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「桜花、今日は何をお勉強しているんだい…?」

 私が私邸(おうち)でお勉強していると、お母様がそう声をかけてきました。
 私の目の前には、たっくさん積まれた本の山。表紙には『はじめての経済学』『大黒屋金兵衛おぼえ書き』『Let's Try ! Venture Buisiness』なんていうタイトルが並んでいるの。

「ええっと…、ちょっと理由があって、商売のお勉強をしているんです。」

「ふうん…。」

 怪訝そうな顔をして私を覗き込んでくるお母様。う……、もしかして、お母様に内緒で色々考えていること、バレちゃったかしら…?

 けれども、お母様はそれ以上何も聞いてくることもなく、いつもの優しい笑顔で言ってくれました。

「いつも通り難しい本を読んでいるんだね。でも、交易はセント・アゴラの最も大切な仕事のひとつだから、商売のことを勉強するのはとても良いことだよ。頑張ってね。」

 にっこりと向けられた顔に、思わず自分の顔をほころばせてしまう私。

 えへへ…。くすぐったいなぁ。

 ともあれ、お母様が私の“たくらみ”に気付かなかったのはラッキー。バレたら絶対止められるもの。でも、これはキチンとやりとげなくっちゃいけないの。あの人との約束なんだもん…。


  目の前がボーっとしてきて、頭がカックンとなって、私は目を覚ます。

「(いっけない!寝ちゃってた!!)」

 チラッと時計を見ると、時間は夜中の2時32分。

「(良かった…、寝てたのは、10分ていどだわ。)」

 私は、お母様にご本を読んでもらった後、お母様が寝静まるのを待って、こっそりベッドを抜け出したの。
 前に夜中までお勉強していたら、「子供は寝るのも仕事なんだ!」って、お母様にこっぴどく叱られたから…。だから、ここ最近は、お母様が寝てからこっそり勉強しているの。お母様はとても勘が鋭いから、いつも抜け出すときはヒヤヒヤものよ。

 別に、いっつも夜中にお勉強している訳じゃないけどね。でも、“今は”たくさんお勉強しないといけないから…。あの人との約束を守るために……。

 私は、お昼に手に入れたばっかりの『商品カタログ』に目を通す。必要なのは、“かいごろのもの”と“うりごろのもの”よ。「じゅよーと、きょーきゅーのバランスを見極めること」が、商売のキモなの。

 でも、やっぱり眠くって、頭がボーっとしてくる。もう…、限界かな……、今日は…。

 私が、そう思いかけた時、“それ”が目に飛び込んできた。

「これよっ!!!」

 思わず叫んでしまった私。その直後、後ろから声が飛んでくる。

「まだ起きていたのかい!桜花!!!」


 その次の日、私は一日のお稽古が終わった後、麗華ちゃんともリーゼさんとも遊ばずに、こっそりとお城の物資搬入口に向かう。服は私邸(おうち)でしか着ない質素なものを着て、顔にも布をぐるんぐるんに巻いてしっかり隠す。

「皇女様、何をなさっていらっしゃるのですか…?」

 いきなり女官の人に止められる。

「(うっ…!?バレた…???)」

 予想外の反応にパニくる私。

 ちょっと考えてから気づく。お城の中に子供なんて、私と銀月以外は、お母様の許可を得て入ってきてる麗華ちゃんくらいしかいない。服だって、普段お城の中で着ているものとは違うっていっても女の子物だし、これじゃすぐバレちゃうに決まってるわ! 

「な、なんでもないわっ!!」

 咄嗟に良い言い訳も思い浮かばず、覆面の下で適当な笑顔を作ってその場を走り去る私。

 ……私ってば、ほんとうにこういうのダメだ。銀月はいっつも上手にやってるのになぁ。一回失敗して、よーく考えてからでないと上手にできない。

 で、失敗してから考えてみたんだけどね…。
 よーするに、超高速で走り抜ければ良いんじゃない?お母様や九界士の人達とかならともかく、他の大人たちになら目にも止まらないわ!

