「お迎えにあがりました…、××様…。」
暗い虚空に意識を飛散させていた男に、“声”は呼びかける。
言われて男が視線を向けた先にいるのは、ダークブルーの外套をまとい巨大な鎌を背負った骸骨の姿。
生前、現行世界の全てを否定し、ダスク化した魂。それ故に、輪廻転生から外れた男。
故に“迎え”など来るはずのない男の魂に、しかしあろうことか迎えはきた。
訝しむ男に、死神は嘲笑(わら)って述べる。
「なに、あるお方からのお心遣いに御座います…。その方が、我が『主』に是非にとお頼みくださいました故、我が『主』も特別に貴方様をお許しになったので御座います…。」
「主曰く、「特例を認めるだけの珍しい姿(だいか)は既に堪能させてもらった」と…。」
「なに…、身内の話で御座います…。それよりも、さあ、どうぞこちらへ…。」
恭しく促し、死神は男を霧の奥へと誘う。
――――
濃密に漂う灰白色の霧の中、死神に導かれ足を進める男。
やがて、二人は対岸の見えぬほど広大な川の畔に出る。
川岸には、一艘の小さな舟。その上には、一人の先客の姿。
年の頃四十代前半のその男は、死神に導かれてやってきた男と、親子のように良く似た顔をしていた。
「本日のご相席に御座います…。お二方とも、どうかよしなに……。」
そう言ってから恭しく一礼し、二人の男の視界から消えるように小舟の船首へと移動する死神。
死神に取り残された男は、中年の男を前に、なんともばつの悪そうな顔を浮かべる。
その男に、中年の男が声を掛ける。
「まあ、座れ。」
言って、自らの対面の席を進める。
言われた男は、進められるままに、中年の男の前の席に腰を下ろす。だが、視線は正面の中年男から逸らしたままであった。
「待って…おったのだ……」
中年の男は、目を逸らしたままの男に、ぶっきらぼうに言う。
「なに…。長い船旅、一人では退屈でな…。話せる相手をずっと待っておったのだ…。二人きりでゆるりと話せる、そんな相手を…な……」
言われた言葉に、はじめて男の視線が向けられる。
「そう…、そうよな…。では、息子の話でも聞いてもらえぬかな…?出来は悪いが、真っ正直で、私の自慢の息子の話を……」
中年男の視線が、正面からそれを迎え入れる。
「生きておる内は語れなかった、馬鹿な親父の息子自慢だ…。それでも良ければ、聞いてほしい……」
中年の男は、はじめて目の前の男に笑いかける。
目の前の男は、その笑顔に涙を滂沱させる。
「それでは、お二方、参りますぞ…。行く先は、遥か遠き弥陀の国へ……」
死神の船頭が声を掛け、竿を操り小舟を走らせる。
鷹の親子を乗せた舟は、静かに霧の向こうへと消えていった……。
-end-