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◇領域巡り:

――ここで少し、新世界にある十個の小さな世界のこと、領域(リージョン)のことについて書いておくね。
 はじめは、私が治めることに成ったセント・アゴラについてのこと…。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 正直、私はうんざりしていた…。

 私がこのセント・アゴラの領域主(ロード)を名乗るようになって一週間。ようやくと城の造りにも慣れてきて、国を興したばかりの慌ただしさの中、充実した忙しさを感じていられる時間だったのだが…、毎朝のある習慣が私を辟易させる。

 私の周りでは、暁風の衣服に身を包んだ女官たちが、時折華やいだ声を上げながら、私に服を着せている…。

「とてもお似合いで御座いますよ、御城主様。」

 そういって両手で抱えた鏡をかざし、髪の仕上がりを確認させる。頭の後ろで団子に結い上げ、金と玉と真珠の簪(かんざし)で留めている。
 見事な仕上がりに一瞬息をのむ。

「(本当に、良い仕事をしているな…。流石に、梁王朝皇族の血を引く春麗の従者を勤めていただけのことはある。服との取り合わせも素敵だし。)」

 仕事の見事さに、一瞬だけ先ほどまでの苛立ちもわすれて上機嫌になる。
 私も女だ。綺麗に身を飾るのは嫌いじゃない。素敵な服や飾りが沢山あるなら、色々身につけてみたい。でも……、

「帯止めはこちらでよろしゅう御座いますか?御城主様。」

 感嘆に浸る暇もなく声が掛けられる。
 髪を結っている間にも他の女官が別の箇所の着付けを行っていて、仕上がりを逐一確認するよう求めてくる。常に2~3人の女官が周りに張り付いて並行で仕事を進めているのだ。そしてそれでも着付けに1時間はかかる…。

 そう、私がうんざりしているのは、この手厚すぎる扱いだ。
 私もオリジン時代は爵位持ちだった。だから、家に侍従くらいはいた。でも、流石に着替えまで他人に面倒を見てもらうほどの身分だったわけでもない。はじめにこうして着付けまで面倒みられた時には、なんだか赤ん坊に戻ったようで恥ずかしかったものだ。その羞恥にはいい加減慣れてきたが、流石に着付けに1時間も掛るのはなんとかならないものだろうか…?
 一日中、どこに行くにも絶えず従者が着いて回るというのも落ち着かない。寝所にも必ず一人は従者が着いてきて、一人でいられる時間がない。服くらい自分で着られるし、私に護衛など必要ないのだが…。

「少し、過美じゃないかな?」

「とんでも御座いません。良くお似合いで御座いますよ。むしろ、御城主さまの美しさと『孤界産みの母の(スフィアうみのはは)』の権威からすれば、これでもまだ不足なくらいです。」

 女官の中の最も年かさな女性がそう答える。

 今日の服装は暁風のあしらいだ。彼女達はみな、もともとは春麗に仕えていた従者たちであり、春麗が私の身の回りの世話と城内の手入れのために私の配下へとつけてくれた者達だ。それだけに、暁風の着物のあしらいには特に優れたセンスを有している。

「そう…?それでは出立するよ。」

 仕事の見事さに文句も言えず、私は着替え部屋を後にする。

 

 女官達を連れ、白亜の廊下を行く。

 途中、廊下に面した窓から天に広がる青い空と眼下に広がる白い雲の海が目に飛び込んでくる。
 青空はいつになく清く澄んでいて柔らかな陽射しを注ぎ込み、雲海はいつになく厚く広くて見渡す限りに白い絨毯を敷いている。雲の上では白い翼を持った優美な女性達がゆっくりと空を舞い、窓の向こうに見える鐘楼から黄金の鐘の音が響いてくる。

 その美しさに、思わず足を止める。

 蒼天城。私自らがそう名付けたこの城は、驚くべきことに雲の上に浮かんでいる。
 白い雲の上に建つ白亜の美しい城郭は、まさに天上の神の住まう城といった佇まいだ。城内のあちこちには、暁帝国の伝承に伝わる天女のような羽衣を纏った梁民族の女官達や、神々と呼び讃えられるコラプサーの使い魔であるエンジェルとよばれる侍女達が仕えていて、雲の下とは別天地の世界を作り上げている。