 思いつくが早いか、つむじ風のように駆け抜ける私。

「(うーん…、廊下を走るのって、なんか罪悪感おぼえちゃう……。)」

 ともあれ、目的の場所に到着する。

「あ、皇女様ぁっ!!」

 待ち合わせの相手に、大声で呼びかけられる私。うぅん…ほんとーにバレバレなのね…。

「お待たせしちゃってごめんなさい。色々手間取っちゃって。」

「ま、待っただなんて滅相もないですぅ!!!僕、真正の暇人ですからっ!!!!」

 慌てて申し開きするように答える相手の人。ピクピクと、犬耳が震える。

 この人は、ミッフィー=コリンズさん。パットフット族の商人さんで、お城に出入りしている商人さんたちの一人なの。キラキラした青色の瞳が綺麗な女の人で、おっぱいがおっきい。良いなぁ…。

「あ、あの、静かにしてください、ミッフィーさん。女官たちに気づかれてしまいますわ。」

「あ、あ!あっ!!しっ、失礼いたしましたぁっ!!!」

 …だから声がおっきいって、ミッフィーさん。私は思わず近くの樽の影にかくれる。そうだ…!

「と、ともかく、この樽をお借りしてもよろしいでしょうか?これ、ミッフィーさんの荷物なのでしょう?私、これに隠れますので…。」

「あ、えぇ!?いえ、そんなっ!!!皇女様を樽に詰めるだなんて、そんな畏れ多い!!!」

「だーかーらー、声が大きいって!!」

 思わず素の口調で言ってしまう私。う…はしたない。

 とにかく、このままだと埒が明かないので樽に乗り上げてミッフィーさんの口を手で塞ぐ。
 それから、顔の前に指を立てて、シーっと言って見せる。

 私の合図に頷いて、落ち着いてくれたのを見計らって、私はミッフィーさんの口から手を放す。

「それでは、よろしいでしょうか…?」

 コクコクと頷くミッフィーさん。私は、樽の中に入って中から蓋を被せる。

「(ワインの匂いがする…。お酒臭い……。)」


  ミッフィーさんに子供用の服と、ウィッグや帽子やサングラスを買ってきてもらって、樽の中で着替える。
 大丈夫…?誰も…見てないよね…?

 しばらくして、着替え終わった私は樽から出る。お酒の匂いが消えれば良いんだけど…。

 そんなことを考えている私に、ミッフィーさんが声をかけてくる。

「あのぉ!それでっ、皇女様ぁ!!本当に、やるんですかぁ?」

「“皇女様”は止めてください。周りの人に聞かれたら、お城に連れ戻されちゃうかも知れないんですから。」

「ああぁっ!!しっ、失礼いたしましたぁ、皇女さまっ!!!」

 大丈夫かなぁ…この人。これが「人選ミス」っていうのかしら?

 「私のことは……モモカって呼んでください。」

 咄嗟に出てきた偽名を挙げる私。ともかく、この辺を徹底してくれないと、この先危なっかしい。

 「それじゃあ、みk…、お…モモカ様。ご指摘の場所へご案内いたしますぅ。」

「“様”は余計よ、ミッフィーさん。子供相手に様づけなんて不自然だわ。」

 私の方も口調を崩しながら、ともかく少しでも目につきそうな言動を抑えてもらうよう指示する。
 それにようやく促されて、ミッフィーさんも道案内をはじめてくれる。

 私とミッフィーさんは、真っ直ぐに道が延びるセント・アゴラの街の切り揃えられた石畳を歩く。
 この街の建築様式は、オリジンの高級住宅街のものとほとんど同じで、それをさらに洗練させものなんだって。道も家も、よっぽど体のおっきなドラゴンさんやグレズさんのものを除けば、その建築様式で統一されているの。その上で、富嶽から移住してきた人たちは富嶽風の、暁帝国から移住してきた人たちは暁風の、外飾や内装を施しているのよ。

 ミッフィーさんに案内されて、私は暁民街区に入る。
 ここには初めて来るから、ちょっとワクワクしちゃうなぁ。麗華ちゃんもこの辺りに住んでいるのよね。
 家を見ると、セント・アゴラ風の建物の軒下に暁風の提灯を吊るしたりして、暁朝の気分を出してる。ああいう提灯、この間いった暁帝国領域の都にもあったなぁ。

 キョロキョロしている私を余所に、ミッフィーさんは慣れた足取りで道を進んでいく。時折オドオドと私の方を振り返ってくるのが目立つなぁ。周りの人、みんな私達のほう見てるよ…?

