扇風機が左右に首を振りながら音を立てて回り、蚊取り線香は細く緩く立ち昇って灰を落としていく。
西宮の夏の夜は蒸し暑かった。網戸にしても外から吹き抜ける風を期待できるものではなく、むしろそうすることによって、すぐ近くを通る国道を行き来する車の騒音と排気ガスの混じったなまぬるい風が入り込むことになった。それでも薄着で団扇をバタバタさせてそんな夜を過ごした。
宝塚へ引越してから、毎年夏休みには、幼い頃を過ごした西宮の祖母のうちへ数日泊まることが慣例になっていた。叔父や叔母が一緒にいて賑やかだったひとときが過ぎ、皆独立し、祖父が他界した。一人減り、二人減りし、最後には祖母一人が過ごしていた。
毎日を一人で過ごす祖母が気になって幼いながらも心配だったが、祖母にしてみれば大変なひとときが過ぎ、ほっとひとりでマイペースに過ごせる毎日だったのかもしれない。あんなにたくさんの人が一緒に過ごしていたことを思うと、祖母一人で過ごすスペースは、なんだかがらんと拍子抜けした感じだった。
祖母とふたりで過ごす夏の夜は、テレビを見ながらあれこれ話を聞くことが大半だった。私相手だとあまり気が張らないのか、祖母の口からは昔話が次から次へと繰り出した。父には内緒やと言って、ビールも口にしていた。
十代の終わりに結婚してから六人の子供の出産、戦時中の暮らし、亡くなった祖父のこと、ほとんどが苦労話だが、たいたていそれらを笑いで締めくくった。時代背景からして大変な思いが多すぎて、苦労を苦労と感じなくなってしまっていたのだろうか。人生を達観していたのだろうか。時々話しながら遠い懐かしい目をしていた。そうやってたびたび遅くまで起きていた。そんな夏の夜は、宝塚の自宅で規則正しく過ごす通りいっぺんの夏休みの生活とは違う非日常的な空間で好きだった。
さんざん話して蚊取り線香の灰がぐるぐる渦巻きの形に落ちた頃、そろそろ寝よかと言って、蚊帳の中で眠りについた。
最終更新:2009年09月13日 20:18