毎日早朝から祖母は仏壇の前にきちんと正座して読経する信仰心の深いひとだった。教育や躾に関しても、「仏教」の教えが根底にあったように思える。
「誰も見てない思ぅても悪いことしたらあかん、絶対に神さんは上からみてはるさかい」仏教に「神]の存在はないが、祖母は「仏さん]というべきを「神さん]とも言っていた。
三つ子の魂なんとやらなのか、このフレーズは未だに頭の片隅にこびりついていて、本当に空から神様はずっと人間の愚行をすべて見通しているのだという気がする。
 ミッション系の大学に通い、少なからずキリスト教に傾倒した際、祖母の言う「神]は、もちろんイエスキリストではなかったが、なんとなく私の中では同一のものとして感じられた。空の上に居てすべての人間をみている、その前では、裏切れない、嘘をつけない、悪いことはできない、すべてを超越した絶対的な存在「アガペ」。人は自分の心の弱さを知っていて、それを律するために自分の心の中に「神]を存在させたのかもしれない。
 夙川駅から近い満池谷墓地は、父方の先祖代々が祭られている。付近は一流企業の社長の別荘が立ち並ぶ区画があり、あそこは松下幸之助の別荘ゃ、と父が口癖のように言っていた。毎年お盆や命日には、知らない先祖のお墓参りも当たり前のように習慣づいていた。墓地の入り口の右手にある二軒のうちのひとつの花店に預けているバケツと柄杓を受け取り、花を買い、線香の一束に火をつけて、二箇所お参りをする。叔父や叔母が多いので、すでに誰かが参って綺麗な花が供えられていることもしばしばだった。墓参が終わると、またバケツと柄杓を返却しに先ほどの店に寄るが、ここでラムネを買ってもらうのが小さいときからの慣習だった。汗をかいたあとのラムネはすごく嬉しいものだった。
 大正に生まれ、昭和を生き抜き、最後にはあの阪神淡路大震災を体験して数年後、桜の蕾がほころぶ前に他界した祖母も、ここに眠っている。墓地の近くには、祖母が息を引き取った「アガペ]という名の病院がある。


最終更新:2009年08月13日 10:33