「――お嬢様、」
ハイゼンシュタット本宅に帰られて暫くのことでございます。
わたくしはつい、お仕えするその方に声をかけてしまいました。
お嬢様がわたくしを必要とするそのときまで、いつもお邪魔しないよう、遠く、あるいは近くから、見守らせていただく程度なのですが。
紅い絨毯が設えられた美しい廊下を悠々と往く、私の主。そのお背中が随分と、幼少の頃のように小さく見えたからでございます。
「大丈夫」
お嬢様が返されたのはその返答と、力強い、だけれどすこし困られたような笑み。
「これは私の責任だ。 私の所為でアベルは… なら、私が立ち止まっていい理由は無いさ。」
「……」
「”就寝”するよ」
これは御用聞きに今日は伺わずとも良い、と言われているという合図。
わたくしは静かに一礼をし、お嬢様をお見送りいたしました。
最近のお嬢様はお強くなられました。
夜を往く蝙蝠のように疾く。
剣先は肉食獣の牙のように強く。
真祖のように、夜も眠らず。
わたくしの護衛はもはやあまり意味は無いどころか、足手纏いにすらなるのかもしれません。
ですが…
……この給仕めは聞いてしまったのでございます。お嬢様……。
あれは秋の夜、涼しくなってきた頃合の頃でございます。
アベル様が、黄昏に堕ちられた日の記憶。
最終更新:2011年09月28日 01:46