遠い世界の愛しい人へ…。
私は、確かに受け取ったよ……。
なぜ、私が“それ”に興味を持ったのか、理由は分からない。ただ、外交視察で他の領域に出向したとき、気分転換に外に出て、ふと、“それ”を見つけたんだ。
“それ”は、つるつるした触感の模様のある“石”。とくに何の変哲もない、“路傍の石”だ。面白味も何もない。
でも、私は“それ”がなんとなく心に引っ掛かったんだ。
ちょっと四角っぽくて、「なんとなくオルゴールみたいだな」って思った。
でも、ただそれだけの“石”。
なのに私は、それを持って帰ってきてしまった…。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あら?なんです、“それ”?お母様。」
夕食の後、かたづけものも終わって、一人食卓で“石”を手に眺めていた私を、愛娘の桜花が呼び止める。
視線を斜め下に向ければ、いつもと変わらぬ愛らしい両の眼が私の目を覗き込んでいた。
「ああ…?これ?“石”だよ。」
「“石”…ですか…??」
あまりに取りとめのない私の回答に、桜花が目をまん丸くさせる。まあ、無理もないだろう。自分でも、何故に夕食後のひと時に食卓でひとり“石”を撫でているのか、理由が分からないのだ。
「特に、珍しいものでもなんでもない、ただの“石”のようですけど、何か貴重なものなんですか?特別な謂れがあるとか、何かの魔力を持っているだとか…。」
「いや…?ないんじゃないかな……?でも、なんとなく気に入ったんだ。そういうことってあるだろう…?」
「確かに、銀月(ぎんが)なんかは、そうやってたまに、つまらない道端の石とか拾ってきますけど…。形が蛙に似てたとか、そんな理由で…。」
「そうそう。私もそんなようなものだよ。ほら、ごらんよ。この“石”、なんとなくオルゴールみたいじゃないか…?」
「そう言われて見れば、自然の“石”にしては、形も四角いですし、ここのあたりの模様の入り具合なんか、オルゴールの蓋と底の合わせ目みたいですけど…。」
「だろう…?こうやって耳をあてると、何か綺麗なメロディが聞こえてきそうじゃないか…。」
そうやって、私は“石”に耳をあてる。
それは、特に深い意味もない。子供を相手のささいな空想遊びのつもりだった…。
けれども……。
“それ”は聞こえてきたんだ…。私の耳に。桜花の耳に。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それは…、点のメッセンジャー。線の手紙。
ずっと、手の届くはずがないと思っていた、遠き世界からの小さな奇跡…。
最初の件を聞いたとき、私は既に泣いていた…。
“キミ”が幾億の想いを馳せてたどり着いた、何てことのない言葉。それを聞いたとき、私は心から「良かったね」って思えた…。
それから、知った、“キミ”の中の小さな後悔……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
最後の“届け手”からのメッセージの後、雑音を残して“石”は砕け散った…。
自らの使命を全うしたかのように…。
無言のまま涙滂沱させる私を、愛娘が心配そうな眼差しで覗きあげてくる。
「大丈夫ですか…?お母様…?」
娘の声に、私は涙で声を震わせたまま、それでも微笑(えがお)を送って返す。
「うん…。大丈夫だよ……。ありがとう。」
なおも心配そうにする娘の頭を、私は両の手でクシャクシャに撫でつける。
「さっ、もう寝よっか…?夜更かししてると、大きくなれないよ…?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
娘と息子を寝かしつけ、私は私邸のバルコニーに出る。
空の上の蒼天城からは、満点の星空が視界いっぱいに見渡せる。
その空に向かい、私はひとり語る…。
「ねえ、ギン…。確かに受け取ったよ…、キミの想い…。」
「手紙を書いたのに、燃やしてしまって…。やっぱり出すのを躊躇ったのかい…?変な所だけ気が合うね…。でも、あんなに強い想いを向けて……。出さずにおこうとしたところで、想い(フレア)の奇跡は放っておかないよ…?」
造物主さえ越え得ぬはずの壁を越えた奇跡。その想いの力を、私は今まさにこの胸に実感している。
「私はね…、キミをあの時送り出したことに、後悔なんてしたことないって、ずっと思ってきた…。」
「それは確かに嘘じゃない。キミが故郷の孤界(スフィア)に帰って、生まれた土地で、産み育ててくれたご両親とともに居る。それを想像するだけで温かい気持ちになれた…。」
「でも……」
「やっぱり、後悔していたんだよ…。」
「痛くても、幸せだと思っていたけど、幸せでも、後悔していた…。」
「でも、ずっとそれを認めるのが怖かったんだ…。それを認めてしまえば、あの時の選択が“誤り”だったことになってしまうから…。」
「だから、ずっと後悔なんかしていないって思うようにしていた…。」
