夜。日出ずる国から少し離れた地にて。
街道の真ん中に、一つの屋台がある。『戦艦で宇宙を放浪していた時代、新天地を争う時代では、道の真ん中で未知なる相手に屋台を開くことなんて危険が危なくてできなかった! 今は満ちを求めて路を行く、動く飲み屋が流行る! きっと! 絶対!』というよくわからない願いが叶った、移動式の屋台である。戦艦の中も十分な広さがあったからできたはずだが、そういうことではないらしい。ここでは店主の話を書きたいわけではないので割愛。
今日の客は、3人。肩のはだけた女性、貧相な衣装の青年、張り付いたような笑顔の少年。
「……というわけで、んなことがあったわけにゃあよ。」
女性――雲の刺青を肩に入れ、2本の刀を携えている――が、強い訛りで周りに語る。それは、ある国で起きた悲劇と喜劇。
「なるほど、埼玉の国でそんなことが。不思議なのは、群馬辺りで別れたはずの僕らがまたここで飲んでることなんですが」
青年――衣装こそ一般人だが、わざわざ街を離れ、街道屋台で一人飲んでいた青年――が、少し呆れたように返す。楽しげに話を聞いているが、出会いに奇妙な点を感じているようだ。
「そんなこと気にするなよ、人間。いつまでもそういう考えだから二本足なんだよ」
少年――変わらず、絶えず笑顔を浮かべている。寒気を覚えるほどに――が、つまみに注文した刺身を手慰みにいじる。食い物で遊ぶな。
「んにゃあこと言うなよ。今はその人間同士のことで己れは話したいんじゃけぇ。腰折るような真似は無しにせんてよ」
「ボクは腰折るような真似は一度もしたつもりはないな。せいぜい目の前に居るアリをつまむくらいだよ」
「僕は既に折られてると思います。腰も、会話も」
女性が語れば、少年が茶化す。それに青年が突っ込む。綺麗な流れができていた。
「しかし、兄と妹の家督騒動か。富嶽では珍しい話じゃないですが」
「にゃあ、別に珍しい話じゃあなか。けれんど、色々別のいざこざも入ってぇけの」
「大方、過去の次元から大きく変異した現在に向かってきた存在と、本来の歴史の存在がぶつかり合ったんだろう?」
「え? ……え、えーと? なんぼ?」
「よくわからないですけど、別次元の並行存在ですか? フォーリナーの多くは富嶽の著名人の名を聞いて『知っている』と答えますし、めずらしいことではないと思っていますが」
「だってさ。いつの間にか人間も進歩したようだね。神が理解しないことを理解できる程度に」
「ぐぬぬ、おみゃあさんので間違ってんやあせんがなぁ」
「キミの言っていることは簡単すぎる。それは酒精を分解する程度の脳細胞しかないから」
「……で、その兄と妹、どうなったんですか?」
少年の淀まぬ口調に翻弄される女性に、青年が話を促す。これ以上話を聞いていてもただの煽りあいになるのは目に見えている。それを止めることは非常にめんどうくさいことだろう。
店主も、仕込みをしながらそれに察したらしく、青年の前にコトリと感謝の意を示した。
「兄が石を手に入れたが、力の代償に堕落化した。それを喰いとめて~、まで聞きましたよ」
目の前に置かれた鯵の握りをほおばりつつ、話を進める。
「にゃ! そこからが話のしどころよぉ、異界の童、子持ちの女子、龍の者に鳥の怪、何より雷のような男がな!」
「三行で」
「んなっ!? そない無茶あな!」
「はいはい。彼らが?」
「ん! 死も恐怖も越え、ただ目の前の妹のため! ただ目の前の者を救うため! こう、ズババーン! ドカーンと!!」
「何だいそれは。とんだ三文芝居じゃあないか」
「……行数以前に語彙の問題でしたね。これじゃ」
身振り手振りを添えて話すが、擬音ばかりでは伝わらない。その様に少年はケロケロと笑い、青年は呆れた顔で答える。
「あーおかしい。彼らの武勇伝もキミ程度の者に謳われちゃあ形無しだね。世界一じゃあないの? そういった才能は」
「もったいないにゃあ、この興奮と緊迫感と臨場感を伝えられんのは!」
「……なんだろう、ついていけないなこの流れ」
笑顔と苦労が絶えない酒場です。
