2006-2007年
2006年にWWEとディベロップメント契約を交わし下部組織であるDSWに所属する。以降OVW、FCWに所属し、数多くのマイナーイベントやダーク・マッチなどにも出場していた。
2007年12月にはWWEのブランドの一つECWに登場する。そして2008年1月6日に正式なデビューを果たした。WWEでは初のジャマイカ人選手と言うこともあり注目を浴び、デビュー戦ではマイナー選手相手に勝利を収めている。その後も連勝を続けていたが、同じくECWに所属していたシェルトン・ベンジャミンに負け連勝がストップする。その後はそのベンジャミンとの抗争を開始する。
2008年
6月に行われた追加ドラフトの結果、RAWに移籍した。同月に行われたPPVナイト・オブ・チャンピオンズではクリス・ジェリコの保持するIC王座の挑戦相手に抜擢され、ショーン・マイケルズの乱入もあり王座を獲得した。8月のサマースラムでミッキー・ジェームスと組み、サンティーノ・マレラ&ベス・フェニックスと対戦するも敗北し、ミッキーと共に王座を失う。
10月のサイバー・サンデー翌日のRAWにてCMパンクと組みコーディ・ローデス&テッド・デビアス・ジュニア組の保持する世界タッグ王座に挑戦し、奪取に成功する。その後12月のハウス・ショーでジョン・モリソン&ザ・ミズ組に王座を奪われる。
2009年
2009年にはノー・ウェイ・アウトで行われるエリミネーション・チェンバー・マッチ形式での世界ヘビー級王座戦への挑戦権を得るがPPVの第一試合のWWE王座戦でWWE王座を失ったエッジに入場中に襲撃され、出場枠を奪われる。
6月1日のRAWで
MVPの保持するUS王座に挑戦し奪取に成功した。その後はトリプルスレットマッチや6パック形式の王者に不利な王座戦を多く組まれるが、そのたびに防衛に成功している。しかし10月5日のRAWでの王座戦にてザ・ミズに敗れ、王座陥落する。その後ブラッギング・ライツでのランディ・オートン対ジョン・シナのWWE王座戦に乱入したことがきっかけとなり、オートンと抗争を開始する。
最終更新:2010年03月01日 15:51