはない。だが、自然とセシリアに負担が集中する現状に、いつの間にか慣れきってしまっていたのだ…。
セシリアもまた返す言葉を持てず静かに忸怩する。
「(世界を己の玩具にするなという戒めかな…。世界を自分ひとりで抱え込もうなんて、考えてもみればひどく傲慢なことだ…。そのつもりはなくても、私は世界を我が物に考えすぎていたのかもしれない……)」

「この戦略が実現すれば、世界維持の役割は分散されます。けれども、そのことはセシリア=ベルモントという神がこの世界から不要となることを意味しません。むしろ、この戦略の実現には、これまで以上に創世の女神の威光が必要となるのです…」
「どういうことだい…?」
「擁立するセシリア=ベルモントの後継者達は皆、『創世の女神セシリア』の代行者でなければならないのです。彼等が、彼等個人の意志を以ってではなく、創世の女神の遺志を以って各々の役割に臨むことで、はじめて世界を維持することが叶うのです。この世界には、人を遥かに超越した神魔や龍や機械生命体すら住まいます。そうした者達を取り纏めるには、『創世の女神』の威光を以ってするしかない…。人が持ち得る地位や意志では、人を超える者達は従えられないのです…」
「なるほどね……」
再びドモンに諭され、セシリアは考える。
「(私はきっと未だに自分が置かれている位置が…、自分がどのように周りから見られているかが解っていないのだろう……。自分が神と呼ばれることにずっと耳を背けてきたから……。でもそれは、とても罪深い役割放棄なんだ……。出来ることがあるのに…私にしか出来ないことがあるのに…、それに背を向けるなんて……)」
ドモンは、そんなセシリアの胸の内を余所に、尚も論を続ける。
「たとえ役割を後任に譲っても、セシリア=ベルモントは命ある限り彼等の後見役として威光を放ち続けなければなりません。たとえ死しても、セシリア=ベルモントは彼等の始祖として威光を残し続けなければなりません。役割を後に譲るためにこそ、セシリア=ベルモントは今まで以上に力強く神の階(きざはし)を昇らねばならないのです。貴女がしっかりと “神様” を努めていなくて、どうして貴女の後継者がそれを継げましょうか…?」
論は固く熱意を込めて、ドモンは思いの丈をぶつける。
セシリアは論を返さず、ただ黙ってドモンの想いを胸に刻む。
「また、役割を後任に譲るといっても、セシリア=ベルモントの負う全ての役割を譲れと言っている訳ではありません。現在背負っている沢山の役割のうち、どれかひとつだけを背に残し、他の全てを後任に譲って、貴女はそのひとつの役割だけに専念すべきだと言っているのです。世界にセシリア=ベルモントが在り続ける限り、世界の人々はセシリア=ベルモントに救いを求め続けます。在ること、生きることとは、他の者と関わり続けることであり、他の物を消費し続けることです。世界と関わり、世界を消費する者が、世界からの声を無視することなど、許されぬことなのです。貴女が生きてこの世界に居続ける限り、貴女は何の役割も負わずにいることなど許されないのです」
ドモンはサングラス越しに鋭い意志を放つ。
その意志に、セシリアの顔も意志を固くする。

「どの役割を背負い続け、どの役割を譲るにしても、そこに権力の移譲と体制の改変が伴う限り、それを実現するには相応の時間がかかります。予言の示す破滅がいつ訪れるか分からない以上、行動は急を要しますが、それでも半月…いや、どんなに頑張っても一月は掛かるでしょう。ですので、もしこの戦略を採用されるのであれば、その開始日は一か月後となります。一か月後に、貴女がひとつの役割に専念し他の役割を後継者に譲ることを、全世界に向けて宣誓するのです」
そこでドモンは一度論を止め、セシリアの意見を待つ。
「ドモンの考えはよく分かった…。私にも異論はない。一月後に、私が何を背負い何を委ねるのか、その答えを出すことにしよう」
セシリアは、それに応え、決意を返す。
「そうとお決まりでしたら、覚悟の方は一月後といわずに三日後には決めてください。と、申しますのは、“一月を掛けて準備をする” 以上、何を背負い何を譲るかは、今すぐにでも決めていただけなければ、準備のために動き出すことも儘なりませんので…。ですので、三日後に御覚悟を御聞かせください」
「分かった…。私も覚悟を問われて逃げるつもりはない……」

「それから、もうひとつ…。先ほど私は『世界にセシリア=ベルモントは必要不可欠だ』と申し上げましたが、どうかご考慮の際にはその愚論を一度忘れ、己が人であるのか?神であるのか?それを問う所から思惟をお始めください。己が何者なのか?己が何を成したいのか?それを改めて問うのです。全ての先入観を捨て、根本から問い直して得られた答えでなければ、意味はないのですから……」
ドモンは初めて口調を優しくしてセシリアに語りかける。
「神の階を昇るのなら、神として世界を “統べる” のか “見守る” のか。人として生きるのなら、王として “頂点に君臨する” のか只人として “ひっそりと生きる” のか……。貴女がどのような答えを導き出そうと、私達はそれを全力でフォローします。貴女は、何に気遣うことなく、何に束縛されることなく、ただ揺るぎない “貴女の覚悟” を御示し下さい……」
「我々には、貴女の覚悟が必要なのです……」
-end-