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活動報告 > 20100806

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活動日

2010年8月06日(金)


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学習テーマ

手話通訳の歴史


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あらまし

手話通訳の歴史について、豊川市のことを中心にしてクイズを取り入れながらの話を聞いた。

豊川市の現在の、ろう協会会長はおよそ45年ほど前の昭和41年に就任。
およそ半世紀の長きに渡るお勤め。今回の話のスタート地点はこの時代でした。

当時は豊川に手話通訳者は存在せず、市の大会などでの来賓挨拶は福祉課の人が聞き取った内容を紙に書く。その紙を見てろう者が手話で他のろう者に伝えていた。
行政が執り行う催しですらこの状況なのですから、民間会社でのろう者の扱いも大変差別的であったようです。

情報アクセスの壁まだまだ高くかつ大きな日々を過ごしてながら、よい解決策も思い浮かばない状況が続いていた。
そんなある時に県外のろうあ者大会に参加すると、聴者が大会あいさつなどを同時通訳している場面に出くわす。手話通訳者の存在と育成の必要性を感じたとのことでした。

手話通訳者を育成するための方法を模索するなかで、サークルが必要であるとの助言を手話通訳先進地から受け、手話講習会が始まったのが昭和50年。

その年の3月に手話講習会受講者の受け皿となるべく、この「やじろべえ」が前もって設立された。設立から数えておよそ35年。
手話サークルやじろべえ会員が、手話通訳者として活躍されているのか?現在何名活動を続けているのかわからない。

手話通訳士も豊川に生まれ、道路交通法が改正され、障害者雇用促進法が施行され、家庭にファクスが普及し、IT革命により携帯電話やインターネットを駆使する。それが現在の形。

近年では手話サークルの役割も見直されつつある。手話通訳者を育成する場から数歩離れた。
これからの手話サークルはどのような道を歩むのがよいのでしょうかとの問いかけで最後は締めくくられた。

答えは・・・霧の中に?
もしかしたら闇の中に!


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最終更新:2010年08月07日 11:14
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