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◇偉業の重み:

――はじめに伝えたいのは、私が初めて樹木の世界(ウッドワールド)に降り立った時のこと。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 天馬(ペガサス)の背にまたがり、私は樹木の世界の混沌の空を進んでいた。目の前には小さな領域(リージョン)がひとつ。

「あれが、セント・アゴラ…。」

 9つの領域の中間位置に立つ十番目の領域。宿命管理局のエロール=カイオスからそう教わっていた。領域の空を進み、都市の内郭にある市街地に駒を降ろす。私の到着を予め知っていたかのように、私の周囲に一斉に人々が集まる。

「お帰りなさいませ、『孤界産みの母(スフィアうみのはは)』よ!」

 人々からあがった歓迎の声に、私は困った表情を浮かべる。

「(こうした反応、予測はしていた…。でも、やはり居心地の良いものではないな…。)」

 私はあくまでも住民の一人としてこの世界で暮らしていきたいのだ。女神扱いされて、神輿に祭り上げられるのは御免こうむる。
 そう思い、私が口を開こうとした時だった。

 不意に周囲の空気が揺れ、空間が歪み、時空の裂け目から無数の異形の者たちが現れる。美しいもの、恐ろしげなもの。白い翼を持つもの、捻じれた角を持つもの。かつて神々(アイオーン)と呼ばれた偉大なるもの達、コラプサーだ。
 彼らの群れの最奥に、私は見慣れた顔を目にする。

「ルダーンザーク…!貴方までもこの新世界に…?」

 嵐の海の魔を統べる『大魔王』。元地球人であり、私達の使命を支援してくれた真に三千世界を憂う者。

「厳密には、フレアを固めて作り出したその分身体だ…。其方(そなた)に“あること”を伝える為に生み出された…な……。まあ、ファミリアの様なものと理解していただいて問題ない。」

 そう言って彼は、白い顎鬚を撫でながら、フッと悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「伝えたいこと…?」

「ああ…。」

 いぶかしむ私に、大魔王の分身体は、スッと手を掲げて応える。彼の合図に応じ、周囲に集まったコラプサー達が、一斉に跪き、私に頭を垂れる。

「お帰りなさいませ、『孤界産みの母』よ!我等、貴女様のご恩に与り、ここに全霊をもって貴女様のご使命を支える事を誓う者達に御座います!!」

 揃って述べられた口上に、私は身の置き所のなさを感じる。

「(ルダーンザーク…、また大仰な真似を……。やらんとする所は分からないでもないけど、どう考えたって私には過ぎた扱いだ。)」

 偉大なる者達に卑小なる人の子が頭を垂れさせて良い筈が無い。場を取りなすため、私は口を開く。

「皆様、どうか面をお上げ下さい。かつて孤界(スフィア)を統べた偉大なる神々に頭を下げさせては、私は顔をもってゆく所を失ってしまいます。」

 笑顔を作り、そう訴えかける。しかし…

「ならぬ。」

 コラプサー達の奥、ひとり立つ大魔王が拒絶の声を挙げる。

「ですが…、それでは余りに……。皆様、私からのお願いで御座います。どうか、面をお上げくださいませ。」

「ならぬ。」

 再度の拒絶の言葉。そこに異論を受ける余地は一切ない。

 戸惑う私に、大魔王は真摯な視線を向けて語りかけてくる。

「諸侯は皆、自らの意志で其方に頭を垂れている。それは、其方の成した偉業への尊敬と返礼の意志だ。」

 それは、決して威圧的ではない、けれども揺るぎなき言葉。

「コラプサーは皆、遥か古の大戦(アポカリプス)以来、宿るべき愛する世界を失い、宿なき身となってオリジンを彷徨ってきた…。その彼等が、其方の働きにより、幾星霜の時を越え遂に宿るべき世界を取り戻したのだ……。その喜びが如何程のものか、其方に想像がつくか…?」

