それは、まだギンと一緒にいた頃のこと…。
パートナーが起き出すよりもゆうに一時間は前にセシリアは目を覚ます。
彼の安らいだ寝顔を確認したあと、ベッドから起き出し、身支度を整える。
宿の木製の階段を下り、宿の主人に朝の挨拶をして、厨房を借りる。
魔法の火を燈す釜戸の上に置かれた金属製の鍋の蓋を空け、中の具合を確認する。
鍋の中は、沢山の動物の骨をたっぷりのお湯で煮出した煮出し汁だ。煮出し汁を小皿に取って味見して、その出来栄えに満足そうに微笑むと、一晩かけて火の番をしてくれた古家屋の精霊(ブラウニー)に感謝の言葉を述べる。
一度釜戸の火を消し、鍋の中の煮出し汁を、ザルで骨を濾しながら一回り小さい別の鍋に移す。
食材袋の中から、昨日のうちに買っておいたニンジン・玉ねぎ・ジャガイモなどの食材を取り出し、小歌を口ずさみながらそれらを少し大きめのサイズに切り分けていく。
切り分けた食材を先ほど煮出し汁を移した鍋の中に入れ、持続炎(コンティニュアル・ファイア)の魔法を唱えて釜戸に再び火を燈す。
続いて、宿の主人からパン・牛乳・生卵などを購入し、ボールに生卵を割って溶き、牛乳と混ぜて、メープルシロップを加える。
そこに程よい厚さに切ったパンを入れ、よく浸す。
ついでに、牛乳の一部を先ほどの鍋とは別の小鍋に入れ、軽く火にかけてから皿に移して、ブラウニーに与える。
朝食の下ごしらえを一通り終えた所で、一度厨房を出て階段を上がり、自分とパートナーの部屋へと向かう。
そして、心地よい寝息を立てている彼を起こしにかかる。
ベッドへと身を乗り出し、彼の肩に手をかけようとしたところで、その動きがふと止まる…。
「(お目覚めのキスとかで起こしてみる…?もう肌を重ねさえしたのだし、そのくらい良いよね……?)」
しばしの逡巡ののち、やはり気恥ずかしかったのか、普通に軽く肩を揺すって彼を起こす。
「おはよう、ギン。もう朝御飯できるよ。」
挨拶を返す彼に極上の微笑みを向けたあと、きれいに皺を伸ばして畳んでおいた彼の衣服を差し出す。
ついでに懐から櫛を取り出し、彼の寝癖を整えてあげる。
「それに着替えたら降りておいで。私は御飯の仕上げをしてくるから…。」
部屋を出て、後ろ手に扉を閉めてから、やはり先ほど勇気を出しきれなかったことを悔やんでか小さなため息をひとつ漏らし、それから表情に笑顔を戻して階下へと下っていく。
厨房に戻ると、野菜を煮込んでいる鍋の蓋を空け、小皿に取って味見をしながら塩やスパイスを加えて味を調えていく。
思い通りに上手く仕上がった味わいに、自然と表情がほころぶ。
持続炎の魔法で新たな火を釜戸に起こし、フライパンにバターをひいて、先ほど牛乳と卵の混合液に浸したパンをその上にのせて、焦げ付かせないように気を配りながらじっくりと焼き上げていく。
厨房を満たす甘い香りに、思わずふたたび小歌を口ずさむ。
そのパンを二人分焼き上げたあと、卵焼き専用のフライパンにバターをひき、薄くスライスしたベーコンを乗せて焙り、フライパンの縁で卵を割ってその上に乗せる。
ある程度火が通ってきたところでフライパンに少量の水を加え、蓋をして、精神を集中させて持続炎の火力を小さく調節する。
チリチリと水の爆ぜる音を聞きながら、これからこの料理を食べる人の顔を思い浮かべる。
野菜のスープを深皿によそい、甘くトーストしたパンや片面焼きにした目玉焼きを平皿に乗せて、食堂に待つ彼の所へと運んで行く…。
「おまたせ、ギン。朝御飯ができたよ。」
-end-