――そうして私が決意を新たにしてすぐことだよ。私と共に新世界の平和のために戦ってくれる仲間達が集まったのは。
最初に現れたのはディランだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
消えゆくルダーンザークの分身体に、私は群衆の中に立ったまま一礼を送る。
「(ありがとう、ルダーンザーク。あなたにはまたひとつ教えられた…。)」
大魔王の教えに、私は決意を新たにする。
「(けれども、問題は山積みだ。人々の想いを容れ偶像となることを受け入れたとしても、やっぱり人の身で女神よばわりされるのは御免だし、権力者の操り人形に成るつもりだってない。)」
「(あくまでも“人”のまま、誰かの思惑によってではなく自らの意志によって、そして自分のためでも特定の誰かのためでもなく樹木の世界(ウッドワールド)全てのために、『孤界産みの母(スフィアうみのはは)』という身に過ぎた偶像を演じ切りたい。)」
自らの新たな使命を覚悟した今、思考は明瞭だ。理想が定まれば、方略も自ずと見えてくる。
「(そのために私が取るべきなのは、全ての領域(リージョン)に対し完全中立な立場だ。どの領域の思惑にも流されず、と言って私が他の領域を支配するのでもなく、あくまでも樹木の世界の管理人としての立場を取る。領域間の調停役を務めるべきなんだ。)」
「(問題は……、今の私にそれを為せる政治基盤がないことだ…。私は、この世界で特別な存在として祭り上げられることを厭うあまり、何の基盤も持たぬまま一人でこの世界に来てしまったし……)」
自らの覚悟の甘さを歯がみしていた時だ。
「おう、ここに居たか、先生!」
背後から野太い声が掛けられる。振り返ると、人身形態のディランがこちらに向かって手を振っている。その背後には無数の龍達。
「久しぶりだね、ディラン。…彼等は?」
「ああ。新龍皇から貰ってきた。」
「貰ってきたって…」
訝しみ、ディランを見ると、顔や体のあちこちに傷がある。
「3千は寄こせって言ったんだがなぁ。手元に1万は残したいから…って、結局、偽龍を入れても2千しか貰えなかった。存外新龍皇もケチなもんだ。」
そう言って豪快に笑う。
「おう、お前ら、セシリア先生に挨拶しろ!こちらに御在(おわ)すお方こそ、この孤界(スフィア)の創造主さま…、そして今日からのお前らの主だぜ?」
空気を振るわせる声に、二千の龍が一斉に跪く。
それでようやくと合点がゆく。ディランの傷…、あれはおそらく新龍皇の前で力を示した時にできたものなのだろう。彼はそれにより二千もの龍を配下に得てきたのだ。それもおそらくは私のために…。
「ディラン…、どういうことだい?これは…」
「ああ?国を動かすには兵が要るだろ?ったく、しっかりしてくれよ、セシリア先生!しばらく戦列離れてたせいで平和ボケちまったか?」
私としては、何故ディランが私にそんな行動を取るのか、その真意を訪ねているのだ。彼はリオフレード魔法学院時代の私の教え子だが、家臣ではないし、協力を頼んだ覚えもない。彼の方はさも当然と振る舞っているが…。
私が改めてそれを口にしようとすると、また別の声が掛けられる。
「説明が足りていないぞ、ディラン。セシリア先生は俺達の動きを御存じないのだ。きちんと順を追って説明してさしあげねばな?」
再び振り返ると、膝下まで届く長い制服に黒い色眼鏡…、リオフレード魔法学院の元風紀副委員長・ドモン=ムラナカの姿があった。クイッと色眼鏡のズレを正し、ドモンがいつも通りの落ちついた口調で言葉を続ける。
「まったく、セシリア先生も無茶をなさるものだ。権力欲旺盛な海千山千の連中が集う新世界で、交通の要所であるセント・アゴラを一月も無人にしておくなど、空き巣に入ってくれと頼んでいるようなもの…。我々が先手を打って抑えておかなければ、とうにブタ共に取られていましたよ?」
そこで悪戯っぽく笑う。彼の思慮深さと振る舞いは、どこかルダーンザークを思わせる。
「ドモン…。それじゃあ、君たちはこの一月の間、このセント・アゴラの領域を抑えてくれていたのかい?」
私の質問に割って入るようにディランが答える。
「生憎と俺達は出遅れ組だ。俺は兵を調達するまでにえらく時間を喰っちまったし、ドモンの旦那はリオフレードでの事件以来風紀委員を追われて、半ば亡命同然でろくな戦力も持たずにこっちに来たからな…。この一月、ここを護ってたのは奴等だよ。」
そう言って、さも面白くなさそうに他方を指さすディラン。その指す先には…
「ようやくと来たか…。遅いお出ましだな…、セシリア=ベルモント……。」
白い金属の肌と、白銀の翼、一見無表情だが奥に強い意志を秘めた目を持つメタロード。
「アーチエンジェル!」
思わぬ再会の連続に表情を綻ばせる私とは対象的に、努めて無表情に返すアーチエンジェル。
「三万だ…。それだけ残していけば足りるな…?あとの大半はグレズ領域に帰還させる……。」
「それじゃあ、君がこの領域を抑えてくれていたのかい…?」