 慣れることさえ許さぬ天上の光景に私がしばし時を忘れていると、廊下の先の方から女性達の言い争う声が聞こえてくる。見れば、暁風の衣服を着た天女の如き女官達と、白い翼に白い衣を纏ったエンジェルの侍女達とが何事か言い争っている。

「だからそれは梁朝の仕来りに反すると言っているではないですか!」

「何を言っているの?神話の時代から、神の宮殿では飾り物の置き方はこう配置することに決まっているのです!!」

 エンジェル達もまた、私に力添えしてくれているコラプサーが、私の身の回りの面倒や城内の様々な雑務を行わせるために遣わせてくれた者達だ。
 けれども、これが春麗の遣わせてくれた女官達とまるで反りが合わない。互いに古典・礼法に通じ、城内を整えるのにとても良い仕事をしてくれるのだが、そのぶん自分達の伝統に対する誇りも高く互いに自分達の仕来りを城内で通そうとして譲らない。
 故に、こうした些細な諍いはこの2週間に絶えず起こっていた。

 私が止めに入ろうとする動きを察し、先程の年かさの女官が大きな声を張り上げる。

「あなた達、何をしているのですか?御城主様の御前ですよ!!」

 その声に、言い争いを展開していた梁女官とエンジェル侍女の動きがピタリと止まる。そして、あわてて跪き私に礼を取る。

 その対応の早さは流石と言える。女官や侍女たちの仕置きは彼女の務めなのだ。そこに城主自らが出て行けば、彼女の顔を潰してしまうし、言い争っていた女官達にもただ叱る以上の処罰を与えねばならなくなるおそれがある。宮中の序列は、外界のそれより遥かに厳しいものなのだ。

 その立ち振舞いに感心しつつも、城内の状態に私はあらためて頭を悩ませる。そして、ひとつのことを心に決める。

「(よし、決まった…。今日の閣議の議題は……)」

 それからしばし後、長い廊下を渡りようやくと閣議室へと到着した私は、円卓に掛けると同時に口を開く。

「さあ、みんな、閣議を始めるよ。本日の議題は、蒼天城内の儀礼についてだ。」

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

――そう。城内の儀礼を定めることが、最初の大きな仕事になったんだ。
 それによって、城内で互いの仕来りを押し通そうとする争いもなくなったし、城内の領域主私邸には私と両親以外は私の許可なしに入れないようにして一人の時間を持てるようにした。
 ついでに、週に1度は甲冑を着て過ごす日も作ったよ。やっぱり、武人としての心がけを忘れたくはないからね。それを宮中の気風にしたかったんだ。

 それから次は、オリジン領域のこと…。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 私は、オリジン領域の空の上にいた。

 クリスタルレディの用意してくれた領域船(リージョンシップ)型メタビースト『キグナス』を駆って、視察のためにここオリジン領域を訪れたのだ。

 けれども、それはただの名目。本当は単にこの領域の姿をこの目で見ておきたかっただけだ。
 なにせ、樹木の世界(ウッドワールド)へと移って来てこの方、ずっとセント・アゴラ…、それも蒼天城の中だけに押し込められていたのだ。私はこの孤界(スフィア)を私のものにするつもりはないけど、自分がフレアを注いで産んだ世界のことを見て回ることも出来ないなんておかしいじゃないか?
 だから、領主が城を離れることは良くないと知っていても、みんなに無理を押し通して、セント・アゴラを一時離れてきたのだ。

 今、眼下には広大な草原が広がっている。鬣(たてがみ)から燐光を放つ幻獣の馬の群れが草の海を駆け…、風には風精の意志が宿る…。
 意思と神秘の彩る世界。故郷のオリジンと変わらない美しい光景がそこに広がっていた。

「ここの辺りで良いよ、キグナス。降ろしてくれ。」

「了解しました。オリジン領域に着陸致します。」

 草原に降り立つ鋼鉄の白鳥。首の下の所のパーツが伸び、地面へと降りる階段が作られる。

「ここがオリジン領域かぁ…。」

 草原の美しさと風の心地よさに感慨を受けながら、私がオリジン領域への第一歩を踏み出したときだ…。

 踏み出した私の足を中心に、フワッと風にそよぐように草が波打ち、その波が波紋のように輪となって広がっていく。
 そして、その波紋の広がりと共に、草原の草たちが一斉に伸び、花を咲かせる。