 ともかくも、しばらく進むと、小さな一軒のお家の前につく。軒先には、暁の文字で『薬』と書かれてる。

「あの…、ごめんくださ~い!」

 私は、お店の奥に向かって大きく声をかける。

 商売の秘訣①『挨拶は大きな声でハキハキと』。“だいいちいんしょー”が大事なんですって。

「おや…?なんだね…?」

 そんなに大きな声を出さなくても聞こえたようで、儒学の老仙人(せんせい)くらいの歳に見えるおじいちゃんが、のそのそと入口から出てくる。

「おや、これはミッフィーさん。今日は何を入用ですかな…?その童は…?」

「ああ、はいっ、えっとぉ、こちらは、おu…じゃなくって、モモカさんです。あのぅ、えっとぉ……」

「モモカ=プリフォードです!今日は、御社とお薬の商いをさせて戴きたく、こうしてまかり越しました。」

 ミッフィーさんの態度で変に疑いを持たれないうちに、私は元気よく話を進める。もともと、ミッフィーさんには、案内を頼むつもりはあっても、“こーしょーだいこー”をしてもらうつもりはないもの。
 私のその言葉に、薬屋のおじいちゃんは目の端に皺を寄せながら笑って答える。

「ほっほっほっ。これはまた可愛い商人さんだな。誰かのおつかいかい…?どれどれ…、何が入用かな…?」

 …子供のおつかいだと思われてるのかなぁ…?私は“しょーぎょーとりひき”に来たんだけど…。まっ、いっか。買い物はできるんだし。

「ええっと、それじゃあ、ミッフィーさん、品物の“めきき”を手伝って。必要なのは、ジャコウソウとシンセンカズラ、マダラトウチュウカソウとそれから……」

 商売の秘訣②『商品は自分の目で見て選べ』。良い物を自分で分かって揃えられなきゃ、お客さんが買ってくれるような品物を並べられないものね。
 前もって辞書でお勉強してきたから、一応どの薬草も形は覚えてるけど、こういうものって実物を見ないと本当の意味では理解できないから、はじめはミッフィーさんに選んでもらって覚えないといけない。

 ミッフィーさんと並んで歩きながら、私は探している薬草をひとつひとつ選んでいく。

「ええぇっと…、ジャコウソウはこれで、シンセンカズラはそちらの棚の上の物ですね。マダラトウチュウカソウはもっと奥ではないかと思います…。あれ…?でも、この材料って……」

「じゃあ、ジャコウソウの選び方のポイントを教えてくれないかしら?大丈夫。記憶力には自信があるんだから。すぐに覚えて見せるわ!」

 一瞬、“気付きそうになった”ミッフィーさんに、慌てて言葉を向けて話を変えさせる私。いっけない、いけない!今はまだバレる訳にはいかないのよ。これから、ミッフィーさんにも内緒で、“ひみつのこーしょー”を行いたいんだから…。
 …なんだか、こういうの、銀月と一緒になってイタズラしてる時みたい。ちょっと楽しい。

「ええっとですね、ジャコウソウの選び方は、このように乾燥させたものの場合なら、こう…葉っぱの裏側の付け根の部分をですね……」

 青色の目を真剣な眼差しに変えて、実際に薬草を“めきき”して見せながら、そのコツを教えてくれるミッフィーさん。
 一瞬見せた鋭さが、とってもかっこいい!仕事してる大人の顔だ。