「それはそこの龍も言っていたことだろう…?解っていることをわざわざ確認するなど時間の無駄だ…。俺は端末樹(ゴッド・ウッド)の制御で忙しい…。急ぎ帰還する……。」
礼の言葉も待たずに帰還の構えに入るアーチエンジェル。
「グレズの代表者(たんまつ)を置いておく…。グレズ領域との連絡はそいつを使えば良い…。せいぜい大切に扱え…。さらばだ……。」
言うが早いか、メタビーストの群の半数を連れ、白銀の翼を広げて西の空へと飛び去っていく…。
「やれやれだねェ。ヒトを端末呼ばわりとは…。まったく、相変わらずだよ…。あいつも…。」
いい加減慣れてきた展開に、私は振り返りもせず言葉を返す。
「そうだね。でも、ちゃんと「大切にしてくれ」って言い残していってくれているじゃないか?クリスタルレディ。」
水晶の肌と瞳を持つ美しいメタロードの女性は、ただ笑って返す。そして、私の抱いていた疑問に答えるべく言葉を続ける。
「ルダーンザークのやつが事前に手を回して、アタシ達に連絡していたのさ。セシリアはいずれ樹木の世界にて完全中立の利害調停役勢力を立ち上げることになる、そのために必要な勢力基盤を確保してやってくれ…、ってね。だから感謝しなよ?」
最後はあえて大げさに胸を張り、片目を瞑ってみせる。
「(そうか…、そういうことか…。)」
神や魔王と呼ばれる者達は、運命の糸を手繰って未来を見ることができる。本来運命は常に揺蕩(たゆた)っている不安定なものだが、大魔王ともなれば幾筋かある運命の中で私が最も選びそうな糸を予測することくらい造作もないことだろう。答えを導くための問い掛け自体を大魔王自身が投げ掛けるのであれば、それはさらに容易なはずだ。
「でもね…、クリスタルレディ。私は、全ての領域のあらゆる勢力に対し等しく中立でありたいんだ。だから、君たちの好意はありがたいけど、私はそれを受ける訳には……」
クリスタルレディに向けたその言葉を横から遮る声があった。
「中立でありたいのであればこそ、全ての領域を等しく遠ざけるのではなく、全ての領域を等しく受け入れるべきではないですか?」
その声の主は、やや意外な人物であった。
「春麗!?どうして君がここに…?」
劉美(リュウ‐メイ)、字を春麗(シュンレイ)。今や新暁王朝の新祖皇帝・劉江の皇后である女性だ。後宮を離れ、他領域にまで出向くなど在り得ない身分のはずなのに、その彼女がここにいるのだ。
「陛下よりセント・アゴラに入りセシリア先生を支えよとの勅命を受けて参りました。新たに朝を興す時、もっとも必要となるものは、信に値する周りの者達。そのことは自分が良く知っている故、自分に代わりセシリア先生の周りを固めてほしいというのが、周蒙からの言葉です。」
伝えられた言葉が身に詰まされる。それは、新たな朝作りに奮闘しているだろう彼だからこそ言える言葉だ。
「先生が全ての領域に等しく中立な立場として領域間の不均衡の調停を為さんとするとき、その領域の実情に詳しい者なくして如何にそれが為し得ましょうか?あらゆる勢力を遠ざけることではなく、あらゆる勢力を近しく置くことでこそ、完全中立なる調停役を務めることが出来るのです。」
「同時にそれは、各々の領域の利得にもなります。だからこそ、新暁皇帝は皇后を『孤界産みの母』の下へと他領域に先んじて遣わせたのです。」
凛とした声で道理を説く春麗。またひとつ、自らの考えの至らなさを諭される。
「(そうか…、本当に為すべきことと真逆のことをやろうとしていたんだな…。私は…。本当は、もっと早くに孤界を背負う覚悟を決めて、もっと早くに仲間を探すべきだったんだ。私がそれを躊躇っている間に、皆がそれを為していてくれた。皆…、ありがとう…。)」
私が心の中で感謝を述べていると、ドモンが春麗の言葉を引き継ぎまとめる。
「ですから先生、9つの領域全てからそれぞれを代表する同志を募り、組閣いたしましょう。集める人物は、各領域に太いパイプと広い情報網を持つ人物、樹木の世界全体のための働きを通して自領域への貢献を目指せる人物が良いでしょう。この九つの小世界の勇士と、あなたをもってセント・アゴラを領域間調停機関として定め、各領域の内情・利害を鑑みながら領域間の問題の調停を行う。これこそが目指すべき“孤界の管理人”の在り方かと思います。」
揺るぎなき弁舌が私の決意を促す。勿論、私の答えも決まっている。
「わかったよ、みんな。これからも皆の力を貸してほしい。この樹木の世界の平和のために共に戦う同志として。」
そういって、精一杯の笑みを私はみんなに投げかける。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――こうして、セント・アゴラの基本体制と、後に九界士と呼ばれる仲間達の最初の4人が揃ったんだ。この時みんなに教えられた沢山の大切なことがなければ、いまこうして筆を取っていることもなかったかもしれない。だから、本当に皆には感謝しているんだ…。