「大丈夫、大丈夫よクーちゃん。頑張らなくていいの。 ……泣いてもいいの。だって、あなたは女の子だもの」
「大丈夫、大丈夫よクーちゃん。とってもあなたは女の子らしくて、可愛いわ。 ……ごめんね、お母さんのせいで。がんばって、あなたに可愛い弟ちゃんができるようにするから」
「ねえ、クーちゃん。 お父さんも、もうあんなこと、辞めたらいいのにね。……でもね、駄目みたい。 そうね。私達も、とおく、遠く昔に、…ひいひいひいおじいちゃんとおばあちゃんたち、かな。とても苦労したかからって。せんそうがあって、まけて――難しかったかな?ごめんね。おばあちゃんから、私もきいただけだから。
…でもね、私はまちがっていると思うの。ふみにじられるぐらいなら、ふみにじるなんて。人はきっと、手と手を取合えると思う思うの」
「クーちゃんは、きっと人を大切にしてあげてね。 困っていたり、泣いている人をみたら、だいじょうぶーって、声をかけてあげて。ね」
「世界から、哀しいことがなくなるといいね」
「弱さを見せるな。お前にそんな権利は無い。
当主らしく、常に凛々しくあれ。常に自分は見られていると思え。跡継ぎはもう"作れん"ことを忘れたのか。今夜は舞踏会だ」
「よく癒しを施し続けた、次に行くとしよう。――? ……気付いていたのか。……意味など、癒し続けたという事に意味がある。あの人間が生きていたお陰で無事、財産整理は済んだ。あの家族の喜ぶ顔を見ただろう? お前のお陰で、死の寸前で苦しみ続けた人間がいたが、それには意味があったのだ」
「力が無ければ踏み躙られるだけだ。 お前が今、何気無しに踏み潰したその雑草のようにだ。踏み躙られた事にも気付かれないままにな」
「お前の力があれば、お前の母は助かったかもしれんが、関係無い。お前の無力を嘆く必要は無い。 代わりの当主はもう、用意した。今日からお前は女に戻れ。無力なままでいい」
「世界は、平和などではない。 満たされている今は、ただ、仮初なだけだ。――お前の見えぬところで、世界は悲劇に満たされている。
丁度、近くに紛争の鎮魂式に出席する予定がある。お前もその目で確かめるがいい」
……最初にその力を手にしたのは、神泉ルナの神殿だった。
――神に私は心の底から願ったのだ。
無様に追い詰められ、命乞いでもするかのように、乞食のように。
無力なものは、祈ることぐらいしかできないから。
……そして現れたのが、カイトだった。
初めて奇跡が起き、それを起こした刹那を、私は恐らく、永遠に覚えているだろう。
魔性を薙ぎ倒した彼の姿は、私に自然と「救世主」の名を想起させた。
そして、その後の戦いも、私はずっと忘れないだろう。
カオスフレアとダスクフレア――世界の敵対者と、守護者。
仕事病でも言うべきなのか、私にとっては、それはまるで神話に描かれる、神と神との戦いの様のようだった。
そしてそのような力をふるいながら、私は先ず恐怖して――歓喜した。
自分が神になったような倒錯感、その傲慢さに気付きながらも、今はそれを無視して。
神に奉じる立場のものが、そんな力を得た故の傲慢とでもいうべきか。
力を手にし、旅をして。その力は、段々と増していく。
私はますます、それを自覚するようになった。
何度もそれに過ちが無いかを反芻しながら、恐れながら――。
……私はこの世界の弱い者達を守り続けたいのだ。
この手で、だ。
今までは、ただ救世主に――カイトに頼ろうとしていた。ただ、
これからは自らの手で。
彼を見くびった訳ではない。
ただ、もういいわけが出来ないのだと気付いた。
「力が無いから、他の者に頼るしかない」と、自分につき続けた弱さのツケか。
私には力が宿った。その意味は、あるいは運命なのだろうと思う。
行く先々で目にする惨劇は、逆に言えば天啓なのだ。
惨劇を止める権利を与えられたのだ。
ならば、それを行使しないという手は無い。
それと、もう一つ。
私が想うのは、その出会い――人と人とのパスの尊さの奇跡だ。
強大なヴァンパイアの少女。
常に正しくあろうとする、威厳のある古龍。
何故か偽悪的に振舞おうとする、得体の知れぬ術を扱う男。
彼らは時に対極ながら、目的の為に結束した。
狭い世界に生きる私の世界が広がるのを感じた。まざまざと、知識の中でしか知らなかった彼らが、生き生きと動く世界。
その出会いに、感謝しているのだ。
カイトという少年。彼は救世主たらん存在だということを、私は旅の中で少しずつ確信している。
直情的だが優しい。その存在は不器用ながら、人をひきつける。
人を助けるのに理由の要らぬ存在。
それだけで人は救われる、「救世主」なのだ。
私は彼が彼たらんことを願い、それを守りたい。
オウカ。この少女は、次世代の神だ。
少女のこの心こそが成長し、純粋であり続けることができたなら、
彼女の心に大半の人々の心は胸をうたれる。
彼女もまた、手を差し伸べる事に別け隔てなく、疑問を持たない存在。
私は彼女の成長を願い、その美しい純粋さが保たれる事を願いたい。
特に私が歓喜したのは、この二人との出会い。
求めてやまなかった、物語の中にしかいなかった英雄。
天上の世界で美しい世界しか見ていないであろうと想っていた、小さな女神。
私の今の願いは、勿論故郷を救うことだ。
ただ、将来的な願いとしては――彼と彼女が成長し、この世界から「哀しみを一掃」する。その光景を見る事ができる場所に私は立っていたい。
これが私のやるべき運命であり、償いになる。 例え叶わぬ願いだったとしても。
この世界は大方は平和だ。
ただ――やがて、世界が困窮したならば、それは続かないのかもしれない。
"彼女"か、彼女の娘か息子の世代になるかもしれない。はては、遠い未来か。
これがもし、「世界が満たされている故の仮初の平和」なら――。
満たされなくなった世界は、また争い始めるかもしれない。
その解決法を、幼い頃の私は随分、突飛な考えをもった。
「争いあう人々が、垣根をこえて結束する」方法を。
歴史書はそれを示しているように思えたから。
――「では、私は貴女がやがて世界を治めるまでの、手助けをさせて頂きましょう。 貴女にふさわしいこの物語を、星にのせて。」
争いの時代。
「世界は独善的な支配を進める強国を相手に組し、
強国は皮肉にも、世界各国を結束させる結果となり、その戦争は終わりを――」
――私は月夜の下、まだ幼き神の傍で、星々にその物語を紡ぎながら願うのだ。
「世界が崩れるならばその前に、どうか世界の敵になれますように」、と。
筆ペンを走らせるのを辞め、彼女は日記を閉じる。
ふっ、と、冗談じみた微笑みを浮かべて。
「冗談だよ」
木製机の上の指輪に、そう語りかけた。
最終更新:2011年07月21日 19:53