「これ…は…!?」

 未だかつて見たこともない光景に、さすがの私も呆気にとられる。

「領域主のフレアに植物が反応しています。領域主が無意識に放つフレアと植物の内包するフレアとが共鳴し、植物のフレアが高まっているのです。」

 事態を素早く分析し解説するキグナス。

 そう…、後に分かったことだが、私がフレアを供給することで育まれたこの樹木の世界では、オリジンから移民してきた“意思ある者”を除く全ての動植物が、私と同じ波長のフレアを内に秘めているのだ。それは、普段は彼等自身のフレアに隠れていて表に出ないが、私のフレアに触れることで強く外に顕れ、彼等の生命力を活性化するのだ…。

「……そう…か…。」

 その光景に私は複雑な気持ちを抱く。

 神秘的だと言えば、そうは思える。でも、それだけに、自分がなんだか人間以外の怪物に成ってしまったような気がして、せっかくの美しい領域の眺めにも心がくすんでしまう…。

 その時だ…。

 煌めく鬣の幻獣が、私のフレアに導かれてこちらへとやってくる。そして、ペロリと私の頬をなめる。
 覗きこむ瞳は、一点の曇りもなく優しい。

 同時に風がそよぐ。花粉が幻想的な光の粒となって舞い、柔らかな香りを鼻腔に届ける。
 風精が囁き、歌声を耳に響かせる。

「……そう。そうか…。そうだよね…。」

 そう。世界は歓迎してくれていたのだ。
 動植物や幻獣や精霊が高めるフレア…、それは、喜びの歌だ。彼等はただ、感謝を述べてくれていたのだ…。自らを生み出した存在に対して……。

 それなのに私は、それを嫌なものとして拒絶しようとしていた。
 かつて神話の時代、神々(アイオーン)も人もみな造物主(デミウルゴス)を愛していたのに、彼だけがそれを理解せず全てを否定してのけたという。それと同じように、私は彼等の愛に気付かずに、彼等の存在そのものを否定してしまう所だったのだ…。
 それは、造物主の犯した過ちの道だ……。

「もう大丈夫だよ…。ごめんね……。」

 そう言って私は、馬の顔を優しく撫でる。
 幻獣馬は心地よさそうにゆっくりと眼を瞬かせる。

 風精の歌にも、そっと感謝の言葉を述べる。
 透き通る姿の少女たちは、照れくさそうにしながらも、返礼のそよ風に花の香りを乗せてくれる。 

 そう…、この光景は美しいのだ。だからそれをそのまま素直に受け入れれば良い。
 それは彼等からの愛の贈り物なのだから……。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

――オリジン領域に行って、あの光景を目に出来て、本当に良かったと思っている。この孤界と向き合う、本当に大切な気持ち。それを彼等に教わったんだ…。
 だから、私は彼等すべてに感謝しているよ……。

 次は、富嶽領域のことだね。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 混沌の海を行く領域船型メタビースト『キグナス』。その眼前に巨大な樹があった。
 他の領域からでもはっきりと視認可能なその威容。まだ随分と距離が在るはずなのに、明らかな“大木”として見えるその姿。おそらく、上陸するほど近くに行けば、それが樹であるとなど認識できなくなるだろう…。それほどに永代樹は巨大であった……。

「(宝永樹も圧倒的な大きさを誇っていたが、これはそれ以上だ…。富嶽の人々が、宝永樹に代わる神木として、信仰のシンボルにしているも頷ける…。)」

 思わず私はそう考える。

 それから2時間ほど後。キグナスは永代樹の枝葉群のひとつに到着していた。
 私は一度キグナスの足を止め、愛馬の天馬(ペガサス)を駆って青い葉の海の上に出る。鼻腔をくすぐる潮の香りと、陽光に煌めく海面を見ていると、とてもこれが木の葉だなんて思えない。

 私は外套を脱ぐと、予め着ていた水着姿となり、海の中へと飛び込む。

 底の見えない青い海。小枝の類が散在していることもなく、すいすいと泳ぎ進むことが出来る。
 本当にまるっきり海の水なのだ。海の中にはキラキラと銀色に輝く鱗を持った魚たちが泳いでおり、この葉の海が確かな命の生活圏となっていることを伺わせる。

