大学卒業後、兄と共にハーリー・レイス・レスリング・アカデミーでトレーニングを積み、2006年7月8日にWLW(World League Wrestling)でプロレスデビューする。2007年4月1日にはNOAHに参戦し、6人タッグマッチに出場している。
2007 - 2009年
2007年7月にWWEと契約し、FCW (Florida Championship Wrestling) でトレーニングを開始する。12月18日にはTJウィルソンに勝利し、FCW南部ヘビー級王座を獲得するがその後左膝骨折、指の骨折などの怪我により防衛戦を行なえず、2008年1月19日にパートナーのヒース・ミラーに王座を譲る。
2008年5月26日のRAWでヒールとしてデビューし、世界タッグ王座を獲ると宣言する。6月のWWE Night of Champions 2008でハードコア・ホーリー&コーディ・ローデスとの世界タッグ王座戦でミステリアスパートナーが来ないまま試合開始となる。すると、コーディ・ローデスがハードコア・ホーリーを裏切りDDTを決めるとデビアスがフォールを奪い、ミステリアスパートナーはコーディだと明らかにし、デビアス&コーディが新王者となる。8月4日にはジョン・シナ&バティスタ組に王座を奪われるが翌週、王座奪還に成功する。その後はクライム・タイムにベルトを盗まれたことにより、抗争を開始する。またこの頃からランディ・オートンとも対立し始める。9月頃からマヌを仲間に加え、3人で活動する。10月末にはCMパンク&コフィ・キングストン組に敗れ、王座を奪われる。11月に対立状態にあったオートンの試合に乱入したことによりパントキックを浴び、戦線離脱する(実際はDVDで発売される映画「マリーン2」撮影のためのアングル)。
2009年1月にレガシーを追放されたシム・スヌーカ、マヌと共に登場するがマヌとスヌーカを裏切りレガシーへ加入する。以降はオートンの試合に乱入しては相手を襲撃するなど、コーディと共にオートンのサポートをしている。
ローデスと共にトリプルHの王座獲得を阻んでいたため、D-ジェネレーションX再結成のきっかけを作ってしまい抗争を繰り広げ、ブレーキング・ポイントではDX相手に勝利するもののヘル・イン・ア・セルで敗れ、抗争は終了する。
その後はブラッギング・ライツの予選試合でローデスに敗れ番組対抗戦の出場権を奪われたり、ローデスと組んでオートン&シナと闘ったタッグ戦ではシナに気を取られていたオートンを後ろから丸めこみフォールを奪うなどして仲間との関係も微妙なものとなっていった。翌週組まれたオートンとのシングル戦で懲罰を受けたが、ブラッギング・ライツでローデスとともにオートンを援護するなどして元の鞘に収まった。
最終更新:2010年03月01日 17:36