 私は、ミッフィーさんの言った言葉を一言残らず聞き、見せてくれた薬草の特徴を一部も残さず目に焼き付ける。色、形、香り、目の付け所。全部を頭の奥に刻み込んでいく…。
 私は見聞きしたものを絶対に忘れない。このくらいしか、私の特技はないんだもの…。

「このんなものでよろしいでしょうか?」

 そうやって選んできて、たくさん篭に積まれた薬草を見て、ミッフィーさんは言う。その数、ざっと二十種類以上。実はこれ、“あるもの”に使う材料なの。

 ミッフィーさんの問いに、私は答える。

「それじゃあ、いったん棚に戻しましょう!ミッフィーさんも、良かったら手伝ってもらえないかしら?」

「ええぇっ!!?折角選んだのに買わないのですかぁ!?」

 驚くミッフィーさんに、私は毅然として言う。

「もちろん買うわよ。でも、買うのは“私が選んだ商品”じゃなきゃいけないの。今のは、ミッフィーさんに教わりながら選んだものなんだから…。それを“私の商品”って言ったら嘘になるわ。」

 最初は怪訝そうにしていたミッフィーさんだけど、私のその言葉を聞いて、すぐに納得のいったように笑顔を見せてくれる。

「なるほど…。わかりましたぁ!それじゃあ、お手伝いさせて戴きますね。」

 そうやって、二人で手分けして沢山の薬草を棚に戻していく。

 全部を棚に戻したら、そこからが本番。ミッフィーさんに教わった“めきき”のポイントをよーく思い出しながら、二十種類以上の薬草を、ひとつずつ選んでいく。
 丁寧に、丁寧に。私の目と手と、全部の神経を研ぎ澄ませて…。

 選び終えた薬草は、全部でザルに二山ほど。それらを、念のためミッフィーさんにチェックしてもらう。
 ミッフィーさんはまた真剣な目つきでそれらを“めきき”した後、笑顔を見せて言ってくれる。

「うん。これなら大丈夫でしょう。流石はモモカ様です!」

 良かったー!上手くできた。えへへ…。
 ついでに、それぞれの薬草の保管の仕方も出来るだけ細かく教わっておく。これも全部覚えておかなくっちゃ!

 全部の薬草を選び終えて、カウンターの所まで戻ってきた私達を見て、薬屋のおじいちゃんが目を真ん丸にする。

「これはまた随分と買ったねぇ、お嬢ちゃん!でも…、うちの薬草はどれも暁帝国領域(リージョン)の深山幽谷から取り寄せた珍しいものばかりなんだよ…。中には霊薬だって含まれとる。とってもじゃないが、お嬢ちゃんのお財布じゃあ…、のぉ、ミッフィーさん?」

 私に気遣うように言いながら、訴えるような眼でミッフィーさんを見るおじいちゃん。片やミッフィーさんは、おじいちゃんの言葉にアタフタしてる。

「(まずいわね…。やっぱり子ども扱いされて相手にしてもらえない。)」

 そう思った私は、二人の機先を制し、毅然と言葉を切り出す。

「ご心配には及びません。お金なら…、きちんと用意してございます。」

 商売の秘訣③『資本を活かせ』。“あの人”には悪いけど、私には折角もらってる“お小遣い”がある。これを商売の“しほんきん”に使わせてもらうの。
 ちゃーんと、“もときん”以上に増やすんだから、“あの人”だって文句は言わないはずよ。

 私は、金貨の詰まった袋を取り出し、そっと口紐の緒を解いてみせる。

 太陽の光を浴びて、金貨がキラキラと輝く。

「!……ほおおぉぅ。」

 ビックリしたみたいに丸い目で金貨の袋を見つめる薬屋のおじいちゃん。息をのんでるのが伝わってくる。

 私の計算では、これだけあれば十分足りるはず…。でしょ…?でしょ……??

「これはこれは…!いやぁ…、御見それ致しました!お嬢様!!ありがたく商いさせて戴きます。」

 何故だか急に態度が変わっちゃったおじいちゃん。なんか、急にいつもお城に来てる出入り商人みたいな口調になっちゃってるし、どうしたの…??