 優しく諭すような厳しい口調。続く言葉が紡がれる。

「それ故に、其方の成した偉業は、偉大なる神々が頭を下げるに値するほど尊いのだ。それは、孤界の重さだ…。かつて腕に孤界を抱いた諸侯だからこそ、世界創造の偉業の重みを誰よりも知る。だからこそ、“小さき人の子”を相手であっても、惜しみなく頭を下げることが出来るのだ…。」

 大魔王の瞳が真っ直ぐに向けられる。柔らかく、強く。

「偉大なるもの達に頭を下げさせることを戸惑うなら、それは構わぬ。彼等を下に置くことを善きとせぬなら、それも良かろう。だが、さしたる思慮もなく覚悟もなしに諸侯の面を上げさせることは罷りならん。それは、孤界の重さに唾する行為だ…。分かるな……?」

 優しいが、有無を言わさぬ強さを込めて、大魔王は意思を放つ。全ての視線が、私に集まる。

「(そうか…、神々は私という一個にではなく、私とギンが成した行いに対して頭を下げているんだ。世界創造という行いは、それほどに重いもの。私はどこか、その重みを感じきれずにいたのではないか…?その自覚の甘さを、ルダーンザークは改めにきてくれたのだ…。そして……)」

 私はルダーンザークに視線を返す。しっかりと、彼の意志を受け取るように。

「(覚悟を改めろということか。もしここで、神々の下げる頭が身に重いと思うほどなら、初めから樹木の世界に住まう資格はない。そう、彼は訴えているんだ…。)」

 瞳の意志を胸に刷り込み、意識を内側に向け反芻する。

「(私がどう望んだ所で、この孤界に生きる限り、世界創造者としての立場は絶対に付き纏う。ただの人として生きたいのなら、三千世界に残るべきだったのだ。けれども私は、この孤界で生きていくことを決めた。自らがフレアを注いで育んだこの孤界を、命ある限り見守って行きたかったから…。だったら……)」

 再び意識を自分の内から眼前の大魔王に向ける。

「(だったら、もしこの樹木の世界の人々が私を神殿の聖像に仕立てようとするのなら、私はそれに応えねばならない。それが過度の信奉であっても、政治の建前であっても、人々の寄せる全ての期待を受け入れる義務が私にはある。それが、この世界を愛していくための資格なんだ。他者の想いを背負うこともなく、ただ一方的に愛でていようだなんて、そんなの愛情じゃない。身勝手なエゴイズムだ…!)」

 高まる心のフレア。それを言葉に乗せ、私は放つ。

「わかりました。偉大なる皆様の御礼、ありがたく頂戴仕ります。そして、あらためて私から返礼をあげさせて下さいませ。」

 言って立礼を返す。神々が面だけを一度上げ、再び下げ返す。

「以後、皆様が送り下さる礼を固辞する無礼は決してせぬよう、ここに誓い申し上げます。けれども、私も何処まで行っても卑小なる人の子の身。至らぬこと、多くあることかと存じます。ですからその時は、どうか偉大なる神々の御知恵をお貸し下さいませ。皆様の感謝の礼を受ける代わりに、その全能なる英知にすがらせて下さいませ。礼とは、互いに尽くし合うものでしょう…?」

 言葉に笑みを添えて投げかける。ありったけの心のフレアを乗せて…。

 和らいだ空気が波紋のように広がり、神々が再び礼を正し、頭を垂れる。波紋の輪はさらに広がり、周囲で固唾をのんでいた人々も一斉に跪き頭を垂れる。オリジン人も、富嶽人も、巨人族や幻獣も、普段は決して恭しい礼節など取らぬパンデモニウムのサイバーパンクでさえ、その輪の中にはある。跪いた輪から一斉に声が挙がる。

「お帰りなさいませ、『孤界産みの母』よ!」

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

――その光景を遠巻きに見ながら、ルダーンザークの分身体はフレアを使い果たして消えていったよ。満足したかのように、いつも通りの悪戯な笑みを浮かべてね…。

 私は彼に新世界で生きていく上での大切な気構えを教えられた。だから彼に感謝している。やっぱり、孤界の重みを知る古きもの達は偉大だよ。これからも大切な多くのことを教わっていきたいなって思うんだ。

 


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最終更新:2011年06月25日 21:35