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「なあ、そこな兄さん。一杯付き合ってくれにゃあか?」
 道行く一人の男性に、一人の女性が声をかける。
「……?」
 男性は不思議な顔をして女性を見つめる。見知らぬ人からの声掛けであり、当然の反応ではある。
「人との出会いは一期一会。またどこかで会うかもしれにゃあがここで飲むのは一度きりかもしれんけ。それくらい付き合ってもばちは当たらんりゃろ?」
 つらつらと女性は述べる。日も落ち、仕事を終え家路を辿る者の多い時間。飲み屋も賑わいを見せ、辺りは喧騒に満ちていく。
「で、どや?」
「……まあ、構わないですよ。楽しいお相手になるかはわかりませんが」
 表情をあまり変えず、男性は了承する。しぶしぶともとれるが。
「決まりやな! そうと決まりゃあ善は急げにゃあな。そこでいか?」
「わ、ちょ、引っ張らないでくださいよ」
 男性の手を取り、女性は近くの店に引きずり込む。
 富嶽、戌の刻。二人の男女が店に消えていく。互いに、見知らぬものであるまま。



「親父、熱燗な。後は適当に見繕ってくれ」
「僕も、同じでいいです。……あ、寿司あるんですか。それ二つ」
 店の奥から店主の威勢のいい掛け声が聞こえる。
「寿司? 兄さん、んなもん肴に飲みようの?」
「一日の始まりから寿司に始まり、寿司に終わって。鮮魚扱った料理は三千世界あれども富嶽にはどこにも敵わないでしょうからね」
「へぇー、兄さん色々行きようのん?」
「オリジンの頃は色々と。樹木の世界に移ってからもあまりそのあたりは変わりませんね」
「にゃぁ~、若く見えるけどいろいろやってんにゃあな」
 飲む前から、それなりに話は弾む。女性は快活に喋り、男性もそれに返す。二人の表情は柔らかく、危惧していたほどつまらない状況ではないようだ。
 口も温まれば燃料が欲しくなる。頃会いに、運ばれてくる二つの徳利。女性は待ってましたとばかりにそれを手に取る。
「……猪口、使わないんですか?」
「それでちまちま飲むのも性に合わんや」
「……豪快な方だ。男でもそうそうそんなことする人はいませんよ」
「よかよか。咎める人もいりゃせんやろ」
 男性は呆れた表情をして、自分の猪口に酒を注ぐ。注いだころには女性は既に徳利に口をつけている。
「やれやれ。これはとんだ時間になりそうだ」
 わざわざ聞こえる声で、男性も自分の猪口を口に運ぶ。
「にゃあ、女のわがままに付き合うのも男の甲斐性じゃけ?」
 口から徳利を離し、手で揺らしながらそう嘯く。



「あなたは、よくそうやって見知らぬ誰かと飲んでいるんですか?」
 瓶が幾らか空いた後、男性が訪ねる。二人の前には結構な量の瓶が空いており、二人が相当な強さだということも物語っている。
「そうよぉ。人と喋れるのが楽しくてしょうがにゃあかんねぇ」
「喋れる、のが? なんですか、人間ではなかったとでも言うんですか」
 妙な引っかかりに男性が突っ込む。女性はあは、と笑って。
「樹木の世界に来た時に身体を得たけぇ。ここらじゃあ、別におかしなことじゃなかろ?」
「なるほど。オリジンの幻獣や、コラプサーの神々の系統、と? 僕らにも神降ろしとかはあるけど、実際に受肉して降りることは」
「にゃあにゃあ、実際に降りて来たんよ」
「へぇ」
「なんよ! もっと驚くか思ったんに!」
「……おかしなことじゃないって、さっき自分で言ったくせに」
「そこはそれよ! もっとこう、うはーとか、びゃあああとか、にゃあ?」
「見慣れているんで。僕ら」
「ぐぬぬ」
 話は弾む。喧騒は絶えず。
「にゃあ、人間もっと驚いたり感情出したりしないとつまらんせ?」
 つまらない、と言われたことに、男性は逆ににこやかな表情を浮かべる。
「僕も、そう思いますよ。面白い人間、美しい人間っていうのはどこかに素直になれる点があることだと思います」
「ぬぬぬー、おみゃあさんにあったってなー、今この場でそれ感じられんとつまらんだけよ」
「最初に言ったでしょう。楽しい相手にはならないって」
「にゃあ、兄さん最後まで己れのこと疑ってる感じあるけ。それでも楽しかよ?」
 薄い笑顔を浮かべる男性に、上書きするような明るい表情で返す。
「ほんま、人は多種多様に存在しよる。それを藤蔓のように絡まって生きよる。面白んじゃぜ」
「綺麗のと汚いのと、属性も多様ですからね」
「兄さんはどちらぜ?」
「汚いは、褒め言葉です」
 あっはっは、と店内に大きな笑い声が響く。



 店外に出る二人。亥の刻頃か。世界は美しい蒼に染まっている。
「星が綺麗じゃぜ。傍らに光る白金も輝いちょる」
「そちらは世界の中心ですしね。蒼いものが見えるのが普通ですが」
 涼しい風が吹く。酒が回り、上気した肌に気持ちがいい。
「あなたはどうするので?」
「また適当にフラフラしちょるよ。悪漢来ようなら来ようまで」
「まあ、只者ではないですから大丈夫でしょうね」
「兄さんも、一味違うんやろ? その瞳。まるで、鷹のようやわ」
「昔から目つきが悪いとは言われますね。けど、ただの一般人です」
 二言の会話を告げ、女性は空を見上げる。
「そういうことにしときんしょ。人の心は秋の空」
「そうですね。人の出会いは雲のよう」
「にゃあ、嫌いじゃああんぜ。兄さんみたいな男は」
「一期一会。また会うかもしれませんね」

 女性は東に、男性は西に。人のわずかな出会いを胸に。
最終更新:2011年07月29日 09:02