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◇セシリアの出産:

――最後にひとつ…、いちばん大切な報告があるんだ。

 今、私のお腹の中には、キミの赤ちゃんがいる。

 妊娠三カ月だって。私がこの世界に来てから二カ月、三千世界と新世界の間に次元の門が空いていた移住受け入れ期間が一カ月だったから、それより前の、まだ私達が使命を抱えていた頃にできた子供だね。

 キミの子供が私の中にいると分かって、すごく嬉しかったよ。

 キミが居なくなってから、本当を言うと私は凄く寂しかった…。周りにはディランやクリスタルレディたち仲間がいる。お城にも沢山の従者いるし、新世界に住まう人々は全てが愛おしい。
 でも、忙しい一日が終わって床に着く時、私は一人になってしまう…。そこにキミがいないという“欠け”をまざまざと感じさせられていたんだ……。

 そんな寂しさを、お腹の中に芽生えた小さな命が…、私達の子供が打ち消してくれた。だから、まだ生まれてきていないこの子に、私は既に感謝している。
 だから絶対、丈夫な子に産んでみせるよ…。

 この子は父親を知らない子として生まれてくるけど、でも絶対に自分が葉桜銀仗の子供だということを誇れる子に育ててみせる。

 その事実と決意の報告が、私が一番キミに伝えたい事…。

 だからこの手紙を、使命を終え地球に帰還しようとしているフォーリナーの子に持っていってもらうことにする。地球に帰りついたら、キミを探し出して渡してもら

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「…なんてね……。」

 セシリアはそこで筆を止める。

「(やっぱり、渡せないな…。これは。)」

 そう思い、九割九部まで書きあげた手紙を綺麗に折りたたんで、机の引き出しに仕舞おうとする…。

 そこへふらりと、クリスタルレディが入って来る。

「…! どうしたんだい…?クリスタルレディ」

「あはは、ゴメンね。なぁに、許可なしに私邸まで入って来るのは御法度と知ってるけど、たまにはアンタの寝酒にでも付き合ってやろうかと思ってさ。……何してるんだい?」

 引き出しにしまいかけていた手紙を目にし、クリスタルレディが疑問の声を挙げる。

「ううん。なんでもないんだ。」

 殊更に何でもない風を取り繕うセシル。けれども心ある調和の中に生きるクリスタルレディの“女の直感”は、それを見逃さなかった。

「見せてみな、その紙…。」

 言うが早いか、セシリアの返事を待たず手紙を取りあげ、目を通す…。

「ふうん…、アイツに手紙…ね。で、どうして最後まで来て筆を止めちまったんだい?」

「う…ん。やっぱり、出すのをやめようと思って…。」

 問いに返したセシリアの言葉は、彼女に無く言い淀んだものであった。

「この手紙をフォーリナーの子に渡したとして、本当にギンの下に届いてしまったら、この手紙はきっと彼を縛ることになる…。もう此方へ渡る手段は無いのに、こちらへ来たい…、来なければならないという届かぬ想いをあの子に抱かせてしまうことになる…。それはやりたくないな…って思うんだ……。」

「ふぅん…。」

 その言葉を聞いて、クリスタルレディはしばし思案に暮れるような風を見せたあと、唐突にニコニコとした笑顔になって、セシリアの方に詰め寄る。

「ねえ、セシリア…?」

「? 何だい…?」

 バシッと、渇いた音が室内に響く。

「何馬鹿なこと言ってんだい!彼を縛りたくない?アンタ、アイツにこの手紙のこと伝えたいんだろ?自分のお腹の中の赤ん坊のこと、アイツに報告したいんだろ?なら、出しゃ良いじゃないか!!」

「でも…。」

「でもじゃないよ!アンタ、いつもそうやって自分の辛さや寂しさを自分の中に押し留めて、それで何を掴んできたって言うんだい?それで掴んだのは、愛する男に去って行かれたっていう結果だけじゃないか!!」

