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活動日
2008年6月27日(金)
活動テーマ
私の十八番
あらまし
私の十八番。予定されていた会員の方の都合がつかず内容を差し替えて行われた。日本語的な言い回しを手話で行うことについて考えた。
「たまたま」と「都合がよい、悪い」。手話では「たまたま」と「都合」は同じ動作として聴者には理解される。このような同じ動作を別の意味で読み取ったままだと、話しの内容がつかめなくなる。
これは手話的な言い回しとなるのだろうか?
翻って日本語を考えたとき
甘いお菓子です。
彼は甘い球をホームランした。
彼は自分の失敗には甘い。
これらの「甘い」は明らかに意味合いが違う。この日の学習は、このような同じ「単語」で前後の文脈により意味が違う文章をどのように手話に置き換えたらスムーズに通じるかをグループに分かれて考えた。
厳しい
彼は部下に対しては非常に厳しかった--厳格な態度としての厳しさ
この夏の暑さは厳しい--耐え難い状態として厳しさ
しかたがない
選挙に負けたのだから、腹を立ててもしかたがない--やむをえない、あきらめ
彼の話は退屈で、眠くてしかたなかった--我慢できない
端的に
端的にいえば、日本の給与水準が高すぎるのです--要約すると、まとめると
今の経済状況は、私の言ったことを端的に表している--明白に
半端な
中途半端な対策では、銀行の再生は難しい--最後まで終えていない
今シーズンのホラー映画は半端じゃない--本格的な
などいくつかの日本語的言い回しの表現方法を考え最後に発表した。
発言の意味を捉えわかりやすく手話に置き換える。しかし意味を違えて伝えては手話通訳の存在意義はない。
Bestの手話表現が無理ならBetterな手話表現を選ぶ判断が必要でしょうか?もちろん常にBestなら最高です。しかし日本手話と日本語は別の言語。さらに言語文化は、時代とともに変化する文化である。
常にBestは無理かなと考えた。
なお今回の学習の元ネタは、日英同時通訳の第一人者である、小松 達也氏の「訳せそうで訳せない日本語 きちんと伝わる英語表現」から頂いた。
小松氏も、とある会議の通訳場面で手話通訳と遭遇し、考えるところがあったそうだ。
興味のある方は一読下さい。
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最終更新:2008年07月01日 12:54