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「桜花、キミに天律を告げる。」

 謁見の間で、お母様は突然そう仰いました。

 その日、私は、初めてお母様からの呼び出しで謁見の間を訪れました。私は今まで、謁見に訪れた方達を迎える側としてお母様の隣で謁見の間に立ったことはありましたが、このように、お母様に謁見を賜る側として入って来たのは初めてのことでした。
 樹木の世界(ウッドワールド)の中心として見(まみ)えたお母様は、『孤産みの母(スフィアうみのはは)』の威厳に満ちていて、相対したとき、思わず怯んで平伏してしまいました。

 そのお母様が、はじめに口にされたお言葉が、冒頭の一言だったのです。

 片膝をついた姿勢のまま、私は思わず面を上げ、聞き返します。

「天律…で、ございますか……?主上。」

「ああ…。そうだよ。…と、言っても、実はそれほど明確な情報ではない…。ただ、朧な“兆し”に過ぎないのだけれど…。」

 そう仰ってから、一度言葉を濁し、それから十分に溜めて、お母様は続く言葉を仰いました。

「コラプサーの方々から、秘かに私に知らせがあってね…。桜花…、キミにダスクフレアとの戦いの定めが訪れようとしている。」

「…!!ダスクフレアとの戦いが!……で、ございますか?」

 私は、予想外の難事の知らせに思わず語気を荒げてしまい、それから慌てて修正しました。

「うん。それが“いつ”“どこで”“どんな敵と”なのかは分からない。ただ、キミの因果の糸の一端に強大な闇が絡んでいる。そうとしか掴めないんだそうだ…。だから今は、やがて不可避な宿命の戦いが来る…としか教えられない……。」

「ダスクフレアとの戦いが、とうとう私にも来るのね……。」

 不安と緊張から、思わずひとり口走る。
 ……いけない。今、お母様は『私達のお母様』ではなく、『孤界産みの母』として接しているんだから、例え親子でも互いの領分を弁えた振る舞いをしないといけない。そう、教わってきたんだもの…。

 そんな私の心の中を見透かしたかのように、お母様は厳かな口調を保ったまま、でも、顔には勇気付けるような“お母様”の笑顔を乗せて、続くお言葉を仰いました。

「なに…、そう構えることはないさ…。キミはもう既にダスクフレアとの死闘を制して、立派に初陣を飾っている。だから今度の戦いも、その時の経験をもって、これまで通り油断なく挑んでくれれば良いんだ。」

「でも…、私は何故だかこの前の戦いの記憶を大分忘れてしまっておりまして…。だからこれが、あらためて私の初陣です…!」

「そうか…そうだったね…。」

 お母様は一瞬だけ悲しそうな心配そうな複雑な顔をして、それからまた柔かな笑顔に戻って仰いました。

「でも、大丈夫だよ…。例え覚えていなくても、キミは確かにダスクフレアを打ち破っている。キミの体にはダスクとの死闘を制した経験が刻まれている。だから、大丈夫さ…。」

 “キミは私の娘なんだから…。”

 心の中でお母様がそう付け加えるのを、私は確かに聞きました。

「それから…、キミの運命の糸に絡みついているその闇には、ヴァルトの運命の糸も絡み合っているらしいんだ…。だから、もしかしたら、このあいだ彼と共に戦った彼の仲間達も、この宿命に関わってくるのかも知れない…。すべては推測でしかないのだけれど…。ただね……」

 一度言葉を切り、真摯な眼差しで覗きこんでくるお母様。続く言葉が、重く…そして優しく告げられる。

「もし、本当にキミがヴァルト達と轡を並べて戦うことに成ったのなら…、その時には彼等にキミの力を貸してあげてほしい…。キミには…、キミにしかない力、キミにしか果たせない役割があるんだから…。」

「私にしかない力…、私にしか果たせない役割…でございますか……?でも、もし本当にヴァルトと一緒に戦うことになるなら、ヴァルトの方がずっと光翼騎士として優れておりますけれど……?ヴァルトは古き龍で、だから強くて、何でも知っていて、私なんかが助けられることなんて……」

 だって、ヴァルトは大人じゃない…?私が知っていること、身に着けた技術は、みんな大人から習ったことなんだから…、だから私がヴァルトに手助けできることなんてないよ…?お母様…。

 戸惑う心で思わず疑問の声を挙げた私に、お母様はにっこりと微笑(わら)い、そしてこの上もなく優しい顔で私を覗き込んで言う。

「何でも知っている…か。確かに、キミが知っている知識、持っている技術は、全て周囲の大人から教わったものだ…。だから、大人はたくさんのことを知っていて、とても強くて、だからキミが大人に手助けできることなんて何もない…。そう思っているのかい…?」