 もの凄い剣幕でまくし立てるクリスタルレディ。澄んだ水晶の瞳に、本気の怒りが宿る。

「それなのに、アイツのことを縛りたくないだって?アイツは、一度はアンタと肌を重ねながら、誰に強制された訳でもなく自分の理由で勝手に帰って行ったんだ。体だけ弄んで植えるだけ植えて逃げてった最低の野郎じゃないかっ!!」

「彼の事は悪く言って欲しくない…。」

「本気でそれを言えるアンタだから、アタシは見てて歯痒くて仕方ないんだよ!!!」

 クリスタルレディの目から水晶の涙が零れ落ちる。

「クリスタルレディ…。」

「あの時アンタがやるべきだったことはね、物分かりの良いこと言ってないで、必死でアイツを引き止めることだったんだ!「捨てないで!」って泣きついて、みっともなくても、無理矢理でも、とにかく傍に引き留めておくことだったんだ!!」

 水晶の涙が、堰を切って溢れる。

「今だってそうさ。アンタがすべきことは、「縛りたくない」なんて言って手紙を引き出しに仕舞うことじゃない。「ずっと寂しかった」っていうこと、「あなたの子供がお腹にいるんだ」っていうこと、そのことを素直に伝えることじゃないか!それでアイツが後悔したり縛られたりしたって自業自得じゃないか。むしろ、そこで困らせて仕返ししてやるって考えるくらいの方が、よっぽどか人間らしい感情だよっ!!」

 感情ノイズの暴発。かつてのグレズであれば真っ先に消去(デリート)の対象となる状態に彼女は陥っていた…。
 それは、彼女が女友達を想う、偽りのない友情の証だ……。

「ねえ…、クリスタルレディ…。」

 静かな口調でセシリアは言葉を紡ぐ。

「私だって、ギンに捨てられたって思ったこと、全く無かった訳じゃないよ…?」

 それは、クリスタルレディがセシリアに対して持つ認識からすれば意外な言葉であった。
 やや伏し目がちに彼女は続ける。

「ギンに別れを告げられた時、「裏切られた」って思う気持ちも、「捨てないで!」って思う気持ちも、過分にあった…。でもね……」

 床のずっと先を見ていた視線が、在るべき所に定まる。

「それでも、彼を止めたくなかった…。止められなかった。だって彼は、自分の意志とは関係なしにオリジンに来て、望んだわけでもない使命を背負わされて、ずっと故郷から離れていたんだよ…?その彼が故郷を求めた時、「これは止められないな」って思ったんだ。それに…」

 目線を上げ、正面から合わせる。

「故郷に帰って それで彼が幸せに暮らせるなら、それで良いなって。心からそう思えたんだ。」

 言葉と同時に、自然な笑みがこぼれる。

「彼が故郷に帰って元の平穏な暮らしをしている姿を思い浮かべたら、それでなんだか私まで温かい気持ちになれて、素直に送り出してあげたくなったんだ…。だから、私はあの時 彼を引き止めることは出来なかったし、引き止める気にも成らなかった。そして、今でもそれで良かったと思っているんだよ。」

 柔らかな口調で、屈託なく笑って、彼女は言う。

「若い子だし、きっといつかは私のことを忘れて、他のもっと年の近い娘のことを好きになっちゃうんだろうな…って、そう思いもした。それでたまらなく悲しくもあったし恨めしくも思ったけど、それでもやっぱり あの子に幸せでいてほしいんだよ…。幸せでいてくれるならそれで良いやって、そう思えるんだ…。」

 潤む瞳が水晶の淑女よりもなお透き通る。

「やっぱり私は、心の底からギンのことが好きなんだよ。」

 言葉にフレアが溢れる。

「どうしようもなく、好きなんだ…。だから、心の中に決して小さくないわだかまりがあったとしても、それをやせ我慢してでも彼を送り出せてしまう。だって…、別れの痛みや捨てられた憤りよりも、彼が幸せでいてくれることの喜びの方がずっと大きいんだよ…?だからやせ我慢も出来てしまう。それくらいどうしようもなく、彼のことが好き……。」