 わけがわからないけど、ともかくちゃんと「漢方薬」を売ってもらえる。合わせて2包分くらいあるし、まずは上出来ね!

「まっ、またのお越しをお待ちしております。お嬢様!!」

「こちらこそ、また取り引きのほど、よろしくお願い致しますわ。」

 にっこりと笑って手を振る私。
 えへへ…。上手にお買いもの…じゃなかった“しょーぎょーとりひき”できて良かった。一回目で上手くいくなんて、私にしては上出来ね!きちんと予習してきたのが利いたのかしら?

 手を振る私に、薬屋のおじいちゃんはペコペコと何度も頭を下げる。本当に、どうしちゃったんだろう…?

 そんな私を隣でみて、ミッフィーさんがクスリと笑う。

「さすが皇女様、商売の肝を抑えておいでですね。感服いたしましたよぉ。」

 そうなの…?良くわからないけど、なんだか嬉しいな♪

 よく事情の呑み込めない儘はにかんでいる私を、ミッフィーさんは満面の笑顔で見つめてくれた。


 ミッフィーさんに案内されて、私は今度はパットフット街区にいる。
 ミッフィーさんに商売のコツを教えてもらう代わりに、ミッフィーさんのお家でもてなさせてほしいって頼まれたんだ。

 文化人類学の先生から聞いた話だと、パットフット族の人たちは、お客さんを歓待するのをすごく喜ぶ文化なんだって。特に、富貴なパットフットの人達の間なんかでは、お客さんを歓待すること自体が、ひとつの“すてーたす”になっているそうよ。
 おもてなしをするのが好きだなんて変わってるけど、良い人たちだよね。

 パットフット街区が近づくにつれ、ミッフィーさん、すっごく興奮してきてる。本当に嬉しいんだなぁ。ちょっと不思議なセンスね。

 でも、ごめんね…。秘密にしていたけど、実はパットフット街区に行くのは商売のためなの。私の“しょーぎょーせんりゃく”のために、どうしてもパットフットの商人さんとの交渉が必要なんだ…。

「あの…、ミッフィーさん。」

「はいぃ!!な、なんでしょう?皇k…ファグァ」

 思わず開きかけたミッフィーさんの口を、私はとっさに塞ぐ。あっぶないあぶない!もう…。興奮しすぎだったら!!

「あのですね…、ひとつ、お願いがあるのですが、よろしいでしょうか…?」

「お、お願い…?ですかぁ…??」

「はい。」

「な、なんでしょう?もう、何でもお応えしちゃいますよぉ!!お料理のご注文ですかぁ…?それとも、メタビーストちゃんの機械演奏がお望みですかぁ?ああ!!でもっ、僕程度の財力で、皇k…モモカ様のご希望に叶いますでしょうか!!?」

 ひとりで興奮するミッフィーさん。私をおもてなしするのを心から楽しみにしているのが伝わってきて、チクリと胸が痛む。

「あの…、実は、ご歓待のお招きに与る前に、一度パットフットの皆様と商売をさせて戴きたいのです…。実は、ミッフィーさんのおもてなしを受けようと思ったのも、パットフットの方々と交易の場を持ちたかったからで……ごめんなさい。」

 上目づかいで恐る恐る覗き込む私に、ミッフィーさんはパッと顔を輝かせて応えてくれる。

「ああ、なぁんだ。そんなことでございましたか。もうぅ、びっくりしましたよぉ!もしかしたら、僕ごときじゃおもてなしするのに分不相応だって、断られるんじゃないかと思ってしまいましたよぉ。それで、何がご入り用でしょうか?僕達に扱える物でしたら、何なりと用意させていただきますよ?」