 海を司るコラプサーに聞いた所、この富嶽領域では、一枚の巨大な葉が一つの小さな海域となり、葉脈が海流となって海に一定の流れを作り出しているのだという。
 枝が葉の海に沈んでいる所では海中の枝が大陸棚となって豊かな生態系を育み、枝の無い所では厚く固まった角質が海底を作り上げている。1枚の葉の厚さは大体1000メートル程で、それが幾重にも重なって枝葉群を形成しているが、件の角質のために遮られているため、通常潜ることが出来るのは一番上の葉の所だけだそうだ。ただ、時折角質に亀裂が空いていて、そういう所では深海葉とよばれるさらに深い海に潜ることが出来るという。

 魚たちが私の周りに集まって来る。とても元気よく泳いで見えているのは、おそらく件の私のフレアの影響によるものなのだろう。

 私は魚達に微笑み返し海中をあとにする。

 

 キグナスに戻った私は、正装に着替え、鋼鉄の白鳥を枝の陸地へと進めさせる。

 やがて窓の下に豊かな緑地の広がる大きな島が見えてくる。
 やはりそれが枝だとは到底信じられない緑の島には、木々の茂る山と澄んだ水の流れる川が存在し、平地には田が広がっていて稲穂が金色の絨毯を作り上げている。
 空を行く白鳥を、収穫に勤しむ百姓達が見上げる。望遠モニターに映るその顔には、充実した疲労感とキラリと輝く汗が浮かんでいる。樹木の世界に入ってのはじめての収穫は大豊作をむかえたようだ。

 彼等の顔に笑顔をもらった私の表情は、しかし直ぐに沈痛なものに変わる。

 眼前に見える途中で切り落とされた黄金の枝。私がこの領域を訪れたのはこのためだ。

 対消滅エンジンを生らせるこの神聖な枝を、神木艦を作るため切り落とした不逞なる輩がいる。
 永代木はそれそのものが神木と呼ぶに値する存在だが、その幹も枝も樹木であると同時に土であり、神木艦の材料には適さない。そうした中で、唯一その材料と成り得るのが、対消滅エンジンを成らせる黄金の枝だという。

 その枝を再生してほしいというのが、この枝葉群を治める大名の申し出だ。

「(軍事利用のためか、それとも権威誇示のためかは知らないが、自らの勝手で切り落とした枝を私に頼んで再生させようとは…、虫の良い話だ。)」

 思わずそう考える。

 実際、九界士の誰もが反対した。
 けれども、枝葉群の象徴ともいえる神聖なる枝を切り落とされたままにしておくのは忍びない。そう思って大名からの要請に応じることにしたのだ。
 樹木の世界に自生する動植物を活性化させる私のフレアを直接枝に注ぎ込めば、極めて短時間の内に枝を再生することが出来るはずだ。

「(納得は行かない。でもこれは、私にしか出来ない役目だ…。だから、身勝手な大名のためにではなく、樹木の世界のために、あの枝を治そう。大好きなこの世界には、いつも美しくあってほしいし……。)」

 私はそう心に決め直すのであった…。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

――自分達で生み出した孤界が傷め付けられるのを見るのは、とても胸が詰まるものだよ…。
 神話の時代、造物主は、“意思ある者”たちが世界の在り方を変えて行くのを見て怒ったという。それが理由で多くの孤界を破壊した彼の傲慢を肯定するつもりは無いけれど、彼の痛みが今は少し分かる気がする…。なぜ、美しい世界を身勝手な欲望で汚すことが出来るのだろうか…とね。
 でも、それも含めて人の在り方なら、私はそんな人々を愛せる私でいたい。愛しつつ怒ることのできる私に成りたいと思うよ。


 それから、他の領域のことも、まとめて紹介するね。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 シダ植物の群生する緑地に、10mほどの大きな草食恐竜がゆっくりと姿を表す。
 大きな首をもたげ、草を食むその姿を、茂みから狙う無数の目がある。

