僕はアベル。5才です。お母さんと、小さなお家で暮らしています。
お母さんは、町で小さな魔法道具屋さんをやっています。お店はお母さん一人なので、お母さんはいつも一生懸命働いています。
お家は貧しいけど、僕は気にしません。だって…、お母さんがいつも僕のために頑張ってくれているんだもの…。だから僕も、できるだけお母さんのお仕事をお手伝いするようにしています!
“お父さん”は、たまにしかお家に帰ってきてくれません。ちょっと顔の怖い人だけど、でも、とっても優しくて、良いお父さんです。
本当は、ずっとお父さんと一緒にいたいけど、でも、それは駄目なんだそうです。でも、それだって僕は気にしません。だって…、そうして、たまにしか会えないのもみんな、“僕のため”だそうだからです。だから僕は、寂しくても我慢しています!
僕は、お母さんも、お父さんも、みんな大好きです。
8才になってからしばらくして…、僕は、ハイゼンシュタットという家の“養子”になりました。
突然のことでおどろいたけど、僕は気にしません。なぜなら、ハイゼンシュタットの家は、僕の“お父さん”の家だからです。お父さんの家は、うちの家とは違う立派な商家さんで、ここでならお家より豊かな暮らしができそうです。
でも…、お母さんは一緒には住めないそうです。
「どうしてなの…?」
って、お父さんに聞いても、
――「それが、ハイゼンシュタットの家の掟なんだ…」
としか教えてくれませんでした…。
お父さんの言うことは良く分からないし、気になることもたくさんあるけど、僕は気にしないことにします。なぜなら、それを僕に伝えたお父さんの顔は、とっても辛そうで、本当はお父さんもお母さんをお屋敷に招きたいんだと、そう分かったからです。
それよりも、もうひとつ、もっとショックなことがありました。
僕には、僕より一つ年上の“お姉さん”がいて、しかもその“お姉さん”の“お母さん”は、僕のお母さんとは別の“お母さん”だというのです。
大人の言っていることは良く分かりません。きっと、子供が首を突っ込んじゃいけない話なんだと思います。
でも…、そのことを考えると、なんだか胸がモヤモヤして、すごく居心地の悪い気持ちになります……。
でも…、それでも僕は気にしないようにします……。なぜなら、僕の“お姉さん”は、とっても優しくて、良い“お姉さん”だからです…。
“お姉さん”の名前は、「クロエ」といいます…。
この間の誕生日で、僕はもう13歳に成った…。オリジン領域(リージョン)での一般的な成人は15歳から。その歳まで、あと二年だというのに、僕は相変わらず無力なままだ…。
姉さんは、相変わらず凄い…。
商家としての営業の手腕。嫋やかな外見に似合わぬ、強かな社交スキル。そして、普段の実利的で拝金主義・権力志向に見える行動の裏側に隠す、誰よりも透明な潔癖さ…。
「(黒の裏に塗り込められた、あの白の清きをなんと謳おう…?ハイゼンシュタットの『責務』が求める『主』とは、あのような清き白の主に相違ない…!)」
心から、そう賛美し、慕わずにいられない…。本当に、良き義姉に恵まれたものだ…。
対して、僕は本当に何て非才なのだろう…。
人との交渉に強気になれず、家の主に置くには心揺らぎやすく、剣も魔法も姉さんに遠く及ばない…。
常に優秀で強かな姉さんを見る度に、この胸に去来する黒い想い…。それを抱くだに、自分の『当主』としての器を疑わずにはおけない…。
でも…、それでも……、僕には、この道しかないのだ……。
貧しい“妾”の家から連れてこられ、生家の姓を名乗ることすら許されず、父と母とを裂いた一族におもねって生きねばならない無力な自分。
その自分に、他に生きる道などありようはずもない…。
いずれ母さんを、この家に迎え入れるために、弱音など吐く暇もない…。
父さんは、この家に来た時から、一度も僕にあの優しい笑顔を見せてはくれない…。
ただひたすらにしごき、厳しく、辛く、当たるのみ…。
見せてくれたのは、叱責と、苛立ちと、落胆の顔だけ…。
でも…、それも仕方ない…。僕には才がないのだから……。
いつか、姉さんよりも優秀に成れば…、誰が見てもハイゼンシュタットの当主に相応しい男に成れば…、きっと父さんも、あの優しい笑顔を見せてくれる…。
だから僕は、ハイゼンシュタットの『責務』を果たせる男に成る…。
「(この世界を、神泉ルナの下に統一し、真なる楽園へと導く…。そして、その神泉ルナの御名の下、ハイゼンシュタットの当主として、遍く人々を導き諭すのだ…!)」
そうすれば、僕の“願い”は、全て叶うのだから……。
14歳に成り…、僕は裏切りと絶望というものをはじめて知ることと成る……。
ルナの巫女に、姉さんが選ばれた……。
「(何故だ…!?)」
僕は、ハイゼンシュタットの次期当主として、厳しい教育を耐え抜いてきた…。商家としてのみならず、神職に携わるものとしても修練を重ねてきたつもりだ……。
「(それなのに、何故…!?僕ではない……!!)」
『主』の袖に、むなしくすり抜けられた挫折感…。
その上、ハイゼンシュタットの家督さえ、僕でなく姉さんに譲られるという…。
ハイゼンシュタットの『責務』を思えば、それは当然だ…。だが……
「(だが…、何故姉さんなのだ……!!?ハイゼンシュタットの家を継ぐため、それだけに努力を重ねてきた僕ではなく……!!!!)」
母と離されてまでも、我慢してきた日々。父に厳しくされても、耐え抜いてきた日々。
いつかハイゼンシュタットの当主と成る…。その“約束”だけを頼りに頑張りぬいてきたというのに……。
「(何故、その“約束”を、姉さんが奪い取る…!!?)」
「(……許されない)」
この“裏切り”は、断じて許されない…。
「(僕は、ハイゼンシュタットの当主として、ハイゼンシュタットの『責務』を全うせねばならんのだ…!)」
「(『主』の下に世界を統一し、世界を真の完全平和な楽園へと成させしめ、ハイゼンシュタットの名をもって万人に礼参される『聖皇』と成る…。それこそが、この僕に許された唯一の道であり、果たすべき『責務』なのだ……!)」
そのために、どんなことだってしよう…。どんなことだって……。
「(姉さんにある、あの“潔癖さ”。あれこそ、姉さんが巫女に選ばれた理由に相違あるまい…。ならば僕は、あの姉さんの“潔癖”を支える“自己犠牲”の心を上回って見せねばならない……!!)」
そのためには、そう…、今、この町を覆う『赤斑病』こそ、“丁度良い”のだ…。
「(僕が…この僕が…!!姉さんを上回る“自己犠牲”の心で以て、この町の人々を救う…!それを以て示して見せれば、町の者達もまた、この僕を認めざるを得まい……!!!)」
声を大にして、僕は叫ぶ。
「この身を以て全ての病を贖うことで、この僕をハイゼンシュタットの当主として認めさせるのだ……!!!!」
ハイゼンシュタットの『責務』を果たし、世界のすべてをひれ伏せさせるために……。
こうして、“彼”は狂気の自己犠牲におよんだ。
そしてそれは、カオスフレアを大いなる冒険へと導く、導きとなったのである…。