 商人の顔に戻ってきりりと聞いてくれるミッフィーさん。でも、それじゃ駄目なんだ。

「いえ、私がパットフットの方達から買い物をしたいのではなくて、私からパットフットの方達に売りたい物があるんです…。」

 私の言葉をそこまで聞いて、ミッフィーさんもやっと納得がいったような顔をする。

「なるほどぉ。それじゃあ、先ほどの薬草店で買われていた薬草はやっぱり…?」

 その質問に、私はコックリと頷く。

「それから、その“しょーぎょーとりひき”が終わるまでは、私の身分を伏せておいて欲しいのです…。“世界の神子だから”って特別扱いされて買ってもらえても、意味がないので…。」

「わっかりましたぁ!うーん、それじゃあ……、僕は、モモカ様のご親族と交流があり、モモカ様をここまで道案内してきた…という形でよろしいでしょうかぁ?」

「ええ。それでお願いいたします。私の方は…、そうね……、父親から“しょーぎょーとりひき”の修行を言い渡された商家の娘、ということにしておきましょう。」

「はい。わっかりましたぁ!!」

 クスリと笑いながら、応えてくれるミッフィーさん。さあ、頑張らなくっちゃ…!

 それから、ミッフィーさんは私をパットフット街区の奥深くの、他より少し大きめなお家に案内してくれる。家の構えからすると、この辺りの有力な商人さんの家なのかしら?

 ミッフィーさんは、お家の前で道を掃いていたパットフットの人に声をかけて、中に取り次ぎしてもらう。
 しばらくして、中に入っていったパットフットの人が出てきて、私とミッフィーさんをお家の中に案内してくれる。

 通されたのは、8m四方くらいの小さめのお部屋。中には、あちこちの領域(リージョン)から集めてきたらしい様々なインテリアと、それ以上にたくさんの機械が並んでる。
 その奥のソファーに、貫録のあるパットフット族のおじさんが座ってる。この人がこのお家のご主人みたいね。

「あのぅ、族長。こちらは、僕…いえ、私の知り合いの商家の娘さんで…、」

「モモカ=プリフォードと申します。本日は、我が父モモタロ=プリフォードの名代として罷り越しました。族長様にお目通り願えましたこと、まことに恭悦の極みにございます。尽きましては、是非とも私共との商談の場を設けて戴きたく、よしなにお願い致します。」

 スカートの裾を摘み上げ、フワリと一礼する私。

 その私に、族長さんは呵呵と笑って答える。

「がっはっは!こいつはまた、ワシごときが馬鹿っ丁寧な挨拶を戴けたもんだ。こそばゆくってかなわんのぅ。」

 言って族長さんはボリボリと頭を掻く。

「けど、覚えておいてくだせぇ。挨拶ってのは、確かに欠かしたら無礼なもんだが、相手の身分を超えて丁寧過ぎても、かえって恐縮しちまうだけでさぁ。ねぇ、神子様?」

「「えええぇぇっ!!!」」

 族長さんの突然の言葉に、私とミッフィーさんが声を揃えて驚く。

「ど、どうして私の正体がわかったんですか?」

「族長ぉ、ご、ご存じだったんですかぁ?皇女様のこと!!」

 驚く私達に、族長さんは呆れ顔で答える。

「そりゃあ、ねえ…。大体、皇女様が蒼天城(おしろ)を抜け出してから何時間経ってると思っとるんですか?先程、城の衛兵がうちにやってきましてね、「皇女様が居なくなる前にミッフィーと接触していたという情報があるから、何かあったら知らせて欲しい」って言われた所でさぁ。今頃、お城の方は大騒ぎでしょうよ…?」

 うう…それもそっかぁ。私が居なくなれば気づかないはずないもんね…。上手く抜け出せたと思ったのに、失敗したなぁ。

 って、でも、今はそんなことを言っている場合じゃない!