 ザザッ、と音がしたかと思うと、3m弱ほどの小さな恐竜たちが現れて、一斉に草食恐竜に襲いかかる。巨体を数で押し切り、牙を突き立て抉り、表皮ごと肉を食い千切る。

 小恐竜たちが倒れた肉を食らっていると、やがて大きな足音が近づいてくる。
 音に気付き、顔を持ち上げる恐竜たち。

 その刹那。

 黒い影が飛び出し、10m以上もある巨大な肉食恐竜が現れる。

 散り逃げる小恐竜。

 だが、一瞬の隙に間合いを詰め、逃げ遅れた一体が巨大な顎の犠牲となる。

 口から生き血を滴らせ、肉を食らう大型肉食竜。それはまさに、“食らう側の強者”を体現した姿だ。


 ここは、アムルタート領域。その一角にある恐竜たちの群生地だ。
 ある理由でこの領域を訪れた私は、そこで正に弱肉強食の掟を目の当たりにしていた。本来、肉食動物の狩りの時間は極めて短い。その瞬間を目に出来ることは、極めて幸運だと言える。

「(一切の無駄なく今日を生きることのみに生きられる。動物達の生き方は、本当にその一瞬一瞬がまたとない生命のドラマだな…。)」

 それは、ただ生きていく以上のものを常に望む業深き人間には決して到達できない域だ。現にそう感じているこの“感心”自体が、彼等の生き方と比べれば遥かに無駄なものなのだろう…。
 私の信じ貫く生き方とは、また違った美しい生き方が確かにそこには存在する…。

 私がそんなことを考えていると、その場にいた生物たちが、虫も恐竜も全て、陸に空にバッと逃げ散る。あろうことか、あの巨大な肉食恐竜ですら、一目散に逃げ去ってしまう。

 いや、あろうことか…ではない。至極当然の帰結として、それは起こっているのだ。なぜなら、この辺り一帯の生態系の頂点は彼ではない。
 そう…、頂点に立つ強食の王は……

「グオオオンッ!!」

 咆哮を放ち、羽ばたく音を響かせ、赤い鱗を持った巨大な火龍が降臨する。その大きさは、ゆうに30mを超える。
 首を巡らせ、鼻をひくつかせ、そして火龍は私を見つけ、地を振るわす声を挙げる。

「気配を絶って隠れていたか。周到な事だな。小さき者。」

「彼等の生き方を邪魔したくなかったんだ…。私には出来ない透明な生き方をしているからね…。」

 だからフレアを周囲に同調させて一体化していた。この樹木の世界のフレアは、元は私のフレアだったのだ…。その気になれば、その位は造作もない。

「だって、そうしないと無用に周囲を騒がせてしまうんだ…。こうやってね…?」

 私はフレアの同調を解き、元ある力を解放させる……。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

――アムルタート領域へは、私の力を示しに行ったんだ。「龍達には権威よりも力で示せ」とディランからのアドバイスでね。
 一歩間違えればアムルタート領域に臣礼を取らせる行為に繋がるから、なるべく実力を振るいたくはなかったけど、いざという時の龍達への影響力を確かにするためには、トップである私自身が力を示す必要がどうしてもあったらしい。だから、新龍皇様にも目通りした上で、未だ彼女に伏さぬ龍の一頭と決闘をしに行ったんだ。
 結果かい…?聞くまでもないだろう……?

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 見渡す限りの銀色の地面。生い茂る金属の植物と、無数の機械の獣の群れ。グレズ領域は私の想像を絶するワンダーな世界だった…。

 ある理由で端末樹(ゴッド・ウッド)を目指す私は、例によって途中で少し寄り道をして、金属の森と機械の群の只中に居た。
 だって…、どうしても触れ合っておきたかったのだ。心ある調和を持った鋼の生命達に…。

 そして私は今、無数のメタビーストに囲まれている。サーベルタイガーを模したものから、類人猿のようなもの、果ては恐竜や翼竜の姿をしたものまで、数百を超える様々な姿形の機械の獣たちが私に視線を向けていた。
 同胞たちの姿に、上空で控えるキグナスもどことなく嬉しそうだ。

 キグナスによれば、野生のメタビーストの間には厳然とした生態系が存在していて、本来はこうして異種のメタビースト同士が寄り集まることはないらしい。おそらくは、私のフレアに引き寄せられてのことなのだろうと言う。

