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 私がルリモアの街の港区を巡察に訪れたとき、その少女は瓦礫となった礼拝堂の前に跪き、一心不乱に何かを祈っていた。

 


 

 時は少し遡って、つい昨夜のこと。

 ドモンに告げられた “決断の日” を迎え、私は蒼天城の奥、円卓の間に居た。
 ――セシリアbotの姿で……。

 

「まったく…。このような大事な会議の日にbotで御出席下さるとは……。今日という時の重大さを随分と御理解戴けているようで、恐れ入る限りで御座います……」

 サングラスの奥から尋常でない怒気を発して、ドモンは静かに言った。常以上に慇懃な言葉がbot越しにも異常なほど怖かった。

「ごめんね……。少し思慮が足りなかったよ……」

 その時、私の本体はルリモアの街の宿に居た。狗達に従って彼等の使命の戦いを直接この眼に収めにきていたのだ。
 その追従が大切な日に城を空ける結果に繋がるという、至極当然なことさえ失念して……。

 

「まあ、ともあれ会議を開始致しましょう。目の前に居ない者への説教など、時間の無駄で御座いますし、小臣は退屈者故に会議を離れれば、時はいくらでも御座いますので……」

 そう言って、ドモンは中指でサングラスのズレを直した。とりあえずこの場は治めるが、有耶無耶に済ませるつもりは毛頭無いらしかった。
 帰ったら、そうとう絞られることを覚悟せざるを得ないだろう……。

 

 そんな私の思考を余所に、ドモンはきびきびと会議を進めていった。これまでの状況の確認を行い、問題を整理して再提示し、現状取り得る方針を簡潔にまとめて挙げ連ねた。 

 そして、改めて私に視線を向けて問うた。

「以上が、現状の確認でございます…。再三繰り返しました通り、我々の取るべき道を決めるのは、ただセシリア=ベルモントひとりの御意志のみ。故に、私如きがこれ以上愚論を拡げても時間の無駄というものでございましょう。あとはただ、お言葉を賜るのみでございます…。さあ…、セシリア先生……、御覚悟を…お示し下さい」

 仲間達の視線が一斉に私に集められた。そこには先程までの怒りも皮肉もなく、ただ固唾をのんで私の言葉を待っていた。

 

 私はbot越しに仲間達の視線を受け止め、そして自らの視線を真っ直ぐに返して言った。

「私は…、私は『世界の象徴』としての役割を背負ったまま、『ダスクフレア討伐軍の総帥』としての役割に専念したいと思う。役割をふたつ同時に背負い込むことになるけど、象徴というものは私の命ある限り譲ったり辞したりできるものではないと思うし、「自らの剣で世界を護りたい」という心だけは私が私で在る限りどうしても棄てられないものだからだ…。だから…、私は世界の象徴としてダスクフレアとの戦いの戦鞭を執りたい……」

 私の意志に意外という反応は返ってこなかった。皆おそらく私のその答えを予期していたのだろう。むしろ当然といった体で私の言葉を受け止めていた。
 私は尚も言葉を続けた。

「でも、これはきっとまだ “覚悟” には成っていない…。私はまだ状況に流されるままで、私の選んだ役割の意味なんてまるで解っていないだろう……。だから私は、これからもきっと揺らいでいく。でも、その揺らぎの中に私が尽くすべき私があると思うんだ…。だから、もう少しだけ揺らぐ私を…、その中で行う私の我儘を許してほしい……。それが、今の私が示せる “覚悟” だよ……」

 私はただ、今の私のありのままの意志を示した…。

 仲間達はただ、私の意志を受け止めてくれた……。

 


 

 時は戻ってルリモアの港区。私は礼拝堂の前の少女に視線を向ける。少女の年の頃は4、5才といったところ。桜花と変わらないくらいだ。少女というより幼子と言っていい。

 そんな年端もいかぬ娘子が脇目も振らずに祈り続ける姿に、私はどうしても放っておけず、おもわず彼女に声をかける。

「ねえ、何をそんなに一生懸命祈っているんだい…?キミ、お父さんやお母さんは…?」

 幼子が被災地に一人でいるという状況に嫌な予感を胸に覚えながらも、私はそれを無意識に打ち消す。

 

「お父さんも、お母さんも、もう、いないの…。“ぐれず” の “だすくふれあ” が来て、死んじゃったから……」

 返ってきた予想通りの答えに、私の胸が抉られる。

 少女の顔は幼いその年齢に似合わずひどく無表情だ。目の前で繰り広げられた惨劇に…両親という “世界” の喪失に、子供らしい無邪気な笑顔が削られてしまったような…そんな顔だ。

 

「そう……。とても悲しいことがあったんだね……」

 私は腰をかがめて頭を少女の高さまでおろし、少女の背中越しにそう声をかけた。

 故郷の孤界(スフィア)・オリジンで頻繁に見かけられた光景。それがこの世界(ウッドワールド)で再現されているという現実。
 いま、この世界を、黒き星の生む悲劇の儘にさせてしまっている、正にその顕れだ……。

 

 私の中に渦巻く様々な葛藤を置いて、少女は言う。

 

「だからね、神様にお願いしてるの…。“せんと・あごら” に住む女神様に。「悪い “だすくふれあ” をやっつけてください!」って……」

 

 幼い祈りは、私の胸を打ち貫いた。

 

 私と話しながらも祈りの姿勢を崩さぬ少女。計り知れないほどの悲しみと切なる祈りを湛えた小さな背中。その背中に目を向けながら、私はしばし黙考する。
 この幼い少女の祈りに、自分が何か尽くせることはないか、その答えを見つけるために。

 “神” などと持ち上げられながら、夕闇の跳梁を許している無力な自分。天への階(きざはし)を昇ると誓いながら、少女の祈りさえ知らずにきた無知な自分。
 その自分が、それでもできること、やらなければならないこと。それを考える……

 そして、ひとつの意志を固める。

 

 幼子の小さな肩に背後からそっと手を置いて、私は少女に語りかける。

「だいじょうぶ。キミのお祈りは、きっと届くよ…。女神様は、ちゃんと見ていてくれているから……。女神様は “ダスクフレア” を絶対に許さない。だから絶対に “ダスクフレア” をやっつけてくれるよ」

 やわらかなフレアを両手にこめる。少女の体を包み込むように……。

「女神様には、とっても強い騎士が大勢いるんだ。女神はキミの祈りを魔法で剣に換えて、それをその騎士たちに託す。そして、その騎士たちの剣を以って夕闇を討つんだ……。たとえずっと空の上に居ても、地上のすべてをその剣で護るよ……」

 そう心に決めたから……。

 

 その決意さえも揺らいでしまいそうな脆い私だけど、それでも…、きっと……。

 

 私の選んだ “役割” を、限られた状況の中で、それでも演じ尽くせる私に成るように……。

 

-end-

最終更新:2012年10月27日 08:30