「でも…、今日、キミのメッセージを受け取って…、キミの中の小さな後悔を知って、やっとそれを認める勇気が持てたよ…。」
「キミも…、私も…、後悔していて良いんだ…。それでも、私たちは、お互いの信じた道を進んでいるのだから…。だから、ちょっぴり後悔しながら、胸をはって前に進んでいこう……。」
「一緒に後悔してくれるキミがいてくれたから、私は後悔を受け入れられる…。やっぱりキミは、『願い紡ぎの勇者』だよ…。」
私は両の眼を群青の空の星に向ける。
その先の、ずっと先にある世界を見つめて…。
「私はね…、この後悔を、ずっと大切に抱いて生きていくよ。」
「だって、この後悔は、さらなる力となるから…。」
胸に手を当て、歌い上げるように言う。
「手放してしまった後悔は、会いたいという気持ちに変わる…。」
「キミの選んだキミの人生のために…、私の選んだ私の世界のために…、その気持ちを、実現させることは願わないけど……」
「だから私は、会いたいという気持ちを、伝えたいという願いに変える…。」
「本当はね…、分かっていたんだ…。キミに会いに地球へ行くことだって、原理上はできる。キミの因子を継いだ銀月のマーキュリーと、私の本気の願いがあれば、樹木の世界(このせかい)と地球との間に、次元のトンネルを作ることくらいはできるんだ…。」
「でも、私はそれを本気で願わなかった…。」
「それをすれば、私のその我儘が、キミの選んだ人生を壊してしまうから…。それをすれば、私の空けた次元の穴が、私の選んだこの世界を壊してしまうから…。」
「だから願わなかった…。だから叶わなかった…。ずっと気付いていたけど、気づかない“フリ”をしていた…。」
「でも、私はそれを止めるよ…。答えは、キミが教えてくれた…。」
「私は、キミに会いたいと願うのではなく、キミを愛していると想い続けるんだ…。」
「そして、その想いを伝えたいと願い続ける…。」
「あの”届け手”が言っていた。点と点は線で繋がっているって…。」
「もし、今日ここで起きた奇跡が、その“線”の繋がりによるものなら、私とキミという二つが、ピッタリと重なる“点”は、ひとつしかない。」
「それは、キミが教えてくれた、命ある限り永遠に想い続けるということ…。」
「互いの選んだ道は違っても、互いの生きる世界の次元は異なっても、その“点”だけはきっと重なる。」
「縦の“線”と、横の“線”は、決して同じ道を共に行くことはできないけれど…、だけど、ある“点”をもって重なり合うことができるんだ。」
「そうして、迷いある人間が、互いの選んだ縦の次元と横の次元を、ああでもないこうでもないと、右往左往しながら進んでいくと、その最中の“点”と“点”で二つの次元の“線”は交じり合って、やがて大きな“面”を織り上げていく。」
「私の選んだ糸は、きっと縦糸で、キミの選んだ糸は横糸で、もう、同じ方向に進むことはないけれど、決して並び立たない異なる次元の世界の中で、私たちは確かに物語を織り上げていくだろう…。」
「並べなくても、交われるんだ。織り上げられるんだ。」
「そして、その交わる“点”とは、想うこと…。」
「私がキミを想う限り、キミが私を想う限り、その想いは異なる二つの次元をもってなお、ピッタリと重なり合う…。」
「キミが改めて、変わらぬ想いを示してくれた…。」
「だから私も改めて、変わらぬ想いをキミに示すよ…。」
「その想いがある限り、縦糸と横糸の接点は必ずまた生まれる。」
「それは、ほんの一瞬一瞬の出来事だろうけど、それでもそこに交わりはある…。」
「一度起こした奇跡なんだ…。二度だって三度だって起こしてみせるさ……!」
力強いフレアが私の胸の内から溢れてくる。
それは、私の心(コロナ)の色を示す青色で、
その芯の部分は、心(コロナ)の源をしめすように、ほんのりと金色がかっている。
「キミが居なくて、すごく寂しいよ…。」
「でも、私はこの“寂しさ”にすごく感謝している…。」
「寂しさは喪失の証で、喪失は渇望の証だ…。寂しさがある限り、私はキミを求めている…。」
「寂しさがある限り、私はキミを愛している…。」
「だから歌うよ……。」
「後悔を、会いたいという気持ちに変え、会いたいという気持ちを、伝えたいという願いに変え、その願いを歌という形に変える。」
「そして、寂しさを愛に変え、愛を伝えるべく全力で歌う。」
「今までは、ただ寂しさに流されるままに、自分を慰めるために歌ってきたけど…、今からは、この寂しさを愛に変えて、キミに伝えるために歌っていくよ…。」
「だから、キミの居ない“寂しさ”よ、其ればかりはこの胸から去らないでおくれ…。」
「寂しさがある限り、私はキミを想える。キミを想える限り、私たちは次元を跨いで交じり合える。」
「だから私は、“寂しさ”を愛す。」
「本当に、愛しているよ…ギン……。」
「いつまでも、変わることなく。この命ある限り、いつまでも…。」
「次元を越え、いつか再び“点”を交われ…。」
「“面”を織り上げる、二線のキミと私よ……。」
-end-