「キュルリリ…リィィ…ガッガッガッ…ガッ……」

 ふしぎな機械音を立てて、鋼の狼が私に近づき、すり寄って来る。その姿は、紛れもない命の気配に満ちていて…、そして可愛らしい…。

 その頭を私はそっと撫でてあげる。

 思えば、不思議なものだ。
 少し前まで、私達はこのグレズ達と剣を交えていた。私の場合、特にグレズのダスクフレアと戦うことが多く、グレズといえば一番の敵と認識される相手だったのだ。
 それが今は、こうして剣を介さずに向きあえて、手で触れあっていることが出来る…。その事実を、たまらなく奇跡的なものに思う……。

 

 機械の獣たちに別れを告げ、私は再びキグナスを駆る。

 金属の樹木の森が、眼下に広がる。銀色の枝が太陽の光を受けてキラキラと輝き、キグナスを下側から照らし出す。
 望遠モニター越しによく見ると、樹皮の表面に赤や緑のライトの筋が走っており、導管が水を吸い上げるように光を下から上に送っている。それは、金属の樹が確かに生きている証だ。

 

 しばし飛ぶと、金属樹の森が円形に開けた場所に出る。その中央にそびえる大きな樹…、それこそが端末樹だ。
 私は、この端末樹に、より正確にはそれに取り付いているアーチエンジェルに会いに来たのだ。

 銀色の平地にキグナスを降ろし、私は端末樹へと歩み寄っていく。
 その幹から上半身だけをのぞかせ、アーチエンジェルが出迎える。

「何をしに来た…?セシリア=ベルモント。貴様も俺も暇ではないはずだ…。」

 相変わらずぶっきらぼうだが、言葉の裏は優しい。私は笑顔で返す。

「ちょっとね…。挨拶に来たんだ。君の大切なものをずっと預かりっぱなしだから…。」

 そう言って私は、端末樹の枝ぶりを見渡す。

 今までに見たどの機械樹よりも大きなその樹は、逞しい幹に広い枝を広げ、根元に立つ者に不思議な安心感を与える…。
 樹皮に走る赤や緑の信号。それらが向かう枝の先には、幾つかの小さな実が生っている。小さな実は、数秒おきに金色の光を瞬かせ、小さくとも確かな存在感を示している。やがて、これらのひとつひとつがグレズコアに成るのだ。

 命の鼓動に、しばし目が釘付けになる…。

「きれいな実…。きちんと育っているんだね…。良かった…。」

「要件を続けろ…。言ったはずだ…、始終幹に埋まり通しでも、俺は暇ではない……。」

 今しばらく鋼の命の奇跡に浸っていたかったが、RNSというものの管理に実際忙しいであろう彼のため、早めに要件を伝えることにする。

「クリスタルレディとの子だよね…?おめでとう。」

「いつも彼女には助けられているよ。ずっとこちらで預かってしまってごめんね…。出来るだけ頻繁にここに帰って来られるよう心掛けるから、どうかこれからも彼女を預かることを許してほしい。そのことを、君に直接会って伝えておきたかったんだ…。」

 ずっと心に引っかかっていたけじめを、感謝も添えて私は着ける。

「そんなことのために わざわざ…、か…。酔狂な……。」

 答えて彼はそっぽを向く。それは照れ隠しの仕草にも見える。

 それを返礼の言葉と受け取った私は、彼に一礼を返し、そしてそのまま大樹の下を後にする…。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

――クリスタルレディにはいつも色々と相談にのってもらっているんだ。人であった頃はオリジンの貴族令嬢であったということもあって、プライベートでも楽しくお喋りしてる。今では私の一番の親友だ。
 だから、どうしてもきちんと筋を通しておきたかったんだ…。


 それぞれの領域の話はこのくらいかな。まだ話に出していない領域も沢山あるけど、フォーリナー領域やコラプサー領域には私でも入れないし、ネフィリム領域・暁帝国領域・パンデモニウム領域には未だ行ったことがないんだ。
 でも、どこも素晴らしい世界だと聞いているよ。勿論、全く不満のない世界でもないわけだけど…。

 それでもやっぱり、私はこの孤界のことを素晴らしく思う。幾つかの領域を実際にこの目で見てみて、あらためてキミと私が成し遂げた使命の大きさを実感できたよ…。今はそれを心から誇らしく思うんだ……。
 


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最終更新:2011年06月25日 22:39