「で、キミに得られるものはあったのかい? 無意味に首を突っ込むことは徳を探すことと同じだよ?」
少年が手元の刺身を加工前に修復させては戻すを繰り返し、尋ねる。
「そうですね。一期に得た物は聞いてみたいですね。あなたはそこで何を見たのかはある程度でしか伝わらなかったですし」
何本目かの酒を空け、青年も続く。
「にゃ、ヒトの意志の強さと絆の力、そして想いの悲しみじゃ」
「悲しみ?」
先ほどまでの活劇を語る口調と同じだが、そこから出る前向きな答えではないこと。それが青年に疑問を感じさせる。
「そや。今回の騒動は簡潔に言ってしまえば妹の才に嫉妬した兄の恩讐。けど、当然だぎゃそれだけの話じゃあなか。……最初から、互いに話し合ってれば……」
ぽつり、と盃に水滴が垂れる。
「縋っても、よかったんよ……まだ、20もいっとらんに……」
少しの静寂。女性から絞り出される、か細い声。
事件の真相は彼の言葉だけでは伝わっていないだろう。けれど、言葉と、想いから伝わる悲しみ。
それは、悲しく儚いすれ違いが生んだ悲劇を、それを見て来た事を悟らせる。
彼が、何を想ったのかも。
「あっはははははははは!!」
静寂を打ち破るように、少年が笑いだす。机をダンダンと叩き、腹を抱えて、笑い転げる。その様は、あまりにおかしい喜劇を見た者のよう。
「……何笑ってるんですか」
青年は顔色も、声色も変わっていないようにみえるが、語調にほんのわずかな侮蔑が籠っている。それを知ってか知らずか、少年はケロケロと笑いながら。
「何って、こんなにおかしいことがあるかい! キミが泣くほどのことかと思えば、そんなこと!
当然さ! 人間が擦れ違い交わることで生きる者だとわかっているだろう!? それを知っているキミが、そんなことで!」
腹を抱えながら、大げさな声で続ける。
「一体どうしたっていうんだ、雲海の魔神よ! 鬼を経て人を得て、心まで変わったか!」
顔を女性の方に向け、少年は問う。
「変わったさ、己れは。もう、空にも地にも戻れなか。……あんな心を知っちゃあな」
一拍の間、女性ははっきりと答えた。
その顔は涙を流した顔だ。しかし、表情は凛としており、折れない心を見てとれる。
「なんだ、じゃあ今のはボクらをわらかすサービスか。あー、鬼の目にも 涙! 本物見れるとは思わなかったよ、そいつらにも感謝しなきゃダネ」
ケロケロと笑いながら、少年は返す。表情からは、何も悪意が感じ取れない。先ほどの行為でも。故に、超常たる雰囲気を醸し出す。
「…まあ、強きも弱きもひっくるめて人間です。身体も心もあなたたちと比べると脆弱な存在なのですから、あんまり言ってあげないほうがいいと思いますがね」
青年の、変わらない表情。目つきも変わらぬ、どこか別の者を睨むような鷹の目。
「出来れば、もっと楽しく普通に酒飲んでもらいたいんだけど」
店主の――比較的置いてけぼりな――心の叫び。でも怖くて強くて言えない人間の叫び。
「あははは、ごめんよ人間。バカが二本足で立った感想を言ってたからついね。これでもあげるから許してくれよ」
店主に突きだされる身体半分のまぐろ。刺身になる前はさぞ悠然と泳いでいたのだろう。下半分ではどうしようもない。肉体修復の無駄遣い。
「おっま、生き物で遊んでんじゃあにゃあよ! それどうさせるんや! カマ無きゃ大したもんでもできんやろ!」
泣いたり、笑ったり、怒ったり。鬼はころころと表情が変わる。それはさも、人間のように。
「でも、面白いですし、気になりますね。その一行と、探している石も。昔の血が疼きます」
表情も感情も一番動かないのはこれまた人間。青年は少し空を見上げ、呟いた。
「血? まあいいや。確かに面白そうだ、一度目を通してみたいな。その無茶無策な御一行に」
「にゃあ、お熱い真面目さんばっかにゃあぜ? おみゃあさんまっすぐ切りかかられちゃうんじゃあにゃあ?」
「あはは、ならその程度の連中ってことで終わるよ」
ケロケロと、少年は笑い飛ばす。
夜が明けていく。集った夢はどこへ。何を想うか。
最終更新:2011年08月28日 21:46