「ええ、そうです。だって…、大人は何時でも正しくて、何でも知っていて、私の知っていることは全部大人が教えてくれたんだもの。」

 あまりに戸惑って、つい口調を崩してしまう私。でも、当たり前のことを言っただけなのに、お母様は何故だかとっても朗らかに微笑(わら)って、そして私にこう言う。

「確かに、知識で言えばキミが大人に教えられることなんて何もないかもしれない。技術で言えばキミが持っているものは、みんな大人は持っているかもしれない。でもね…、私達大人は、キミ達子供から、いつもたくさんのことを教わっているんだよ…?」

「私達子供から…ですか……?」

 訳が分からずに聞き返す私に、お母様は心から優しく微笑んで返してくれる。

「うん。そうだよ…。私達大人は、いつもキミ達子供に育てられている。そういう…ものなんだ……。」

 そして玉座から降り、私に近づいて、それから私の手を取って、ゆっくりと言葉を続ける。

「良いかい…?桜花。キミの素敵な所は、素直で真っ直ぐな心と、人の気持ちを汲み取れる感受性だよ。感受性…分かるよね…?」

「え…、ええ。『外界の印象を受け入れる能力。ものを感じ取る力。感性。』ですよね…?」

 答える私に、お母様はとっても微笑ましそうな笑顔を向けて返してくれる。

「うん。そうだよ。だからね…、桜花は、その素直な目で世界を見て、その時その時の気持ちを感じて、そしてそれをヴァルトや周囲の大人に伝えてほしいんだ…。」

「素直な目で樹木の世界を見る…ですか…??」

「うん。そう。キミには、やがて訪れるだろうダスクフレアとの宿命の中で、美しいものを見れば慈しみ、理不尽に苦しむ人々を見れば悲しみ、許し難い悪を見れば怒ってほしい。そして、そのひとつひとつの気持ちを大人達に伝えてほしいんだ…。それがきっと、彼らに道を教えることになるから……。」

「そんな当たり前のことがですか…?」

「うん。そうなんだよ…。大人って言うのはね…、ひねくれていて、なかなか素直な目で世の中を見られないものなんだ…。自分の大切なものを大切にするあまり、他人の大切なものが見えない人もいる。自分が間違っていると分かっているのに、自分の間違いを正せない人もいる。けれども、そんなひねくれてしまった大人の目を覚まさせてくれるのは、いつだって子供の素直な目なんだよ…。私達は、いつもそれに大切なことを教えられている……。」

「私達の見たこと、言ったことが、大人に…?」

「うん。大切なことを素直に大切だと言うことは、とても大切なことなんだ…。そして、それを言うことはね…、ひねくれてしまった大人より、素直な目で世界を見られるキミ達の方が、よっぽど上手なんだ。だからキミは、その素直な目で世界を見て、キミの感じたことを大人達に伝えてほしい…。それが、キミにしかできない、キミの役割だよ…。」

 そうしてお母様は、クシャクシャと優しく私の頭を撫でてくれる。

「キミ達子供から見れば、大人はずっと賢くて強くて自信に満ち溢れているように見えるかもしれない。でも、本当はずっと愚かで弱くて揺らいでいるものなんだよ…。だからいつも、誰かの教えを必要としているんだ…。」

「大人が…教えを…?」

「うん。誰でもそうなんだ。大人でも、子供でも、本当は誰だって、未熟なところばっかで、知らないことばっかで、絶えず誰かの教えを必要としているんだ。だから母さんも、セント・アゴラの使者を送り出すとき、誰かが母さんを頼ってきたとき、母さんに出来る限りのことを伝えるようにしている…。だから桜花にも、桜花に出来る限りのことを伝えるようにしてほしいんだ…。」

「いつもお母様がしている役割を…、私が…?」

「うん。多分、キミの運命の先にある闇には、私は関われない。キミを護ってあげることも、キミの仲間を手助けすることもできない…。だから、もし、その宿命の中で、キミの周りの大人達が悩み、大切なものを見失いそうになっていたら、キミがみんなに大切なものを伝えてほしいんだ…。キミの目で…、キミの言葉で…。」

「私が…、お母様の代わりに、周りのみんなに、大切なものを伝える……。」

 それは、私にとって、とっても重いプレッシャー。でも、同時にとっても嬉しい言葉でもある。だって、私はお母様のように成りたいから…。お母様の役割を私が背負えるなら、とっても緊張するけど、でも、ぜったいやり遂げたい!

「だからね…、桜花。キミは、素直な目で世界を見て、素直な気持ちで見つけた“大切なもの”を、素直な言葉でみんなに伝えてほしい…。それが、キミにしかできないキミの役割なんだ…。」

「はいっ!お母様!!!」

 私は真っ直ぐにお母様を見つめ返す。

「(それが、お母様の代わりの役割を務める、私の役割なんだから…!)」

最終更新:2011年07月10日 09:13