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 愛する、セシリア=ベルモントへ。
 僕が地球に戻ってきてから、1年が経とうとしています。
 あなたは今、どこで、何をしているでしょうか。
 僕は―――

 地球に帰って来た時、最初に思ったのは「ここが本当に地球かどうか」でした。
 だって、もしかしたらネフィリムのどこかである可能性はまだあったから。僕が見たネフィリムの光景にはそういったところはなかったけど、それに近しい物は十分ありえたから。
 でも、僕が本当に地球に戻ってきたと確信したことは、常に、――セシリアと共にあった――マーキュリーが無くなっていたから。
 他にも、色々な物が無くなっていた。あの世界で身につけた、ほんの少しの魔法。あなたと共に身体に刻んだ、ほんの少しの技術。あなたと共に買った、お揃いの指輪。
 残っていた物は、心に刻まれたあの想いだけ……

 最初にしたことは、家に帰ること。
 あまりに長い間歩いていなかった、慣れ親しんだ道をひたすら走る。家に帰って、表札を見て、「葉桜」と書かれていて。
 戸を開けて、叫びたかった。父さんと母さんに会いたかった。
 でもそれは叶わなかった。何故かって? 単純な理由。ドアにはカギが掛かっていたし、父さんも母さんも既に仕事に行っていなかったから。
 ……そこまで来てようやく時計を見たんだ。僕がオリジンに行ってから、どれくらいの時間が経っていたか。
 僕は驚いたよ。旅立ってから、ほとんど時間は経っていなかった。まだ世間では、学校に行く時間、仕事に行く時間。誰も、僕が居なくなっていたことにも気付かないほどに世界は動きまわっていた時間だったんだ。
 それに気付いた時、――「ああ、どこまでいっても地球人、日本人なんだな」って後で思ったけど――急いで学校に向かった。授業に遅れる! と思ってね。
 どんなに離れた場所でも、キミと一緒なら一瞬で行けた。二人のマーキュリーの力の行使によって、どんな空間でも一瞬で越えられた。
 けれど、今はそれができない。左手の紋章の力も失われ、オレには人並みの力しか残ってなかったんだ。
 なりふり構わず駆け出し、高校に着いた時には時間が過ぎていて、校門に生徒指導の先生が立ってたんだ。
 遅刻はしたことないけれど、ギリギリで来ることは良くあったからさ。「今日は遅刻したな、いつもギリギリに来るなとあれほど……」と、愚痴愚痴と言われちゃって。
 でも、怒られることに別に不快感とか、嫌気は感じなかった。オリジンに行く前だったら、「細かいことで」とか「それを言ってる時間があれば、先に行った方がいい」とか思っていたんだと思う。
 けれど、キミに教えられたいろいろなこと。キミと共に得た数々の時間。
 その経験が、先生の想いを理解させてくれる。
 ……小さいことだって、笑うかい? けど、それが最初に思った、あの経験が本物だったということなんだ。

 学校であったこと、全てが懐かしく思えた。友人、教師。教室、教材。風景、場景。
 けれど、みんなはオレのことは昨日と同じだと思っているから、別に対応を変えたりはしない。
 変わっているのはオレの方。あまりに懐かしい雰囲気に、涙が流れるオレを見て、みんな変な顔をしていた。
 どうしたの? と聞かれたけれど……答えることはできなかった。

 下校の時間になり、家に帰る。本当の意味で、オレは家に帰ってきた。
「ただいま」
 毎日言ってきた、何てことのない言葉。この言葉を絞り出すことに、どれだけの想いを馳せたか。
「おかえり」
 毎日言われてきた、何てことのない言葉。……この言葉を聞いて、どれだけの想いが溢れてきたことか。
 玄関前で立ち尽くすオレに、母さんは何事かと顔を出してきて。
「……ただいま」
 帰ってくるなり母親を抱きしめる息子を、母さんはどう思っただろうか。
 もちろん、何があったかなんて、言えるわけがない。息子が異世界に旅立って、そこで数月の歳月を重ね、世界を救い、世界を新たに作り出しただなんて。信じられることはないだろう。
 けれど、母さんの言った言葉。これが、オレに紡がれた記憶を、あのことが全て実際に起きていた事だと決定づけさせる言葉だった。
「あんた、背が伸びた?」

 日常生活は行く前と何も変わらず、オレの周りは何も変わっていない。けれど、オレは確かに変わった。
 九つの世界を跨いだ、一つの世界を紡いだあの思い出を、忘れることはないだろう。何も、思い残すことも、

 ……そんなはずはない。あの時はこの選択を選んだ。けどもしもう一つの選択を選んでいたら。
 同じようなことを考えていたんだろうか。

 あの時に、二人で行った事。それがどういうことを起こすのかはよくわかっている。
 こちらとの時間の流れがどうなっているのかは分からないけど、もしかしたら。そんなことを考えて。
 オレの少ない貯金を使って、ある一つの物を作ったんだ。オレと、キミとの二人分。
 ……そういえば、あの冒険では、キミに金銭面でもおんぶにだっこだった。ちょっと、恥ずかしいな。
 あの時に買った、お揃いの指輪。この世界に戻ってきて、似たようなものを作れるのはこれだけっていうのもあったけど。
 二人で共に交わした誓いと、永遠に続く想いを胸に。



遠く、果てなき世界の君へ。
届くかどうかは分からない。けれど、繋がりあっていることを。

愛してる。セシリア=ベルモント。

異界の勇者、願い紡ぎの剣  葉桜 銀仗
最終更新:2011年06月29日 22:42