最新鋭の医療機器の並ぶ集中治療室を緊迫した空気が支配する。
困惑するナース。白衣姿のドクターが駆け込んでくる。
「例の集中治療中の患者か。いったい何があったんだ?」
ドクターの問いに、しかしナースはただ困惑した表情を返すだけ。
「分かりません…。機器類が全て異常な数値を示していて…、けれども、患者さんの様子はこんなに静かなんです…!」
ナースの言葉を証すように、人工呼吸器やチューブに囲まれた患者は、ゆっくりと胸を上下させながら、静かな寝息を立てている。それが、事態の異常さと対比を成して、より一層異様な気配を見る者に与える。
そもそも、これまでこの患者は、体内に入り込んだ特異な病原菌のため、額には脂汗を浮かべ、顔の血色は悪く、常に苦しそうな表情を浮かべていた。
それが、今、この異常事態に当たって、初めて安静な状態を示しているのだ。不自然を通り越し、不気味という他はない。
「…この集中治療室では手におえんな。研究棟の第11検査室に運ぼう。」
ドクターは即座に決断を下す。
ネフィリム総合病院の研究棟・第11検査室。そこは、病院の付属研究機関の中でも、最新鋭の検査設備を備えた部屋だ。試作型の獣鬼兵(アントロボス)の状態検査や宇宙怪獣の細胞の研究まで、幅広い検査を行うことができる。
件の患者は、そこに運ばれ、いくつもの機械で体のあちこちを重点的に検査されている。
やがて、検査員の一人が口をひらく。
「解析結果が出ました…。この患者から、強いフレアの反応が検出されています…。し…、しかも、このパターンは……」
「何だというんだね…?」
焦れたように問いただすドクター。検査員はおずおずとそれに応える。
「プロミネンス…。ダスクフレアの放つ特異なフレアと同型のパターンを発しています…!!」
「なんてことだ…!!!」
顔面蒼白となるドクター。しばし目に手を当てて天を仰いでいたが、それからややあって決断を下す。
「ネフィリム社(うち)の経営するセント・アゴラの病院へ移そう…。あそこなら“それ”用の対処ができる…」
中央の領域(リージョン)セント・アゴラに立つネフィリム社の総合病院。その特別治療室に、緩やかなローブと白い顎鬚を蓄えた一人の老人の姿があった。
天井の神(ゼウス)を連想させる厳かな雰囲気を纏ったその老人は、搬入された“患者”の額に手を当て、目を瞑って何やら不思議な呪を紡ぐ。
ややあって、目を開けた古き神は、難しい表情で言う。
「旧造物主(デミウルゴス)の種がこの少年の中に根を張っている。本来ならば、いつダスクフレアと化してもおかしくない危険な状態だ……」
「“本来なら”…でございますか……?」
神の知恵に与っていた医師は、丁寧に言葉を選びながらも、そう問いただす。
「然り。呪われし物の印は、宿主となった者の欲望を掻き立て、エゴを肥大化させ、ダスクフレアへと誘う。印を受けた者が、己の欲望の虜となったとき、その者はダスクフレアとなるのだ。だが……」
「だが…?」
なおも問う医師に対し、思慮深き瞳に悲しみの色を湛えて神は答える。
「皮肉なことに、掻き立てられたその欲望が、この少年をダスク化から護っているのだ…」
「この少年は、ダスクフレアを悪魔と見なし、それと戦う聖者となることを欲望している。それは、自らが聖者として人々の信奉と称賛を集めようという歪んだ欲望だ。故にそれは、夕闇に近く、まさにその欲望を呪われし者の印は掻き立てている」
「だが、その願いが『ダスクフレアを否定する聖者となる』という願いであるため、自分自身が夕闇に堕ちることを許さず、その願いの強さが完全なダスクフレアになることを拒んでいるのだ…」
難しい表情を浮かべたまま首を横に振る老神。その表情は硬い。
「では、この患者はダスクフレアには堕ちないのでしょうか…?」
老神は頭を振って応える。
「分からぬ…。このまま、この少年の心が今の均衡を保てれば、彼は夕闇に堕ちずに済むだろう。だが、それは非常に危うい均衡だ。ギリギリのバランスで保たれている彼の心がほんの少しでも揺らげば、即座に彼は夕闇に堕ちるだろう……。今はただ、この少年の歪んで純粋な心に賭ける他はない……」
その言葉を聞いた医師は、思わず十字を切って祈り、そして祈るべき神々すら、この状態を手に余していることに思い至り、表情を暗く沈める。
「いずれにせよ、少年の家族には急ぎ知らせておくと良いであろう…。いつ命運が断たれるか…神々にも分からぬのだ……」
かくして知らせは少女に飛ぶ…。それは、少女の願いを加速させる、新たな戦いの始まりの知らせとなるのであった……。
-end-