 彼女の心からの笑いに、水晶もつられて泣き笑う。

「まったく。バカだね…、アンタは……。」

「光翼騎士だからね。護るために痛みに耐えることは慣れっこなんだ。」

 言って茶化し、そして再び口調をあらためる。

「きっとね…、痛みも憤りも在って良いものなんだよ。だって、女が一生かけて愛せる男性(ひと)に捨てられたんだよ?それで悲しくも恨めしくも思わないなら、女を辞めた方が良い。」

 大切なものを包み込むように彼女は自身の黒き心に触れる。

「そうした心は、抱いていてとても狂おしいものだ。自らを内側から焼け焦がし、時にダスクフレアに堕ちてしまうほどに強烈なものだ…。でも……」

 触れて底に光る核を掬う。

「それってつまり、私がギンのことを本当に好きだって証拠じゃないか。」

 核の光が黒に優しい色合いを与える。

「だから私は、痛みや憤りや悲しみや恨みにさえ感謝している…。ギンがいなくなった虚はとても大きいけど、その虚自体が私の変わらぬ気持の証左であり、私と彼を繋ぐパスなんだ…。だから私は、いつまでも変わることなくギンがいなくなった寂しさを胸に抱いていたいんだ……。」

 優しい黒が彼女に自然な笑みを運ぶ。

「女がひとりでいることを不幸だという人もいる。失われた繋がりにいつまでも捉われず新しい幸せを探すべきだという人もいる。でも、私はそうは思わない。彼がいない寂しさを胸に抱き、彼を遠く想っている限り、私は女でいられる。隣立つ男性(ひと)がいなくても、想い続ける限り私は女として幸せなんだよ。」

 笑みの素直さが水晶の頬から涙を拭う。

「だから私は、彼が子供を残してくれていった喜びにも、彼がいなくなってしまった寂しさにも、その全てに感謝している。全てに感謝して、全てを愛している…。だからもし、ギンに手紙で何かを伝えるとしたら、私はその感謝の気持ちを伝えたい……。そう…、それがいま一番に手紙に書きたいことなんだ……。」

 水晶の涙が消えた頃、はじめてセシリアが気持ちに気付く。そして顔を輝かせ、目の前の相手に頼む。

「ねえ、クリスタルレディ。その手紙、返してもらえないかな?やっぱり私は、それを彼に届けたい。」

 水晶の淑女は破顔して親友の頼みに応えた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

――けれども結局、こうして手紙の続きを書くのは、それからずっと時間が空いてからになってしまった…。ちょうどその頃から、樹木の世界(ウッドワールド)も慌ただしくなりはじめて、手紙を書く暇もなかなか取れなくなってしまったんだ。

 それに、キミに伝えなければならない大切なことが、またひとつ増えてしまった。だからなおのこと筆を取るのが遅くなってしまったんだ……。どうか許してほしい。

 それから、勿体つけずに伝えるね。その、大切なこと…。

 そう…、産まれたんだ。私と、キミの子供が。
 それも、二人も。

 そう。赤ちゃんは双子だったんだ。とても可愛らしい、男の子と女の子だよ。

 名前ももう着けて在る。男の子は弟の銀月(ぎんが)。女の子は姉の桜花(おうか)。
 キミの姓名と、それから私の大切な友達であるフォーリナーの女の子の姓名とから一文字ずつ取って着けた名前なんだ。

 この子達、驚くべきことにコロナを持って生れて来たんだよ。
 銀月は聖戦士(ディバイン)の、桜花は光翼騎士(ブライトルーク)のコロナを持っている。銀月に至っては、マーキュリーまで生まれながらに手にしていたんだよ。

 きっとこの子達にも、ダスクフレアとの過酷な戦いの使命が待っている…。その戦いにこの子達を送り出すのは辛いけど、でも避けられない定めだからこそ、精一杯鍛え上げて運命に負けない強い子たちに育ててみせるよ。

 それがこの手紙での、最後の報告。

 

 ああ、ごめん。最後にひとつ大切なことを忘れるところだった…。

 

 愛しているよ、ギン。

 

新世歴2年7月 セント・アゴラより地球へ 
セシリア=ベルモント

 


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最終更新:2011年06月25日 22:59