「あの…、それより…、私、実は、族長さん達と、 “しょーぎょーとりひき”を行いたく思っておりまして、どうか商品を見ていただけませんか?」

「ほう、神子様から。こいつは有り難いこったなぁ。」

「あっ…!ただ…、あの…その……、できれば“世界の神子”とかそういう立場への遠慮抜きに、商品だけを見て取り引きしていただきたいのです…。」

 おずおずと言う私に、族長さんは真剣な顔で答える。

「なぁに、そこはワシも商人でさぁ。色眼鏡はかけず、品物を見て買うか買わないか判断させていただきますよ。」

「!…ありがとうございます!」

 族長さんの真摯な言葉に、ペコリと頭を下げる私。早速、篭から薬草を取り出して見てもらう。

 しばらくの間、押し黙って真剣に品定めをする族長さん。やがて、薬から目線を離し、私を見つめて言う。

「…こいつは、ミッフィーに目利きをしてもらったんですかい?」

「いいえ。ミッフィーさんには、薬草選びのコツを教えてもらいつつ、お手本を示してもらいましたけど、そのあと品物選びは自分の目で行いました。」

「ほっ、本当ですよぉ、族長!僕は少し手ほどきをしただけで、目利きは全て皇女様がご自分でなさっておいででしたからっ!!」

「ふむぅ……」

 私の言葉を後押ししてくれるミッフィーさん。族長さんはそれを聞いて、またしばらくの間押し黙ってしまう。

「あの…、お眼鏡に適いませんでしたでしょうか…?」

 沈黙に耐えられず、おずおずと尋ねる私。その私に族長さんは答える。

「いや…、そうじゃございません。むしろ、品は確かだ。信じられん…。確かにミッフィーほど目利きを絞れちゃいないが、ちゃんと良い物ばかりを選んでいらっしゃる。いや…、大したものだ…。」

 その言葉に、私の顔がパッと明るくなる。

「あ、ありがとうございます…!」

「しかし、本当にこれを皇女様が選らばれたんですかい?」

「ええ。私、一度見聞きした物事は決して忘れないんです!だから、一度ミッフィーさんに薬草選びのコツを聞いたり、良い薬草を選んでもらってその特徴を目に焼き付けたりしたら、あとはそれを頼りに薬草を選ぶことができるんです!」

「……神子ってのは、やっぱりワシら凡人とは違うもんだ。」

 呆れたような感心したような声でいう族長さん。何だか変なリアクションだけど、今はとにかく嬉しい!

「それに、これらの薬草は、パットフット族秘伝の「EXポーション」の材料となるものですから。こちらならきっと取り扱っていただけると思って。」

「ほう…、やはりか!「EXポーション」の材料を知っているのも大したものだが、それを狙ってここに売りに来るとは目の付け所も良い。いやはや、本当に大したものだ…!」

 そう言うとまた、族長さんは呵呵と笑う。

「あいわかりました。こちらの「漢方薬」二山はワシの方で買い取らせていただきましょう!」

「ありがとうございます!」

 私は再び、ペコリと頭を下げる。


 その夜、私はミッフィーさんと族長さんのおもてなしを受けた。宴の主催は、本当はミッフィーさんひとりの予定だったんだけど、

「お前如きが神子様を迎えるなんて生意気だ。ワシに歓待させろ!」

 って、族長さんが言い出して、でも、ミッフィーさんも頑として譲らなくて、結局、二人の共催という形で開いてもらったんだ。

 歓待の宴は一晩中続いて、私が解放されたのは次の日の朝。途中からはどうしても眠気が限界にきて、眠ってしまったけど…。

 帰りがけに、族長さんの所で「ハイポーション」を1つ買い付けてきた。今度は、これを冒険者さんの集まる店に売りに行くんだ。

 商売の秘訣④『需要のある所に、需要のある物を供給せよ』。“じゅよー”と“きょーきゅー”の流れをつかんで、売りたがっている人の所で買い付け、買いたがっている人の所で売り歩くのが、《交易商人》の“しょーぎょーせんりゃく”なんだもの。

 今、私の手元には、私自身の力で稼いだお金がある。
 このお金なら受け取ってくれるよね…?ライドウさん。私、ちゃんと約束を守ったよ。

 そうして、初めての《交易商人》を終えてお城に帰った私には、お母様からのこっぴどいお叱りが待っていた……。

 

-end-

最終更新:2011年07月23日 17:26